第五幕 相克相生双生運命デュアルLINE 6
五幕の六話ですね、よろしくお願いします。
時に肌寒さを覚える10月後半である。この月は行事の多い月だ。学徒にとって一大事となる修学旅行。そして、生徒会選。
今は20日。修学旅行を終えクタクタの身に降りかかるのは、生徒会選をどう戦うか、という問題である。天津 華月の件はたしかに大きな問題だが、急を要するわけではない。
生徒会選はもう猶予がないのだ。
……まあ、不信任投票だし、そこまで考えることでもないのかもしれないが。
天津 華月にどうコンタクトを取るかも定まらない状況ではあるが、生徒会長も(半ばおふざけとはいえ)睦美さんの望むところ。
つまりは、手を抜くわけにはいかない……のだが。
存外、やることがない。来たる決議のスピーチを考えるくらいだ。立候補者は他になく、というか俺とて兄の推薦という立場だが。
この馬鹿の推薦は、たちまち校内新聞となって学内に配られた。結果は、学年を問わない「どういう風の吹き回し?」の問いの嵐だ。それに対応するのもめんどくさすぎるので、誰にも気づかれないように空き教室を勝手に使っている。昼休みに原稿なんてまじめぶったやつの所業だろうに、あろうことがこの俺がそんな物に手をつけようとは。まったくもって度し難い兄である。
適当な椅子に座り、頬杖をつきながら原稿と睨めっこをしているが、はてさて、何を書けばいいのやら。
愚物として臨むか、まじめにやるかは割と悩ましいところだったが、壇上でおふざけして教師陣を怒らせたら詰みなことを考えると、そこまで羽目を外すわけにもいかないだろう。
……はてさて、何を書けばいいのやら。
原稿用紙をくしゃくしゃにしてぶん投げようか、などと思っていたところ、教室の扉が開いた。
「やっぱり、ここにいた」
などと宣うのは、まあ当然というべきか、淀見 つぼみであった。
「なぜわかったのか」
「うーん、勘?」
「……なぜ来たのか?」
「だって面白そうだもの」
……またその理屈か、と、いつかの睦美さんを思い出す。面白そう。そんなのは無敵の理屈なのだ。あんまりそういうことを言わないでほしいものだ。
ツカツカとこちらによって、原稿を覗き込む。……距離が近い。いくら睦美さんに思い人を改めたとはいえ、こういうのはドギマギするのだから少しは考えてほしいものだ。まあ、生まれてから常に共にあった仲だから、何を今更、といった感じでもあるけど。
「白紙」
「だからこんなところにいるんだろ」
「なるほど、そりゃそうか。大人気だったものね」
「……最近は俺に因らない火種が多過ぎる」
「睦美さんは十分身から出てる火種だと思うけど」
「……まあ、それはそうかもしれないが、少なくとも生徒会長なんてのは俺とは無縁だったろう」
睦美さんのことは、今でもよく訊ねられる。火勢は未だ衰えることを知らない。
「それだって睦美さんの影響でしょう。元を辿れば、ね」
「……うるさいな」
すっかり手が止まってしまった。……いや、元々動いていたわけではないが。
「邪魔しに来たなら出てってくれ」
「酷いこと言うのね。ちょっとアドバイスでも、と思ったのに」
「……初稿くらいは自分でやるさ」
自分自身の力で、などというのが驕りであることはわかっている。おそらく、勉強をおろそかにし続けてきたこの俺の文など、添削の嵐に呑まれ、ほとんど原形を留めることはあるまい。だが、それとこれとは別の話だ。物事に対して向き合うというのは、多分そういうことだと思う。
「へえ、また、殊勝なことね。まあ、飛鳥ならそうするか。昔から変わらないよね、そういうとこ」
変われなかったのが、俺が選ばれなかった理由なのか。いや、どう足掻いてもあの兄には勝てなんだか。
それに、そのおかげで今睦美さんと繋がったのだから、変わらなかったことを喜ぶべきだろう。
「生憎な」
「そういうとこ、いいと思うよ。飛鳥はやっぱりそうでないと。飛鳥はいい会長になると思うよ、普通にね」
「……そういえば、俺が表に立つのに、お前がそばにいないのは初めてかもな」
思えば、文化祭の実行委員に始まり、俺が何か役目を成す時は常に傍にこいつがいて、なんのかんのと揶揄いながらも手を貸してくれていた。今回の生徒会選、会長以外は出揃っているので、どうあろうと二人が揃うことはない。
「そうかも。ずっと一緒だったものね、私たち」
ほんとうに、ずっと一緒だった。クラスが別れたことは一度しかなかったし、その時だってクラスを跨いでこいつ(あと兄)はずっとそばにいた。友達だって多いのに、大抵そばでその魔性の笑みを浮かべていたように思う。
そうして、俺は庇護されていた。愚物足らんとする馬鹿が放って置けなかったのか、はたまた他に何か思惑があったかは知らないが、つぼみと兄は、異端として扱われかねないこの俺と、周囲の緩衝材になり続けてくれている。
赤い糸ではないにしても、運命的なものを感じざるを得ない。
そも、出生日時を完全に同じくし、その日からそばにあるというのを、運命と言わずしてなんと言うのだろう。
たしかに恋情は砕かれ、もう結ばれることはないにしても、こいつが大事な存在であるのに変わりないのだ。
友として、生涯無二の存在であるのは変わらないだろう。
……無論、口には出さないが。
「ならこれは巣立ちの儀式とも言えるな。やっぱりお前の力は借りないよ。さっさと出ろ出ろ」
言うと、つぼみは肩をすくめ、戯けてから教室を後にした。
おそらく、教室か、兄のもとにでも向かったのだろう。
……気を取り直して、再度原稿用紙に向かう。
まあ、目指すべき理想を綴ればいいのだろう。
どのような学校にしていきたいか?
そんなビジョンが明細に浮かぶわけはないが、少なくとも。
この俺が、変わらず馬鹿をやれるような学校であればいいなと思う。
睦美さん云々を抜きにしたとしても。
俺は、馬鹿と屑とに明確な一線を引いている。他者に迷惑をかけた時点で、それは屑の所業なのだ。無論、情状は酌量すべきというのは前提に置くが。
俺は屑にはならないよう心がけて生きてきた。つぼみの目を引くためにその一線を超えてはならないと誓って生きてきた。けれど、この学校には、その線を越えるものも未だ多い。兄の尽力と時世の変化とで少なくなってはきたが、それでもやはり、まだいるのだ。どこの学校でもそんなものかもしれないが、だからと見過ごすなら生徒会長なんてものにはなるべきではないだろう。
だから、俺が変わらず。いや、皆が馬鹿になれたらいいな、と思うし、それこそ目指すべき理想なのだ。
まあ、睦美さんのために生徒会長を志したのだし、彼女にとっての笑い話にならねば意味はない。……彼女なら俺が真面目に取り組む話でも穏やかに笑って聞いてくれそうだが、それはそれ。
やはりこの俺が会長となる以上は、文字通りの馬鹿笑いを、あの人にさせたいものだった。あれで存外悪童の笑みが似合う人だし。
……聞いた境遇は重過ぎて、俺が支えになれるかはわからない。現状の打破などは、叶わないかもしれない。それでも、俺にできることをしたかった。
天津 華月への接触も、生徒会長も、彼女の笑顔の為である。
……それに、これは睦美さんに背くことなのかもしれないが。限りなく険しく、難しい道なのかもしれないが。
姉妹が顔を合わせて笑い合えるのなら。やはりそれが一番良いのではないか、と思う。
比較にはならないが、俺も兄とは少し気まずい時期があったからわかる。それまで傍にいた存在というのは、手足のようなものだ。それが失せるというのは、とても辛いことだ。
これはエゴなのはわかる。確かめたわけではないが、睦美さんが心底から妹を忌んでいたとしてもなんらおかしくはないのだ。かんたんに割り切れる彼女ではないし、だからこそ引き篭もってしまったのだろうが、ならなおさらデリケートな領域だ。
しかしそれでも。共に在る選択ができるなら、そうした方がいいと思う。だって、この世に二人といない、姉妹なのだから。
……まあ、結局は彼女の意思によるところだし、そもそもどうやって接触するかもわかっていない訳だが。
「……と、原稿原稿、と」
考えても詮ないことは、後に回そう。
今は取り敢えず、スピーチを考えねば。
けれど、さっき考えたことはほとんどそのまま形にはできないものだ。
……はてさて、何を書けば、いいのやら。
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ちょっとプロット練り直したいので、一回か二回分、更新を遅らせるかもしれません。
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