第二幕 途上運命前夜デステニーLINE 7
読んでくださっている方、ありがとうございます。
二幕の七話です。よろしくお願いします。
「ご馳走様」
「はい、お粗末様です」
一階のリビングで、二人で朝食を済ませた。
飛鳥君はしきりに辺りをキョロキョロ見渡していた。落ち着かない様子だった。そんなのボクも同じだから、二人してオドオドしながら食べた朝食だった。意味合いは、違うかもしれないけど。
お風呂上がりの男の子なんて初めてみるから、なんかドキドキしっぱなしだった。シャンプーとかも当然ボクと同じものを使っているわけだ。漂う匂い一つで突飛な想像が想起されるのも、致し方ないだろう。お泊まり、二人暮らし。……結婚?
……馬鹿かボクはと自分の膝を抓って律した。
「驚いた。料理、上手いのだな」
「え、ああ、うん。簡単なものだもん、誰にだって作れるよ」
「少なくとも、俺には無理だがなあ」
実際、一人暮らしの様なものだから、炊事の技量は、一介の高校生にしてはそれなりのものだという自負がある。
といって、鼻にかけて見栄を張るくらいに手の込んだ料理ではないから、そんな評価をされても気恥ずかしい。
卓上のサンドイッチは別に特筆するべきところなど何もないのだ。
悪し様に特筆するべきものがないというのはまあ、いいことかもしれないけど。
「飛鳥君は、料理とかしないんだ?」
「恥ずかしながらな。大体は母さんが作ってくれるし、そうでない時は兄さんが作る」
「……そっか。でも、まあ、そんなものだよねえ。必要がなかったらしようなんて思わないよ」
正直、羨ましいと思う。ボクだって、料理がしたいわけじゃない。必要だからやってたら、勝手に上手くなっただけだ。
必要がないというのは、周りに、料理をしてくれる誰かがいるということだから。
料理は嫌いじゃない。けれど、自分が独りなのだと、自覚する時間でもある。一人で作り、一人で食べる食事は、なんだか虚しい。
ボクだって、昔はそうではなかったのに。
昔は普通に、お母さんの出したご飯を華月やお父さんと一緒に食べていた。賑やかに食卓を囲み、普通の家族の団欒を楽しんだものだった。
妹とだって、普通に話していた。なのに何故、こうなってしまったのか……。
と、いけない。せっかく飛鳥君に立ち直らせてもらったのに、このままではまた塞ぎ込んでしまう所だった。引きこもりの中の引きこもりになってはおしまいだ。
それに、今眼前に並ぶのは、簡素なものではあるが、初めて誰かのために作った料理だ。その数分は、今までにない充実感があった。
人は一人では生きていけない、というのは、少し正確ではない。ボクは、一人でも生きていける。
正しくは、一人でないことを知った人間は、一人では生きていけなくなるのだ。そうして、愛を獲得し、ある種の完全性を失っていくことも、人生の醍醐味に違いない。
きっと、ボクもそうなっていくのだろうと、ふと思った。
「……なあ。訊いていいことなのかは、わからないが……」
飛鳥君が切り出した。
何が気になるのか。そんなのはわかる。
「家族のこと、かな?」
「……ああ」
確かに、内装には異様な点はない。埃を被っているわけでもないし、一人分の家具しかないとかいったこともない。
ただ、それでもわかるものだ。生活感、とかいうのが欠けている家というのは。
なんというか、家が死んでいるのだ。人が住むことで家足るのなら、それは、家ではない様に映ってしまうのだ。
気になって、当然だった。
「……わかった、話すよ。ボクの抱える、ものを」
家族のこと。周囲のこと。引きこもっていること。
彼には、話すべきだ。無論、望まれないならともかく、そうでないのなら、話すべきだ。
妹のことを考えるだけで、動悸が激しくなるのがわかる。恐怖が滲んで、再びの侵食を始めようとするのが、手にとる様に、わかる。
だが、それでも。話す、べきなのだ。
「あ、あの、あのねえ。えっと、ね」
しかし、遮る様に飛鳥君から発された言葉は、
「……いや、やっぱり、いい」
「……。気に、ならないの……? だって、普通、気になるよ」
気にされたいことではないが、気にならないと言われるのは、それはそれでなんだかモヤモヤする。
お前には、興味がないと言われている気がした。運命なんてものは、存在しないのだと告げられている気がした。
なんとめんどくさい女なのかと戦慄した。どちらになっても、ボクは……。
そんなボクの内心を悟ったか、飛鳥君が柔らかに言う。
「無論、なる。なりまくりだが。その顔を見て、無理に話させようとは、とても思えない」
「……そんなに、酷い顔、してる?」
「……今にも、泣き出しそうじゃないか」
「で、でも。それでも、ボクは、飛鳥君には、話すべきだと」
「それで、睦美さんがまた塞ぎ込む様になっては、意味がない。勿論、気になる。だって、こんな出会い方をして、気にならないわけがないだろう。それでも、それでもだ。俺がここに来た理由は、睦美さんを追い詰めるためではないんだ」
「……狡い言い方だね」
「さっきの睦美さんみたいだな?」
そう言って、意地悪そうに笑ってくれた。
「わかった。けど、ボクがちゃんと話せるようになったら、聞いてくれる?」
「ああ、聞くさ。そもそも俺の方から訊いたんだからな。だから、今は安静にな」
「うん。わかった」
なんとも、情けないことだった。けど、真実、治りかけの傷に塩を揉み込む様な行為だ。意地になって傷をこじ開けて、また世話になるのでは顔の合わせようもない。
その時が来たら、ちゃんと話そう。ボクの、全てを。
と、ボクが決意を新たにしたと同時。飛鳥君が時計をチラリと見やっているのに気がついた。
気づかれない様にしているようだが、何かあるのだろうか……。
と、そんなのは決まっていた。この引きこもりには無縁の話だが、なんと、高校生は平日は学校に行くのである。それをすっかり失念していた。
「あ、ご、ごめんねえ。長居させちゃった。え、と、間に合う、かな」
「いや、しかしな……」
「ボクなら、もう大丈夫だよ」
流石に、学校をズル休みさせてまて面倒を見させるつもりはない。無意識にとはいえ呼びつけるも同然の真似をしておいてなんとも勝手な言い草と自覚してはいるが、それでも、それはボクの意地だった。
確かに、なぜ妹が来たのかはわからない。不意の来訪が一度限りの可能性というのはなかなかに低い。しかし、飛鳥君に住み込んでもらうというのは現実的ではないし、然るべきところに出る気にもならなかった。
アレは恐るべき混沌だが、それでもボクの妹だ。たしかに自分から会いたいとは思えないけど、不幸になってほしいとは微塵も思わない。
「……わかった。だが、何かあったら、いつでも連絡するんだ。電話でも構わない」
「……うん。ありがとう。ほんとうに」
飛鳥君が来てくれたから、一時的にでも立ち直ることができた。本当に、感謝してもしきれない程の恩がある。
ボクに、返せるだろうか。この恩を。ボクに、できるのだろうか。目の前にいる男の子の抱える問題を、解決する手助けが。
わからないが、それでも微力を尽くそう。たとえ、望まれなくとも手を貸そう。そう、誓った。そうでなければきっと、運命の人だとか言うことは許されない。
自分自身への柯会之盟。これは、ボクの意地だ。人としての。女の子としての、ボクの、意地。
その後、またいろんなことを話した。学校のこと、家族のこと。ボクは、ほとんど聞き手に回っていたけど、楽しかった。
久々に人と囲む食卓は、なんとも得難い温もりで満ちていた。簡易な朝食でありながら、軽く一時間は話し込んでいた。
「名残惜しいが、そろそろ時間だな」
時刻は、6時丁度。曰く、今帰れば学校にも間に合うとのことだ。後ろ髪を引きたい気持ちはあるが、そこまで迷惑をかけたくはなかった。愚物愚物と口にはするが、根は真面目なようだし。
何度も何度も大丈夫か? 大丈夫か? と問われるたびに大丈夫だと返しながら、玄関まで見送る。その気遣いが、ほんとうに沁みる。
「じゃあ、本当、ありがとうねえ。飛鳥君のおかげで、ボクもまだなんとかなりそうだよ」
「……そうか。ほんとうに、何かあればいつでも連絡してくれて構わないからな」
「うん……。ありがとう」
実際のところ、強がり半分だ。しかし、やはりここで引っ込む意地ではない。飛鳥君が優しければ優しいほど、迷惑をかけたくないという念は強まった。
無論、ほんとうにまずい時は、連絡するつもりだが。
……そもそも、無意識で縋ったのだから、律する意味があるかは微妙なところか。
「そうだ。月末だがな。我が吉川東高校は、その愚物共の総力をあげて祭を執り行う。……2日目の門扉は、一般客にも開かれる」
飛鳥君のその突然の言葉の意味。流石に、わかる。
「……学園祭、ってこと?」
「ああ。あかね祭という。それで、その、よければ、なんだが……」
「行く」
驚く程、スムーズに出た言葉だった。
外に出ないボクが、果たして人混みに紛れる事ができるか? 増して、トラウマの場である校舎で、だ。別に、対人恐怖症とかそういうのではないとはいえ、年単位で外界との接点を絶ったボクだ。人混みにやられて吐いたりする可能性はあった。
しかし、そういったことが無意識野にあったか? 否だ。
全て鑑みて、それでもボクが心底からその祭りに行ってみたいと思ったから、出た言葉に他ならない。
「行きたい」
「……わかった。当日を楽しみにしててくれ。この愚物、その阿呆の全てを注ぎ込み、良い催しにすると、約束する」
多分、根は真面目な人だ。馬鹿になろうと、努力する。それは確かに何とも馬鹿げた行動だが、ほんとうに馬鹿なら、何を思わずとも、馬鹿なのだ。ただそこにあるだけで、馬鹿なのだ。
どうしても、そういった人物には、見えなかった。
最初、メッセージのやりとりをしていたときにも思ったことだ。
この好青年は、果たして真に馬鹿げたことなど、できるのか?
「……一つ、訊いていいかな?」
「ああ、何だ?」
「飛鳥君の思う愚物って、どんなの?」
「……さあ、なあ。どんなんだったんだろうなあ」
しみじみ、飛鳥君が言った。ほんとうに、わからないようだった。
がむしゃらに追うしかなかった虚影が、てんで見当違いであったというような、そんな声音だった。
「……そっか、わかった。ごめんね、突然」
「いや、俺だって気になる。ほんとうにな。と、そろそろ、ほんとうに時間だな」
「……うん」
久方ぶりの、温もりだった。眼前の人の温もりは、ボクの凍えた心を溶かし、先を示してくれた。
……ボクは、大丈夫だ。そう、言ったのは、自分ではないか。
けれど、けれど、また、凍えてしまうのではないかと怯える自分がいた。
なんとも弱いことに、数秒前につけた格好を取り繕うことすら、ボクにはおぼつかないらしい。
飛鳥君が、不安げにボクを見つめてくる。
ここで、キスでもすれば、飛鳥君は帰らないでくれるだろうか。
ここで、純潔でもくれてやれば、飛鳥君はまた、会ってくれるだろうか。
……ほんとうに、最低だ。
しかし、そう自覚することで、沸々と湧き上がるものがあった。
先ほどから、ハリボテの虚勢を張り続けるボクの意地。がらんどうのそのハリボテに、何かが注がれていくのがわかった。
それは、怒りだった。
「大丈夫。ボクは飛鳥君を信じてる」
「……。ああ、任せとけ。ではな」
「うん、また、あとでね」
「ああ、また、くだらないことを話そう」
そうして、今度こそ、ボクは飛鳥君を見送った。
画面越しの温もりでも、ボクは凍えずに、次を待とう。
そうでなければ、この怒りで、ボクを保とう。
飛鳥君を信じ抜けない。
それは、ほんとうに超えてはならない一線のように思えた。
運命の線。
それが、飛鳥君を見送る勇気を、ボクに与えてくれた。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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次回でもよろしくお願いします。
料理下手でも作れるけど料理上手だとめっちゃ美味く作れる超簡素な料理とはなんぞや? と考えましたがまったく妙案が浮かびませんでした。




