031 - グルンフィルステーション
「さぁ、連邦のお勉強をしましょうね! 」
「「「はーぃ」」」
「まずは手に入った情報の範囲ですが、ミルアさんの船に関する物理的な構造、おおよその機能、そして、コンピュータに関しては、暗号化されていない一般情報になります。 逆に手に入らなかった情報は、エネルギーパックの詳細、暗号化された指示書や作戦書、資産に関する情報、個人情報等になります 」
「彼女の船が事故に至った原因に関しては、わからなかったということかしら?」
「はい。 彼女が言っていた通り、暗号化されたメールを受け取っていたようですが、内容に関しては不明です。 まぁ状況証拠的には真っ黒ですが…… 」
「状況から何が起きたかはわかっているの?」
「一部に推定が入りますが、流れはわかりました。 暗号化されたメールにより、リアクターの制御OSが停止または暴走したと推定されます。 その結果として、ワープ機関が停止すると同時に、バックアップの動力回路にも被害が及んだ模様です。 その後、緊急保護機構が作動して通常空間に戻った後はご存じの通りです。 彼女にとって不運だったのは、バックアップの動力回路が死んでしまったこと。 幸運だったのは緊急保護機構が完全独立していたこと。 でしょうかね 」
「バックアップ動力回路が生きていたら、どうなったかしら?」
「その時は、緩やかにワープを停止して、通常空間に戻って、救援要請か、自己修理でしょうね。 実際はリアクターを再起動すれば治った可能性が高いですね 」
「連邦のセンサーに関してはどう? 脅威となりそう?」
「それに関しては、彼らのテクノロジー一般の話から始めさせてください。 まず、彼女の船の話から始めますが、彼らのテクノロジーは我々の知っているテクノロジーと比較して、かなりアンバランスな印象を受けます 」
「アンバランスってなんだ?」
ラングの質問がありがたい。
「表現が少し難しいのですが、一般的な文明が辿るテクノロジーマップと比較して、進んでいる所と、遅れている所が極端なんです。 例えば、リアクターに関しては我々の知らない技術が使われている一方で、ワープやセンサー、コンピュータ、複製技術などは数世代古い技術が使われています。 通信に関しては同等か少し遅れいる程度です。 全体的に省エネルギー方向に力を入れている感があります 」
「一点突破の頑張り屋さん、ってことですか?」 とタマミちゃん。
「頑張り、という言葉では済まないレベルですね。 靴は運動靴で体に葉っぱ、くらい違うかと 」
「それは……」
タマミちゃんのエ~。という表情もよい。
「ミルアさんが語っていたように、彼らの文明は、我々の文明崩壊の影響で一時的にリセットされたところからスタートしているようです。 そして、文明の知識の欠片や残った遺物により、急速に発展した分野と、再び0からスタートした分野に極端な差が出ているようです。 それで、彼女の船に付いていたセンサーですが、先ほどお伝えした通り、数世代前の古い技術によるものでした。 ただ、最近交換された形跡がありました。 おそらく、連邦の船を払い下げる際に民生品に交換されたと思われます 」
「軍用品はもっと性能が高いってことね?」
「そうですね。 普通に考えるとそうなります。 ただ、文明の成り立ちを考えると、新しく開発した技術よりも、脅威はむしろ帝国の遺物かもしれませんね 」
「ちなみに、進んでいる部分はなんだっけ?」
「リアクターですね。 カラードクァンタム機関とその燃料に新しい技術が使われています。 どうやら彼らはカラードクァンタム機関から出力されるカラードクァンタムビームを、安定化高密度パッケージにすることに成功したようです。 これにより、複雑なカラードクァンタム演算機を不要としたカラードクァンタム機関と、パッケージ化したカラードクァンタムビームをエネルギーパックとする貨幣経済を構築しているようです 」
ん? 半分しかわからないな……
「もう少し簡単に言うと?」
「エンジンが小型で高出力で安価になり、燃料はエネルギーパックとしてちょっと危険で、お金になりました 」
「すごくよく分かったぞ!」 とラング。
「さすがです、エンジュ先生!」 とタマミちゃん。
「でもそれって、進化なの? 燃料を買わないといけないんでしょ?」
「いろいろな側面がありますね。 一つ目は船の性能の点。 小型で高出力で安価ということから、小型船でも強力な火力を持つことができます。 二つ目は船が簡単に作れる点。 これは艦隊等を揃えるのが容易になります。 デメリットはガス欠になると何もできなくなる点ですね。 最後は為政者の管理の点です。 艦長わかりますか? 」
「うーん……お金になるような価値があるものがあると、経済が回しやすい……かな?」
「半分正解です。 市民が購入し続けないと生きて行けないとしたらどうですか? 」
「あ、わかった。「働かざる者食うべからず」だな!」
ラングが手を挙げながら元気よく言う。元気な小学生感がまぶしい。
「結構えぐいわね」
「まぁ、政治は綺麗事だけでは回りません。 彼らの文化はこのエネルギーパックを得るために、一生懸命働くことで維持されているのでしょう。 実際、旧帝国ではエネルギーが豊富に使えたために、何もしない市民をどうするか? という問題が、長期にわたって議論されるほどでしたから…… 」
「それで、エネルギーパックは作れないんだっけ?」
「そうですね。 燃料区画にある高エネルギーパッケージということで、爆発の危険を考慮して詳細なスキャンを行っていません。 現在の我々の知識では作成不可能です 」
「作れれば、交渉材料としてかなり万能なんだけどなぁ」
「まぁ、直接の交換こそできませんが、彼らの文明は「エネルギーに対して価値を払う」という価値観があると思われます。 なので、エネルギー供給を持ち掛けてみるのはありかもしれませんね 」
「エネルギーは私たちが欲しいんだけどね……ちなみにそのエネルギーパックは、私たちは使えるの?」
「はい。 彼らのリアクターは、我々のリアクターの一部で構成されていますので、技術的には互換性があります。 パック投入部の新設だけで、使用可能です 」
「それはいいわね。仕事をすればエネルギーパックもらえるかしら?」
「必要なエネルギーを考えると、簡単な仕事では焼け石に水だと思いますが…… 」
「まぁ、選択肢が増えるのはいいことよね!」
「グルンフィルステーションまでの距離2.2光日、到着予定は2.5分後でス」
「到着予定ポイント周辺に危険物および艦船様人工物ありません。また、本艦に反応する物体及びシグナルもありません」
「ワープアウト座標確認。グルンフィルステーションを進路10俯角20にとらえました。速度は10.0、ワープアウト後、減速しまスか?」
ラングとタマミちゃんが状況を報告してくれる。報告の仕方もどんどんスムーズになっている。
「そのまま進んでみましょうか。そのまま進んでも10日掛かるくらい離れているのよね?」
横に立っているエンジュに確認する。
「そうですね 」
「ではそのままで」
「了解! ワープアウト後は光速の10%でグルンフィルステーションに接近しまス。 ワープアウトまで5、4、3、2、1、0 ワープアウトしました。ワープフィールド消滅、機関正常です」
「周辺に危険物および艦船様人工物ありません。グルンフィルステーションの高精度スキャンを実行します。「あ、待ってください! 」
エンジュが、タマミちゃんの言葉を遮った。
タマミちゃんもちょっと驚いて、コンソールから手が浮く。
エンジュが慌てるとは珍しい。
「いきなり他の文明にアクティブスキャンをするのは禁止ですよ。 敵対行動とされる可能性がありますからね 」
「ご、ごめんなさい」
エンジュのいい方は優しかったが、タマミちゃんは肩が少し小さくなってしまった。
「先に言っておかなかった私のミスですね。 この場合はパッシブスキャンを実行しましょう。 場合によっては自然ノイズを真似た偽装アクティブスキャンを使いますよ 」
「はい、了解です。パッシブスキャンを実行します」
タマミちゃんが姿勢を整えてコンソールに向き直る。
「光学望遠映像も出せるぞ……出せます。メインスクリーンに出しまス」 とラング。
スクリーンに出たのは銀色のドーナツと太めの中心軸を持った宇宙ステーションだ。
意外に見たことのある形で、ちょっと可笑しくなってしまった。
「光学望遠映像は一日前の姿ですね 」
「あぁ、光が進むのに一日掛からるからか? この前習ったな!」
ラングもちゃんと勉強している様だ。私も置いて行かれないようにしよう。
「これは静止画?」
「いえ。 動画です。 映像に動きがないのは実際に動いている物がないだけですね 」
「回っていないのね……それに誘導灯みたいな物もないのね……」
光っている部分はあるのだが、点滅はしていない。じっと見てみても静止画としか思えない静寂ぶりだ。
「重力は回転しなくても発生できますし、誘導灯は基本必要ないですね。 一応、船が近づけば点くとは思いますが…… 」
「とりあえず、タマミちゃん。わかったことを報告してもらえるかしら?」
「はい艦長。グルンフィルステーションに関してパッシブスキャンを実行中です。まずステーションのサイズですが、ドーナツ部の外径が4 km、軸部の全長が5 kmになります。人数は5万5千人。出力は10の15乗W前後。中心の軸部にはドッキングステーションと思われる場所があり、船が多数格納されていると思われますが、構造物との切り分けができていないので正確な艦数は不明です。なお本艦がワープアウトしてから大きなエネルギーの変動や人の移動はありません」
「とりあえず気が付かれたってことはなさそうね?」
「こちらに対するスキャンや通信も感知できませんので、おそらく大丈夫かと思います」
「エンジュ、補足説明はあるかしら?」
「はい。 該当ステーションは旧帝国の球殻防衛コンステレーションシステムの第9リング衛星を増改築したものであることがわかりました。 当時の設計図は残っていますが、外形も中身も別物と言えるくらい変えられてしまっていますね 」
「防衛っていうのは、首都星の?」
「はい。ラングとタマミちゃんの故郷の星を中心とした半径30光年の防衛システムです 」
サブスクリーンに旧首都星と昔の防衛システムの模式図が表示される。
そうか、30光年が5時間で着く世界なら、このくらいの位置に防衛拠点を作りたくもなるのだろう……
「ほかの衛星は残っているのかしら?」
「センサー上はありませんね。 現地に行けば残骸くらいはあるかもしれませんが…… 」
「そう……それでどれくらい変わっているの?」
「まず全体的に太っています。 質量で5倍ほどになっていますが、原因としては当時の定員に3200名に対して現在5万名以上生活していることから、増改築で居住ブロックを増やしたと推定されます。 そして出力は逆に10万分の1以下になっています。 最大出力は今のところ不明です。 この辺は、稼働している設備に因るので何とも言えません。 また、センサージャミングも行われていませんし、防衛システムも満足に動いていないようです。 武装に関しては油断しない方がよいとは思いますが、当時の武器ポートが表面から埋もれているので大半の武器は使用できないか、そもそも取り外されていると考えてよいかと思います 」
サブスクリーンに新旧のステーションが表示されて変わった部分が表示されているが、全体的に色がついてしまっていて全部違うと言っているような状態だ。
「昔のステーションはスマートだな」
「色も綺麗ね。私はこっちの方が好きかも……」
「そう。なんだかパッとしないわね……」
星間文明の宇宙ステーションというから豪華なものを想像していたのだが、期待が裏切られた気分だ。
「逆に言えば、セキュリティが甘いとも言えます。 侵入もそれほど難しくないかもしれませんね 」
見方を変えれば、身分のない我々にはちょうどいい物件ということか……
「いっそこのまま接近して侵入してみる?」
笑いながら二人に視線を送ってみると目を逸らされた……解せぬ……
「艦長。 もう少し様子を見た方がいいかと思います。 彼らの生活パターンや船の往来の様子でわかることもありますし 」
「そぉね……ところで、彼らは何でここに住んでるのかしらね?」
「それは、こちらの星図をご覧ください 」
艦橋の別のサブスクリーンに銀河系を上から見下ろした形の星図が表示された。現在位置は、銀河にある腕の一つだが、その先が赤い領域でマーキングされている。
「赤いマーカーがある領域がVoid時空間断裂状態の領域です。 グルンフィルステーションから5光年ほど先から横幅2500光年、奥行き8000光年、高さ200光年にわたってワープが極めて困難な領域になっています 」
このステーションが、赤い領域の出入り口にあるように見える。
「彼らは門番なのかしら?」
「いいえ。 どちらかというと、前線基地。 それもお宝回収の拠点、というのが実際のところでしょう 」
「お宝!?」 とラング。
「宝石かしら?」 とタマミちゃん。
「なんで、Void時空間断裂状態だとお宝があるの?」
「順を追って説明しましょう。 まず、Void時空間断裂状態ですが、これは過去の戦争の痕跡です。 細かい説明は省きますが、過去に首都星への侵攻を阻止するために大規模な艦隊戦が行われました。 そしてそこでは無数の艦隊が兵器を使い、惑星は破壊され、恒星は盾になり、時空構造体はダメージを受けました。 結果として多くの船や構造物が破壊、放棄、漂流しています。 一方、現在の連邦にとって過去の遺物はロストテクノロジーの塊です。 彼らとしては、それらの遺物を欲しいと考えている……と思いますが、Void時空間断裂状態が邪魔で簡単には手に入れることができないというわけです 」
「ワープが使えなければ、中心部に行くのに何千年もかかるということね?」
「実際は、回り込めばよいのでもう少し短縮はできますが、それでも気軽に行ける場所ではないでしょうね。 Void時空間断裂状態の中でのワープ移動は5次元迷路だと思ってもらえばよいかと思います 」
「5次元の迷路か……それは大変そうね……その廃品があれば、修理は進むかしら?」
「「!?」」
二人が強く反応してこちらを振り返る。
が、無視!
「彼らが到達している所には、ろくなものが残ってないでしょうね。 手つかずの場所はあるかもしれませんが、地図なしでは何年かかるかわかりません 」
「まぁそれもそうね。でもチャンスがあれば行ってみたいわね!」
「「!」」
「古戦場よ。しかも宇宙の! ロマンがあるとは思わない?」
「なんか聞いていると危ない感じしかしないんですが……」 とタマミちゃん。
「まぁでも昔の戦争の跡っていうだけなら、見てみるのもいいかな」 とラング。
「昔の兵器が生きている場合もありますからね~。 いきなり「どかん!」という可能性もないわけじゃないですね~ 」
ラングの近くに移動したエンジュが、ラングの耳の傍で大きな声を出し、ラングを驚かせた。
びっくりしたラングが、椅子から落ちそうになっている。
たまに、エンジュもラングをからかうのよね……
それはそうと……
「さて、どうしましょうかね……」
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