第四幕 相克相生運命デュアルLINE 13
四幕の十三話ですね、よろしくお願いします。
さて、おあしすで映画を観た。腹拵えもした。ならば、次はどこに行くというのだろう。
お弁当箱を片付けながら思案するボクに、飛鳥君は言った。
「……もう何もない」
「……え?」
いやいや、まさかそんなはずはないだろう、そんなことを言おうとしたボクに被せるように、
「……何も、ない」
……え?
そして、飛鳥君の言い訳が始まった。
「吉川らしさを感じられる場所に行きたい、という注文だったが、無理だ。そもそも吉川らしさなどというものを俺は感じたことがない。三日程熟考したが、本当に浮かばない。吉川の名産、他に対して誇れるものといえばネギらしいが、それをどうデートに反映すればいいのか。他には街のシンボルとしてナマズを挙げているが、それを感じられる場なんて駅にあるショップしかない。隣町には大きなショッピングモールとかもあるが、吉川らしさなどとは無縁極まる。いや、そもそも市外だし。同じ理由でカラオケとかも案から外さざるを得ない。というかかろうじて挙げられる吉川の利点というのは、隣町が栄えていることだ。そこをオミットして吉川らしさを探したところで、見つかる可能性など毛頭ない。この地に住んで14年を数えるのに何も感じなかったものを、今更頭を捻ったところで見つけられるはずもなかった」
言い終えた飛鳥君からは、地元に対する本気の失望が見えた。
……あかね祭であのお兄さんに勝利を収めた飛鳥君だというのに、完全に匙を投げている。
飛鳥君がどんな環境で育ったのか知りたいなー、程度の気持ちによる要求だったが、まさかここまで苦しんでいようとは。
見よ、飛鳥君を。困っている。自転車を両手離して立ち漕ぎしろと言われてもこの表情は引き出せまい。
この飛鳥君の苦しげな表情を見ていると……。
「ぷふ。ふふ、あは、あははははは! ひー、ひー!」
笑いが止まらなかった。卓に突っ伏せ、お腹を抑える。
新手の筋トレか何かかと疑うほどお腹と顔の筋肉を酷使しているのがわかる。というのに、全く収まる気配がなかった。
「く、くふ、ぷ、ふふふ、し、死ぬ、死んじゃう、あはははは!」
「……笑い過ぎだろ……」
何か返そうと思ったけど、とてもそんな余裕はなかった。平静を取り戻すのに、なんと三分を要した。
「……はー、はー、お腹割れちゃうよお」
下手なダイエットよりよっぽど減量に繋がりそうだ、とか言うとボクサーに怒られちゃうかな。
まあ、とりあえず、なんとか笑いに勝利したボクは、飛鳥君に訊ねた。
「飛鳥君は普段何して遊んでるの?」
その件について、チャットでやりとりしたことはあるが、そこまで突っ込んで聞いたことはなかった。
「そうだな。大体家で何か読んでるかゲームしてるかだよ。カラオケとか行ったりもするが」
「カラオケ! いいね。ボク上手いんだよ」
「……それで妥協するなら最初から難題を押し付けないで欲しいものだ」
「えへへ、ごめんね」
「……じゃあ、また駅に逆戻りだな」
確かに、バスに揺られて街並みを眺めている間に、カラオケはスナックくらいしか見当たらなかった。
東京と比較すると本当に何もない。いや、それほあまりに比較相手が悪いのかもしれないが、そこに身を置く側にしてみると、申し訳ないことに、何もない、以外の言葉は浮かばない。
飛鳥君が育った場所であると思うと少し感慨深くもなるが、それと市の評価とは別問題。
……とはいえ、だ。
実際のところ、ボクにとって大事なのは飛鳥君が居るかどうか、なのだ。
この引きこもり。陽光とは無縁の生活をするボクの腰を上げるに至るものなど、今はそれしかない。飛鳥君がいれば今みたいにお腹が捩れるくらいに笑える。それは東京に一人で居ては有り得ないことなのだ。
物事は、一つのファクターがガラリと変えてしまうこともある。
飛鳥君が初めてボクの部屋に来た時にも思ったことだ。彼がいるだけで、この街は東京より面白い街へと変わる。
……なんとも青臭い理屈だけど、ボクにとっての真実だった。
「ねえ、飛鳥君」
だから、飛鳥君には悪いけど、正直行くところなんてどこでもいいのだ。ただ隣に一人の馬鹿さえいれば。
米粒一つ残さず完食されたお弁当箱をしまい、ボクは続けた。
「今度は歩いて行きたいな」
なんだか、そんな気分だった。学校の帰り道、家が近所だと嘘をついて一緒の帰途に着く。そんな定番のシチュエーションでのヒロインの心境に似ているかもしれない。バスの車窓から流れる景色を二人で眺めるのも悪くないが、今は、少しでも……。
「……わかった」
飛鳥君が照れを隠しきれずに顔を背けて言った。
……ほんとう、可愛いなあ。
片付けも終わったので、飛鳥君は立ち上がり、
「睦美さん、遠足とか行き帰りのバスが一番楽しみなタイプだろ」
その問いに、おあしすに背を向け、歩きながら答える。
「そうだよ。お菓子食べながらくだらないことをお話するのが一番好き」
「詭弁と妄言こそ馬鹿の得意とするところだからな。期待に応えられるかはわからないが、適性はあろうよ」
「じゃあ、期待しちゃおうかな」
「善処するよ。……はい」
言うと、飛鳥君がおずおずと右手を差し出してきた。
ボクもいつ手を出そうかと悩んでいた時にこれだ。まったくもって、いつもタイミングのいい。……ほんとうに、タイミングがいいんだ、彼は。
「……飛鳥君からしてくれるの、初めてだね」
ボクも、おっかなびっくり。けれどたしかに、その手を取る。一瞬、所謂恋人繋ぎにしてやろうかと思ったけど、その勇気はまだボクにはなかった。
「……ほら、行くぞ」
そうして、ボクたちは吉川駅にあるというカラオケに向かって歩き出す。くだらないことをお話しながら。
それは、とても楽しい時間だった。
このデートが、何のためのものか。それすらも忘れて楽しんでしまいたくなるほどに。
けれど、それではいけないのだ。彼とちゃんと向き合うために。ボクは今日、全てを晒す。
……それでも、今は、純粋にこの時を楽しんでいたかった。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
感想や評価、誹謗中傷でもくださると、作者は嬉しいです。
次回でもよろしくお願いします。
イチャイチャしやがって。許せませんね。
あと、すみません、ストックが尽きました……。これからは月曜と木曜の24時過ぎくらいに投稿しようと思います。次回は多分月曜になるかと。
その分一話毎の文量は上げるようには努力しますので、これからもお付き合い頂けると嬉しいです。




