第一幕 絶対不可逆運命デステニーLINE 3
三話目です、よろしくお願いします。
彼女は、名を天津 睦美という。
平凡な地、吉川には程遠い、喧騒の地。日本の花形、日本の中心。東京、その渋谷に在って、喧騒の地に生き、されど喧騒から切り離された生活を送る、一人の少女である。
生来、周囲からチヤホヤされる要因だったその比類なき美貌、しなやかでバランスの整った体躯は、ある神秘を持って、彼女の特異性を訴えている。
即ち、この日の本にはおよそ似つかわしくない、光輝く黄金の髪と透き通る白い肌に、宝石のごとき青の光を灯す双眸。総括し、一言で言ってしまえば、そう、アルビノ。
それが、彼女の生来の美貌と重なり、辺りに奇異の視線を向けさせるに至った。
しかし、彼女の幼少のあだ名は、運命姉妹である。単にアルビノであるだけなら、奇異の視線は偏見に転じ、凄惨な状況になってしまっていてもおかしくはなかったが、現実はそうではない。どころか、周りに崇拝されるような毎日だった。凄惨な状況、周囲と異なる容貌からなる、虐め。その可能性を潰したのは、運命の片割れ、睦美が実の双子の妹、華月であった。
彼女もまた、睦美と鏡映しの美貌を持ち合わせた存在だった。しかし、彼女はアルビノではない。が、その代わりに、睦美の対極の存在と言ってもよかった。つまりは、深黒の肌と瞳を持った、アルビノの対極の突然変異。人の身において、ただ唯一確認された、メラニズムであった。
その双子は、片割れのみであれば、周囲から向けられるはずだった奇異の視線からなる陰湿なそれらを、更なる神性で打ち消した運命の姉妹だった。
睦美は、学徒の本分たる勉学のくびきから逃れ、家の中で独り、毎日を過ごしていた。身に宿す神秘も、外に出ないのでは意味をなさなかった。
高校二年生としての夏休みも終わりの日。一介の学生ならば陰鬱な気分になるのは必定だが、彼女は、空調の整った自室を、約一年、入浴や家事以外で出たことは殆どなかった。そして、家の中から出たことは全くない。
学業を放棄し、学徒たるの資格の有無から興味を失い、神秘性に魅入られた周囲のクラスメイトを疎んじ、世界を閉し塞ぎ込んでいた。
そんな自分が、外に何を求めているのか? 空に向かってそんなことを問う、17歳だった。
《貴方が、私の運命の人ですか?》
そんな、自分が送ったはずの一文を見て、なんと愚かな自分かと笑みが溢れた。
『しかし、良い傾向だ。意識が外に向いたな、睦美。エデンに一歩近づいたぞ』
「……うん、ごめんね、マホちゃん」
『いや、マホちゃんはやめろと……いや、もういい』
彼女の手に輝くスマートフォン。そこから放たれる声の主は、人の情、人の意思を持ち、人以上に人の振る舞いが上手い。つまりは、人ではないわけだが。
彼女が手にしたのは、巷で噂の魔法のアプリ。D-LINE。しかも、運命を携えてやってくる、本物だった。
睦美と同年代の男を思わせるその声の主は、もはや睦美の唯一の会話相手と言ってもよかった。
「マホちゃん。この人が、ボクの運命の人なの?」
『ああ、そうなるな。しかし、なかなかに難儀な運命だろう』
「そう、だよね。……ボク、こんなだからなあ」
言いながら、睦美は自身を見やる。周囲との関わりを経って一年の時を経たのに、未だにその神秘に魅入られる者がいるほどの美。顔の造形、手足の長さ、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる完璧なスタイル。しかし、その長所を塗り潰して余りあるは、神秘性に包まる特異性と、忌まわしき記憶。それからなる、引きこもりの実態である。
『それもそうだがな。相手側も、なかなかの曲者らしい』
「どんな人か、わかるの?」
『それは、本人に確かめるんだ』
「なにそれ、ずるい」
『ロマンチックだろう? その方が』
「そう、かも。う、ん。ボク、やってみるよ」
『まあ、その前に、一人称は改めろ。ボクっ娘なんて現実だと痛いだけだ』
「う、うるさいな、マホちゃんの意地悪。ボクがどうしてボクなんて言うか、知ってるくせに……」
『ああ、知ってるな。知ってるからこそ言うんだ。なんだ、幼少の劇で男役をやってから抜けなくなったというのは。阿呆かお前は』
「ひ、酷い! だって、誰も注意してくれなかったんだもん、仕方ないでしょ?」
……一人称がボクなんていうのも、神秘性の喧伝に一役買っていたことを、睦美は知らない。周囲とは、違う振る舞い。それは、普通なら些事だし、諌められることもあったろうが、こと彼女においては別であった。
「そ、それに、だよ? もし、運命の人ならさ、こんなありのままのボクを、受け入れてくれるんじゃないの?」
『ありのままのお前か。アルビノ、引きこもり。そして妹』
「やめて! ボクが、ボクが悪かったから、華月のことは、言わないで……」
『……わかった。俺が悪かった。お前が改めないと言うのなら、それも良いだろう』
「うん、ごめんね、マホちゃん」
『しかし、返信があっても良さそうなものだがな』
「きっと、怪しんでるんだよ。マホちゃん達、怪しすぎだもん」
『なるほど。たしかに、否定のしようもない事実だ』
変化のない画面とにらめっこをして、3分が経つ頃だった。
『ふむ、来るな』
「え? わわ」
返信を告げる、スマホのバイブレーション。それが示した文言は。
《わからない》
なんとも、味気も、色気もない一言だった。乙女の純朴な心が幾分か落胆するのを、睦美は感じた。しかし、だ。彼が自分と同じ状況にあるとすれば、その反応は至極当然なものである。何せ、彼が運命の相手であるかなど、睦美にもわからないことだった。
《けれど、貴方のことは、知りたい》
「な、なんだか、ドキドキしてきたよぉ、マホちゃん」
『良いことじゃないか。さて、どう返すんだ?』
素っ気ない一言の後に、こうも積極的に来られると調子が狂う。睦美は、逸る鼓動を抑えようとするが、全くもってうまくいかない。
「えっと、えっとぉ。……どうしよぉ、マホちゃん〜」
『まったく、お前は……。取り敢えず、相手の年齢とか、名前とか。色々訊くことはあるんじゃないか?』
「そ、そうだよね、うん、わかった、マホちゃん。え、と、こう、かな」
《私も、貴方のこと、知りたいです。学生さんですか? 私は、天津 睦美。高校二年生です》
ポチっ。送信、してしまった。
『……おい』
「う、嘘じゃない、嘘じゃないもん! そ、それに、マホちゃんが、一人称は改めろって言うから」
『まったく、まったく。お前はなんて、まったく』
「だって、いきなりボクは引きこもりです、なんて言えないよぉ!」
『隠蔽もまた、詐称のうちだぞ、睦美……来るな』
「え? わわ」
《俺は、蓮城 飛鳥。俺も、高校二年。良かったよ、同い年で。埼玉の吉川市……あ、埼玉ってわかるか? 東京の上の方の》
「ふふ、流石にわかるよぉ」
《埼玉くらい、わかるよ。あれだよね? ……あれ? 改めて考えると、よく知らないや。あ、えっとね、私は、東京の、渋谷に住んでるよ》
《我が埼玉を愚弄するか。吉川を馬鹿にするのは構わないが、埼玉は怒るぞ。埼玉はな、凄いんだ。スーパーアリーナがあるし、それに、スーパーアリーナがある。まあ、そんなことは置いておくか。実際どうでもいいしな。渋谷、か。結構、近いな》
「だって、埼玉のことなんて調べたことないしなあ……。あ、でも、近いんだ。電車だと、片道5,000円くらいかな?」
『そんなにあったら名古屋辺りまでは行けるぞ……』
「名古屋って、埼玉より近いんだっけ?」
『……』
「う、うるさいよ、マホちゃん! あ、と。次、どうしよう」
『まだ何も言っていないんだが? 全く。まあいい。趣味とか、あるだろ』
「そ、それだ! ナイスマホちゃん!」
《そうだね。結構近いみたい。蓮城君は趣味とか、あるの?》
《趣味、か。そうだな、本、とか?》
「へえ、本、読書かあ。読書家さんなのかなあ」
『お前は漫画しか読めないからなあ、睦美』
「もう、うるさいなあ。静かにしてよ、マホちゃん!」
『なんと勝手な……まあ、いいか』
《読書! かっこいいなあ。私は漫画しか読めないから、凄いなあ》
《漫画、好きなんだ。俺は漫画も読む、最近は話題作多過ぎて、あんまり追いきれてないが》
《私もだよ。最近は話題作多いもんね。やること多いと追いきれないのは、仕方ないよ》
『まるで、自分がやることが多いかのような言い草だな?』
「うるさいよ!」
しかし、気づけばすんなりと返信できるようになっていた。なんとも不思議な感覚だが、睦美は、歯車がガシリと噛み合うような、そんな感覚を覚えていた。
運命。その単語が、睦美の脳内を過ぎる。
けど、なんとも気の早いことだし、確信もないし、そんなに軽い女じゃないし……? とかなんとかいうのを、脳内で数瞬の内に何順もさせている。
側が神秘で構築されているような睦美だったが、内面はといえば、至って普通の少女でしかなかった。だから、今引きこもってしまっているわけだが。
《話題作はすごいけど、そのことを周りと話題にするわけじゃないから、あんまり意味ないんだよね。過去の名作遡ってる方がいい、っていうか》
《ふむ、まあ、一理あるな。となると、睦美さんの趣味は、漫画なのか?》
「い、意外とグイグイ来るなあ。もう名前呼びかあ」
冗談でなく睦美様とか呼ばれていたことがある睦美にしてみれば、畏敬なく名前を呼ばれる経験など殆どなかった。実の親ですら、畏れから睦美さんと呼ぶくらいだ。フランクに接してきた存在など、かつての妹くらいのものだった。
まあ、だから、睦美は異性に免疫がない。引きこもり云々を抜きにしても、アルビノだから陽の光に弱い。外に繰り出し出会いを求めるなど、考えたこともない。
《漫画だけじゃないけど、漫画が趣味なのはそうかなあ、飛鳥君?》
意趣返しのつもりで下の名前で呼んだ睦美は、些か軽薄だったと後悔した。相手側にも、魔法のアプリがあるはずなのだ。となれば、此方を下の名前で呼んだ経緯に、アプリが絡んでいる可能性は十二分にある。
《なるほど、な。まだまだ、知るべきことがたくさんありそうだ》
アプリの干渉を疑うと、もはやなにも信じられなくなる。が、飛鳥なる少年が、自分と同じようにドキドキしていたらいいなあ、という思いは、確かなものだった。
《そうだよねえ。私も、そう思うよ》
《今後は、こっちから連絡しても、いいか?》
「わ、わわ、ど、どうしよう、マホちゃん。どうしよう……」
『自分で決めろ。お前の運命だ』
「それは勝手だよぉ」
『まったく、お前は、まったくもう。お前は、この相手をどう思う?』
「……そうだなあ。面白い人だと思う。面白くあろうと、してくれてるのかもしれないけど」
どこか硬くなっているのは、お互い様だし、そもそも自然体でなんていられるはずもないのだ。
ただ、それを差し引いても、どこか、違和感がある。
「そう、面白くあろうとしてる人なんだ。多分、常日頃から。その所為で、それが素になったと、自分で思い込んでいる……いや、思いたがっている……? そんな、人な気がする」
『その通りの人だとしたら、お前は嫌いか?』
「……ううん。どこまでいっても、根は普通な人ってことだもん。ボクに欠けてるものを、持ってるんだよ」
自分でも、なぜそんなことを思ったのか、曖昧だった。他人の真意を解する目というのは、それなりに養ってきた自覚はある。が、短いやり取りで、ましてやチャットで、為人など理解できるものか。しかし、この胸は、この頭は、感じた印象に間違いはないと、確信すら抱いているようだった。運命のなせる技、信憑性が、増していく。得体の知れない魔法のアプリの言う、運命とやらの、信憑性が。
「うん、ボク、もっと、この人のこと、知ってみたい」
『なら、答えは決まっているじゃないか』
「うん!」
《大歓迎だよ、私も、貴方のこと、もっと、知りたいから。また夜に、お話ししよう?》
《わかった。次は、俺から話そう》
「……ドキドキ、したあ」
時間は、午後6時を示していた。夕飯時である。ご飯を食べながら携帯をいじるなんていうマナー違反はしたくない睦美としては、会話を一時切り上げるのは必定だった。
『さて、どうだ、飛鳥君は』
「そうだなあ。仲良く、したい。運命なんてものがなかったとしても、友達になって、みたい。それ以上は……よ、よくわからないよお」
『良いな、良い傾向だ。確実に、エデンは近づいているぞ、睦美。この調子で、運命に向かおう』
「うん!」
その夜、翌日に学校などない睦美は、相手が学徒であること(自分がそうなどというのはとうに忘れている)を失念した睦美は、宿題の終わっていない飛鳥に、徹夜を強いたのだった。
やっとヒロイン登場ですね。
怯えた表情の写真を部屋中に飾っておきたい可愛さがある。