002 - 管理者
「もしかして神様ですか!? それとも世界の管理者とか?」
「そう、君の言葉に含まれる概念とは少し異なるが、まぁ似たようなものだ。話が早くて助かるが、適応力高すぎないかね、君?」
「いやいや、これくらいは普通ですって。で、私が行く世界はどこですか? 痛いのや、酷く汚いところは勘弁してほしいんですけど……あと、当然チートは必須ですよ! ただの一般人じゃあっという間に死んじゃいますからね!」
「まぁ、まて、落ち着け。順を追って説明しよう」
「あ、お願いします」
つい癖で頭を下げてしまう。と、同時に自分が椅子に座るような格好で対面していることに気が付く。
「まず私だが世界の管理者という理解でおおよそ間違っていない。そしてここは……私のミーティングスペースだな。君がここにいる間は、現実世界は止まっていると思っていい。ここまではいいかな?」
周りを見回しても何もない。ただ、白い世界が広がっている。
「はい、とりあえず」
「そして、私からは依頼がある。君はこれを受けてもよいし、受けなくてもよい」
「受けなくてもいいんですか? その場合は?」
「もちろん君の意思に反して強要はしない。ここに来る前にも聞いただろう?」
あ、あれも肯定と取ったのね。ま、いいけど。
「受けない場合は先ほどの日常に戻ってもらう。ここでの出来事は無かったことになるし、君の周りでそれに気が付く人もいない」
「ずいぶん紳士的なやり方ですね」
「もちろんだ、管理者といっても基本的には君たちには干渉しない。今回は特例だよ」
それだけやばい案件ってことか……と思うと同時に勇者モノならそんなものよねと思い直す。
「話を続けてもいいかな? 君たちの世界は危機に直面している。私からすると、“少し困ったこと”くらいなのだが、君たちにとっては、文字通り滅亡の危機と言っていい」
「そうすると、今の世界で何かを倒すとか、探すとかそんな系ですか?」
「いや、活躍の舞台は君の知っている地球ではない。“異世界”だ」
異世界なのに、君たちの世界の危機なのか? という疑問はとりあえず横に置いておいて……異世界ものキター。定番中の定番。読みまくったラノベの知識、自分で書く小説を補強するためにWikiを読み漁り、Youtubeの技能動画を見まくった私なら、何が来ても怖くない。内政チート知識OK。料理知識OK。素材や加工の知識もざっくりはOK。あとは輸送やら、魔法やら、超絶身体強化があれば万事OK。これで勝つる。
「異世界ですか?」
「そうだ、そこで“装備”をそろえて、最後“奈落の穴”に“魔法”を撃ってもらえばよい」
「それだけ聞くと簡単そうですが、私が選ばれた理由は?」
「いろいろあるが、最も可能性が高いからだ。現地の人はもちろん、異世界を含めてもね。普通はこんな依頼は受けてもらえない」
「まだ受けるとは言っていませんが」
「そうだったな。では次に、君へのプレゼントだ」
来たチートタイム。ここですべてが決まる。がめつく、でも機嫌を損ねない程度に頑張らなくては。
「まずは“言語パック”。便利な概念だ。標準的な種族の読み書きは、これで大丈夫だ。おまけで“演算アドイン”も入れておこう。単位の換算は意外に面倒だからね。一応言っておくと、あくまで“言語”ね。鳥に人の言葉は通じないぞ」
「その言い方だと、鳥の言葉はわかるのですか?」
「あぁ、“おなか減った”とか“敵がきたー”とかはわかるぞ。あくまで鳥が自発的に発する言葉だけだね」
長年飼ったペットと同じくらいには意思疎通ができるのだろうか、ちょっと試してみたい。
「次に“次元収納”。これも便利な概念だな。実際に実現させる仕組みは相当に大変だが、意識しないで使えるようにしておこう」
よし! これで貿易関係の資金調達が可能! かなりイージーモードだ。
「あとは“魔法”だな。右手の甲に紋章をつけておいた」
そう言われて右手に視線を向けると右手に青く透き通るような模様がついているのが見えた。鳥の羽と中央に円状のオブジェが配置されておりなかなかに凝っている。ちょっとかっこいいが、勝手に入れ墨を入れるなんて……
「普段は見えなくなるので心配はいらない。その紋章に意識を向ければ魔法が使えるはずだ」
心の中を見透かされているような気もしたが、普段消えているなら問題はないかな。
意識するだけで使えるなら、無詠唱も可能かな。
「と、以上が初期装備となる。あとは現地に杖と船も用意しておいた。このくらいで満足かな?」
杖はともかく船? 最初は徒歩じゃないのだろうか? 馬車の旅も楽しそうなのだが……
それよりもチートお代わりをしなくては! ダメで元々、貰えるものはかじりついてでも貰えというのが、ばあちゃんの口癖だ。
「ち、チートをもう一つ!」
焦って少し噛んでしまった。ちょっと恥ずかしい……
「うーん、では“行動加速”はどうかな? 普段の何倍かのスピードで動けるようになるぞ」
おぉ、言ってみるものだ。これで相手の剣だろうが矢だろうが、“当たらなければいいのだよ!”っていうのができそうだ。でも、考えている時間が無いと結局動けないこともあるしなぁ……
「“思考加速アドイン”付きで」
……絶対読まれてる。
ま、いっか。
これで輸送、魔法、身体強化(?)と揃ったし、十分以上にやっていけるだろう……
「では、返答を聞こうかな?」
「ちょっと待ってください。まだ最終目的の詳細を聞いていませんよ。あと装備とやらも」
「その辺は、大丈夫だ。船が教えてくれる」
ゴーレム的な船なのかな?
道案内があるというのなら大丈夫だろう。
このまま戻っても、あの課長の下でしがないOL生活、特定の彼氏がいるわけでもないし、両親も他界、おまけに引っ越した先はあの隣人が待っている。このまま異世界ものに突入しても特に問題はないだろう。むしろ、心躍る冒険が待っているなら、考えるまでも無い。心残りがあるとすれば、先輩の明日香さんに心配を掛けること。今の仕事を放りだすことになってしまうこと。あとは執筆中の小説がそのままになってしまうくらいか……
「今の世界の周りの人は?」
「君が望むなら、君の存在自体が無かったことにしてもいいし、辻褄が合うようにフェードアウトでもよいぞ」
「うーん。では、フェードアウトの方向で」
自分の存在が無かったことになってしまうのはあまりにも寂しすぎる。どうなるのかは分からないが心配を掛けずに旅立てるならそうしてもらう。
「では受けてもらえるかな?」
「あ、あと若返りも!」
危ない、危ない、いくら今24才で慌てる年齢じゃないと言っても、異世界での結婚適齢期が同じくらいとはとても思えない。異世界で頑張っているうちに“気が付いたら30を超えてました”では話にならない。
「唐突だな。わかったそれも付けよう。16才くらいでいいかな?」
「もう一声」
「では14才」
異世界ものの成人年齢だと15才というのが多い気もするけどあんまり欲張ってもよくないよね。
よしこれで頑張ろう!
「わかりました。この“依頼”、謹んでお受けします」
「ずいぶん殊勝な心掛けだね」
初めて管理人から茶化すような突っ込みが来た。
「一応日本人ですので、神様に近いような人には敬意を払わないと……」
「ここまで結構フランクに話していたけどね」
「それは、まぁあまり神様っぽくないといいますか……ずいぶんフランクな話し方をするんですね」
「あぁ、これは君の意識体パターンに合わせているだけだよ。物理現象共々ね。ついでに、生活を少し見せてもらった」
「ぇ?」
「あのビンタはびっくりしたよ。たまたま、あのビンタされた個体からの視点で見ていたからね」
「おしりを触ったのも……?」
「おぃおぃ、勘弁してくれよ。私がそんな排泄物が出るところを触りたいわけがないだろう」
「何言ってんのよ! 失礼ね!」
思わずまた手が出てしまった。が、その手は相手の顔に当たることなく空を切り、バランスを崩した体はそのまま白い光に落ちていく。
「ハハハ、2度目はごめんだよ。……君も次は頑張ってくれたまえ」
「いつか絶対に当ててやる」と、よくわからない目標を脳裏に浮かべながらも、これから始まる冒険への期待で胸が高鳴るのを感じる。
そして、自分の意識が再び白い光の中に溶け込んでいくのを、ただ静かに受け入れた。




