026 - イレギュラー撤収
「とりあえず、エネルギー回収の作戦行動は、すべてエンジュによる自動操艦に切り替えて頂戴。任せて大丈夫よね?」
「はい。 お任せください 」
「二人とも、作戦会議よ。エンジュ、もう一度説明を」
「ふぅ。つかれた~」
「船が多くなると緊張しますね……」
二人が手を止めて、こちらに向き直る。
そして、エンジュにより先ほどの説明が模式図付きで繰り返される。
「詳しい状況は分かる?」
「はい。 ある程度ですが…… 当該艦は、今からおよそ2時間前に、エネルギー喪失事故を起こしたようです。 事故当時当該艦はワープ中であったことから、緊急保護機構により緊急減速を実行したと思われます。 そして、つい先ほど通常空間に復帰しました。 その後、バックアップシステムによる自動送信の救助要請メッセージを発信するも、4回目の途中で中断、おそらく完全エネルギー喪失状態になったと考えられます。 ちなみに、メッセージの内容を信じれば、本件の連邦艦と、先日本艦に警告を出してきた連邦艦は異なります 」
「あら、そうなの。別の船なのね……」
「ついでに言えば、当該艦は現在、隠蔽等を何もしていない "ただの箱" 状態で宇宙空間を漂っていると思われます。 該当艦のサイズは200m以下の小型船と推定されます。 但し、ここからでは内部の状態はモニターできません。 クルーの人数、生死も不明です 」
5.5光年先の状況をこれだけ分かるだけで十分すごいと思う。
「ちなみに放置した場合どうなるかしら?」
ラングとタマミちゃんが「ぇ」という顔をしている。まぁ、そこは少し待って欲しい。
「当該艦は、最優先すべき救助要請メッセージも満足に送れない状態で、かつクルーの意識も無いと考えられる状態と考えられます。 順当に考えると、環境維持や修理活動も満足にできないということになります。 当該艦を通常の小型船のスペックと仮定すると、このような場合の50%生存時間は、クルーに怪我がない状態で24時間となります。 一方、救援状況に関しては、先ほどの、救援要請メッセージは弱いながらVoid空間通信ですので、おそらく他の連邦艦のいずれかには届くと思われます。 また他の勢力に与する艦船が救援に答える可能性も十分にあり得ます。 但し、これまでの周囲の状況から24時間以内に艦船が現れる可能性は10%以下です 」
これは救援に向かう以外の選択肢は無いか……?
「艦長! 救援に向かおうぜ!」
「ワープで向かえば3時間以内に到着できます。助けてあげてください」
ラングとタマミちゃんもやる気だ。
「そうね。最後に……罠の可能性は?」
ラングとタマミちゃんが「ぇ“」という顔をしている。ちょっと心が痛い……でも相手は連邦艦だ……万が一があれば、命に係わるかもしれない。
「残念ながら、非常に高いと言わざるを得ません。 彼らのテクノロジーレベルは不明ですが、一般に移動手段の事故率は非常に低いのが通常です。 それがこの過疎なセクターで、この近距離で、しかもこのタイミングで起こる確率は、控えめに言っても奇跡です 」
「やっぱりアレ? 首都星のSOSを助けたから?」
「可能性は高いですね…… おびき出す餌として、今回の事故が仕組まれたという可能性は十分考えられます 」
「そこまでするか~?」
「でも本当に事故の可能性も……あるんじゃないでしょうか……?」
二人は罠の可能性は信じられない様だ。首を左右にひねっている。
「近くに行けば分かるかしらね?」
「不用意に近づくと、いきなり「ドカン!」という可能性もありますが、十分注意して接近すれば大丈夫でしょう。 それに、今回の件は我々にとっても幸運かもしれませんよ。 彼らの船をスキャンできれば、おおよそのテクノロジーレベルが分かり、コンピュータにアクセスできれば、彼らのテクノロジー、社会基盤、文化等の情報が手に入るかもしれません 」
「エンジュが悪い顔になってるぞ……」
「シッ。聞こえるわよ……」
ドカン! の部分で脅かされたラングが、エンジュに毒づいている……
「何はともあれ、彼らとの正しいファーストコンタクトができる可能性もあるわね! とりあえず、出たとこ勝負にはなるけど、救援に向かいましょ。安全には十分注意してね」
「「「了解!」」」
「艦長。 エネルギー回収ミッションはどうしますか? 計画通りとしてもあと5分ほどですが…… 」
「その5分で間に合わなくても後味が悪いわね。当初の計画とは少し違うけど、イレギュラー撤収を実行するわよ。もちろんプランは回収撤収……だけど戦艦の恒星内通過は無しね!」
ここでプランBね! とか言って無駄に混乱を生じさせても仕方がないので丁寧に伝える。しかし、準備しておいたことが役に立つのは素直に嬉しい。
「よぅし! ラング! まずはビームを止めて頂戴!」
「了解! 貫通ビーム停止、続けて加熱電磁ビーム停止」
ビームが止まると、星に開いた穴も密閉され視覚的な静寂が訪れる。(もともと音は無かったのであくまでも視覚的にだが。)
「ビーム停止しました。ベクター機関解放準備。準備完了」
「マテリアルディスペンサー停止。資材を戦艦カーゴベイの形に集積します」
二人が手際よく撤収準備を進める。
「ラング! 恒星圧縮解放。ゆっくりね」
「艦長! よろしいでしょうカ?」
ラングの声が裏返った。だいぶ緊張しているようだ。
「ん? どうしたの?」
「恒星の中を通るやつをやっておきたいでス」
「どうしたの藪から棒に? 緊急事態じゃないから、回り道して戻ってきていいのよ?」
「いえ。危険がないなら、試しておいた方がいいと思いました」
「危険が全くないわけじゃないのよ?」
「俺、助けられた時のことをたまに思い出すんです。大きな車が上から迫ってきて、もうダメだと思いました。あの時、艦長はギリギリで俺たちを助けてくれました。一秒でも遅れていたら助からなかったと思います……だから、助けに行くなら、出来ることは全部やっておきたいんです。少しでも早く現場に到着するために!」
ラングが熱い。
自分たちが助けられた事と重なって見えるのかもしれない。
「エンジュ、どう?」
「いいんじゃないでしょうか? 本行動による危険因子は標準作戦係数以下です 」
タマミちゃんを見ると、手を胸の前に合わせているが、小さく頷く。
「分かったわ。ラングリア君! 勇気を見せなさい!」
「了解! 艦長!」
緊張感の乗った声が艦橋に響く。
今のその船の艦長はあなたよ、と思いつつチャチャは入れない。
「移動経路確認OK! 機関正常。シールド正常。恒星開放タイミング同期OK」
みんなの目がラングに集中する。
私も万が一の事態に備えて集中する。杖を持つ手に力が入る……
「準備完了。移動を開始します!」
パネルの上に置いた指が動かない……
動かない……
非常に長く感じる時が流れる。
一度ラングが目を瞑り、息を吐く。
そして息を吸いながら……
目を開けて……
ッピ
「ラング艦、移動を開始。 恒星圧縮解放…… 正常。 ラング艦、恒星表面を通過 」
「うぉ! なんにも見えません」
「落ち着いて! 計器を見るのよ!」
「あ、そうか……はい。大丈夫です。シールド維持。振動もほとんどありません。資材回収ポイントまで300秒」
「続いて工作艦、移動開始。 艦隊再編ポイントまで18分を予定 」
ちなみに工作艦は、少し大きくなった恒星表面近くを移動してくるので、少し遅くなる。しかし、戦艦と違って荷物の積み込み作業が無いので、合流・編成に問題はない。
「さぁ、ラングが頑張って作った時間を無駄にしないように、準備を進めるわよ!」
「「了解!」」
回収ポイントに到達後の細かい作業は、全てロボット任せだ。無事に恒星を抜けてきた戦艦のカーゴベイに次々とコンテナが収容されていく。
「カーゴベイの閉鎖ロック確認。資材回収完了しました」
戦艦のカーゴベイのハッチが閉じるのを確認すると、ラングが報告してくる。
その間にも、各艦はワープ準備の為に配置に着いていく。
「各艦配置に着いています。ワープフィールド共有化完了。事故船に向けたコース設定完了。いつでも発進できます」
ラングの危機(?)も去り、タマミちゃんがテキパキと発進準備を完了させる。
「それでは、事故船救出に向けて全艦発進!」
「ワープ航法開始します。ワープフィールド正常。ワープ加速度……正常。目標までの距離5.5光年。到着予定は2.3時間後でス」
「さて、作戦タイムの続きと行きましょうか。まずはラングの勇気ある行動のおかげで、最短で撤収作業を完了することができたわ。よく頑張ったわね!」
「ありがとうございまス!」
「それでは、イベントタイムの確認をしましょう。エンジュお願い」
「はい。 当該艦がエネルギー喪失事故を起こしたのは、今からおよそ2.4時間前。 そして、通常空間に復帰したのは25分前です。 我々が到着するまでの時間は2.3時間で、事故発生を起点とすると、4.7時間後になります。 現地に着いてからのプランは今の所未定です 」
「どこからどういう風に接近するかも問題ね……事故船の様子は?」
「今の所、沈黙しています。 爆発等の危険な兆候も見られません 」
「我々の他に、救援や接近している船はあるかしら?」
「センサーにはなにも出ていません。 ワープ中の船は基本的に検出不可能ですので、突然現れる可能性は否定できません 」
「船の詳しい状況は、どれくらい近づいたら分かるの?」
「1光年に以内に入れば船の形、人数、動力の状態は分かると思います 」
「時間は?」
「1時間40分後です 」
「そう……では、差し当たってすることもないし、休憩にしましょう。疲れたでしょう二人とも。軽くお昼寝をしてもいいわよ」
「はーい」
元気のいい返事が返ってきたのはラングだけで、タマミちゃんは何か言いたそうだ……
「艦長。怪我の手当の方法を勉強してもいいですか?」
「ん~。勉強するのは構わないけど……今回の出番は無いと思うけどいいかしら?」
「……ダメですか?」
タマミちゃんが、ちょっと悲しそうな顔をする。
もう少し詳しく説明してみよう。
「今回は色々と状況がよくないわ。罠の可能性もあるし、相手の状況も分からない。ましてや相手はあなたが会ったこともない異星人ですもの。下手をすれば、何が怪我かも分からないのよ?」
「そうです……ね」
「それよりも、まずはファーストコンタクトを上手に行うことに集中してみましょう。あなた達と私もファーストコンタクトがよかったから上手くやってこれたと思うのよ。今回の相手が仲間になるとは思わないけど、味方くらいにはなってもらえたら有難いし、少なくとも敵対するよりマシよね」
「わかりました。ファーストコンタクトを頑張ってみます!」
「ではファーストコンタクト講座をやりましょうか! 」
「「え“?」」
エンジュが割り込みを掛けてきた。
このままいくと講習会モードになってしまう……
「大事なんでしょう? やっておいた方がいいですよっ! ファーストコンタクト講座ッ! 」
「「「はぃ」」」
なってしまった……




