011 - 日常のはじまり
「私たち、ここで別れましょう!」
「ぇぇえぇえぇぇぇぇ~~ 」
ッピ 『 指示、または質問の意図が不明です 』
私とエンジュ達との間に、固い絆が結ばれた……かに思えたあの時から、一転こんなことになったのは、こんなやり取りが予想外の方向に話を転がしていったのだった。
------------------------------------------------
「艦長。 艦隊ストックの中から、マザーシップを利用してエネルギーの底上げをしようと思うのですが、よろしいでしょうか? 」
食事前の隙間時間に軽い雑談をしている中、おもむろにエンジュが話を切り出してきた。
艦隊ストックも、マザーシップも初耳だ。どんなもの、なのだろう?
「マザーシップ?」
「艦隊!?すげー!」
私の後に続いて、ラング君も気になるようだ。
「はい。 まとめて説明しますねっ。 本艦には、艦船工場の試運転に使用した艦隊が、一艦隊だけ収容されています。 この艦隊の旗艦が、マザーシップと呼ばれていまして、全長40 kmの艦隊旗艦になります。 こんな感じの船です 」
テーブルの上にマザーシップが立体表示される。
大きさの実感はあまりないが、ちょっとずんぐりした宇宙船が表示される。
「なぁなぁ、艦隊も見せてくれよ!」
「ちょっとラング!」
タマミがラングの脇腹を突いて、ラングが呻く。意外に痛そうだ……
「いいわね。出してみて」
先ほどのマザーシップがスルスルと小さくなり棒状の物体が多数表示される。いくつかはマザーシップと比較できる大きさの船も見える。
「これが最小標準艦隊です 」
姿表示の下には、艦級名と数と乗務員の数等が表示されている。
「かっけー!」
「この船があるの?」
「はい。 先ほど備品リストを再チェックして、実物と簡単な動作テストを確認しました。 大型船は、起動試験まで終わっています 」
ここでふと、あることに気が付く。確かめてみよう……
「この艦隊の目的は?」
「恒星系の制圧です。 本艦と共に銀河制圧を行う際に、艦隊を展開して面制圧を実施します 」
「ということは当然ワープできるのよね?」
「もちろん。 ぁ 」
となって最初の話になるわけだ……
----------------------------------------------------------------------
「そんな、艦長っ。 私たちを、見捨てるんですかっ! 」
だいぶ本気の感じだ。可哀想だから、この提案は引っ込めてあげよう……
「やぁねぇ。冗談よ。じょーだん……」
エンジュのジト目が突き刺さる……
「ほんとに冗談ですよね…… 」
「ほんとだってば、それでこのマザーシップを使えば、修理が早くなるのね?」
「はい、ワープまでの期間は1か月ほどですが、エムニウムや、magitoron粒子の供給量が8倍ほど増えて、相転移炉の修理までの期間が4年と少しに短縮されます。 全体修理までの時間も、それに伴って減少します 」
「いいんじゃない?」
「では、さっそく…… 」
「艦長。このお船壊れてるの?」
タマミちゃんの両耳が下がり、手を胸のあたりで組んで心配してくれる。
「そうね、大事なことなので二人にも説明するわね」
二人に、これまでの経緯を説明する。相転移砲や時空侵略の件等はうまく省きながら、惑星を救ったこと、修理に時間がかかることを一通り説明した。
「そんなことがあったんですね。艦長。故郷を救ってくれて、ありがとうございます」
「俺たちもなっ。艦長。ありがとう。俺も修理手伝うよ。なんでも言ってくれ!」
なんていい子たちなんだろう。涙があふれてくる。
抱きしめて、頭をわしゃわしゃしてあげよう。
「ところでエンジュ、もう少し小さい船は使わないの?」
「そうですね…… 12 ㎞級の戦艦までは使ってもいいでしょうか? それ以下ですと手間の方が大きいので…… 」
「わかったわ。じゃそれ以下はの船は使ってもいいかしら?」
「何をする気ですか? 」
「それはね! い・い・こ・と よっ!」
「ちょっとした遠足よ! 惑星遊覧飛行に行きましょう! 危ないことはせずに、すぐ帰ってくるならいいでしょ?」
「そうは言っても、連邦艦とかどうするんですか? 見つかったら、また何か言ってきますよ? 」
「そこは、第3惑星から見えない裏側なら、大丈夫じゃない?」
「彼らのセンサーなら、裏側だろうと見つかりそうな気もしますが…… 」
「ラング君、タマミちゃん。見てみたいわよね? 宇宙の神秘を!」
「俺は……見てみたいぞ……」
「私は……よくないことは、しない方がいいと思いますが……」
「何言ってんだよタマミ、昔、お星さまに行ってみたいとか言ってたじゃんか!」
「何年前の話よっ。それに、形だけなら教科書にも書いてあったじゃない」
うーん。アタマでっかちは良くないわよね~。
「ダメよ、タマミちゃん! チャンスがあるなら、自分の眼でちゃんと見るのよ」
「艦長がそういわれるのでしたら……」
「じゃ決まりねっ! エンジュ、目的地はどこがいいかしら?」
「もう。 艦長、手動操縦はなしですからね! まだ新任艦長講習も終わってないんですから! 」
エンジュがお母さんのようになってきた気がする……まぁ話を先に進めよう……
「はーい。分かってまーす。で、目的地はどこがいいかしらね~」
「現在の惑星の配置を出しますね。 分かっていると思いますが、満身創痍の本艦では、現在の航路からあまりずらせませんよ 」
艦長室の壁面ディスプレイに恒星系がナビ表示される。
艦の進路が台風の進路表記のようになっていて、何本かの惑星軌道と交差している……あの幅でしか、艦の進路を変えられないということか。
変更可能な進路上に、惑星が一つあるな。
「ちょうどいいのは第6惑星ですね。 大き目のガス状惑星で、立派なリングがあります。 交差までの時間は13時間前後ですね…… 」
「なぁなぁ。これどうゆう風に見るんだ?」
ラング君の目が輝いている。
やっぱり男の子は、こういう地図っぽいものに興味があるんだろうか……今後のこともあるしエンジュに説明してもらおう。
そして、エンジュが説明している間、タマミちゃんは……欠伸を噛み殺している……
「時間があるから、みんな一回ちゃんと寝てから出発しましょう。エンジュ、後で飛行プランを詰めましょう」
「はい、艦長 」
「それじゃあ、夕飯にしましょう。二人も食べられる?」
「もちろん! もう腹ペコだぜ」
「ラング!」
「タマミだって減ってんだろ。いらないなら、食べてやるぜ」
「私だって……ぺこぺこです……」
二人ともカワイイなぁ……
あ、しかし、何を出したらいいんだ? 何を食べるんだ?
ついでに言うと、自分もまだ水しか飲んでない。何が出せるんだろう……
そもそもこの状況でご飯出せるんか?
「エンジュ、そういえば今ってご飯出せる? その……船の状況的に……」
「大丈夫ですよ。 もちろんエネルギーは使いますが、一回の食事で遅れる修理時間は1マイクロ秒以下です 」
「それなら気にしなくていいわね。じゃ次の問題は、何を出すかね……二人とも食べたいものはある?」
「ん~ 肉。肉なら何でもいいぞ!」
「私は、さっぱりしたお肉で、香草焼きがいいです」
うーん。二人とも肉食系だ。種族特性なんだろうな……
「それならこの辺のメニューが無難でしょうか…… オーフェル水牛のステーキと、クラメールワニの香草焼きになります。 黒犬族のメニューなので、味覚的にも栄養的にも問題はないと思いますが…… 」
そう言って立体表示されたメニューは、本物のような見た目をしている。
湯気も出ていて、とても美味しそうだ。
とは言え、ディスプレイの仕方はゆっくりと回っていて、定食屋さんの店頭にある、イミテーションメニューとあまり変わらないかもしれない。まぁ文明が進んでもこの辺は変わらないところなのかもしれない……
「大丈夫だと思います」
「これ食えるのか?」
二人は大丈夫そうだ。ラング君はちょっと手が出ている。
「もうちょっとまってくださいね。 それは映像ですよ 」
「じゃ、私は…… チキンサラダとコンソメスープをお願いするわ。あと、ウーロン茶。"地球人" 仕様でね」
「はい。 かしこまりました。 こんな感じでよろしいでしょうか? 」
目の前にサラダとチキンの切り身、コンソメスープのセットが表示される。ラング君ではないが、食べたいものが目の前に表示されると、手が出そうになる。量もいい感じだ。
「これでお願いするわ」
「では用意してきますので、少々お待ちくださいね 」
「艦長。チキュウジンってなんだ?」 とラング君。
「なんですか。でしょ!」
「なんでスか?」
「私の種族の名前よ。私たちの故郷の星は地球って言ってね、そこの人だから地球人よ。貴方達の星の名前はなんていうの?」
「ジェナール星だけど…… ジェナール人なんて言ったことないぞ?」
「宇宙に出ようとするとね、名前を付けなきゃ。ってなるのよ」
「私、物語で聞いたことあるわ。ジェナール人が宇宙を旅してね、いろんな種族と知り合っていくの。最初は怖い種族の人も、最後はみんな仲良しになって、笑顔になるのよ!」 とタマミちゃん。
「それ絵本だろ~」
「何が悪いのよっ!」
旅をして異星人と仲良くね……多分、史実なんだろうな……だいぶ笑顔が引きつった種族も多かったんじゃないだろうか……
「はい。 そこまでにしましょうね。 用意できましたよ~ 」
エンジュがキッチンから3枚のプレートを持ってくる。艦長室の応接テーブルの上に3枚のプレートを置きながら、ふと考えるしぐさをすると、追加で2個の椅子が現れた。
「こっちに座って、お行儀よく食べてくださいね 」
エンジュの目が笑っていない。ラング君もそれに気が付いたみたいだ……ラングできる子だ。
「じゃ、みんなで “頂きます” をしましょうか」
「お祈り?」
「そうね、そんなところよ。手を合わせて “頂きます” っていうのよ」
「それだけ? それなら楽でいいぞっ! 学校だと30秒くらい祈らないといけないんだ」
「そうなの? じゃ、みんなで! 「「頂きます」」」
みんなで料理を覗き込み、香りを嗅ぐ。
初めてなので、みんな少し慎重になっている様だ。
勇気を出して、チキンをカットし、口に入れる。
美味しい。
それを見ていたラング君も一口。
笑みがこぼれる。
「これ滅茶苦茶うまいぞ。エンジュねーちゃん」
「この香草焼きもとてもおいしいです」
二人にも大好評だ。
「サラダもみずみずしくて、とても美味しいわ」
私の他のメニューも素晴らしい。
「葉っぱなんておいしいのか? そんだけの肉じゃ育たないぞ」
「ちょっとラング失礼よ! 艦長のプロポーションは完璧じゃない!」
言われて気が付いた……今の体年齢はたしか14歳相当……食べ盛りのはずだ……いつもの癖でだいぶセーブしてしまったが、今から追加するのもちょっと恥ずかしい……
そしてタマミちゃん、私の今のプロポーションは、地球人としてはちょっと……
ジェナール人としては、いいのかもしれないけど……
そこからは普通の食事風景だった。
二人の食事マナーも、いい意味で普通。
ラング君のナイフの使い方が、少し危なっかしいくらいだろうか。
「食べ終わったら “ご馳走様でした” よ」
「「はーい。ごちそうさまでした!」」
二人の体のサイズからすると、少し多かった様に思えたが、二人とも完食だ。
にこやかに、お腹をさすっている。
「で、お風呂かシャワーに入ってきちゃいなさい。エンジュ、お願い」
「じゃ、二人ともこっちに来てくださいね。 使い方の説明をしますね 」
一人になったので、ウーロン茶を飲みながらゆっくりする。
まだこの世界に来て一日も経っていないのに、ずいぶんいろいろなことがあった気がする……この先もうまくやっていけるだろうか……
ふと、右手が暖かい何かに包まれる感じがして、心が軽くなる。何だろう……
「艦長。 報告があります 」
エンジュの声だけがする。
「どうしたの? 緊急事態?」
「いえ、そういうわけではありません。 先ほど第3惑星のヘリフォード公国レーム地方ラジオ放送局で訃報が放送されました。 公式にはあの2名は事故死として扱われたようです 」
たしかにあの二人には、聞かせられないわね……
「そう…… 扱いは大きかったの?」
「いいえ。 ニュースのひとコマ、といったレベルです 」
「分かったわ。ありがとう」
「あと、もう一つ。 各国の報道機関で、隕石に関する詳細が出始めました。 絶望的な状況を "赤き月" が救ってくれたというのと、次の時のために宇宙に進出しよう、というのが大まかな流れです。 いくつかの国では祈りや、感謝の言葉を放送しています 」
「感謝されるのは悪くないわね」
「そうですね 」
それと同時に、さっきの右手に感じた異変の原因は、これかもしれないと思う。
と、タマミちゃんが戻ってくる。
「どうしたの?」
「あ、ラングが先に入るので……」
そうか、見た目はぬいぐるみみたいでも、二人は若い男女だ。一緒には入らないわな……
「じゃ、部屋の準備をしちゃいましょう。エンジュ、出てきて」
ポーン 『 艦内セクレタリー[エンジュファ]を開始します。 』
「はい、艦長 」
「二人はどこに寝てもらおうかしら?」
「それでしたら、従卒控室がよろしいかと。 艦長のお付きの者が勤務する部屋で、仮眠室もあります。 何より艦長室の隣です 」
「うーん。貴方達は2人一緒の部屋がいい? 別の部屋がいい?」
固まってしまった……しばらくして……
「艦長と一緒に寝るわけにはいきませんか?」
詳しく話を聞いてみると、一人だと寂しい、というか怖い、二人だと貞操が危険で危ない、3人なら……という事らしい。
「まぁ、いいかしら……ね。とりあえずラング君にも、聞いてみましょ」
ちなみにラング君が私にちょっかいを出すかと、タマミちゃんに聞いてみたら、“させません” と返ってきた。念のため、エンジュにも監視を頼んでおこう……
そのあとは、タマミちゃんと自分が順番にシャワーを浴びて、3人でベッドに入った。
私の両隣にラング君とタマミちゃん。
モフモフだった。
幸せ。




