第六幕 相克相生双生相乗運命デュアルLINE 1
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たしかに、あの時天津 華月は我が家の前に居た。なら、この可能性は皆無ではない。
とはいえ、だ。
俺たちが挑むべき混沌が、向こうからやってきて我が家族を呑むなど、想定外にも程がある。
……いや。彼女が睦美さんに執着しているのであれば、必然俺にも興味が向くか。
……今はとにかく、真意を確かめねば。
「どういうことだ!」
無理やりに手を引き俺の部屋に連れ込んだ彼女に問い詰める。無意識に語気が強まっている。胸ぐらを掴んでいてもおかしくなかったし、むしろそうしていないのが不思議なくらいだった。
今になって睦美さんの言葉が脳裏に響く。俺が危ない目にあうのが一番嫌だと、凛然と放たれたその言葉が。
……甘かった。睦美さんの言葉を受け、危険から遠ざかったつもりだった。
けれどその危険はこうして今目の前で不敵に微笑んでいる。
「……愛する姉の友達……いえ。それ以上になろうというのですよ。妹としては、当然気になります」
「どの口が……!」
俺は、彼女が睦美さんにしたことを目撃したわけではない。ただそれでも。それによって睦美さんがどれだけ心に傷を負い、苦しんだか。想像の付かないほどに大きなその痛みを負わせた張本人のこの物言いは、許せるものではなかった。
が、激昂する俺を見ても、眼前の不敵な笑みが崩れることはない。どころか、興味深そうにこちらをみやるばかりだ。
その、品定めをするようなあどけなさの垣間見える上目遣いは、神秘を人の器に押し込めたような美貌と相まって超常的な恐ろしさを湛えている。
……何か本能的な、意識の底の、底の底辺りが警告を発しているのがわかる。
これは、危険だ。蛆虫が体全体を這っているような。宇宙人に命を狙われていると理由なき確信を得たような悍ましさがある。
睦美さんとの容姿の相違点はそのボブカットの髪と、そして深黒の肌以外にないというのに、なにがこうまで印象を変えるのか。
さっぱり見当も付かなかった。
けれど。だからと引き下がれるようなら、己を馬鹿と公言して憚らない、そんな捻くれた男にはなるまい。
無謀と馬鹿とは、違う。眼前が底なしの奈落であるのは見て取れる。
しかし。こちらとて恋の奈落に落ちた身である。
……落ち着け。そして、落ち続け。
俺の落ちた穴は、眼前のそれではないのだ。他の穴に繋がるような脆いものでもないのだ。
フウと一息に淀みを吐き、ひたと深黒の少女を見据える。
「なるほど、けっこう紳士ですね」
以前天津 華月は不敵に笑んだままだが、怯むわけにはいかない。
考えろ。なぜ、こうなったのか。なにをしたいのか。質さねば。
「……なんで家がわかったんだ」
「ふふ、ええ、質問は歓迎しますよ。美味しい夕飯も頂きましたし。その分はきちんと、ね」
夕飯。たしかにこの容姿を見れば兄などは睦美さんの関係者と気づいて気を使うか。そうなれば、うちの親なら夕飯を出すくらいはするだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。これは家族を人質に取られている、あるいはいつでも手を出せるというメッセージに他ならないのではないか……?
と、そんな思案を気取られたか、深黒の少女は言う。
「あ、ご家族に何かするつもりはありませんよ。今私が興味あるのは、姉とそれに纏わる運命……あなたですから」
「……運命、ね」
俺とは別種であっても、間違いなく睦美さんの運命の人に違いない双子の妹。彼女の言葉を信用していいかはわかったものではないが、取り乱したところでなにが好転するわけでもない。
ひとまずは、調子を合わせよう。そうして、真意を探らねば。
「とりあえず、質問に答えてもらう。なんで家がわかった」
「まあ、ちょっと伝手をね。ねえ、マギ」
『……イエス』
彼女が促すと、そのスマホから少年の声がする。……魔法のアプリ。そのユーザーであるのはどうやら真実らしい。
隠す気がないのは意外ではあったが、そもそもマホちゃんの言葉に返答しているのだからさもありなんといった感じではあるか。
それと、マギ。多分ラテン語からとったのだろう。そのネーミングセンスは姉妹を思わせる。纏う雰囲気はまるで違うのに睦美さんを感じるのは、酷い違和感を伴った。
「答えになってないが」
「……たしかに、あなたからすれば家族を人質に取られたように感じますか。困りましたね。私の言葉に信用はないようですし……」
『証明の方法はある』
思わぬ言葉は、俺のスマホ。要は我がアプリのものだった。
『アプリは嘘を吐かないものだ』
「ほんとうだろうな」
『無論だ。私の発言は命懸けなんだぞ』
「なるほどな、大変なことだ」
『君のせいだぞ』
実際、眼前の少女はともかく、アプリの言うことは信用できる。
何かを秘匿することはあっても偽ることはない。彼女のアプリ、マギでなく俺のアプリのものならとりあえずは乗ってもいい。
天津 華月を見やると、お好きにどうぞ、といった感じに微笑んだ。
……警戒を解かないように誓いながら、マギに問う。
「お前のユーザーは、俺の家族に手を出すつもりはないのか」
ひとまず、身内の安全の保証が欲しかった。無関係である彼らを巻き込むのは、あってはならないことだ。兄などは事情を知れば全面的に協力してくれるだろうが、それとこれとは別の話である。
……俺を危険に晒したくない、そんな睦美さんの気持ちが痛いほどわかった。
『イエス。マスターはあなたの家族に興味を持ちません。害はないでしょう』
マギが機械的に答える。いや、機械なんだけど。
俺のアプリやマホちゃんはなかなか機械の身で人間味に溢れるアプリであったが、マギは一見するとそうは見えない。無論、掘り下げれば何かを発掘できるかもしれないが、マギのことは置いておく。
マギの返答に、ひとまずの安堵を覚えた。これで、本題に入れる。
「……なら、お前のマスターはなにを目的に動いているのか」
一言一言をこれほどに重く感じたことはない。一つ問うだけでかなり精神が摩耗しているとわかる。棋士は一極化指すだけで、そのあまりの思考量から二、三キロ痩せるという話がある(ガセ、というか要因は別にあるらしいが)が、それを想起させる。
『マスターの現在の行動原理は姉、天津 睦美です』
やはり、睦美さん。
その名が出るのは必定だが、いざ線上に来ると、やはり改めてその重みが知れる。
それは奈落の深さと同等である。
恋に落ちた以上は、相手のために動くものだ。今一度心を引き締めて問う。
「睦美さんを、どうしたいのか」
『……マスターは』
「ストップです」
マギが答えようとした時、その返答に文字通りにストップが掛かる。
無論、天津 華月だ。妖しく唇に人差し指を付け、シー、のジェスチャーをしている。
「なぜ」
「夕飯代にしては、これ以上は払い過ぎですね」
「うちの母さんの夕飯なんだ。まだまだだろ」
「それだけ重いのですよ、乙女の秘密というやつは」
彼女が口を開いてから、マギは言葉を発していない。かなり従順なタイプらしい。マギに問うたとて答えはないだろう。
しくじったか。これなら先にどうやって我が家に辿り着いたか尋ねた方がよかった。そうすれば彼女の情報ソースに近づけたかもしれないのに。
いや、もう考えても仕方のないことだ。
なら。
「わかった。なら、改めて君に問う」
「華月で構いませんよ、私と貴方の仲でしょう」
一息溜めてから、問う。文字通り、全霊を賭して。
「君はここに、なにをしにきたのか」
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