第四幕 相克相生運命デュアルLINE 6
四幕六話ですね、よろしくお願いします。
俺は、ベッドに寝転がりながら考えている。
……結局、俺は今日もあの兄に勝つことができなかった。
いや、生徒会長にならないかなどという妄言に惑わされたのだ。アレは実力で負けたのではない。……うん。というか、生徒会長? 俺が? 有り得ないだろう。全く理解できるものではない。確かにあかね祭の時は本気で取り組み、最優秀賞を受けるに至った。けれど、私欲オンリーだった俺には生徒会長などというのは相応しくない。上に立つべき人とは、あの兄のような高潔な人間だ。俺などはその対極に位置するような人間である。いくら馬鹿高校の土壌があるとはいえ、馬鹿足らんとする阿呆に長を任せる程お気楽思考ではないだろう。……多分。
まあなんにせよ、有り得ない。本当に有り得ない。その旨は幾度も伝えた。兄はまだ諦めていないような顔をしていたが、俺の意思は変わるまい。仮に突然の心変わりをしたとしても、選挙で勝たねば恥をかくのみ。承ける理由が見当たらない。
ゲームには負け、訊ねたデートプランも大した答えはなく。なんともまあ滑稽なことだった。なんだか身の入りきっていない兄さんだったというのに勝てないとは。
そう、身の、入りきっていない。兄は何やら、思い悩んでいる様子だった。常に俺のために頭を悩ます兄である。力になってやりたいが、果たして俺に何ができようか。
結局、スペックの違いすぎる俺の脳味噌では答えなど出なかった。どころか、考える間に、すっかり思考は睦美さんとのデートに乗っ取られていた。
もし兄に思考を覗かれていたならば、しばき倒されても文句は言えまい。
……いや、仮にそうだとしてもあの兄なら泣いて喜んでいそうだが。
デート。無論、健全な男子高校生として、あの美貌の女子とお出かけに繰り出すというだけで眠気吹っ飛び思考停止案件だ。しかし、そうしてしまうわけにもいかない。本当に、気兼ねなくそうしてしまえるようになるために、俺は睦美さんの深奥に触れる。今回俺がデートなどというものに彼女を誘えたのはそういう打算があったからだ。そうでなければ、情けないことだが俺はデートなどというものに女子を誘えるようになるまでは、もう少し時間を要していたことだろう。兄に恋愛経験ないのープフみたいなことを言ったところで、兄以下の恋愛経験しかないのがこの俺なのだ。
あかね祭に睦美さんを誘ったことを思えば、過去にやったことをもう一度やるというだけの話ではある。しかし、心的状況が違いすぎる。なんとも最低なことだが、睦美さんをあかね祭に誘えたのは、俺がつぼみを忘れて睦美さんに向き合う為に他ならない。
純粋に睦美さんだけをみてデートに誘うなどというのは初めてのことで、さっきそう送信するのだって十分くらいタップする指が震えていたのだ。なんとも初々しいことである。ようやっと、思春期の男子らしい逡巡というのを体験したのだ、俺は。
しかし、逡巡の先で顔を出し、震えを抑えタップさせるに至ったのは、睦美さんの抱えるものを少しでも取り除いてやりたい、そうでなくとも、共に抱えられるようになりたいという一念だった。
……アプリの言葉が、思い起こされた。
追加された新機能、過去視。
「なあ、過去視って、どういうものなんだ」
訊ねると、スマホからアプリの声がする。改めて考えれば奇怪極まることだが、もはや慣れた。
アプリは言う。
『そのままさ。自分の運命の相手の過去を、画面に映し出せる。無論、君が知りたいことだって、簡単に知れる』
「……いくらなんでも荒唐無稽だろう。魔法じゃあるまいし」
『君は私が何を謳っているか忘れたのか……? 魔法のアプリだぞ、魔法のアプリ。チャットしかできない方がおかしいだろ』
「それは、そうかもしれないが……」
さっきとはまるで立場が逆になっているが、得意げなアプリはぐいぐいと押すばかりだ。
『ええい、まどろっこしい。やってみせるのが早いか。そうだな……』
「いや、過去なんて無断で見ていいものじゃ」
『安心しろ。私はプライベートを侵さない魔法のアプリだからな』
言うと、画面に映し出されたのは、あの日。俺が睦美さんの言葉を受け、睦美さんの家に向かった時。その、夜深く。寝静まった睦美さんを見つめる俺の姿だった。
悶々としているらしく、所在なさげに本棚の漫画を手に取ったりしている。しかし、内容が頭に入らないのか、数ページめくっては棚に戻す。そんなことを繰り返していた。
そんな中、ふと、睦美さんの寝顔を見つめ、吸い込まれそうになり、自らの頬を張った。
…………。
「俺の過去じゃねえか!」
しかもやたら恥ずかしいやつ。改めて考えてみればなんと危ういシチュエーション。問題を起こさなかった自分を褒めてあげたいくらいだ。
『言ったろ、私はプライベートを侵さないタイプの魔法のアプリだと』
「俺のプライベートを侵しまくりなんだが!? 何が悲しくて自分のプライベートを侵さねばならんのか」
『自分のことは自分がよく知っているだろう。ならば、自分自身に対するプライベートの侵害なんてものは矛盾した概念である。違うか?』
「……」
『うわあ、おいやめろ! アプリを消そうとするな、これは殺人だぞ!』
「お前はアプリだろう。従って、これは殺人には当たらない」
『……もういいよ』
……しかし、過去視がどういうものかはわかった。
アプリを消すそぶりをやめ、考える。
過去視。確かに、この力を睦美さんに対して行使すれば、彼女の過去は容易に知れる。
しかし。だ。
「……この機能は、使わない」
『ふむ、なぜだ?』
「……フェアじゃないだろ、こんなの」
探られたくない過去など、誰にでもある。それを勝手に知られては、良い気はしないだろう。
『言っておくが、条件ならイーブンだ。天津睦美サイドにも、過去視の機能が追加されている』
「……試してるのか?」
『私にそんな機能はないさ。まあ、使うも使わないも君の自由だ。好きにしたまえよ』
「言われずとも、そうしますよっ、と」
そう言って、アプリとの会話を切り上げる。
……正直、後ろ髪を引かれる思いがないではない。しかし、後ろめたい気持ちを少しでも抱えたら、俺の誠実は破綻するような気がしていた。
縋るように、睦美さんにチャットを送る。
《聞いたか? 過去視の件》
送ると、数秒後に返事が来た。
《うん、ボクも今聞いたよ。すごいけど、流石に使えないかな》
《だな》
多分、そういったものに頼らずとも、隠し事をしないで済む関係というのが、恋や友情を問わない理想の繋がりなのだ。
その見解を共有できたことは、とても嬉しかった。
《ボクは、このチャットだけで十分かなあ。まあ、それだともうマホちゃんたちいらないのかもしれないけどね》
《確かにな》
『……おい。おい! 消すな、消すなよ!?』
あたふたとアプリが喚いた。なんとも騒がしいことだ。
しかし、こうは言っても睦美さんがアプリを消すことなどないと断言できる。一人の友人として、アプリと接しているのは明らかだ。マホちゃんなどと名付けて親しんでいる時点で、滅多なことでは消去のタップがされることはないだろう。
……かく言う俺も、我がアプリの滑稽なところに助けられている面は大きい。
口に出すつもりは、毛頭ないが。
喚くアプリを適当にいなしながら、睦美さんとのやりとりは続いた。
送受信を繰り返す度に、心が安らいだ。
運命というボトルに愛の美酒を注いでいくような、そんな赤面もののイメージが膨らむ。
夢中になってやりとりしているうちに、もう時計の針は山を越えた。名残惜しい、別れの時だ。
《おやすみなさい、飛鳥君》
《ああ、おやすみ》
彼女におやすみ、と言われると、不安が除かれる気がした。
快眠の秘訣は、可愛い女の子のおやすみコール。國弘辺りに言ったらしばき倒されるに違いなかった。
ニヤニヤと釣り上がる口角を、抑えようともせずに眠りについた。
運命。なんとも心を擽る言葉だ。一介の少年として、その言葉に相応しい出会いをしたというのは凄まじいまでの幸運である。
即ち、この人のことを好きになるのは当然である、という人物との出会いは。
二度目の運命を、今度こそ掴んでみせる。兄にも負けない幸福を、築いてやるのだと誓った。
この時の俺は、……これから先の兄の受難を、知らない。
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次回でもよろしくお願いします。
過去視ですが、いずれ使われるときは来ますので、投げたわけではないです。断じてないです、多分。




