第四幕 相克相生運命デュアルLINE 14
四幕十四話ですね、よろしくお願いします。
さて、場所は吉川駅周辺のカラオケである。
ここは吉川だ。となれば当然、吉川に生く者の住処である。その中でも一応の発展を見せるは吉川駅。
となれば、総勢七万を数える吉川市民の集うのは明白である。
……要は、既知の人物との遭遇など、あってもなんらおかしくはないのである。
時刻は3時。休日の3時。活動を休止する学徒などというのは非常にレアなものだ。
俺と睦美さんは、カラオケに入った。三時間コースを選び、案内された部屋に荷物を置き、飲み物を誰が取ってくるかで互いに遠慮を繰り返し、結局二人で飲み物を取りにきたその時だった。
「……あ」
そんな間抜けな呟きが三つ重なったのだ。
無意識にそれを発した三人とは、俺と睦美さん。そして突然のエンカウントに唖然とする(俺も人のことは言えないが)我が実兄である。
そして、兄がいれば、奴もいるものだ。我が世の元春。麗しき初恋の麗人。明眸皓歯足る淀見 つぼみだ。こいつだけは顎に手を当て、面白そうにこちらを見やるばかりだった。
「あら、飛鳥に睦美さん。なかなか面白い偶然じゃない」
「……お前にとっては、そうなんだろうな」
正直、今この場では最も会いたくない相手だといえる。兄だけであれば、何も言うなと目で合図すれば後で話すだけで済むだろうが、こいつの場合はそうもいくまい。
「あ、えっと、こんにちは?」
睦美さんが数少ない吉川の顔見知り全てとの邂逅に戸惑いつつ挨拶をすると、二人もそれに返した。そのまま、兄が続ける。
「まあ、こういうこともあるかもとは思っていたが……」
その思いは、恐らくは四人に共通するものだろう。狭い吉川である。二組がデートをすれば、巡り合うこともあるだろう。
兄がこちらをみやり、なにか察したように頷いた。
「なるほどな。吉川縛りのデートとは、なかなか難題だな、飛鳥?」
「……うるさい」
「市内縛りとなると……おあしすとか……市民プールとかか?」
「……あ」
……市民プール。……あったなあ……そんなの。屋外のプールは老朽化の為に廃止されていたが、屋内の温水プールは生きていたか……。まったくもってとんでもないミスである。……色んな意味で。
睦美さんの水着姿を見る機会を自ら手放したも同然ではないか、これでは。
これは馬鹿ですらないただの痴呆の所業である。
「プール……」
睦美さんが呟いた。しかし、それは失望とか、そういった呟きではないように見られた。どうかしたのか、訊こうとした時、つぼみが先んじて言う。
「これは手痛いミスね。ねえ、睦美さん?」
「う、うん! そうだね」
……気にし過ぎか? なにか懸念しているのか。……まさか単におあしすが退屈すぎたわけでもないだろう。……多分。とはいえ、この場でどうできるわけではない。後で訊いてみるほかないか。
「……その点については言い訳のしようもない。が、時間を無駄にするという意味では、ここで話していても同じことだろう」
「……ま、確かにな。天津さん、邪魔して悪かった。それと、飛鳥を生徒会長にする件、協力感謝するよ」
「え、あ、いえ、そんな……」
「謙遜しないでくれ。今やそこの馬鹿を動かせるのは俺たちじゃないんだから、と。そろそろ戻るか。愚弟をよろしく頼むよ」
言って、自分達の部屋に戻る兄に、ひらひらと手を振りながらつぼみが続いた。
「後で色々聞かせてよ」
「うるさい」
二人を見送り、睦美さんを見やる。
「……大丈夫か?」
「う、うん! 大丈夫だよ。あの二人、お似合いだなあって、思ってただけ」
「……そうか。そうだな」
はぐらかされたような気がする。が、ここで追及するのは得策ではないだろう。……それに、楽しい時間は長い方がいい。
……この二ヶ月。睦美さんと接してきて、俺も彼女のことを少しは理解しているつもりだ。彼女も俺と似たところがある。相手と向き合うために、過去を清算しようというのだろう。
彼女にとってのそれは、おそらく己の置かれた状況を洗いざらい晒すことだと思う。……多分、彼女のソレは、俺よりも重い。一人で解決できるものではないのかもしれない。
だから、相手が話すのを待つと決めた俺なのに、今回彼女をデートに誘うというアクションを起こした。
話せる俺であることを理解してもらう為に、今日という日を用意したのだ。
馬鹿なりに考えたことだ。俺から、かずきなる人物について訊ねることも、再考した。けれどやはり、彼女のアクションを待つべきだと考えた。能動的受動という、よくわからない理念の末に計画されたデートの果てに、彼女が話してくれなかったとしても、俺から訊ねることは、しない。
「さ、俺たちも早く飲み物を」
「うん、そうだね」
思案もそこそこに、ドリンクバーに並ぶ。
「おすすめは抹茶ラテだな。単純に美味いし、意外と飲む機会も少ない」
「たしかに。レストランとかでもあまり見ないかも」
暖かい抹茶ラテと、冷たいメロンソーダ。これこそは、ここに来た時の鉄板である。永遠の愛だ。たとえ少しばかりコーンスープやレモンソーダに浮気したとしても、最終的には抹茶ラテとメロンソーダの緑を求めて戻ってくるのだ。
飲み物を入れ終わり、二人して部屋に戻る。睦美さんは烏龍茶を選んだようだ。それはそれで無難である。ここで全てのドリンクをミックスしようなどと宣う輩は、ミキサーにかけてジュースにしてやればいい。食べ物で遊ぶ輩、死すべし。
冷房を入れ、互いに向き合う。
さて、どちらから歌おう?
カラオケに来たら、大抵訪れる時間だろう。いざ歌い始めればそのまま歌えるが、最初の一歩が重い。
……ここは、あれをやるしかあるまい。
「なら、俺から行こう」
「おお、かっこいい!」
ここでの選曲、それはズバリ、これを置いて他にあるまい。
「採点は?」
「しない手はないよね」
睦美さんが自信げに胸を張って言う。……小さくない、いや、意外と大きな膨らみが強調され、盛り上がりを主張していた。思わず目を逸らす。……気づかれはしなかったらしい。僥倖である。……しかし、あまり意識しないようにしていたが、やはりかなりスタイルがいい。あのつぼみと比べても遜色がない。
……これは危険な考えである。ここでこの愚考は避けるべきだと、煩悩を振り払い、立ち上がり画面に向き合う。
俺が入れたのは、某国行進曲である。
「へ、へえ、こんなの歌うんだ」
睦美さんが無理にリアクションをしてくれている間も、俺はマイクを手に画面に向かう。
そして、幾分か過ぎ去り、共に曲が終わり、採点不能の画面を見てからソファに着く。
「……歌詞ないんかい!」
睦美さんが思わずといった感じに若干声を荒げてツッコミを入れた。
「さて、睦美さんの番だ」
「……ずるい……」
言いつつ、睦美さんも既に選曲は済ませてあるらしい。
愚物のようにおふざけはなく、点を狙う真剣な眼差し。さながら競技に及んでいる様。
して、流れたるは、最近話題のアニメのOPだった。かなりアップテンポで、リズムを取るのが難しい曲だが、睦美さんは難なく乗っている。
上手い。素直にそう思った。技量ではあの兄に及ばないが、聴き惚れるに足る歌唱力だ。生来の鈴の音の声を張り、音程もほとんど外していない。なるほど、自信に見合うだけの歌唱力はあるらしい。
歌い終えた睦美さんは、満足げに、額に浮かぶ珠の雫を拭った。
「ふふん」
言って、同時に点数が表示される。
94点。なるほど、高得点と言えるだろうが、睦美さんは少し不満そうに、
「まあ、一曲目だし」
「十分高いと思うが」
「そうかな?」
不満そうな表情が一変して、また得意げに胸を張った。……目のやり場に困るからやめてほしいが、指摘することもできないので、マイクをとって立ち上がる。
「頑張れ、飛鳥君!」
曲が流れると、睦美さんは肩を揺らしてリズムに乗り、手拍子。とても楽しげだった。どうやら、結構カラオケ好きらしい。俺としても歌うのは好きだから、共通する趣味があるのは喜ばしい。
と、前奏が終わるので、画面に集中する。今度の選曲は、睦美さんのを受けて同期のアニメのOP。それだけあって、アップテンポなノリやすい曲だろう。
「おお!」
睦美さんが唸る。曲を聴いて、なんのアニメの曲か思い出した、といった感じ。けれど、歌う邪魔にならないようにそれに留まっている。
さて、そんな配慮に見合うかはわからないが、全力で歌い、そして、採点の時。表示されたのは、
「89点! 上手いんだね」
「まあ、こんなもんだろ」
睦美さんには及ばなかったが、悪くない点数だろう。睦美さんも笑みを浮かべながらパチパチと可愛い拍手をしている。
「ボク、男の子の歌って、聴くの初めて」
睦美さんが言う。どうやら次の曲を入れる前に少し話すらしい。
「そうなのか」
「うん、カラオケって大体、家族としか来なかったから」
「勿体無いな。それだけ上手いなら、みんな聴きたがるだろうに」
「……そんなことないよ。別に、突出して上手いわけでも、ないしね」
「そうか」
少し表情が翳っていたが、努めてか、明るい顔で睦美さんが続ける。
「だから、なんか変な感じなの。恥ずかしいんだけど、嬉しくて、楽しい」
「なら良かった。吉川にも睦美さんを楽しませることができたらしい」
「えへへ、すごい楽しいよ」
そう言って、満面の笑みを浮かべた。思わず、ドキッとしてしまう。綺麗で、可愛く、愛らしい。この俺の、まだ短い人生だが、恐らくトップ10には入るだろう。……多分、そのランキングは彼女に独占されているのだろうなと、思った。そうであってほしいと、思った。
「飛鳥君も、競争相手に不足ないしね。うん、上手いよね、飛鳥君」
「まあ、平均点を下回ることは殆どないな」
カラオケに来る時は、連れがアレだったから、自分が上手いと思うことは無かったが。
「俄然楽しくなってきた」
睦さんが弾むリズムで選曲。次の曲を送信する。
「100点とっていいとこ見せないとね」
そう微笑んでから、睦美さんが画面に向かった。
……楽しい。純粋にそう思った。この時が永遠に続けばいいと思う程に。同時に、その為には、越えなければいけないことがある、とも。
けれど、やはり、今は。
もう少し、楽しい時間を過ごしたかった。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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次回でもよろしくお願いします。
あんまり記述してませんでしたが、睦美、ニートのくせにほんとにスタイルいいです。
ハルヒみたいな感じ。




