第二幕 途上運命前夜デステニーLINE 10
二幕の10話ですね、読んでくださっている方、ありがとうございます。
9月は、暦の上ではまだ夏である。いくら数日後に暦上の秋を迎えるとはいえ、昼にもなれば、それなりに暑い。
都会に籠るヒートアイランドの熱は、否が応にも額から珠の水滴を滴らせ、そこに生きる者を干上がらせんとする。
どうにも、ボクは夏が嫌いだった。
何故なら、暑いのだ。とにかく暑い。そして、この体質である。年頃の乙女として、日焼け止めを塗るのは別に構わないが、全身を覆う格好でなければならないのは本当にキツい。紫外線予防と暑さ対策を兼ねて日傘をさすが、焼け石に水である。
装いが拍車をかけるこの暑さ。一生付き合わねばならないと思うと、溜息の八つも吐きたくなるというものだ。
さて、ボクは今都会の喧騒の中にいた。およそ1年ぶりの外界だったが、存外普通に出歩けていた。やはり、別に人そのものが嫌いになったとか、そういうことではないらしい。それでも、小さくない拒否反応くらいは出るかと思っていたが、人混みにやられて気分が悪くなる程度のもので、人がそう多くない場所では、暑さに茹だるばかりで余裕すらあった。
久方ぶりの街を見渡せば、相も変わらずこの渋谷には馬鹿が多い。一般道をスケボーで走る若者とか、手当たり次第に女性に声をかけるナンパ者とか。駅まで15分歩くだけで、5回も声をかけられた。……それがボクの容姿ゆえか、それともみんなだいたいそうなのかは、サンプル不足の為考慮しないことにする。
本当に同じ生き物かと疑うような馬鹿が本当に多い。
しかし、それが渋谷。そういった若さの熱が、新たな時代を作る糧にもなる。荒削りではあるが、熱量でいえば、やはりここは日本の中心だけあってなかなかのものがある。
……まあ、他の県のことは知らないけど。
しかし、今日、ボクは初めてこの東京を出ようとしていた。
『突然、どうしたのだ』
そんなマホちゃんの問いは、至極当然のものだろう。しかし、ボクの中には確固たる勘とかいうなんだか矛盾したようなロジックがある。重すぎる腰を上げたのは、その為だ。先程の予感は、やはり捨て置けるものではなかった。
埼玉県は吉川。その下見が、ボクの腰を布団から浮かすに至ったのだ。
時刻は10時。飛鳥君は学校だから、鉢合わせる心配もないだろう。余計な心配はかけたくないから、人の少ない時間を選んだ。
電車の乗り換えは、意外にも一回で済むらしい。
サイトを見て仰天したものだった。なんと、埼玉県の吉川は、電車で一時間の距離にあったのである。想像の何分の一の距離だろうか。東京と埼玉が繋がっているなど微塵も思っていなかったから、その時の驚愕たるや、埼玉スーパーアリーナくらいは大きかったに違いない。具体的にどれくらい大きいかは知らないけど。
車内、何人かの視線を感じて肝が冷えたが、すぐに落ち着いた。
あの日の記憶は、忌々しくボクを縛るが、あの時にあった狂気が、ここにはない。単に厚着のアルビノが物珍しいのだろう。であれば、恐る必要はない。
一年の引きこもりによる回復は、どうやら無に帰した訳ではないようだ。あの日からしばらくは、人などは見るのも悍ましかったものである。
電車に揺られ一時間。予定通りに飛鳥君の生く吉川に着いた。
「うん、案外行けるぞ、ボク」
人の少ない時間を選んだとはいえ、体調に目立った変化もない。委細良好であった。
駅の改札を出て、ついに吉川の土を踏んだ第一の感想は、空が広いということだった。
ビルはあるが、高さも数も、東京に及ぶべくもない。けど、本当の田舎程発展していないわけでもない。なんとも中途半端な街だ。
駅には、ラッピーランドとかいう謎のショップが、謎のピンクのナマズのグッズを売っていた。
あまりに珍妙なのですこし買ってしまった。市の名産を挙げて、真っ先にナマズとは。パッとしなさもここまで来れば個性になり得るのではないだろうか。
しかし、ここに飛鳥君がいると思うと、胸には妙な高揚感が満ちていた。以前、自室に居た飛鳥君を見た時も思ったが、ものの感じ方など、何か一つのファクターがガラリと変えてしまうこともある。子犬を拾う不良に始まり、良くみられる現象だろう。たしか、ゲイン-ロス効果とかいうんだったか。
それから、当てもなく吉川の地を歩いた。駅を少し離れると、田園風景が果てなく広がり、独特な匂いが立ち込める。田畑の匂いは初めて嗅いだが、とても良い匂いとは言えなかった。
流石に田畑方向に歩いて行っても果てのなさそうなので、比較的発展している方に戻って、そちらを歩き回った。
一年ぶりの外出でもそれなりに歩けているのは、日々の家事の賜物の健脚か。しかしそれでも、一時間も歩けば疲れが見える。
適当な公園を見繕って、そこのベンチに座った。
「ふう、疲れたあ、マホちゃん」
『目的地もなく、彷徨うだけとは』
「けど、遠路遥々、わざわざ迷子になりに来た訳じゃないよ」
『……不安なのか?』
「……そう、なのかなあ。マホちゃんには悪いけど、運命なんて簡単には信じきれないよ」
『お前がそれを言うのか。運命の申し子みたいな生い立ちで』
「だからさ。ボクの人生、イレギュラーなんて起き尽くしたと思ってたんだけどなあ」
『現実に起こる奇事を運命と呼ぶのなら、受け入れるしかないだろう』
「そうかもねえ。けど、それマホちゃんがいうことじゃないよね?」
『……実を言うとな、俺も、よくわからなくなる時がある』
「なにそれ、無責任だなあ」
『無論、お前の運命は保証する。ただな、保証の出所がよくわからんのだ。俺は気付けばお前を導く為に世界に在った。俺は確信を持って、お前を導いている。しかしな、よく、わからんのだ。本来あるべき過程が、俺にはない』
なんとも無責任だが、アプリが人格を持てば、そうなるのは止むなしなのだろうか。
例えば、ゲームがあるとして。そのゲームが人格を持った場合、登場するキャラクターのステータスは当然、把握もしていよう。しかし、なぜ、その数値なのか。その理由を知らないということか。
それは、辿ればゲームバランスを保たんとする作者の意図だろう。制作側の思い入れだったりがあるかもしれないが、なんにせよゲームとは隔絶された場所にあるものだ。把握のしようもあるまい。
要は、マホちゃんも、そういったことなのだろう。
「ボクね、マホちゃんには、感謝してるんだよ」
『どうした』
「運命とか、そういうの。全部なしにしてもね。マホちゃんには、ほんとに、ほんとに助けられてるんだから」
単純に、話し相手として、マホちゃんはかなり大きな存在だった。それは、否定のしようもない事実なのだ。
『……そうかよ』
「あ、満更でもなさそう」
『黙れ、早く歩け』
「はいはーい」
誰か、話し相手がいるというのは、それだけですごく恵まれたことだ。ボクには、それは居なかった。冷たい孤独の中にあったボクにはわかる。人の温もりとは、ネガいものごとの全てを溶かし尽くす熱なのだ。
「さて、じゃあ、行こうか」
『ああ』
晴れやかな空模様は、確かに茹だる暑さをもたらした。しかし、その快晴は、まるでボクの未来を祝福するかの様に翳りない。
ただ、一つ、気になることがあるとすれば。
アプリの開発者は、何を思い、何を成そうと、アプリを開発したのか?
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