第三幕 愚物混沌祭典デステニーLINE 9
三幕の九話ですね、よろしくお願いします。
さて、一点を取り返した訳だが、まだまだ不利は続く。そもそも、こんな一発ネタでどうこうできる兄ではない。あれは、非凡の怪物だ。二兎を追い、三兎を得る化け物なのである。
こちらも、ネタの出し惜しみはするべきではないだろう。
巨大ラケットでサーブなど無謀だから、また新たな不正を繰り出す。次のネタは、こうだ。
俺は、サーブを放つ直前、二つのボールを同時に天に投げ、打ち放った。兄は、笑い過ぎて手元がまた狂ったらしく、一つも打ち返すことができない。
「おおっと、まさかの展開! まさかの同点だあ!? ん? どうした、飛鳥」
手を挙げて、國弘に言った。
「ボールが二個落ちたのだから、得点も二点ではないのか」
「一体なにを言い出すのかこの馬鹿は! 得点を二点要求してきたぞ!」
「構わないよ」
荒唐無稽な俺の提案を、しかし兄は容れた。笑いすぎてか目尻に浮かぶ涙を拭いながらも、その顔から余裕は消えない。
「勝つのは俺だからな」
言い放つ兄は、俺でも目を引かれるほどにかっこよかった。それだけなんだか癪に触る。
再び、二球同時にサーブを放った。
「返せるものなら、返してみろ!」
俺が言った刹那、俺の足元には、二つのボールが落ちていたのである。
「……マジかよ」
兄が手に持つラケットは、依然普通のラケット一本である。俺の不正を正面から打ち砕こうというのだ。
「確か、ボールが二つなら得点も、だったか?」
「……はて、そんなこと言ったかな」
「はは、まあ、それもいいだろ」
それから、立て続けに四点を取られ、あっという間にマッチポイントとなった。
まるで加減のない鬼神の如きプレイだ。そう願ったのだから当然だし、そうしてくれる愚直な兄が好きだ。ここで俺に花を持たせようなどと冷める行動を取らないでくれるのは何よりありがたい。ギャラリーからすれば、水面下のいざこざが一番萎えるのだ。そして、相対する俺にしてみれば、加減されるのが一番堪えるのである。本気の兄を相手取ってこそ、馬鹿の意味がある。
しかし、どうしたものか? そう考えると、まるで手がない。最初こそ俺の馬鹿に揺らいだ兄だが、二つ三つと繰り出すうちに驚かなくなってきたのだ。
四点を取られる間、ラケットにボールをくくりつけてみたり、あ、UFO! ならぬあ、つぼみ! 作戦を仕掛けたり、いろいろやったがどれもまるで効果がない。ギャラリーは笑ってくれるが、兄の牙城はまるで揺らがない。
「どうした、飛鳥。ネタは尽きたか?」
兄が悠然とサーブを構える。対する俺は、手が尽きて普通のラケットを手にしていた。
「なら、行くぞ!」
そうして、兄がサーブを放つための準備をしている時だった。
「飛鳥君! 頑張って!」
客席から、そんな声が聞こえたのだ。その声を聞くと、不思議となんでもできるような気がしてくる。根拠のない自信だ。しかし、それこそ、真の馬鹿の必須事項ではないか……!
「は、はは」
口から、笑みが漏れ出た。己に足りないものが何か。やっと、わかった気がした。
「……行くぞ!」
兄が、サーブを放った。とても目で追える速度ではないそのサーブ。しかし驚くべきことに、闇雲に振った俺のラケットは、そのサーブを捉えていた。
そしてそのまま、ボールは相手コートの地へと、吸い込まれていったのだ。
「な、なんということだ! ここにきて、ここにきて馬鹿がやりやがった!」
そんな國弘の言葉と。何より奇跡としか言いようがない俺の得点で、客席が沸いた。
しかし、そんな歓声は、耳から耳へと抜けるばかりだ。俺の頭に過ぎるのは、睦美さんの言葉だった。
その声を反芻しながら兄を見た。兄は、口を開けて呆けている。夢現の判別もつかないといった感じだったが、次第に口元に優しげな笑みを浮かべていった。
……多分、あのサーブを俺が返せたのは、睦美さんの言葉で兄の手元が狂ったからに違いない。俺のことを考えてくれる第三者の存在が、兄にとっては嬉しかったのだ。自意識過剰と笑うものもあるだろうが、そういう者に対してはこう言いたい。
兄さんを、舐めるな、と。あの兄に対して、兄の領分で戦おうなどというのは気の触れた愚行であり、馬鹿とか以前の問題なのだ。それをどうにか戦えたのは、その領分の中に俺の馬鹿を持ち込んだからであり、そうでもなければ俺などは蹂躙されてお終いなのである。奇跡など起こりようもないくらいに差があるのだ。
「やるじゃないか。飛鳥」
「このまま、俺が勝つ」
「やってみろよ」
そうして、俺たちは互いに向き合い。久々のゲームに、全霊で興じた。
◆
「惜しかったねえ、飛鳥君」
「……ああ。紙一重だったな」
兄弟の阿呆テニスを終え、飛鳥君がボクの隣に帰ってきた。
結局、飛鳥君がお兄さんから正々堂々一点をもぎ取った後は、飛鳥君はお兄さんから一点も取ることができなかった。
けど、そんなことは、どうでもよかった。
「かっこよかった、すごかった。楽しかった、えっとね、えっと……」
胸にある気持ちを、なんとか伝えようとするが、うまく言葉にできない。
ワタワタと身振り手振りで伝えようとしていると、ふと一つの言葉が浮かんだのだ。
「馬鹿、だね、飛鳥君」
ボクがそう言うと、飛鳥君は一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから、穏やかに笑った。
「そう、か。……そうか……」
熱狂の中に在り続けて、少し耐性もついた。だから、今のボクは素面だ。熱に浮かされたとか、そんな言い訳はない。
素面のまま、ボクは再び飛鳥君の手を握った。
そして、握った手は、そっと、少しぎこちなく、ボクの手を握り返してくれた。
それからは、言葉は要らず。
後夜祭の芸パートが終わるまでの30分。ただドキドキと高鳴る胸の鼓動を、二人で共有していた。
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