005 - 発進!
「艦長! 緊急事態です! 」
「え!?」
「第3惑星の天文台と思われる施設からSOSが発信されました 」
「内容は?」
「隕石の衝突を未然に防ぐ救助を要請しています。 通常の帝国艦隊規約では干渉禁止ですがいかがしますか? 」
「例の、文明レベルってやつ?」
「はい、その通りです。 こういった自然災害も自力で克服できなければならないとされています 」
まぁそりゃそうか。なんでも助けてもらってたら、高度な文明とは言えないもんな……
「ちなみに想定災害規模は?」
「隕石のサイズと速度から、岩盤融解レベルの衝突です。 文明崩壊どころか……全滅ですね…… 」
ルールとは言え、目の前であの犬さん達が大災害に見舞われるのは忍びない。戦争とかならともかく、自然災害なら助けてあげようじゃないの。せっかく異世界に来たんだし!
「行くわよ」
「え、本気ですか? 」
「助けることができる力があるなら、使ってあげようじゃないの。まさか間に合わないとか無いわよね」
「もちろんですっ! 」
「では第3惑星救助に向けて発進!」
ポーン 『 発進シークエンスを開始します 』
ぉ、発進シーンだ! アニメとかなら絶対盛り上がるところだよ!
「傾斜復元とかしちゃう?」
「ぇーっと、この艦、特に傾いていませんが…… 」
「エネルギー充填とかは……?」
「……活動に必要なエネルギーは十分ですが…… 」
ッピ 『 発進準備が完了しました 』
がっかりだよ!
ポーン 『 発進します 』
少し揺れたような気がしたが……Gがない。
「ほんとに動いてる?」
「もちろんです。 現在140 Gで加速中です 」
っていうか何もなさ過ぎて怖いよ! で、140 Gって何事よ!
そういえば、第8惑星の衛星軌道とはいえ、こんなサイズのものが動いても大丈夫なのだろうか?
「周りに迷惑とか、誰かに見られる心配はないのかな?」
「発進直後に、量子クローキングデバイスを起動しました。 相手が軍艦でも発見されることはありません。 あと重力遮蔽も実行中ですので、周りの小惑星に対する影響もありません 」
裏で色々してくれているらしい……が、何が行われている分からないのもちょっと不満かな~
「一応、艦の状態変更は報告が欲しいかなぁ……」
「も、申し訳ありませんっ…… まだ装備の説明をしていなかったので、省略してしまいました 」
「あ、いいのよ。まだぺーぺーだからね!」
「そう言っていただけると助かりますっ。 本艦は現在第5惑星に向けて880 Gで加速中です。 途中でショートジャンプを実行し、到着予定は4時間後です 」
「第3惑星じゃなくて?」
「SOSの内容から第3惑星に到着する必要はないと判断しました。 武器射程的には現時点でもいくつかのオプションがありますが、第5惑星軌道まで行きますと、センサー解像度がMAXになりますで…… 」
「せっかくだから第3惑星まで行ってみましょう。見つからずに行けるのよね? あと、間に合うのよね?」
「はいっ。 では第3惑星の衛星軌道内側、帝政軌道に向かいます。 この軌道は過去に同型艦が銀河支配していた時に用いた軌道です。 住民に見せてあげられないのが寂しいところですが……艦長には臨場感バッチリの映像をお見せできますよっ 」
何か思い入れのある軌道らしい、AIなのに感傷って……
「航路修正を行いました。 本艦は現在、第3惑星帝政軌道に向けて2400 Gで加速中です。 到着予定は4時間後です。 ちなみに、衝突時刻は26時間後で、選択オプションは8個ほどになります 」
「意外に余裕があるのね?」
「いえ、そうでもありません。 隕石をマイルドに排除するプランですとギリギリのタイミングです 」
そうか、暴漢に襲われる女性じゃあるまいし、助けに参上すれば事態が解決するわけじゃないのか。
地表ギリギリで隕石を止めてもね……
「じゃ、それまで、少しゆっくりしようかしら。可能なら、食事と……お手洗いも行っておこうかしら……」
「かしこまりました。 それでは艦長室に案内いたしましょう 」
そう言ってエンジュが応接間の扉の方に移動するので、後を付いていく。
エンジュが扉の前に立つと、木で作られた扉が光に変わり上に向かって溶けていく……
一応安全のためか、人工的な音が鳴る。
開かないんかい! その扉の開き方はそうじゃないでしょ!
なるほど、こうなると扉という概念が危ない……
一応扉の絵(?)があるあたり出入口は決まっていると考えていいのかな……?
「艦長室へはムーバで移動します。 口頭で指示してみてくださいねっ 」
扉(?)を潜ると、そこには白を基調とした駅のコンコースのような空間が広がっている。
目の前には、車のような乗り物が止まっている。
タイヤは……ない。浮いている。たぶんこれがムーバなのだろう。
ムーバに近づくと風防が消え、ステップが現れる。
何も説明がなくても乗れるって素敵!
座席は向かい合わせに4席あり、進行方向に向かって座ると、エンジュが斜向かいに座る。
「艦長室へ 」
エンジュが行先を告げると、ムーバは音もなく動き出す。
「ここはもう、あのなんとかプロジェクト……の中じゃないのよね?」
「はい、先ほどの扉から先は、通常の艦内通路です。 ここは艦の運行に係る上級士官が使用する回廊です。 通称、”運行回廊”と呼ばれています 」
職種ごとに通路があっても、今使っているのは私一人か……
程なくしてムーバが止まり、風防が消える。
「到着しましたっ! ここが艦長室です! 」
目の前には艦長室というプレートが付いた扉があり、近づくと、プシュという音とともに扉が消える。日本語じゃなくても読めるのは、神様パッケージの方の力かな?
中はワインレッドの絨毯が敷いてあり、印象は高級ホテルのドアを開けた感じ。エントランスが広く、カウンター的なものもある。正面の通路以外に、機械室とかサービスルーム用の扉も見える。正面の通路の幅は両手を広げても余裕があるくらいだ……天井も高い。
「通常、私は艦長室の中へは入りませんが、今回は説明のためにお邪魔しますっ。 まず目の前にあるのが従卒待機カウンターです。 昔はこの部屋から出るときは従卒が付きました。 その先が実質的な艦長室で、向かって左側にあるのがバスユニットです。 右側はWICに簡単な倉庫。 奥に行きますと執務室となっておりまして、艦長業務を一通り行うことができるデスクと端末があります。 一番奥に寝室があります。 壁の窓は本物ではなく立体ディスプレイとなっています 」
いつかは欲しいと思っていたWICを、こんな形で手に入れるとは……
各部屋を少しずつ見ながら奥に進む。
執務室と思われる部屋に進むと、壁一面が大きな窓のようになった部屋が現れた。
窓の外は本物の宇宙のように見える。
「ディスプレイは、戦術情報を表示することも可能です。 例えば…… 」
窓の外の宇宙の映像が大きく引いたかと思うと、いくつかのリングと真ん中に白い丸が表示される。
これはよくわかる。車のナビだ。つまり、これは星系のマップという事か。
「こちらは現在位置と、予定航路を示しています 」
第3惑星までの道のりが書かれている。途中て実線から点線になっているのはジャンプ航法ということかな?
点線は第4惑星軌道の付近でまた実線に変わっている。
「点線はジャンプ航法ということ?」
「すごいですね! 初めてでよくわかりましたね。 その通りです。 あと600秒弱でジャンプを行います 」
お~、当たった。
「ジャンプの時にすることはある?」
「いいえ、特に気にされることは何もありません。 ジャンプ自体は一瞬ですし、全く気が付かない人もいるくらいですよ 」
ここから第4惑星軌道あたりまでジャンプするのが一瞬……で、気が付かないとか……
「ジャンプの瞬間は見てみたいわね~」
「ではこのディスプレイでご覧になってはいかがですか? 艦橋に行っても窓はディスプレイですし…… 」
「そうね、じゃ2画面表示とかできる? 右がナビで、左が外みたいな感じで」
「ナビ……あぁ、ナビゲーション画面のことですね。 可能ですよ。 はい! 」
おぉ、壁半分が外になって、もう半分がナビになった。口頭で指示できるって便利だなぁ……
昔、レンタカーを借りたときに、走行中にナビをいじったらメニュー画面から出られなくなって、ひどい目にあったのを思い出してしまった……
「カウントダウンも出してみて」
「こんな感じでいかがですか? 」
おぉぅ。かっこいいじゃないか。某ロボットアニメ風の表示が右上に追加された。
「これって……アニメ知識から作った……?」
「ご不満でしたか? 標準ツールだとシンプルすぎるかなと思いまして…… もとに戻しますね 」
「あ、いや。そのままで。でも、今後はいちいち作らなくてもいいわよ。全体デザインが滅茶苦茶になりそうだもの」
「りょーかいしましたっ 」
たぶん、文化パッケージの中からそれっぽいものを探して作ったのだろう。全体デザインを〇ヴァンゲリヲン風とかにしても面白いかも……いや、目にうるさすぎるだろう……たぶん……
敵の攻撃を受けるたびに画面いっぱいに警告マークが出るとかなんの嫌がらせだよ……って。
カウントダウンは600秒を切っているが、まだ時間はありそうね……
「飲み物ってあるかしら?」
「えっと……ディスペンサー……分子合成飲食物提供システムを使用してよろしいでしょうか? 」
単語的に少し怖いが、SFにはよく出てくるアレだろう。何をためらっているのだろう?
「なにか問題が?」
「問題というわけではないのですが…… 艦長や皇族、上級政務官の一部の方には本物志向の方が一定数居りまして…… ディスペンサーを毛嫌いしている方も多いのですよ 」
あー、なんかわかるわー。プライド高そうな人たちはそういうところに拘りそうだもんねー。
まー実際に違いが判る人もいるんだろうけどねー。ここは試してみなければなるまい!
「あー、大丈夫よ。とりあえずお水を一杯貰えるかしら?」
これだ。味で誤魔化すことのできない水。不純物やちょっとの匂いでもわかってしまう究極の判定アイテム。ついでに、出てくる水が軟水か硬水かにもちょっと興味がある。
「え、お水でいいんですか? ジュースからお酒類まで、種類はかなりありますけど…… 」
「いいのいいの。とりあえず喉を潤したいだけだからね。常温でお願い」
「かしこまりました。 少々お待ちください 」
エンジュが歩いて行った方を見るとカウンターキッチンらしきものがある。本物志向の艦長が“多い”というのは控えめな表現なのではないだろうか……しかし、艦長が自ら料理するのか? という別の疑問も……
そんな疑問の先を考える間もなくエンジュが戻ってくる。手にはトレーと、その上に水の入ったガラスの様なコップが乗っている。
「お待たせしました 」
「ありがと」
手に取るとズシッと重い、そのまま口をつけて、口元に持っていき少し匂いを嗅ぎながら、軽く一口…………まずい……これは超硬水系の味……に、さらにえぐみもある。匂いは無いけどこれでは……
と、いうのが顔に出てしまったのだろう。
「申し訳ありませんっ。 艦長の味覚を考慮していませんでした。 すぐに新しいのをご用意いたしますっ 」
と、言うやいなやトレーの上に別のコップが水入りで現れる。
「こちらをどうぞっ 」
ずいぶん快適で、すっかり忘れていたけど、今私が乗っている船って違う種族の船だったのよね……
とりあえず、口を付けた方のコップを戻し、新しい方のコップを手に取る。
っていうか、今、目の前で一瞬で用意したよね……さっきの移動はいらないんじゃ……?
とりあえず、さっきより少し慎重に、軽く一口。
「おいし……」
続けて、ゴクリと半分ほどを飲み込む。臭みもなく、口当たりは滑らかで、さらりとした喉越し。
昔、ばあちゃんちで飲んだ水だ……
「これはいいわ!」
「こほん。 先ほどのは黒犬族用の高級水でした。 今後はこのようなことが無いようにメニューをすべて書き換えておきます 」
「あ、まって。元のは残しておいてね。一応、黒犬族が乗船する可能性もあるわけだし」
「そこはご心配なく。 書き換えるメニューは艦長用のものだけですから 」
「なんか悪いわね……」
「いえいえ。 艦長の船ですからお気になさらず…… 」
何か、庶民的な譲り合いをした気もするが、取りえずまだ時間があるのでお手洗いも行っておこう……
「えっと、コップは……」
「こちらにお乗せくださいっ 」
「悪いわね。で、お手洗いにも行っておきたいのだけど……」
「入口入って左の所ですね。 こちらから行くときは右手側に入っていくださいね 」
「じゃ行ってくるわね」
杖をテーブルに置いて、入口に向かい、右側に開いている間口をくぐる。トイレといえども扉がなく視線を切る形なのは艦長室だからなのか……化粧室のような手洗い場があり、その奥にトイレがある。
トイレよね……? 男性用……? それにしてはあまり見たことのない形だ……まぁ本物を見る機会などそうなかったわけだが……
小水を受けるところが腰の高さより少し低いところにあり、左に傾いている……おそらく立つべき位置に立つと右足が邪魔だ……と、右を見上げると床と同じ材質のプレートが顔より高いところにある……
こうかしら……ちょっと態勢がきついが正しいポーズをとれたことを確信できる……しかしこれって……
「犬じゃん!」
「ぎゃぁぁぁ~ 」
遠くでエンジュが叫んだのが聞こえた……
「艦長! 一回出てください~。 またやってしまいましたっ。 そのトイレ黒犬族のしかも男性仕様ですぅ~ 」
やっぱり……とても人に見せられる格好ではないが、特に何かを脱いでいたわけではないので、すぐにトイレから出る。
「トイレもすぐに改装するので少々お待ちくださいっ。 すぐですからっ 」
「まぁ、大丈夫よ……」
ため息を吐きそうになりながらも、トイレの入り口の前に立つ。すぐにトイレの入り口に白い壁のようなものが現れ、封鎖中のマークが現れる。ダメージコントロールの隔壁のような機能だろうか……?
30秒ほど待つと白い壁は光に変わり上に向かって溶けていく……
「どうぞっ。 艦長の住宅の個室仕様にしてみました 」
「ありがと」
中に入ってみると、手洗い場はそのままに、その奥に大きめの箱がポツンと置いてある。扉が付いているので開けてみると……自宅のトイレだった……昨日引っ越しして数回しか使っていないトイレ……それが、天井の高さも含めて忠実に再現されていた。
まぁ、とりあえず、済ましてしまおう……しかし何だろうこの安心感と……悲しさ……? 寂しさ……? 超高級ホテルのスイートに泊ったのにトイレだけ狭い感じ……?
後は至って普通だった。手洗い場は、手を翳せば水が出るし、液体石鹸っぽいものも出せた。ジェットタオルのような装置に手を入れれば空気は出なかったけど、手は完全に乾いていた。もうちょっとSFっぽいモノを想像していたんだけどね。
「さて、どうなったかな……」
「おかえりなさいませ。 またしても大変もうし…… 」
「いいからいいから」
カウントダウンを続けるディスプレイの前に戻ると、表示は後100秒を切っている。
「ジャンプ航法だっけ? 大まかな流れを教えてもらえる?」
「原理的なところですか? 」
「ん~、もう少し大枠で、 "今北産業" で!」
「イマキタサンギョウ…… あぁ、3行程度ってヤツですね…… それでは、まず、最初。
最初はジャンプアウト座標の算定からですね。 目的地とジャンプ後の安全空間を考慮して座標をセットします。
次に、座標間の重力ポテンシャルが異なるとジャンプできませんので、ジャンプ前の空間の重力ポテンシャルを調整します。
最後に存在確率コクーンを形成して存在確率同期空間の存在確率を低下させ、同時にジャンプアウト座標での存在確率を上昇させます。
ジャンプアウト座標での存在確率が5割を超えれば基本的にはジャンプ成功です。 もちろん、実際には99.9999%まで上げますが…… 」
うーん。用語(?)がいまいちよくわからない。不安な点だけ聞いておこう。
「失敗するとどうなるの?」
「存在確率転移失敗の場合は元の座標に戻るだけですので、実際はもう一回ジャンプを行うだけです。 重力ポテンシャルや存在確率コクーンでの失敗の場合は深刻な事故になる場合があります 」
「ぇ“」
「あぁ、大丈夫ですよ。そういった事故はごくまれにしか起こりませんから…… 」
まぁ、それもそうか……移動に命掛けてたら命がいくつあっても足りないもんね……
とは言え、"ごくまれ" には起こるのよね……
どうなるかは、知らない方がいいかもね……
ッピ 『 ジャンプ35秒前、ジャンプアウト座標確定。安全空間を確保しました。 』
ポーン 『 ジャンプ25秒前、ジャンプアウト座標の重力ポテンシャルを確定、重力子アレイ放射開始。ジャンプ前座標の重力ポテンシャル修正完了。存在確率コクーンの展開を開始します。 』
ポーン 『 ジャンプ10秒前、存在確率コクーン内の存在確率を同期しました。 全システム異常なし ジャンプを実行します。 』
ッピ 『 ジャンプ完了しました。 到着誤差0.4 km。 全システム異常なし。 』
「ふぅ~。やっぱり少し緊張するわね……」
「まぁ慣れですよ、かんちょ! 」
実際にアナウンスを聞いていたせいもあるが、少し気疲れしたような気がする。体感的にはなにもなかったように感じるが……
「ちょっと疲れたわね……この後の予定はどうなってるんだっけ?」
「はい、現在第5惑星軌道と第4惑星軌道の間を光速の10%で飛行中です。 3時間半ほど慣性飛行を続けたのち、第3惑星の帝政軌道に移行します 」
「すごい船ね……」
「恐れ入ります 」
この時、私は、この船を過信していたのかもしれない……
もう少し、慎重に行動していたら……
もう少し、情報を集めていたら……
あんな結果を引き起こすことには、ならなかったかもしれない……