幕間 6
幕間、その六です。
夕飯時だが、飛鳥君のお母さんが作りおいてくれたらしく、ボクもご相伴に預かることとなった。
メニューは定番カレーライス。勝手に頂くのは礼儀的にどうなんだろうと思うが、居ないのではどうにもできないし、それに、堂々と鍋に佇むカレーの量に、驚愕と共に納得した。
飛鳥君曰く、「ウチの母親は量の基準がおかしい。男子高校生の胃袋を風船か何かだと思い込んでいる。だから、遠慮とかしないでくれ寧ろ助けてくださいお願いします」とのことだった。
二人でどこかに食べにいくつもりだったけど、家に備えがあるならそれに越したこともない。
今度あったらお礼を言わねばと心の白板に書き込んで、飛鳥君にカレーをよそってもらう。
「睦美さんの口に合うかはわからないが」
「そんなに舌肥えてるわけじゃないよお」
「あれだけ料理が上手いのなら自然と辛口になりそうなものだが」
「いや、たしかに普通よりは上手い自負はあるけど、そんなに胸を張れるほどじゃないよ」
言いつつ、飛鳥君も卓についたので、二人揃っていただきますの合唱、合掌。
思うと飛鳥君にしてもらうというのはなんだか新鮮で、そんなことがなんとなーく、とっても嬉しいなとニヤニヤしながら、カレーを口に運ぶ。
「あ、美味しい」
ポロリと本音が溢れる。
口触りのいい中辛と甘口を混ぜたカレー。
どこかで食べたような……と記憶を掘ると、すぐお目当てのものが掘り当たる。
即ち、あかね祭の時のお兄さんのカレーだ。自明といえば自明だが、あのお兄さんのカレーの礎となったのがこのカレーなのである。
そう思うと、不味いわけはなかった。
「……これホタテかな?」
あかね祭の時は色々ドキドキしてあんまり味に集中できていなかったけど、今ならなんとなくわかる。
「すごいな、そんなのわかるのか」
「お、当たり?」
「いや、俺はわからん」
「ええ……?」
まあ、自宅のカレーの隠し味なんて知らなくてもおかしなことではないか。飛鳥君の性格的にも、不味くなければそんな追及はしないだろう。
「お兄さん自慢したりしないの?」
「あれは、隠し味は愛情とか抜かすタイプだ」
「あー……」
それは、なんとなく想像できた。親バカならぬ兄バカであるのはみて取れるし、飛鳥君から何度か聞いてもいる。
よくよく考えると、男兄弟と幼馴染の女の子というグループはそうそう成らないだろう。兄バカゆえの三人の関係だったのだ。
つぼみさんは一体なんで二人と常に共にいたのだろう。なかなか面白い話が聞けそうなので、後で彼女と話すのを楽しみにしておく。
今は、飛鳥君をみていよう。二人には悪いが、飛鳥君に比べれば、他は些事である。
「まあ、大事だよ、愛情。作るとわかるかも。モチベーション全然違うもん、作る時」
「なるほど。読み手のいない創作のようなものか」
「創作したことはないからよくわからないけど、たしかにそうなのかも。……というか飛鳥君、何か書いてたの?」
「一応な、華月と話したこともある」
「なんでそんなに面白そうなこと言ってくれなかったの」
「できたものが面白くないからだ」
「そ、そう」
そう言われると、何も言い返せない。
ただ、つまらないならつまらないで逆に面白く読めそうなものだけど。と、深掘りしてみると、なるほど、たしかにつまらなかった。
園児の頃のボクたちだってもう少し考えて書いていたものだ。
と、話ながら食べていたからか、飛鳥君の口にルーがついている。
……これは、拭って舐めるやつ、やるべきかな? ととち狂った考えが浮かぶ中、飛鳥君の腕がふいにこちらに伸びる。何事かと強張るボクの口元に伸びた手は、飛鳥君の胸元に戻る時、一粒の米粒を指先に粘着させていた。
……これ、食べられるやつ……?
と、心臓が高鳴ると、飛鳥君がパッとティッシュを、一枚取り出してそれに米粒を包んだ。
そして、ニヤニヤとこっちをみている。
……計ったらしい。
「食べると思ったか?」
少し頬に朱を差しながら、ドヤる飛鳥君の口元に、今度はボクが手を伸ばし、硬直する飛鳥君の口元からルーを奪い取り、それを舐めた。
ポカンとする飛鳥君に、今度はボクがドヤ顔を披露した。
何を得意げにすることがあるのか自分でもまったくわからないが、とにかくドヤっていた。
そして、次第に顔に熱が集まっていく。……ボク、何してんの……?
……なんだか無性に恥ずかしくなってきたので、一時避難のために、
「お、お手洗い、借りるね」
「今日一日中くっついてようは継続中か?」
「そんなわけないよね!?」
いくらなんでもそんなにレベルの高い行為には及ばない。
逃げるようにお手洗いの方に向かい、ワンピースのスカート部分を捲り上げて座り込んだ。別に用を足すわけじゃないけど、服が便座につくのは嫌だ。
な、なにを言ってるんだ、飛鳥君。
冗談なのはわかるが、その上でも冷静を欠くに足る一言だった。
一つ、二つ、三つ。……九つほど深呼吸をして、ようやっと落ち着いてきた。
まったく、そういう冗談やめてよね、と若干ムッとしながら、お手洗いを出て、手を洗う。そうしてリビングに戻ろうとした時だった。
ガタン、と玄関が開き、一人の女性が顔を覗かせるではないか。「ただいまー、岩盤やってなか」と、言葉の途中でボクを視界に認めると、口が止まった。
誰何の必要などない。
あれは、蓮城家の、お母さんだ。
「……どなた?」
「あ、え、あ」
しどろもどろしながら、答えた。
「あ、天津、睦美、です! あ、飛鳥、君の……彼女、です……」
品がないけど、用を足したわけじゃないけど。
なんか、そんな感じに重荷が降りたような、新たに背負ったような。
そんな気分だった。
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