第五幕 相克相生双生運命デュアルLINE 9
五幕の九話ですね、よろしくお願いします
一月ぶりの訪問。今度はきちんと手順を踏んだ上での、訪問。
10月の、暑いようで肌寒い、いややっぱり暑い気候がジリジリと汗を浮ばせる。
10月というのは涼しいイメージがあったが、最近のそれはまだまだ太陽がはしゃいでいる。手を翳して遠慮のポーズを示しても、そのお恵みは陰りを知らない。
ああ、暑い。
心臓がバクバクと喧しい。寿命を可視化できたら縮むのが明瞭に違いない。
……さっさとインターフォンを押せ。
脳内で馬鹿を司る俺が叫ぶ。
ここは思い人が領土の寸前。ポチッとボタンを押せば厚さから解放されるではないか、と。
もう一人の俺が叫ぶ。
だって心の準備ができてない! と。ちなみにこれも馬鹿を司る俺である。
平行線の二人の議論は終わる兆しを見せない。
『……男って馬鹿ね、か』
……そんなアプリの言葉に素知らぬふりを返し、再び二人の議論に身を委ねようとした時。
二階の窓からこちらを見下ろす純白にして極上の美貌の人と目があった。
……これ観察されてたやつか。
気恥ずかしいやら、気付いてるなら早く声かけけてくれよやら、色々な思考が飛び交う。……男って、馬鹿ね、か。耳が痛い言葉だった。
俺の視線に気づくや、ドタドタと慌ただしく睦美さんは玄関を開けに降りてくる。
そうして、玄関は開かれた。
パッと華やぐ笑みを咲かせ、その人はそこにいた。
「おはよ、飛鳥君」
なんかこう、言葉にするのは難しいというか、野暮な気もするが。
すごく、いいな、と思った。
寿命が可視化できたなら。きっと伸びるのが明瞭に違いない。
◆
……なぜこうなった?
俺が馬鹿だから。無論、それはあるだろう。明白だろう。だからとて、こんなことになると誰が予想できるだろう。兄にすら想像の及ばない事態であるのは間違いない。
だって、眼前の人は引き篭もりなのだ。それというのに、なぜこのようなことに?
二人で居る時間は長いほうがいいに決まってるっしょ! と朝の9時に来たのが災いしたか。
俺の予想だと、なんか話したり、ゲームしたりする、平均的お家デートというやつになると思われた。睦美さんはおそらく渋谷を闊歩するにはまだ時間がいるだろう。吉川に行く為に仕方なく、とかでなく渋谷の散策を目的とするのはまだ早いと思う。まあ、これは俺の独断だが、配慮するに越したことはない。話題にするのもリスクが伴うわけだし。
だから、やっぱり平均的なお家デートになると思われた。思われたが、やはり現実とは想像通りにはいかないものだった。
俺は今、睦美さんの部屋にいる。
眼前には小さなテーブルがあって、胡座をかく形で座っている。花柄のテーブルがかわいらしく部屋を彩る。うん、女の子っぽくて良い感じだが、そのテーブルの上に置かれているものはどうにも俺の平静を掻き乱す。
俺の最も忌むべきもの。学徒全てにとっての不倶戴天の宿敵。
即ち、教科書だった。
……なぜ、こうなった?
「なぜこうなった。って顔してるね」
ムフ、と得意げに胸を張り、ラフなシャツ姿の睦美さんが言う。小さくない、どちらかと言えば大きな膨らみが強調されるが、教科書への日頃の怒りには及ばない。
しかし、初めて会ったときはもう少しオドオドしていたものだが、随分と砕けた態度になった。それだけ気心が知れたということなのだろう。そう思うと誇らしい。少しは彼女の支えになっているということなのだからけれど教科書ウザい。
「なぜこうなった?」
「いやわかってるから」
「なぜ……なぜ……?」
睦美さんが思わず、といった感じで吹き出した。
彼女の笑顔のために生徒会長にまでなると誓った俺だが、勉強というのはどうにも気が乗らない、乗るはずがない。
自ずと勉学に励み、点数の向上に喜びを見出すような人種は吉高では異端である。俺はその点においては平均的吉高生であるから、授業以外で教科書と向き合うことなど皆無だ。
「うん、だって生徒会長になるんだから、勉強くらい、ねえ?」
まだなってないというに。
「吉高生徒会長に必要なのは学力ではない。断じて、ない」
「でも、あるに越したことはないよね?」
「……いや、そうかも知れないが」
「あ、引き篭もりがうるせえな、って思った?」
「ナイーブだから触れないようにしてたのに」
「えへ、ありがとね。でも、ちょっとだけ気になって。さっきつぼみさんにも頼まれちゃったし」
「……俺つぼみには今日のこと言ってないんだけど?」
「お兄さん経由かな」
兄にも言ってないが……。いや、二人以外と遊ぶなら睦美さんだろうと当たりをつけられたか。
……余計なことをしてくれる。
「……まあ、わかった」
「うん、たぶん一時間くらいしたらボクも飽きるから、そのあと遊ぼ」
「ええ……」
「冗談。たぶん短時間で集中したほうが飛鳥君は良さそうだから」
「最初からそう言ってくれよ……」
まあ、一時間くらいなら構わないか。
と、込み上げる吐き気を堪えながら教科書を捲る。
学校は違うが、同じ教科書を用いている教科も少しあったので、それを使わせてもらう。無論、俺はそんなものを持ってきてはいない。
さて、やるか、と無理やり奮起する。協議の末、選ばれた強化は数学。
泣く泣く教科書を開き、睦美さんに見守られながら問題を解いていくと、少し疑問が浮かぶ。
睦美さんに勉強教えられるのか。という疑問だった。頭の出来がどうとかでは無論ないが、今年に入ってから一度も授業を受けたことがないのでは流石に無理ではないか……? と考えた時、なんだか睦美さんのくだらない真意が見えた気がした。
そんな思考にリソースを割いていたからではないが、よくわからない問題に行き着く。
「あ、そこはね」
俺が詰まったとみるや、意気揚々と睦美さんは隣に来て、懇切丁寧にわからないところを教えてくれた。かなりわかりやすい説明。ヒントを散らしてさあ、解いてみろと促す兄と似てはいるが、また違う教え方だった。あといい匂いがする。
……なんか睦美さんが欲しがってる言葉が分かった気がする。
「……勉強できるんだな」
「うん。教科書は一通り目を通してあるよ、暇だったからね」
得意げに、また胸を張りながら言う。
……多分、この下りがやりたかっただけだな?
よくよく考えれば、この教科書は少し癖がついている。初めて開かれたものではない。新品の教科書などしばらく触れていないから気付くのが遅れたが、普段から使っている証拠である。
なんとも茶目っ気のあることだ。ほんとに。
しかし、引き篭もりであるのに自主的に勉強しているというのはなかなかできることではないだろう。少なくとも俺ならビリビリに教唆書を引き裂いているに違いない。
真面目に、再び外に出ようと頑張っていたのがわかる。
そう思うと感慨深くもなるが、わざわざそこを掘り下げる必要もあるまい。今は彼女の遊びに付き合おう。
「よくそんなことができるな。俺には到底真似できん」
「だから、安心してね」
笑いながら、睦美さんは言う。
「わかった」
実際、そばに睦美さんがいれば根拠のない安心と自信は常に共にある。あかね祭で得た根拠なき自身は、今も胸の中にある。
流石にそこまで考えて発言してはいまいが。
そうして、そのまま勉強の時間は過ぎゆく。
傍に睦美さんがいるというだけで、勉強すら割と楽しかった。
あっという間(流石にそこまでではないか)に一時間が経ち、目の前の教科書から解放される。
「お、終わった……」
「お疲れ様です。はい、お茶」
「ありがとう」
睦美さんが四杯目になるお茶を出しながら
、
「飛鳥君、やっぱり地頭良いよね。教えたこと、すんなり入っていくんだもん」
「そうか? んなこと思ったこともないが」
「うーん。まあ、たしかに自覚はないものかもね、と」
「……ようやくか」
睦美さんが待ってましたと言わんばかりの笑顔で言う。自分から始めたのに。
「うん、他のこと、しよ」
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