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馬鹿みたいに恋がしたい  作者: 川面月夜
第一幕 絶対不可逆運命デステニーLINE
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第一幕 絶対不可逆運命デステニーLINE 4

読んでくださってる方、本当にありがとうございます。

 廻る運命は不可逆だとするのなら。果たして、運命に価値などあるのだろうか?

 そんなことを考えるのは、傲慢なのだろうか。

 夏休みが明け、新学期初日の朝でありながら、彼には憂鬱としたものはない。……学業に関しては、だが。


 彼は、名を蓮城 要という。魔法のアプリを手にした蓮城 飛鳥を弟に持つ、文武両道を地で行く高校三年生だ。美人で気の利く彼女と、愉快な弟と、穏やかに無性の愛を注いでくれる両親に囲まれ、不自由ない生活を送っている。


 天は彼に何物か数えきれぬ才を恵み、弟をして二兎を追い三兎を得る怪物と言わしめたが、そんな非凡の男にも、悩みはあった。

 弟飛鳥と恋人つぼみとの恋愛トライアングルである。弟と取り合ったつぼみとは、自分が結ばれる形で落ち着いたが、そのことは明らかに弟に影を落としている。

 表向き、祝福してくれている飛鳥だが、その実、かなり思い詰めているのは間違いないだろう。最近の様子は、明らかにおかしかった。普段であれば、夜は共にテレビゲームに興じる二人も、今はその習慣から離れている。


 麗しき恋人と結ばれ、順風満帆。とはいかず、結ばれる以前とは別種の物悲しさが、要の悩みの種だった。以前の、三人で遊ぶ関係には、もう戻れないのではないか、そんな不安が、要を苛む。


 要とつぼみが結ばれる以前は、二人に飛鳥を加えた三人は、いつも一緒だった。テスト勉強の時も、病める時も、健やかなる時も。……要とつぼみが結ばれた時も。三人で肩を寄せ合い、悲しみと喜びとを分け合って生きてきた。そんな関係は、とても心地よく、素晴らしいものだったが、とうとう、終わりの時がやってきたのだろうか。


 同じ一人を思う二人と、同じ二人に思われる一人の三人。三人の中で、二人が出来てしまえば、一人になったものが何を思うのか。想像ができないわけはなかった。なぜなら、自分が一人になってしまうのではないかという不安は、常に要にも付き纏っていたからだ。その上で、つぼみと結ばれることを選んだ。なのに、今まで通り弟ととも接したいなど、虫が良すぎるのだ。


 飛鳥は昨日、そんな自分を正しいと言ってくれたが、その内心にどんな感情が渦巻いているのか、想像はできない。

 自分が、そうしてしまった。あの、常に馬鹿馬鹿しくあろうとする愉快な弟の表情を翳らせるなどという、決して望まぬ事態を招いてしまった。


「……二兎を追い、三兎を得る、怪物……」


 要も流石に、自分がどれだけ非凡な存在かは理解している。全国模試も、テニスのインターハイも、一位は一人しかいない。ましてや、その二冠ともなれば、自分がいかに才覚に恵まれた存在であるかは、鈍感であってもわかる。しかし、今の要に取っては、全く価値のないことだった。


 今の要が追うのは、言うなれば空を翔る隼のようなものだった。いかに兎を大量に捕らえられる狩人とて、手の出しようもない空というのはある。そして、深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いているという言葉の通り、隼を狩ろうとして、隼に狩られる事態すらも招きかねない。

 もっとも望むものに、手が届くビジョンが見えない。魔法でもない限り、どうしようも無いことだった。


「全く、意味のないことだ……」


 どんよりした気持ちに苛まれながら、用意された朝食を、きちんと摂っていく。メンタルに問題がある時こそ、三食摂って、ちゃんと寝なければならない。罪悪感の余り後者を怠ってしまった今、前者を必死に遂行する他に、なす術が見つからない。


 黙々と、用意されたトーストを食べる中、スマホが、バイブレーション。通知だ。おそらく、チャットアプリによるものだろう。食事中に携帯に触るのはマナー違反だからと、トーストを頬張って口に押し込んでから、アプリを開いた。


「……つぼみか」


《おはよう。飛鳥、大丈夫そうかな? ごめんね、私が、三人で会いたいって言ったばっかりに》


 チャットの送信する気が重くなるが、弟を思いやる恋人を放っておくわけにもいかない。


《まだ、部屋から出てきていない。けど、お前だけの責任じゃない。俺も悪かった。いつかはともかく、俺達が付き合ってから一週間しか経ってないのに、三人になるべきじゃなかった。あいつに、心の整理をする時間を作ってやらなかったのも、そもそも、これからも三人でいたいかの確認を取ることも、怠ったのは俺たち二人だ。お前だけじゃない》

《ううん、要はそう言ってた。強引に押し切ったのは私だよ。本当に、ごめんね》

《謝るのは、俺にじゃないだろ》

《それでも、ごめん》

《いつか、一緒に謝ろう》

《そうだね。許してくれるかはわからないけど、それでも》

《ああ。じゃあ、また後で、学校で、な》

《うん、また、後でね。要》


「……なんとも、色気のないことだ」


 しかし、ここで色気付いてイチャつくような自分など、自分ではない。あの愉快な弟は、血を分つ半身なのだ。放って私欲を満たす為に動けるわけがなかった。


「ちょっと、要。飛鳥起こしてきてくれない?」


 母の言葉を聞いて時間を見ると、7時半。そろそろ起きないと、遅刻は避けられない。

 三人は、吉川市内の馬鹿高校である吉川東高校に通っている。馬鹿高校ではあるが、要の入学を機に要の生真面目が波及し、時を進めるにつれ少しづつマシな学校になりつつある。


 こんな馬鹿高校に、なぜ要のような鬼才が居るのだ? というのは、飛鳥とつぼみを除く全校生徒どころか、教員にまで共通する疑念であった。中学時から全国の模試の一位をキープ。部活動でも結果を出し、高校に入ってからも、生徒会長を完璧に勤め上げながら、引き続き学業や部活動にも精力的に取り組み、その全てにおいて頂点を勝ち取った男である。馬鹿高校に留めておくには過ぎた人物だったのではという思いも教員は抱いている。


 しかし、夏休みも最中のインターハイ優勝時のインタビューで、周囲は苦笑と共に、要の恥ずかし過ぎる意を知ることとなる。

 曰く、「吉川に弟がいる。吉川の外に弟達はいない。だから、俺は吉川にいるのです」である。割と希代の天才のこの、ブラコンと取られても仕方のない発言は、それなりに話題になった。校内の腐った方々が、ふへへと笑いながら飛鳥をグループチャットで問い詰めまくった、イケメン生徒会長ブラコンの乱は、一部の生徒の記憶に新しい。というか、今まさに波及している最中である。


 その波が、飛鳥を呑み、飛鳥に影を落としているのだったら、要は笑いながら弟の背を叩いていただろう。飛鳥も、普段通りに上手くやっていたはずだ。しかし、今弟を曇らせている元凶が自分とあれば、さしもの奇才を持ってしても、時間に任せる以外の解決方法は導き出されなかった。というか、感情の機微に関しては割と疎いのが要だった。仮にそこに気のつく男であれば、あのタイミングで飛鳥とつぼみを会わせたりはすまい。

 とまあ、こんな状況だから、母の今の頼みも、聞くわけにはいかなかった。


「……つぼみから電話だ、母さん、悪いけど、飛鳥を頼む」

「仕方ないわねえ」


 親愛なる母に、虚偽の弁を述べたことは、要自身に影を落とすが、弟の苦しみに比べればどうということはない。


「あなたは、もう家出なさい。生徒会長なんだから、他の人より遅くは行けないでしょ」

「……わかった。その方が、飛鳥もいいかもしれない。行ってきます、母さん」

「はい、いってらっしゃいな」


 手を振って家を出て、自転車を漕いでいる内も、要の脳内は、弟のことが占領していた。

 弟は、宿題を終わらせただろうか? 仮病が、本当の病に転じてはいなかろうか? そもそも、仮病などでは、なかったのじゃないか? 本当に辛くて、本当に、本当に苦しんでいるのじゃ、ないか?

 だとしたら自分は、そんな弟の為に何ができるのか。

 こっそり弟の読書感想文を終わらせておいたが、それに意味はあるのだろうか。

 きっと飛鳥は、普段通りの自分を求めるだろう。しかし、自分は普段通りでいられるのか? もし自分が飛鳥の立場だったら? 同じように塞ぎ込んでいても、おかしくはない。

 なら、つぼみを、飛鳥に譲るか……?

 そんな、身の毛もよだつ、シンプルで明確な解答を、要は初めから持ち合わせている。だが、それは……。


「それは、それだけは、嫌だ……。それ、だけは……」


 他のものなら、なんでも差し出そう。けれど、愛するあの人だけは、手放せはしなかった。


「そのつぼみをこそ、飛鳥は欲しているというのにな……」


 最初から、答えはあった。1に1を足せば2になる以上に、明確で手近な答えだった。

 けど、つぼみを求めたからこその、現状である。そもそも弟を思って譲れる程度の"好き"なら、こうはなっていない。"愛している"と、恥ずかしげもなく宣誓でき、何者にも渡したくないと思ったから、飛鳥はあんな風になってしまったのだ。

 そもそも、そもそもの話をするなら、つぼみが要に告白したのだから、譲るとかいう問題ではないのだが。


 淀見 つぼみという存在は、要にとって大き過ぎる。

 要の視線を奪い、その目に焼き付け、恋の盲目に落とすほどに。


 幼少の頃から、勉学においてもスポーツにおいても神童と持て囃され、人柄も、顔も抜群に良い要は、当然周りの女子に放っては置かれなかった。

 下駄箱を開ければ手紙の山、なんていう漫画のイベントも、要にとっては然程珍しいことでもない。呼び出しの一つ一つに丁寧に応じ、そして悉くを、「ごめんなさい」と一蹴してきた。それで女子が泣き崩れれば、立ち直るまでそばにいてやって、次の思いを促す。どれだけ寄り添っても、決して思いを受け入れることはなかった。そんな態度は、かえって残酷だと言われたこともあるが、泣き崩れる人に手を差し伸べずにはいられない性分だから仕方がない。


 なぜ頑なに受け入れなかったかと問われれば、それは単につぼみへの恋心ゆえである。

 幼児だったある日、気づけばつぼみはそばにいて、気づけばつぼみに恋をしていた。この恋は、物心と時を同じくして生じた双生児だった。一番古い記憶が、親兄弟でなく隣の幼馴染だというのは、家族にしてみれば、なんとも家族甲斐のないことだろう。


 生まれたばかりの子鳥の刷り込みのように、要にはつぼみしかいなかった。

 幼稚園に通い、小学校、中学校と、大きくなるにつれ、思いもまた膨れ上がっていった。一挙手一投足が愛おしくて堪らない。


 そんな感情と、幼少から向き合っていれば、盲目の恋に陥るのも必定だった。

 ある意味では、つぼみと同じくらいに好きな弟がどう感じるかも、わからなくなるほどの、盲目の恋に。


 気づけば、もう、学校に居た。

 恋の盲目に始まる一連の事態は、どうやら現実の風景すらも、まやかし始めたらしい。

 公僕ならぬ校僕の要の、校をまやかすほどに、目が眩む恋。


「なんとも、色気付いたことだ……」


 一日が始まる。

 側に、弟の無い、一日が。

ありがとうございました。

感想、指摘等気軽にくださって構いませんので、末永くよろしくお願いします。

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