第七幕 相克相生双生相乗相対運命デュエルLINE 2
七幕の二話ですね。よろしくお願いします。
……彼女。天津 華月が如何にして姉を犯すに至ったか。そのことを睦美さんに話す。
無論、その過程で睦美さんは傷つくに違いないが、その先には、より良い未来があるはずだった。
そう、信じていた。
今、俺たちは初めてチャットではなく通話で連絡を取っていた。文字だけでは、伝えられそうもなかったから。
俺は、例によってベッドの上。しかし、寝転がるのでなく壁に寄りかかっている。
月光が妖しく世界を照らす闇夜に、車の走行音と睦美さんの声のみが響いている。
『……華月が、そんなこと……』
天津 華月について。知っている限りを、俺は話した。
最初は困惑と恐怖が出ていた睦美さんも、次第に落ち着きと、別の困惑とが表に現れるようになっていた。
「ごめん。どう話すべきか、わからなくて、切り出すのが遅れた」
『……華月が……』
今、睦美さんは何を思っているのだろう。自分を守るために、妹が体を明け渡したことを聞いて。
想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。直接会って歪む顔を見ていたら、最後まで話せなかったかもしれない。
『……ボク、全然気付かなかった。ボク……全然……』
彼女の言葉に、涙が滲んでいた。
『ボク……お姉ちゃん、だったのに……気づけなかったよぉ……』
「……隠したのは、彼女だ。睦美さんが悪いわけじゃない」
『悪いよ! 飛鳥君には、わからないよ……! ボクのせいで華月がひどい目にあってたのに、ボクはそれに気づかないで華月を恨んでたんだよ!?』
睦美さんの激情が、胸を抉るようだった。きっと、この何倍も、何十倍も彼女は苦しんでいるに違いないのだ。
しかも、その傷口をエゴで開いたのは他ならぬ俺である。
噛み潰しそうなほどに、唇に歯が食い込んでいた。
「それでも、睦美さんは悪くない」
自責の念が生じるのはわかる。それがどれだけ大きいのかを推し量ることはできないにしても。
誰かが、彼女を肯定してやらなければいけないのだ。
いつか、睦美さんが俺のことを肯定してくれたように。
或いは、それ以上に。
『悪くない? 違うよ。ボクわかってた。何があったかは知らないけど、何かがあったことくらい、わかってたよ! それでもボクは部屋の隅で縮こまって震えてるだけだった。そんなボクが』
「悪くない」
たしかに、後悔も、罪悪感も。切って切れるものではないのだろう。
だとしても。睦美さんに落ち度はない。たとえ妹だとしても、自分を犯した相手を慮らなかったことが悪いことか?
そんなわけない。あっていいはずがない。
『飛鳥君に、なにがわかるの! 家族との蟠りもないような人に、何が!』
睦美さんの言葉が、本当の意味で俺に牙を剥いていた。それを改めて感じる。
たしかに、俺は睦美さんのような特別な境遇に身を置いていない。家族仲はいいし、偶に喧嘩をしてもそれを引きずることなんて殆どない。つぼみと兄がくっついた時は流石に堪えたが、水に流した今となっては(苦)笑い話だ。
口が裂けても、睦美さんの気持ちを理解できるなんて言えないような人間だ。
けれど。
何もわからない、などと言われるのは心外である。
「睦美さんのことなら、少しはわかるさ」
決して長い付き合いではないけれど。それでも、彼女が優しい人だというのはわかる。内面は普通の少女なのだということくらいは、わかる。
土台、無理な話なのだ。今の彼女のたらればなんて。
双生会とかいうふざけたものにかぶれて娘を見なくなった両親に、ずっと変わらずに子供として接する。
自分を犯した妹に、それでも変わらぬ愛を貫く。
無理だ。そんなのは。
彼らの所業は、そこにどんな事情があったとしても、許されることではない。
そんな仕打ちをされても変わらない愛なんてものはフィクションの中にしかない。或いは、そんなものを持ち合わせているのは、普通ではない。
睦美さんは、普通の女の子だ。
普通に冗談を言うし、普通に怒る。普通に傷つき、普通に立ち直る。
どこにでもいるただの少女でしかないのだ。
それくらいは、俺にもわかる。
『……ずるいよ、そんなの』
憑き物が落ちたような、そんな声が聞こえた。
「悪いな」
『……悪いよ、ほんとに』
「なるほど、それは悪か」
『いや、もういいから』
少し、吹き出すような笑い声を携帯が拾った。
『……なんでこういう時にふざけられるのかなあ』
「さあなあ」
きっと、いつも笑顔でいて欲しいからじゃないか?
などという、噴飯ものの返しは流石に自重された。
それに、時と場合は選んでいるつもりだ。TPOを弁えなければ現代で馬鹿はやれない。
『……ありがとね』
「してもらったことをしただけだよ」
『……そう、かなあ?』
「そうだ。見合わないと思うなら、また何か食べさせてくれ。そうだな、あの角煮なんて格別だった」
『……それは、バランスが取れないよ』
「そんなことはない。俺は」
『だって、それはボクにとってもご褒美だから』
……今度は、俺が吹き出す番だった。
「……切り替え早すぎだろ。さっきまで泣いてたくせに」
『今も泣いてるよ』
「そ、そうか……」
まあ、泣いてる時こそ冗談を言いたくなるのはわからないではない。
一人で落ち込んでいる時とかしょうもない親父ギャグをぼそっと呟いたりするものだ、と思う。とはいえ、失恋の失意に落ち込むのとはレベルが違うだろうにそう言うのは、受け止めるのに時間が掛かるからか。或いは……。
『ねえ、飛鳥君』
きっと、まだ泣いているまま、しっとりと睦美さんが言う。
『また、華月と笑えるかな』
「そう願うなら、きっとなんとかなるさ」
『……さっきの話だと。その、に、二回目の時。飛鳥君が来てくれた日は、なんで華月は……』
「わかってる。無理はしないでいい」
『うん、ごめんね』
「謝ることじゃない。けど、そうだな。あの日なんで睦美さんのところに華月が行ったかはかなり重要か」
睦美さんの踏ん切り的にもそうだろう。ほんとうに。あの時に追及しきれなかったのが悔やまれる。
『華月は、今はまだ知らない方がいい、って言ってたんだよね?』
「そうだな。そんなようなことを言ってた。……睦美さんがいいなら、この後話したことを伝えてみようと思うんだが」
『……わかった。けど……』
「……大丈夫。まずは二回目に及んだ理由を確かめてからにする。そうでないと睦美さんも嫌だろうから。取り敢えず、華月にも連絡してまた探ってみる」
『……』
「それで、大丈夫か?」
『う、うん。大丈夫だよ。……でも、一つ聞いていいかな』
「ああ、構わない」
多分、華月に残る疑問を訊ねてくるのだと思っていると、予想外の言葉が来る。
『華月、って呼ぶんだね』
「え?」
あんまり予想外で、面食らってしまう。アホ面の俺に構わず、睦美さんが続ける。
『ボクのことはさん付けなのに』
「い、いや、それはなんというか。会った時はさん付けする程リスペクトが無くてだな。それでそのまま今に至るんだが」
『……冗談。ボクはさん付け、嫌いじゃないよ』
ニカっと破顔する睦美さんの顔が想起される。実際どうかは、わからないが。……多分、心配かけまいとしてくれているのだと思う。
心の悪童とは、真実を覆う様にも顔を出すものだから。
「俺も、君付けは唆るものがある」
『貴方、とかより?』
「……どちらも捨てがたいな」
『そっか。なら、取り敢えずこのままでいいかや』
「そうだな」
"貴方"は、もっと先のものだと思うし。
『……ありがとね』
「……ほんとうにか? これは俺のエゴなんじゃないかって。ずっと思ってた。睦美さんも、華月も。元に戻りたいなんて言わなかったのに、俺だけがそのために動いてた。それで……」
『仲直りなんて、無理だと思ってた。絶対に。今でも、そう思う。けど、けどね。できるなら、あの頃のように笑い合いたい、って。そうも、思うんだ』
「……そうか」
『だから、ボクも頑張る。怖いけど、頑張る。まだ、華月のこと考えると、ダメだけど。飛鳥君が一緒にいるなら向き合えるかもしれないから』
「……そう、か」
ベッドについていた俺の手の甲に、一粒の滴が落ちていた。
色々ない混ざったものが。その原料が何か。一つ一つを羅列していくのは、あまりに面映いようなそれ。次が来ないように目元を拭った。
これは、終わりではないのだ。
華月が隠しているものを白日の元に晒し。二人を再び仲の良い姉妹とする。
そこまでやって、やっと俺たちは始まるのだから。
さて、この後が、鬼門だ。睦美さんと色々話しながら、俺は夜空に浮かぶ月を見上げた。
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