015 - 新任艦長講習会
「ぐぇっ 」
4日目の朝。いつものようにラングの首を太ももで締め上げて起きる。
明日の夕方には恒星系外縁に到達する予定だ。エンジュによると、この辺りを超えれば、通常は隠蔽状態を使わないらしい。
今はまだ、安全が欲しいので、慎重に行動することにする。
みんなで朝ご飯を食べて、少しゆっくりしてから、いつものように3人で新任艦長講習会を受ける準備をする。
今日のお題は、昨日できなかった範囲、『主機関と相転移炉に関して』だったかな。
「さて、本日の項目は主機関と相転移炉に関してです。 始めますよ~ 」
「「「はーぃ」」」
「では、まずは施設の時と同じように、艦内の位置を確認してきましょう 」
3人の目の前に大きめの艦内地図が表示される。中央部が丸く赤く光っていて、その周囲に点々と緑色に光っている点が表示される。
「まずは中央の赤い球体が相転移炉です。 相転移炉の直径はおよそ100 km、その周囲20kmは隔壁兼magitron粒子吸収体兼magitoron粒子保存構造体になります 」
艦の直径が360kmで相転移炉が120kmなので、かなり大きな部分を占める設備だ。
近い比率のイメージとして、アボガドとその種が頭に浮かんだが、さすがにちょっと無理があるか。
「エンジュねーちゃん、magitoron粒子ってなんだ?」
「今のところは便利なエネルギーと思っていてくださいね。 現在は、この相転移炉は故障中で使えませんが、本来はこの船の主なエネルギー源を生み出し、エムニウムやmagitoron粒子等の有用な資源を産出する機関です。 これの小型版が艦首部分にも搭載されていて、現在フル稼働中となります 」
球体から飛び出た、艦首部分が拡大表示され、その中に赤い丸が表示される。艦首の中でも後ろの方、球体に近い部分に位置している。
本体の相転移炉に比べると豆粒のように小さいが、艦首の中ではかなり大きい設備の様だ。
何か無理やり押し込んだ感があるのは否めない。
「次に主機関の位置ですが、これは複数あるので船の映像をゆっくり回転させますね 」
相転移炉の外側に、複数の点が規則正しく並んでいるのが分かる。
「主機関は全部で21基、相転移炉の周りに正12面体の頂点になる位置に20基が配置されています。 後の一基は、艦首部分の球体側基部に配置されています。 ちなみに艦首部分にも主機関の小型版が搭載されており、艦首部分が切り離された場合のエネルギー供給も万全です 」
「ちなみに、現在の修理状況を投影表示できるかしら?」
「はい。 このようになります 」
なるほど、相転移炉の周囲の20基が全滅している。その中でも艦首部側に近い方の破損状況がひどい。現在稼働しているのは、艦首基部の主機関と、艦首部の小型版主機関という事か。
「一つを拡大表示できる? できれば実際の映像で」
どんな見た目なのかは、ちょっと気になる。
アニメのオープニングなら1カットは絶対に入っているだろう。
「健全なものでいいですか? 」
「そうね」
画面が切り替わり、配管やケーブルダクトが走り回るメカメカしい設備が映し出される。
炉という割には熱くなさそうだ。赤くも、オレンジ色でもない。
「全体像は映らないので一部分です。 これは炉心付近の映像です 」
「あまり熱くはなさそうね」
「そうですね。 炉心はむしろ極低温です。 簡単に主機関の説明をしておきましょうか 」
3人が頷く。
「主機関は第6世代型 超大型カラードクァンタム機関と言います。 先ほども言いましたが、炉心は極低温で、内部は極めて高度に管理された量子状態を保っています。 ここに、精密に計算されたタイミングと角度で色量子ビームを照射することで、色量子カスケード現象を引き起こし、色量子プラズマを取り出します。 この色量子プラズマが本艦の使用するメインのエネルギーとなります 」
「ま、まって……ダメだわ全然分からないわ……」
「艦長も分からなかったのか。安心したぜ」
「私も……」
「ものすごくざっくり説明すると、超低温でパズルを解くと物質が壊れて、エネルギーになると考えてください 」
ちょっと、分かった……かな?
「そのうちもう少し詳しく勉強することにするわ。ちなみにその変換後のエネルギーは貯蔵できるの?」
「不可能ではないですが、容量がものすごく小さいので実用的ではありませんね 」
「あと、二人にはちょっと悪いのだけど、反物質エンジンやブラックホールエンジンみたいな技術と比較できる?」
二人はさっきからハテナ顔のままだ……
「あぁ、艦長の世界での仮想技術ですね。 反物質エンジンは技術的に存在しますが、効率があまりよくないので現在はあまり使われません。 出てくるのが、制御されていないエネルギーなので、利用効率がどうしても下がっちゃうんです。 ブラックホールエンジンも同様ですね。 ブラックホールを利用した炉はありますが、やはり利用効率の面で少し不利ですね 」
なるほど、わからん。
まぁ色々な試行錯誤の結果、廃れて行ったのかな。
「エンジュさん、質問していいですか?」
私が黙り込んだのでタマミちゃんが手を上げる。
「はい、どうぞ 」
「なんで、相転移炉が主機関じゃないんですか? カラードクタム機関?て小さくて、いっぱいありますけど……?」
「いい質問ですね。 それは、相転移炉が秘匿技術だからです。 秘密にする必要があるので、メインは次に大きいものを主機関と呼んでいます 」
「聞いちゃってよかったんですか……?」
タマミちゃんが恐る恐るこっちを見てくる。
「いいのよ。昔の皇帝が決めただけだから。 二人はじゃんじゃん勉強して、何なら改造してもいいわよ!」
「「ムリムリ……」」
二人がそろって首を振っている。カワイイ……
「では、次に行きましょうか 」
「あ、その前に、壊れている主機関の映像も出せる?」
直し方は分からなくても、被害の程度は分かるかもしれない。
「はい、一番ひどいものでいいですか? 」
「えぇ。 ぇ?」
……そこには何もなかった……床もない……
「エンジュねーちゃん何もないぞ……」
「一応、健全な部分と同じ部分の映像になります。 色量子プラズマの逆流により、炉心内部の色量子カスケードが暴走しました。 結果的に直径4.2 kmの範囲の物体が融解、蒸発しました 」
「「「……」」」
3日前の記憶がよみがえってきて、心臓が早くなる……こうゆう世界なんだ……
ふと横を見ると、二人も口が少し開いている……ちょっと和む……
「これも直せる……のね?」
もう直すとかいうレベルじゃなく再建とか、再作成とか言った方がいいのではないだろうか?
「はい。 大丈夫ですよ。 これは一番ひどいので最後になりますが、ちゃんと直せます 」
その後は少し放心状態の二人と、安全やルールの確認をして午前中の講義は終了となった。
「遠足に行くわよ!」
昼食後の食休み中に言い放った私に、三者三様の視線が突き刺さる。
「ちなみに、どちらに? 」
「エネルギー補充よ! 確か、恒星からもエネルギーを補充できるのよね?」
さっきの衝撃映像から、やはりエネルギー確保は重要との判断だ。思い付きともいうが……
「いま、その恒星系から脱出する目前ですが…… 」
「いいえ、目的の恒星は、進路の反対側の手近なところの奴にするわ。連邦艦の監視の目があるかどうかは分からないけど、行先を分からなくさせる欺瞞行動の意味もあるわよ」
「ちなみに何に乗っていくつもりですか? 戦艦級までは接続しちゃいましたよ? 」
「この前の高速巡洋艦がいいんじゃないかしら? 高速っていうくらいだからワープ速度も速いんでしょ?」
「艦長~、思い付きの行動は良くないって、かーちゃんが言ってたぞ……」
「安全には注意していきましょう……無茶はなしですよ……」
微妙にラングに見透かされているのは気になるが、気にしたら負けだ。
「確かにワープ速度は一番出ますが……どうやってエネルギーを持って帰ってくるんですか? 」
「それに関して、今回は問題ないわ。向こうで修理に必要な部品を作ればいいのよ。エネルギーを部品に変えて、持って帰ってくるってわけよ!」
「そんなにどや顔しなくても……でも、確かにいい案ですね。 いい案ですが……修理が大きく進むほどの部品は作れないかもしれませんね…… 」
「どうして?」
「星からエネルギーを取り出す方法、部品を加工する方法、出来る部品のサイズ・重量のすべてに問題があります。 まぁ一回やってみた方が早いかもしれませんね 」
「そうよ。試してみるのは大事よ!」
「艦長、ほんとに大丈夫か……?」
ラングの疑いの強い質問が飛んで来るが、そこは勢いで押し切ろう。
「大船に乗った気で行きましょう!おー! 出発は明日の朝ね。 エンジュ、午後はプランを詰めましょう。ラングとタマミはいつも通りで」




