第三幕 愚物混沌祭典デステニーLINE 7
三幕七話ですね、よろしくお願いします。
あかね祭後夜祭は愚物の祭典だ。初日には微かに残されていた生徒達の理性を取っ払うように、馬鹿馬鹿しいレクリエーション達が行われるのだ。いかに厳しい馬鹿高の校則といえど、この時ばかりは拘束を弱める。と言っても、座る場所は自由に決めていいよ〜、くらいの緩さで、撮影とかはできないけど。
そして、その後夜祭が、遂に始まろうとしている……。
とは、飛鳥君談だ。ボクと飛鳥君は、チャイムが鳴ってから、二人で体育館に来ていた。並んで座り込む。といっても、椅子が並んでいるわけではないから、体育座りだ。
座ってから少しすると、隣につぼみさんとお兄さんも並んだ。
「隣、失礼するね、睦美さん」
律儀に一言断ってから悪魔みたいに可愛い娘が続けた。彼女は何やら飛鳥君と仲が良いらしいから、彼女がどういった存在で、飛鳥君とどういう関係なのか訊ねてみると、なんだかいろいろ察してしまうような答えが返ってきた。蓮城兄弟の古くからの幼馴染で、兄の恋人。……多分だけど、飛鳥君はこの娘を好いていたんだろう。けれど、お兄さんに盗られて、現実を嘆いていた。そう考えれば、いろいろ合点はいく。
「二人はちょっとしたら離れちゃうから、一緒に観ましょ」
ボクの考えを察しているかどうかはわからないが、朗らかにつぼみさんが言った。
「? どういうこと?」
「あれ、聞いてない? 二人もやるのよ、レクリエーション」
「ああ、なるほどねえ」
「驚かないのね」
「まあ、当然かなあ、って」
飛鳥君の信条からすれば、寧ろ出ない方がおかしいというものである。
「……」
「あれ、どうしたの?」
「いや、飛鳥のこと、理解してるんだな、ってだけ。ま、楽しみましょ。ほら、要も、もっと寄って」
「あ、ああ……」
お兄さんが、頬を紅潮させて頷いた。
飛鳥君はなんだか気まずそうだ。罰が悪いのだろう。ボクのことを伏せていたみたいだし。
「飛鳥」
お兄さんが言った。
「今夜、久しぶりにゲームでもして話そう。積もる話も、あるだろう」
「……ああ。そうだな」
答えた飛鳥君の顔は、どこか影があったけど、それ以上に晴れやかだった。兄弟仲に関してはよくわからないけど、良い方向に向かっているのは間違いないだろう。胸がほんわかする。……ボクの現状が現状だから、同じ思いは飛鳥君にはして欲しくない。
「飛鳥君、頑張ってね」
「無論だ。精一杯、道化を務めよう」
その顔は、多分緊張で強張っていた。けど、不退転の覚悟もまた感じられた。
……かっこよかった。
「大丈夫か? 顔、赤いけど。人混みとか、苦手だったか?」
指摘されると更に恥ずかしくなるもので、ボクは多分、真っ赤になっていることだろう。
「……ううん、大丈夫だよ。ありがとね。大丈夫だけど、人、すごいね」
「……あまり言わないでくれ、緊張する」
「あ、ごめんねえ」
改めて周りを見回すと、男女のペアが多くみられた。カップルとかも多いのだろう。ボクたちを冷やかす声はそこまで聞こえなかった。恋人と一緒にいたら、ボクたちなんかに構う暇はない道理だ。
そのまましばらく待っていると、ふと壇上に一人の生徒がたった。司会を務めるという生徒だ。見覚えがある。たしか、さっき飛鳥君にボクのことを問い詰めていた男子だ。後で聞いたところ、飛鳥君の悪友の乱麻 國弘君というらしい。
聞き覚えのあるアニメのBGMを伴いながら乱麻君が言う。
「さて、馬鹿ども。これより始まるは、祭りの中の祭り。真の祭りだ! 宴もたけなわだが、まだまだたけなわでいこうぜ!」
……言っていることの意味はわからないけど、言いたいことは伝わる。体育館が、沸いた。
「盛り上がっているようで結構! じゃあ早速いくぜ、記念すべきトップバッターはこいつらだ! 記念すべきことなど何もない我が校の平均的部活、けど、俺らにだって意地があると立ち上がった彼らは陸上部! さあとくとみよ、とくと聴け! それは、合唱! 陸上の魂を皮切りに、これより、後夜祭、幕開けだあっ!」
…なんとも、圧倒される程の熱気だった。陸上の魂ってなんだよとツッコむのも忘れてしまうほどに。
それから、何組か出し物をしていった。寸劇、バンド、カラオケ、様々だったが、全てに共通していたのは、どこか阿呆じみていることだった。寸劇はといえば抱腹絶倒の馬鹿げたものだったし、バンドはエアバンド。カラオケなど、選曲がおかしい。ロック風にアレンジした国家など前代未聞だろう。
なんとも楽しい、正しく祭りだ。こうして熱気の中にいると、なんだか普段と違う自分になった気がする。こういうのも、熱に浮かされる、って言うのだろうか。
しかし、普段と違う自分。正しく、そうだ。そうでなければ。平時のボクならきっと、こんな風に異性の手を取ったりは、しないだろう。
気づけば、自然に飛鳥君の手を握っていた。飛鳥君も、拒むことなく受け入れてくれている。
心地よかった。とても暖かい。この場には、温もりが満ちていた。
「楽しいねえ、飛鳥君」
「そうだな……」
そのまま、しばらく手を繋いだままの観覧が続いた。
ふと、飛鳥君が手を離した。
「名残惜しいが、どうやら出番らしい。……観ててくれ。全力を尽くすから」
「うん……頑張ってね」
……名残惜しい。未練がましく、離れていく飛鳥君の手を目で追った。寂しいけど、ちょっと嬉しいこともあった。
……名残惜しい、そう、言ってくれた。
「えへへ」
自然に頬が緩んだ。赤らんで、ウキウキとした気分になる。
あ、どうやらほんとうにこれは普段のボクではないぞ、と思ったと同時に、隣のつぼみさんが話しかけてきた。
「結構上手くやってるみたいじゃない」
「そう、かなあ」
「そうよ、白薔薇も真っ赤になっちゃうわ……と。あなた相手だと、あんまり私も白いとは言えないかな」
「白さだけなら誰にも負けないよお?」
普段のボクならもっとオドオドしてるだろうけど、熱気がボクを変えていた。相手が初対面で、多分今後頻繁に会うでもないから気兼ねがないというのもあるだろう。
「ほんとうに綺麗。飛鳥ったら、隅に置けないんだから。ほんと、いつの間にこんなに素敵な娘と知り合ったのかしら」
「えへへ。でも、つぼみさんも、すっごく綺麗だよ」
実際、目の前の少女はとても美しい。傍らにあの妹のいたボクですら、素直に綺麗だと思うほどに。
「あなたに言われると格別に嬉しいな」
そういうつぼみさんの言葉の節々から、飛鳥くんに向けた親愛の情にも似た感情が滲んでいる。そんな彼女を見て、初めてつぼみさんを見た時、ボクは何やら勝負の予感が起こったのを思い出した。するとなんだか、ちょっとだけ怖くなったのだ。だから、ボクはつぼみさんに言った。
「ボク、飛鳥君のこともっと知りたいな。ねえ、つぼみさん」
「うん、私も言おうと思ってたよ。連絡先、でしょ。後で交換しよ」
「……うん。ありがとうね」
面と向かって連絡先の交換を持ちかけるなど、本当に久々のことだった。というのに緊張とかをしなかったのは、つぼみさんと連絡を取ることで、つぼみさんの動向を探りたいと思ったからだ。つぼみさんの方から切り出してくれたのは意外だったが、渡りに船だった。
……一瞬、ボクがつぼみさんの動向を押さえようとしているように、つぼみさんもボクの動向を押さえようとしているのではないか。そんな突拍子のない疑問が浮かんだ。深淵を覗けば、深淵もまたこちらを覗いている。そんな格言が思い起こされた。
まあ、考え過ぎだろう。ボクとて異性の幼馴染にガールフレンドができればその為人は気になるだろうから、ボクの連絡先を欲しがったとておかしなことなど何もない。というか、連絡先の交換だけでこんなに色々考えるボクが陰の者過ぎるのだ。最近の若い子なんてのは、挨拶がわりに連絡先を交換するものだと、漫画で言っていたし。
そんな感じで、疑問を吹き飛ばし、つぼみさんとちょっとの間話していた。
「と、そろそろ出番みたいね」
つぼみさんの言葉を受け壇上を見やった時、壇上に、お兄さんが現れた。
「始まるわ、私たちの祭がね」
つぼみさんがそう言うと同時に、司会のMCが轟いた。
「さて、次は、皆さんお待ちかね、テニス部を代表して現れるのはもちろんこの人! 今とっても話題の我らが生徒会長、蓮城 要だあ!」
同時に、会場が今日一の盛り上がりを見せた。女子達の歓声がとりわけ凄まじい。しかし、無理もあるまい。あの美貌なのだ。それでいてインターハイ優勝などというのは、はたしてどれだけ神の贔屓を受けたのかという話である。
しかしボクにはもっときになることがある。てっきり飛鳥君はお兄さんとなにかやるのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
と、落胆してはお兄さんと隣のつぼみさんに悪いと思って壇上を見る。
壇上には、テニスのラケットを持ったお兄さんと、多分顧問の先生を象ったと思われる紙の的が壇上の両端にあった。察した会場に笑いが起こった。あれを撃ち抜こうというのだろう。ウィリアム・テルもさながらの狙撃劇というわけだ。
しかし、そこでは終わらなかった。なんと、間に弾性の高い小さなトランポリン状のパッドが八つも不規則に置かれたのだ。これには会場もシンとした。それが意味するものは、それら全てを中継地点として経由した上で、的を撃ち抜こうという曲芸に他ならないからだ。
成功すれば、正しく神技。流石のボクも目を引かれた。
「こ、れは、成功すればとんでもない快挙……いや、テレビに出れる……いや、もうなんだかわからんがとにかくすごいぞ!」
……これは、無理だろう。昔、アーケードのクソみたいなゲームで似たようなものがあったが、一つ中継させることすらボクには出来なかった。無論比較などできない(あんなクソみたいなゲームよりはるかに難度は高いだろう)が、とても成功するビジョンが見えなかった。
会場の誰もが固唾をのんで見守る中、お兄さんが、ショットを放った。誰もが無理だと思いながら見ていると、まず一つ目のパッドの中心を捉え、二つ目、三つ目とバウンドしていく。
唖然として、声も出なかった。呆然と見ている間も、四つ目、五つ目へと、正確無比なバウンドを続けていく。鳥肌が立つのがわかった。まさか、いくのか……!? そんな驚愕が起こり、六つ目、七つ目、八つ目まで到達した。そして。
顧問の先生を象った紙の的が、倒された。
一拍、二拍。三拍置いて、ようやく現実を受け入れた観客達が、沸いた。
「ほ、ほんとうに人間か!? 蓮城 要! 神技を、見事成功させたあっ!」
今日一の歓声は、ほんの数分で塗り替えられた。ほんとうに、とんでもない神技としか形容できない曲芸を成功させたお兄さんは、一つ小さくガッツポーズをしてみせた。
体育館を揺らす大歓声の中、更に一人が、壇上に上がった。
「飛鳥、君……?」
さて、これから、何を見せるというのか。まるで見当もつかなかった。
◆
その少女は、体育館の後方から壇上を眺めていた。いや、壇上の少し手前の辺りだろうか。闇に溶け込む深黒の肌を晒し、立ち見を決め込んでいる。
アイドル顔負けの凄まじいまでの美貌でありながら、とくに注目を集めないのは、薄暗い体育館にあって、その肌色が溶け込んでいるからだろう。
しかし、そうであってもなくても、彼女は意に介さないに違いなかった。その瞳は、ある二点以外を映してはいない。
「……あれが、蓮城 飛鳥ですか。なるほど。果たして、私たちの運命を壊すに至るか。見ものですね」
真顔で言って、瞳を閉じた。
「直に、血が流れることになりそうです。……ねえ、お姉ちゃん」
そして、大歓声の中、会場を後にしたのである。
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