第五幕 相克相生双生運命デュアルLINE 13
五幕の十三話ですね、よろしくお願いします。
時刻を見ると、午後の7時だ。又の名を19時といい、即ち夜を告げ、別れを想起させる時となる。
物悲しい寂静感が徐々に膨らんでいくのを楽しさと共に感じていたが、とうとう終わりを迎えるようだ。
ゲームしたり膝枕してもらったり、睦美さん手製の夕飯に舌鼓を打ち、色々話していたりしたらもうこんな時間だった。今は睦美さんの部屋でくつろぎタイム。
なぜ、授業はあんなにも長いのに、この憩いの時間はこれほど短いのか。常に暇を持て余すあの國弘辺りから時間を奪ってこちらの補充に当ててほしいくらいだが、そうもいかないのは馬鹿でも、いや、馬鹿だからこそより理解している。魔法なんてものがあっても、できることとできないことがあるのだ。
「マホちゃん、時間伸ばしたりできないのお?」
『所詮アプリには過ぎた要求だな』
「魔法のアプリなのに?」
『そう、所詮はアプリだ』
テーブルに向かい合う睦美さんがむくれながらマホちゃんに要求しているのを、俺は微笑ましげに眺めている。
「飛鳥君は思わないの」
「まあ、だからこそ、というのもあるんじゃないか」
つい格好つけてしまったが、嘘ではない。短く感じるからこそ、より尊く思うというのも、事実である。とはいえ、
「それでもだよ」
という駄々に勝るものではない。そんなに悟って先に思いを馳せるほど俺たちは大人ではないのだ。
無論、俺が今彼女を肯定してやるわけにもいかないから、
「寂しがることはない。いつでも話せるさ」
と、そんな風に言うしかないが。
「……ムカつくなあ。悟っちゃってさ」
「あまりいじめないでくれ。俺だってまだ一緒に居たりないんだ」
恥ずかしさに耐えながら言うと、睦美さんは言う。
「……じゃあ」
「……それは駄目だ」
今彼女がどう続けようとしたか。それくらいは俺にもわかる。
泊まり。その言葉に心が惹かれないわけはない。実際、昨今の高校生なら多分もうその段階に踏み込んでいてもおかしくない。けれど、俺たちは普通ではない。出会いにおけるプロセスをすっ飛ばしているからこそ、ここで慎重にならねばならない。
「わかってる。前とは状況が違うよね」
意地悪く睦美さんは言うが、果たしてどこまでが真意か。この愚物には計りかねた。
実際、泊まり自体は前にもあったことではあるが、あの時の彼女とは精神状態がまるで違う。触れれば折れてしまいそうなほどに弱々しく見えたかつての睦美さんでは今はない。いや、今は今で危ういのかもしれないが、かつてほどではないはずだ。
大義名分を欠くしてここで夜を明かすのは……少し危うい。
……そう考えると、彼女も本気では言っていまいが。
「まったくだ、自覚を持って欲しいな」
「……そうだね、おふざけが過ぎたかも。ごめんねえ、飛鳥君」
……自覚。果たして、なんの自覚を持てというのだろう。未だ面と向かって睦美さんを運命の人と言えていない俺が口にしていい言葉だったのだろうか。
いや、女としての自覚、というならおかしなことではないか。
「……別に、謝ることじゃない」
俺だって蟠りもなく泊まりができるならむしろ飛び込みたいくらいなのだし。
「そろそろ、帰るかな」
家まで一時間くらいはかかることを思うと、流石にここらが潮時だろう。
「……うん、わかった。また来てね」
名残惜しげな睦美さんを見るのは心苦しい。思い上がりかもしれないが、自分がいなくて大丈夫だろうかという思いもある。
……天津 華月の来訪という線はないではないのだ。一応、言うまでもないにしてもドアチェーンまで閉めるようには言ってあるから多分大丈夫とは思うのだが。
「毎週だって来てやっても」
「ほんと!?」
「あ、ああ、無論だ」
……正直半分冗談のつもりではあった。財布が死んでしまう。バイトをしているでもない高校生には往復千円オーバーは馬鹿にならない数字である。
……とはいえ、だ。馬鹿にならない。字面だけで抵抗したくなるものだ。
馬鹿になる高校生は、馬鹿にならない数字には屈しないのである。
そして。眼前の人がこうまで喜ぶのであれば、是非もないのだ。
「……財布大丈夫?」
「そう思うなら、たまには家にも来てくれ」
「あ、そっか。……えへへ」
「俺も、楽しみにしてるよ。……紹介するのは恥ずかしいけどな」
「酷いなあ、親には紹介できない女の子ってこと?」
「……あまりいじめないでほしいが、まあいざそうなれば睦美さんがウチの親にいじめられることだろうし、睦美さんも無傷では済みはすまいよ」
「え、っと?」
困惑する睦美さんに、ニヒルに笑いながら言う。
「今までつぼみに矢印向け続けて、終ぞ報われなかった息子の女友達だ。どれだけ興味を向けられるかわかったものではない」
「あ、ああ、そういうこと……」
ホッと安堵する睦美さんを見て笑うと、睦美さんはなんだかムッとした様子。揶揄われるのが面白くないのだろうか。いや、と言うよりは多分優位に立っていたいのか。
ならばそれは叶わぬことだ。愚物とて一計を案じることもある。
俺が恋の駆け引きなんぞに取り組んで勝てるとは思えないが、無抵抗でしてやられるつもりもないのだ。
「……なら、来週はボクが行く」
「なら、って。話聞いてたのか?」
「うん、つまり、後戻りできなくなるってことだ」
「……なるほどな、やっぱ勝てないな」
「そうだよ?」
「次までに言い分を考えておこう」
と、時計を見る。さほど時間がたったわけではないが、そもそもがギリギリだったのだ。睦美さんも察してくれたようで、場が開かれる。
いつぞやのように、玄関まで見送ってくれた睦美さんに背を向け、天津家を後にした。
◆
少しでも長く飛鳥君を見ていたくて、部屋の窓から飛鳥君を見送る。見られているわけでもないのに、手を振りながら。
少しして飛鳥君が見えなくなると、ボクはつぶやいた。
「泊まり……ボクは、それでも……」
泊まったら、何が起こるかわかったものじゃないぞ、と飛鳥君は言いたかったのだろうけど、大前提として、彼はそんなに見境無くないだろうから、間違い、なんていうのは起こらないだろう。
そして、だ。
それが起きたとして。無論は抵抗はするし、まだ早いという思いもある。出会って一月と少し。……肉体関係を持つには段階を飛ばしている。とは、思う。
思うけど。ボクから誘うことはまずないだろうけど。もし、もしだ。やはりそれもまた起こり得ないとしても、もし飛鳥君から迫ってきた場合。
多分、ボクは本気の本気で拒んだりはしないだろうな、とぼんやり思った。
……いやいや! 何考えてるんだろう、ボク。
だって、まだ付き合ってもいないし、会って一月半だし……。
「うああああああ!」
『うるさいな! まったく、お前は乙女か』
「乙女だよ!」
◆
名残惜しいが、だからこそ尊いものだ。
さっき発した自分の言葉を噛み締めながら、俺は家に帰ってきた。
……帰る。願わくば、彼女と帰る場所を同じくしたいものである。
……そんな願いのせいかもしれなかった。この後の衝撃は。
「ただいま」
あくびしながら、玄関を開け、靴を脱いでからリビングに向かう。
俺は、その瞬間、思考が止まった。
「あら、おかえり」
そう言うのは、我らが母である。父は、仕事のためか居ないらしい。次いで、我が兄もまた、おかえり、と手を掲げた。
そして、
「おかえりなさい、飛鳥さん」
吸い込まれそうになるほどに美しい顔を綻ばせそう言うのは、白を呑む深黒。俺たちが立ち向かうべき混沌。
「来ちゃいました」
側頭にコツン、と手を当て、少し舌を出しながら言う彼女を見ても、俺の脳はまったく仕事をしていない。
唖然とする俺を見て母が言う。
「こんな綺麗な娘ほっといてどこ行ってたのよ!」
「まあまあ、飛鳥さんも忙しいのです、いじめては可哀想ですよ」
「いい娘ねえ、ほんと」
……何を和気藹々としているのか。
何も理解できなかった。
そんな俺を見透かすように、天津 華月は笑っていた。
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次回でもよろしくお願いします。
さて、正念場ですね。




