046 - 会談【前編】
「初めまして。私が所長のジョージ・ゴータ=ヘッセルリンクだ。貴女がミルア・セレスティンだね。後ろのお客人を紹介していただいてよろしいか?」
「はい。こちらカンナヅキ・ユメさんと、ランゲリア・エバンス君、タマミル・テイラーさんです」
「皆さん、少しお時間をいただいてよろしいか? 立ち話も難なので、こちらで座って話をしましょう」
部屋の一角に応接セットが用意してあり、5人が並んで座れるソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置いてある。ステーション長が座ると、左右に一人分のスペースしかないけど……
こちらはミルアさん、私、ラング、タマミちゃんの順番で座る。こっちはこっちで、左右に一人分ずつのスペースがある。要するに所長のサイズと、私達4人のサイズが同じという意味の分からない状況になっている。
テーブル一つ隔てても迫力があるなぁ。
「ラルフ、こちらの方々にお飲み物を」
先ほどの猫族の人が、ウェイターよろしく注文を取りに来る。
「了解しました。ご注文はありますか?」
「私は兎耳長族セットのハーブティーでお願いします。ユメさんたちは……」
と、私たちに出すものを指定できないようで、耳がへたっと折れる。
《艦長、Z053のセットでハーブティーと言ってみてください。 二人にはN001のセットでオレンジジュースと 》
エンジュのサポートが入ったので、そのまま言ってみる。
「種族セットコードですね。かしこまりました」
《完全に合うわけではありませんので、口をつける際は少し味見してから飲んでみてくださいね 》
ラルフさんが給仕に向かったところで、ステーション長が口火を切る。
「お客人には申し訳ないが、最初はミルアさんと話をさせてもらってもよろしいか?」
「えぇ。かまいませんわ」
少し気取った言い方になってしまったが、どうせ翻訳が入るから多少の違いはなくなってしまうだろう。気にせず行こう。
「ミルア君、君の処遇に関しては非常に気の毒に思っている。そして、昨日の騒動に関しても、不幸な行き違いがいくつかあったと認識している。私、個人的には同情的な部分もあるが、私の立場的には、事実を正しく捉え、判断しなくてはならない。分かるかね?」
「はい」
「では早速だが、昨日の騒動に関して事実確認をさせてもらいたい」
このような形で始まった事実確認は、尋問ではなく淡々と双方の事実を並べる形で進んでいった。
4名の不明者を乗せて発進したこと。
発進時にゲートを壊したこと。
戦闘機が警告なしで発砲したこと。
当たった砲撃の数。
ステーションからの砲撃にも警告が無かったこと。
ステーションからクィーンバタフライ号への砲撃に対して、クィーンバタフライ号を庇う様に不明船が現れて姿を消したこと。
特に最後のところは、
「本ステーションからの攻撃の “後”、不明船が出現し、クィーンバタフライ号はその陰に退避したことで、被害はなかったということでよいか?」
と、“後” を強調する念の入れようだ。
このまま “向こうの話す事実” を記録されてしまうのも少し癪だったので、少し口を挟んでみる。
「事実という意味では、我々の船が無ければ、クィーンバタフライ号はあの砲撃で回避も防御もできず、爆発四散していたことも記録しておいていただけると助かりますわ」
「そうですな……タラレバはあまり意味がありませんが、ステーションからの攻撃がそれだけ殺意の高い物だったことは記録しておくということでよろしいですかな? ユメさん」
「そうですわね。なかなか本気の殺意を向けられると、心の底が冷えるものですわ。貴方にも経験はおありで?」
「そうですな、長い軍人生活の中ではそんなこともありましたな……そして、そんな貴女は昨日の今日でここに来るとは……見た目に似合わず豪胆ですな」
ジョージさんの口角が上がり、白い牙が見える。
怖いって……
「そんなことはありませんわ。今も怖いと思っていますのよ。目の前の紳士がいつまで紳士でいてくれるのか……とね」
「はっはっはっ。これは一本とられましたな。もちろん最後まで紳士として遇しますとも。昨日の件も事実の裏では色々なことがありましてな。ずいぶん思惑と異なる結果になってしまったと思っておるのです」
「それは話していただけないのですか?」
「そうですな、話の最後に興味おありであれば……どれもタラレバになる上に、身内の恥になりますからな。積極的に話したい話ではありませんがね」
「そうですか」
「では、ミルア君。事実確認は以上で終了だ。よろしいか?」
「はい。大丈夫です」
「ユメさんお待たせしました。少し話をしてしまいましたが、改めてお話を聞かせ願いたい。あなた方の正体と、目的は何ですかな?」
ジョージさんの目が真っすぐこちらを見て、細められる。この緩い会話からのシリアスな転換に飲まれてはいけない。
商談でも、やり手の社長さんが使ってくる手だ。動揺を見せないように表情だけは薄っすらと微笑みを残して考える。
正体と言われても何を話せばいいのか……旧帝国の船に乗っているけど旧帝国とは関係ない……と思うし、目的も宇宙を救うとか、頭おかしいと思われても仕方ないレベルだ……そもそも何をすればいいのかもはっきりとはわかっていないし……
頭の中をぐるぐると考えがループし始めたころ、ジョージさんが再び口を開く。
「やはり話してはいただけませんか……それではこちらから質問しますので答えられる範囲で教えてもらえませんか?」
「そうですわね。かまいませんわ。ですがその前に、これからここで話すことはオフレコということにしていただきたいのですが、了承していただけますか?」
「それは、非記録という意味ですか? 非公式という意味ですか?」
これは翻訳の粗が出たのか?
確かに、自分でもどっちの意味で使っているか、ちゃんと考えていなかったかもしれない。
そうだな……まずは記録が出回らない様にしよう。
こういった記録が独り歩きをすると、碌なことにならないのは身をもって知っている。
「主に記録という意味で問題ありませんわ。本当は “ここで見知ったことは公言しない” 位の確約を取りたいところですが、貴方のお立場もありますでしょう? 職務上の義務に関しては致し方ありませんわ」
「分かりました。了承します」
「それでは遮音フィールドを張らせていただきますね」
ジョージさんが頷くの確認し、エンジュから預かった丸いペンダント型のフィールド発生器をテーブルに置く。これでテーブルの上に、音響的に隔離された空間が出来上がる仕組みだ。フィールドのサイズはエンジュが遠隔で上手い事やってくれるらしい。
「ほぅ。これは便利ですな……ラルフ聞こえるか?」
ジョージさんがこちらを向いたままラルフさんを呼ぶ。しかし、全く聞こえなかったようで、特に席から立とうとはしない。
「素晴らしい性能ですな。それでは、そうですね……まず先日ミルアさんの船を収納した船はガルーダ帝国の物と酷似していました。あの船は旧帝国の遺品ですか?」
「帝国が残したものという意味ではその通りですわね」
「あの船の指揮権をお持ちで?」
いいえ、と言うと「その人と話がしたい」となってしまいそうだ。
少し危険度は上がるが、私がその責から逃げる訳にもいかない。
「はい」
「貴女は、誰かの指示で行動しているのですか?」
やっぱり上は気になるか……
上司や上官は居ないけど、組織の規模は基本的に教えてはダメだ……と習ったなぁ……
神様が上官? ……言えないよなぁ……
「……ひみつです」
「そうですか……では、他に船はありますか?」
これも規模の話だけど、何隻かは見せちゃってるし、これからも見せるつもりなので、ぼかして答えようかな……
「そうですね。数は答えられませんが、他にもありますわ」
「要塞というのに心当たりは?」
ぅ。旧首都星の事件の情報を持っているなら要塞も知っているか……
つなげられてしまっても問題ないかな……?
「情報が速いですわね。確かに我々の一部ですわ」
横でミルアさんが驚いているが、まぁ説明する手間が省けたと思っておこう。
「近くにいますか?」
要塞の移動ができないのは最大の秘密だ。ここはこの答一択で。
「……ひみつです」
「では次に、ミルアさんとの関係ですが、昨日このステーションで会ったのが初めてではありませんよね?」
「そうですね」
「それは、クィーンバタフライ号の事故の時ではありませんか?」
的確過ぎて苦笑いが出てしまう、ついでにミルアさんの方を少し見ると、両手を胸のあたりに挙げて “私は喋っていない” というジェスチャーをする。
「彼女からは何も聞いていませんよ。あくまでも推測です」
すかさずジョージさんからフォローが入る。ミルアさんが少しホッとしているが可笑しい。
「ご明察の通りですわ。あの事故を助けたのは私たちの船です」
「仲間の危機を救っていただいたことには感謝いたします。何か対価は必要ですか?」
ん~、欲しいものは色々あるが、対価といわれるとちょっと違う気がするなぁ……
あ、こういうのはどうかな……
「対価なんて必要ありません。ただの人助けですから……あぁそうですね。ミルアさんをいただきますわ。連邦が育てた逸材と聞いております。本人も納得しているので文句はありませんわよね?」
「ミルアをですか……? 確かに彼女はすでに連邦の職員ではないですし……本人が納得しているなら問題はありませんが……」
ジョージさんの視線がミルアさんに向く。
ミルアさんは耳まで真っ赤になって、コクコクと首を縦に振っているので、意思表示としては大丈夫だろう。
「ん、亡命になるのか……? 国じゃなければ亡命には……失礼ですが、ユメさんは連邦の市民ではありませんよね?」
「そうですね」
「我々が知っている国の勢力の一つですか?」
「おそらく違いますね。ですので、あなたがたの文化や歴史や地理を知りたいと思っております」
「それらを知った後は……?」
ジョージさんの喉が動く。首も大きいので動きが丸見えだ……
「仲良くしたいと思っていますよ。ただ……」
「ただ……?」
「いずれはこの銀河を離れることになると思います」
「……貴女はこの銀河の外から来たのですか?」
軽く微笑んであえて返答しない方向で様子を見る。
ジョージさんが胸元からスカーフを取り出し汗を拭う。
目が色々な方向に動く。
今、必死で考えているのだろう。
「あ、貴女がたは連邦と国としての交渉を望みますか?」
「難しい質問ですね。現時点ではそういった希望はありません。現在の我々の望みは……そうですね…… “観光” ですわ。ただ、お互いに要望が大きくなった際に、一市民と国家では交渉になりにくいでしょう? その時は国として対応することにやぶさかではありませんわ」
「“要望” と仰いますと……?」
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