153 - 白猫豹族 その6
三つの陣営が、じわじわと距離を取る。
反乱軍艦隊は第2惑星の衛星軌道上に陣取り、政府軍艦隊は遠巻きにしていた第3惑星付近の艦隊に合流していく。
そして、アマリリス艦隊とリンドウ艦隊は、その二つの艦隊から同時に離れる方向で、星系外に向けて移動する。
そのまま隠蔽でも、ワープでもしてしまおうかと思ったが、工作艦に匿った王族の処遇がまだ決まっていない。
可能であれば、然るべき陣営に届けてしまいたいが、どちらの陣営も多少の被害が出ているため、火消しを行っている段階だ。
本格的な交渉が出来る状態には見えない。
まずは、うちの中の人達に意向を聞いてみるか……
エンジュによると、彼らは医務室での治療が終わり、落ち着いた所らしい。
「エンジュ、ファーストコンタクトの仕切り直しをするわよ。ホロ転送で医務室……の外廊下へ」
「畏まりました。 準備はよろしいですか? 」
ラング、タマミちゃん、ミルアさんが頷くのを確認する。
「行きましょう!」
医務室の扉の前に立ち、扉を開ける。
カダン・ミタールさんが、こちらに気が付いて一礼。
大型の猫型生物は、視線を向けることも無く寝そべっている。
そして、ベッドの上で上半身を起こしている少年が、こちらを見て片手を上げる。
顔色は、あまり良くないように見える。
動きが少しぎこちないのは、ケガのせいだろうか……
少年に向けて、改めて自己紹介をしておこう。
「初めまして、私は、この艦の艦長のカンナヅキ ユメです」
「余は、ベンガル王国、第223代国王の血を継ぐ者、ラヴィン・ナビル・サジュールである。此度の事は、大儀であった。今後の方針は、家令に任せる」
うーん。セリフは、ばっちり王子様。
髪の毛は、栗色と白が混じったメッシュで、金色の瞳をしている。
服装がシンプルなのは、囚われの身だったからかしらね。
カダンさんと同じ種族の顔つきで、まだあどけなさが残っており、ラングと同じような少年らしさを感じさせる。
その上で、割とカッコイイと思う。
「怪我の具合は、いかがですか?」
エンジュからは大腿部に大きな裂傷と、腕に強い打撲があったと聞いている。
数日は歩けない、とも。
「貴殿のおかげで、傷は塞がり、痛みは随分と楽になった。感謝する」
「それは何よりです」
カダンさんが一歩出てくる。
交渉は、ラヴィンさんに任されていたものね。
「外のご様子は、いかがなっておりますでしょうか」
滅茶苦茶でした。
……と言いたいが、細かく説明するのも憚られる。
「先ほど、艦橋に戻った後、もう一つの艦隊が現れました。現在は距離を取っています。政府軍艦隊と一時交戦状態となったことから、あなた方の目的の組織かもしれませんね」
「さようでございますか……もし差し支えなければ、通信設備をお借りすることは、叶いますでしょうか」
「構いませんが、我々も不慮の事故から戦闘に巻き込まれています。相手方が回線を開くかどうか、分かりませんが構いませんか?」
「恐れ入りますが、ぜひともお願い申し上げたく存じます」
そこまで言われては、試してみる他無いだろう。
エンジュに軽く目配せをして、相手の反応を確認してもらう。
「反乱軍……とされる艦隊が回線を開きました。 ユメ艦長どうぞ 」
スクリーンに、太めの白猫豹族の男が現れた。
軍服のようなシルエットに、キラキラと輝く勲章を沢山付け、ふんぞり返っている。
見るからに不機嫌そうだ。
『私は、艦長のカンナヅキ ユメです。貴艦隊の責任者と、話をしたい方がおります』
『何を偉そうに要求している! 我々の崇高な作戦を邪魔した挙句、我が艦隊に攻撃をしておいて、責任者を出せだと!』
翻訳の後ろに、猫の威嚇した時の声、「ミ”ャー」とも「シャー」とも聞こえる音が入っている。
翻訳が無くても分かる。ぶちぎれだ。
『誤解があるようですが、我々から攻撃はしておりません』
『数ばかり揃えて、ハリボテの船で何もできなかっただけであろう。下賤の者たちは、身の程を知らぬと見える』
いちいち、腹の立つ言い方をしてくる。
相手にするのも疲れるので、さっさと選手交代をしてしまおう。
幸い、カダンさんも隣で聞いていて、交代の合図に頷いている。
『このまま変わりますね? ではどうぞ』 と言い、立ち位置を、カダンさんに譲る。
『カダン・ミタールである。作戦遂行、大儀であった』
『これはカダン公。我が血と爪は、貴き瞳のために。月光の加護、常にあらんことを』
耳が軽く伏せられているが、目が真っすぐカダンさんを見ている。
とても、猫っぽいと感じる。
『汝の血脈と爪を、我が瞳は確かに受け取った。しかし、先ほどの暴言は、誠にいただけない。ベンガル王国の上級貴族の誇りとは、かような言を弄することで示すものではない』
上級貴族に対して、この態度を取れるカダンさんも、かなり上位の貴族なのだろう。
『申し訳ありません。それで……今は、そちらの船にいらっしゃるのですね!』
『我々は今、この方々のご厚意により、保護を受けている身である』
『素晴らしい! このまま首都星まで向かえば、王政の復活も容易ですね!』
おぃおぃ、勝手に話を進めないでおくれよ……?
『愚か者。王政の復古を目指す意思は、我々には微塵も無いと、幾度となく申し伝えたはずであろう』
『いや、しかし……同士はこうして集まっておりますし、民衆も王の帰還をお待ちしております。これだけの戦力があれば……』
『何度も言わせるでない! 民は王政の復活など望んではおらぬ。この方々の戦力もまた、当てにすべきものではない』
流石、カダンさん。ちゃんと釘を刺してくれたようだ。
『そ、そんな……』『おぃ、マティール、もうよい。そこを変わりたまえ!』『こ、これはユディール侯』
相手が弱気になって、話が終わるかと思えば、向こうも選手交代か。
新しいのが出てきた。
先ほどの男よりも、さらに服装がピカピカだ。
『カダンよ。いつから、王族の決定に、異議を唱えることが出来るほど、偉くなったのだ?』
『誠に申し訳ございません、アミナ・セラフ・ユディール侯爵閣下。しかしながら、我々にはもはや、抗うだけの力が残されてはおりません。政府軍の艦隊もすでに動きを見せております。我が君におかれましては、これ以上の民の混乱を、何よりもお望みではないと存じます』
『生意気な! 後ろで聞いているのだろう。愛しい人! 我々と共に、新たな王政を築こうではないか! 答えてくれ!』
『貴公の愛しい人は、ただいまご休息中にございます。どうかお引き取りくださいますよう、謹んでお願い申し上げます、閣下。それでは、これにて通信を終了させていただきます』
最後まで一息で言い切ると、通信を閉じてしまった。
力なく首を振っている。
「ご容赦くださいませ。お話にはなりませんでした。我々には、王政を復古させる意志など無いのでございます」
ここに居る、どの勢力にも助力を得られない落胆が見て取れる。
一方のラヴィンさんも小さく首を振っている。こちらは顔色が悪い。あの侯爵が相手ではね。
向こうからの、一方的な感情ほど面倒なことは無い。
同性がどうとかは、面倒な話になりそうなのでスルーだ。
「この先どうされますか?」
カダンさんに改めて身の振り方を聞いてみる。
「ここに至りましては、連邦政府への亡命を希望いたしたく存じます。ユメ殿には誠に心苦しゅうございますが、連邦政府までご同行いただけませんでしょうか。対価につきましては、相応の額をご用意させていただく所存にございます」
亡命か……確かに、ここに居るどの勢力にゆだねても、碌な結果になりそうにない。
お代に大した興味は無いが、亡命の手伝いは、正直少し楽しそうだ。
「行先は連邦政府とのことですが、場所はどちらになりますか?」
「連邦議会を希望いたしております」
突然、横でコンソールに足をぶつけた音がする。
「えっ! あ、ごめんなさい」 とミルアさん。
なんでミルアさんが驚いたのかな?
「どうしたの?」
「あ、いえ、カダンさん、連邦議会って全生命共栄評議会のある、A3連邦中枢ステーションってことで合ってますか?」
「ああ、さようでございましたな。失礼いたしました。通常であれば、一般人の立ち入りが許されぬ宙域かと存じますが、ご安心くださいませ。航宙パスは、こちらにて手配可能にございます」
「あ、はい……」
ミルアさんはまだ少し引っ掛かっていることがあるようだが、行けると言うなら行ってみるのも面白そうだ。
「分かりました。あなた方は、我々が責任をもって、連邦議会まで運びましょう」
「ご配慮、誠に痛み入ります。それでは、三名の移送につきまして、改めてよろしくお願い申し上げます」
「大船に乗ったつもりでお寛ぎください」
私の言葉を受けて、一礼したカダンさんが、ふと後ろを見て言う。
「私といたしましては、大変広々とした快適な船内と存じておりますが、彼女にはやや手狭に感じられるようでございます。居候の身ながら、大変恐縮ではございますが、もし可能でございましたら、もう少し広い空間をご案内いただけますと幸いに存じます」
彼女というのは、大型の猫型生物の事だろう。
色々と、きつそうではある。
今は工作艦だが、戦艦に移住してもらってもいいかもしれない。
「畏まりました。夕食までに、大部屋をご用意しますわ」
「誠にありがたく存じます」
「それでは、私は艦橋の方に戻ります。何かあればエンジュにお申しつけ下さい。それでは失礼いたします」
よし、こっちはこれでよし!
エンジュに合図して、ホロ転送を終了し、フォージニアスの艦橋に戻った。
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