012 - 遠足準備
「おはようございます。 艦長っ! 」
まどろみの中、エンジュの元気な声が聞こえる。
「もうちょっと、寝かせて……」
「うぇっ!」
タマミちゃんのうめき声が、耳元で聞こえる。
上に乗った私の腕が、喉を押してしまったようだ。
「あ、ごめん。タマミちゃん……」
「艦長。 遠足の準備が終わってませんよ 」
眠い目をこすりながら起き上がり、左右を見るもラング君が見あたらない……
……私の太ももを枕にするとはいい度胸だ。
両腿で軽く締めてあげよう。
「ぐぇっ!」
「みんなおはよう!」
「「おはようございます」」
ラング君はまだ眠そうに顔をこすっている。
「エンジュ、出発までの時間は?」
「まだ決まっていませんが、初期プランですとあと2時間後です 」
「それは大変。急いで準備しましょ。エンジュ、彼らに服を用意してあげて。制服っぽいものある?」
「はい、準備しておきます 」
「先にプランを決めたいわね」
「それでしたら、二人は医務室で検査してきますか? 」
「それでいいかしら?」
二人が頷くのを確認して、戻ってきたら朝食ということを伝えて一度解散する。
「じゃ、飛行プランを見せて頂戴」
それから40分ほどかけて、乗艦と飛行ルートを決めて、いくつかの不測の事態の対応を決める。その後エンジュと簡単な実験をして二人が帰ってくるのを待った。
「お帰り」
「「ただいま~」もどりました~」
「あなたたち、すぐご飯食べられる? 何食べたい?」
「ん~。ウィンナーと……何本か詰め合わせってできる?」
「私は……ハムとスクランブルエッグでお願いします」
朝から肉食系。
私もそれくらい食べないと……昨日の夕飯、量が少なかったからお腹ペコペコだ。
「私もタマミちゃんと同じので、牛乳をつけてもらおうかしら。あ~味は調整して、量は……昨日より少し多めね」
「はーい。 じゃあラングさんは4種のウィンナーセットで、タマミさんは猪のハムとワニのスクランブルエッグ、艦長は黒豚のハムと鶏の卵のスクランブルエッグですね~ 皆さんこれでいいですか~ 」
「あ、俺は呼び捨てでいいぞ」
「私も、一緒で……」
それぞれ、メニューが決まったのでエンジュに用意してもらう。
目の前にホテルのビュッフェで揃えたような食事が現れる。
「それじゃあ、「「頂きます」」」
「食べながら聞いてね。出発は約1時間後よ。それまでに移動とか説明とかあるので30分後にはこの部屋を出るわ。まぁそれまでに食べて、出すものだしておけば大丈夫よ。あ~乗り物酔いは大丈夫?」
「私はちょっと心配かも……」
タマミちゃんが下を向いてモジモジしている。かわいい。
「タマミには後で薬を出しておきますね 」
「あ、はい。ありがとうございます」
「このウィンナー滅茶苦茶うまいな」
「このスクランブルエッグもフワフワよ!」
和気あいあいとした朝食も終わり、部屋を出る時間になった。二人の顔にも少し緊張が見える。
「さぁ、行くわよ!」
「移動はムーバで行います。 行先は001-10ドライドックです 」
「さぁ乗って乗って!」
行先を告げるといつものように動き出すが、すぐにいつもと違う方向に曲がる。
「行先は球体の方なのね?」
「そうです。 現在は第一シャフトを通過中です 」
「この先にあのマザーシップもあるのか?」 とラング君。
「えぇ。 一艦隊分が揃っています 」
「そういえば、マザーシップとの接続は終わったの?」
「いいえまだです。 現在マザーシップの主機関の最終チェック中です。 接続準備は完了していますので、主機関が動き次第、接続を開始します 」
「任せるわ」
「艦長。私たちはどのお船に乗るの?」 とタマミちゃん。
「予定では、高速巡洋艦よ。昨日の夜からエンジュがチェックして、試運転してくれているわ」
「ありがとうエンジュさん」
タマミちゃんがお辞儀をしながら丁寧にお礼を言っている。
完全に人に対するものだが、ここまで高度なAIならこの対応が正しい気までしてくる。
「どういたしまして。 私は寝る必要ありませんからね。 ご心配なく 」
話をしていると、白を基調とした通路から灰色を基調とした通路に変わっていた。ところどころ原色の色の帯が走っているのは案内のためか、システム系の設備色なのかは判断が付かない。
「計画では第6惑星の影に入ったら高速巡洋艦で発進、減速しながら第6惑星のリングに向かうわ。楽しみにしててねっ」
「第6惑星のリングって、あのぶっといやつか? 何でできてるんだ?」
「それを自分の眼で確かめるのよっ!」
あ、001-10ドライドックの標識が見えた!
「もう少しで付きますよ。 重力が弱くなりますので、ご注意くださいね 」
エンジュの言葉が終わるかどうかのタイミングで、ぞくっとくる。落ちている感覚。もしくはジェットコースターの時の胃が持ち上がる感覚と言ったらわかるだろうか…… それがずっと続くのが不安を掻き立てる。
「ラング……」 と不安そうなタマミちゃんの声。
「大丈夫だ……」 とあまり力強くはないラング君の声。
「二人とも大丈夫よ。深呼吸して」
自分が落ち着くために、声を掛けてみるが、少し上ずってしまった。
そして開けた場所に出る。
視界が広すぎて、混乱する……
とてつもなく巨大な空間がそこにはあった。
少し経つと、だんだんと形を理解できるようになってくる。
灰色を基調とした壁面と、銀色の建造物……は、船か?
空間の中心に巨大な船が在る。
開いた口がふさがらないとはこのことだろうか……
「うぁ。すげー」
「これがマザーシップ……」
これが40 km級旗艦……いや、たぶん後端は見えていないだろう……おそらく長方形の空間のはずだが向こうの壁が見えないのだ……壁がないのに……
壁から少しだけ突き出したテラスが、船のずっと奥の方まで続いている。
立っている場所は、地面(?)より天井に近い位置の様だ。
下を覗くとありえないくらい深い……
振り返ると、船が向かう先が緩やかに凹壁になっている。おそらく球体の内面だからだろう。
「高速巡洋艦のところまで行きますよ~ これを持ってくださいね~ 」
エンジュが電車のつり革のリングの様なものを渡してくる。
そして、下を覗き込むような仕草をする。
その視線の先にはマザーシップよりだいぶ小さい船が見える。先ほどの表示からすると12 km級の戦艦だろう……
「途中で離さないようにしっかり持っていてくだだいね~ 」
リングが上の方に引っ張られる。500 mlのペットボトルを持つくらいの力で自分の体が浮くのが分かる。
「わ、わ、わ」
タマミちゃんの慌てた声が聞こえてくる。
「慌てなければ危ないことはありませんよ。 ラング、タマミについてあげてね 」
「お、おぅ」
がんばれ男の子!
「艦長は大丈夫ですか~ 」
「何とかね……」
ここで二人にかっこ悪いところは見せられない。
気分を落ち着けて……ひっひっふぅ~
「このまま横に移動しますよ~ 」
高度3 mくらいの所から横に移動を始めるが、その先にあるのは、底が果てしなく遠い虚空だ!
「ぇ。ちょ。足場が……」
やめて~
「今も浮いているんだから大丈夫ですよ~ 」
そういぅ問題じゃな~い。
「前だけ見るようにすれば、落ち着きますよ~ 」
「ぅぅ……」
「……分かった」
ラング君とタマミちゃんを見て落ち着く。
向こうもこっちを見ている。カラ元気、ならぬカラ笑顔を返しておこう。
一度落ち着いてしまえば、風景が上に流れるだけになる。
一度下を見てちびりそうになったのは内緒だ……
ラングががちがちだ。
タマミちゃんは声も出せないほどがちがちだ。
マザーシップの前を、斜めに降りるように移動していくと、12 km級戦艦の列の間に目的の高速巡洋艦が見えてくる。
戦艦の6分の1くらいのサイズだ。
ずいぶん小さく見える……
がしかし、近づいていくにつれて、そんな感想がバカげたものであることを思い知らされる。
両側の戦艦はすでに壁となり、下側の視界は高速巡洋艦に埋め尽くされる。
「巨大な建物の上」 に向かって落ちていく感覚だ。
「さぁ、乗り込みますよ 」
さらに近づくと船体上に巨大なマーカーが現れ、降り立つ場所を知らせてくれる。特に何もしなくても、手にもったリングが誘導してくれているのだろう、ヘリポートの様な場所に降り立つことができた。
「あそこから、入りましょう 」
足が付くことで、ほっとする間もなくエンジュが先導していく。
先には円柱状の透明な建物が見える。エレベーターの様だ。
「第一格納庫へ 」
建物ごと沈んでいき、頭上では隔壁が閉じられる。
「艦長。 発進可能です 」
「……よし! 遠足に出発!」
「艦長……これ、俺が知ってる遠足と違う……」
「緊張感ありすぎ……」




