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馬鹿みたいに恋がしたい  作者: 川面月夜
第二幕 途上運命前夜デステニーLINE
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第二幕 途上運命前夜デステニーLINE 4

読んでくださっている方、ありがとうございます。

二幕の四話です。よろしくお願いします。

「随分張り切ってたじゃない」

「こういったことは、本気で取り組んだ方が楽しいさ」

「確かに、そうかもね」


 放課後。ホームルームを終え、教師による明日以降の連絡事項をありがたく拝聴し、その時は来た。

 教室に少し残って、あかね祭についての案をつぼみと話していた。


 窓際から差し込む夕陽が、つぼみを照らし、その美貌を際立たせている。それは、雨上がりの陽光を受け、雨滴を滴らしながらも屹然と美々しくある花の様でもあった。


 つぼみを名乗りながら、花よりも美しいとは、なんとも罪深いことだ。兄と自分を盲目の恋に叩き落としただけのことはある。


 彼女と顔を合わせるのは、少し後ろめたい気持ちになる。それは、自分の中で、つぼみの存在が不確かだからだ。それは、睦美に対する後ろめたさと運命共同体である。


「学校、休まなかったんだね」

「……当たり前だ。学生なのだから」

「そういうところで逸脱できないのよねえ、飛鳥は」

「……悪いことではあるまいよ」


 なんとも胸に刺さる言葉だった。馬鹿になると言っておいて、どこかに躊躇いがあると指摘されているに等しいことだ。

 それは、未だに揺れているこの心情にとっては、剣山が突き刺さる様な言葉である。刺さり過ぎてボロボロなのである。


「でも、そういうところが、飛鳥っぽいよね」

「……嬉しくないな」

「そう? 褒めてるんだけどなあ。そういうところ、好きなのに」


 ポンポンと頭を撫でる手を振り払おうとするが振り払えず、結果黙って撫でられるという醜態を晒している。

 そして、それが嫌ではないのだ。

 全くもって、どうしようもない阿呆だった。そうはなりたくないという阿呆だった。


「……内装は、演劇部にはないから、自分たちで作る必要があるな」


 フッと笑って、手を引いてからつぼみが言う。


「そういうのは、私がみんなとやっておくよ」

「助かる。では俺は材料の調達先でも探しておこう」


 ふと、時計を見やれば、時刻は17時。かなり話し込んでいたらしい。


「じゃ、今日はこれまでにしましょう。私お腹すいちゃった」

「そうだな。何か思いつけば、後で連絡しよう」

「やっぱり、なんか、やる気だね」

「言ったろう。こういうのは、本気で取り組むからこそ楽しいんだ」


 実際のところ、睦美さんに傾倒することで、つぼみを忘れようとしているのは否めない。無論、興味を示した睦美は、あかね祭に来ると言っている。その気持ちに報いたいのも本心だ。しかし、どちらがウェイトを占めているか?


 そこで、睦美さんだと断ずることが、できなかった。全くもって、真に情けないことだ。クズであると言っていい。


「ま、いいわ。帰りましょうか」

「そうだな。今日は疲れた。本当に、疲れた……」


 あかね祭をより良いものにする。その為に、今およそ2日間もろくに睡眠をとっていない身でありながら、張り詰めた状態をキープできていた。あかね祭の準備はまだまだこれからであるが、ひとまず今日できることは終わったと言っていい。糸が切れるのは必定だった。


「ちょっと、落ちないでよ? 私じゃ抱えて帰るなんて無理なんだから」


 兄と違い、あまり運動をしないとはいえ、平均的な男子的体型の俺をおぶさって帰れなどとはとても言えない。

 兄であれば、もしかしたらおぶさって帰るを本気で実行したかもしれないが、生憎、今は部活動に励んでいる。インハイ優勝などという偉業を成し遂げていながら、兄の向上心には果てがない様だ。全くもって、感服させられるばかりの兄である。……それに、悩みがある時は体を動かすのが兄の常だ。


 今は、というか最初から意味などなかったつぼみ不可侵条約は、二人でキャッチボールしながら取り決められたものである。


「兄さんならともかく、つぼみにそれを頼む勇気はないな。野郎どもに殺されかねん。と、仕方ないか……」


 油断すると本当に眠りに落ちてしまいそうだった。


「ねえ、飛鳥」

「……なにか」

「私ね、今週の土曜、要と初デートするんだ」

「……だから、なんだというのか」


 眠気の吹っ飛ぶ言葉だった。悲しみに似た虚無が、俺の心を占めていく。

 デート。そんなの、当然だ。寧ろなぜ今までしていなかったのかという話である。……そして、そんなものもまた当然の如く自明である。俺の為だ。俺に気をつかうばかりに、二人は二人の時間を削っているのだ。


「映画に行くの。最近やってる映画で、要が好みそうなのってなんかあるっけ?」

「兄さんなら、つぼみが観たいものを観たいと言うと思うが……と。それを見越してか。……そうだな。取り敢えず、帰りながら話そう」

「はいはーい」


 帰る準備をしている間、俺の心は更に虚無に呑まれていく。祝福するべきことなのだ。それを、なぜ、俺は……。

 帰路についた。俺の心の様に何もない吉川の街、自転車を駆る。

 吉川東高校の周りは、田んぼで囲まれている。そこからしばらくはその景色は変わらない。田畑の、決していいとは言えない臭いを抜けると、次は工場地帯へと出る。こちらもまたあまりいい香りではない。吉川東高校から我が家への帰り道は、天然と人工の悪臭漂う道である。


カラカラと回る車輪の音が、空に溶けていく。殆ど何もない街に。そして、半端に虚無に身を浸すこの俺の心にも。

 田舎でも都会でもないどっちつかずの町。まるで、俺の様ではないか……。

 それでは、駄目だと解っている。こんな俺を慮ってくれる兄達のためにも、このままでは。

 ……兄? 何か、おかしくないか?


「これは、自意識過剰でなければ、なんだが」

「なにかな」

「兄さんは、映画に行くことを知ってるのか?」


 考えてみると、違和感があるのだ。鈍いところもあるとはいえ、あの善意の人が、弟との間に問題を抱えているというのに渦中の相手とデートに繰り出すイメージが、全くできなかった。


「私が無理矢理誘ったんだ。要、かなり思い詰めてるから。あのままだと要、あかね祭の出し物もできないんじゃないかな」


 兄がテニスのインハイで優勝したのは、校内周知の事実だ。吉高の生徒ならば、校舎にでっかく下がる垂れ幕に気付かぬ盲目でない限りは、兄の話をしたことは一度はあるというものだ。

 そんな兄は、テニス部の見せ物として、体育館の壇上を使って、そのショットの精密度合いのプロモーションをするというのだ。

 曲芸のようなショットらしいが、まあ兄であれば心配はあるまい。……平時の、兄ならば。


「……耳が痛いことだな」


 兄の思案の種など、俺に決まっているのだ。そして、兄を奮い立たせることのできるものなど、つぼみに決まっているのだ。

 つぼみに誘われ、最初は俺の為に渋りながらも結局断れずに、罪悪感と高揚感とを持て余す兄が容易に想起された。


「そういうことなら、誘ってやって正解だろう。今の俺には、できないことだ」


 兄弟で映画に行くなど、然程珍しいことではなかったが、今そうできるかとなると実現は難しいだろう。


「……ごめんね」

「なぜ謝るのか。今謝るのは間違いなく俺だろうに」

「ううん。そうじゃなくて。私、知ってたから」

「何を」

「飛鳥が、私のこと……」

「言うな」


 聡いつぼみである。この10年をゆうに超える時を過ごす中、俺たちの気持ちに気付かずにいるような少女ではなかったらしい。

 ……考えてみれば、当然のことだった。盲目の恋。思春期の愚考。全くもって、馬鹿らしいほどに。


 ……なぜ今それを言ったのかの推察はできないが。俺の思いに気付かぬふりをするのに限界が来た? あるいは、俺に踏ん切りをつけさせる為? ……何と断ずる情報もないし、ここで何の訳か訊ける俺でもないから、真相は闇の中になる。

 ……まあ、然程大事でもないだろう。



「そんなものは、それこそ自意識過剰というものだ」


 それが、精一杯の強がりだった。


「……そっか、そうよね」


 それ以降、俺たちの間には沈黙が降りた。車輪の回る音が、この街に溶けていく。表層を撫で波紋を起こしながら、決して深層にまでは行き着くことのない、微かな揺らぎ。

 自分の思いも、こんなふうに消えていくのだろうか。

 俺の恋心は、消えてくれるだろうか。

 ……消えて、しまうのだろうか。

 ……消さねば、ならないのだ。そうでなければ、睦美さんに合わせる顔がない。

 何度同じことを思考するのか。嫌気が指す。しかし、あかね祭を終えれば、何かが変わる気がしていた。


 睦美さんの為に全力で取り組み、良いものを創り、彼女を迎えた時。

 きっと、俺は変われるはずだと思った。

 決して速くない速度で自転車を漕ぎ、それでも15分ほどで家に着いた。


「……ではな。また、明日」

「うん、明日ね」

「あ、そうそう。兄さんの好む映画だが、恋愛系以外なら問題ないはずだ」


 心境的に恋愛映画を楽しめる状態では、ないだろうから。そして、心境的に、つぼみと一緒なら、基本的にはなんでも楽しいというのが兄の本心であるから。


「わかった。ありがとね」


 向かい合う形で構えられるつぼみの家。そこに消えるつぼみを見て、自分も玄関を開けようとした時だった。


『ふむ。君というやつは、まだ運命を受け入れていないらしい』

「……随分と静かだったじゃないか」

『ふん、私だって、いつだって君の相手をしていられないさ』


 学校に着いてから、一言も喋らなかったアプリが、半日ぶりに口を開いた。


『さて、目下の課題はあかね祭だな。天津 睦美も問題なさそうだ』

「……そうか」

『浮かない顔じゃあないか。無何有郷への大きな一歩だぞ、これは』

「わかってる。わかってるさ」


 時計の針は戻らない。

 通知がなった。おそらく、睦美さんからだろう。思って開けば、まったくその通りだった。


《学園祭、楽しみにしてるね。実行委員、頑張ってね、飛鳥君》


『alea jacta est』

「……わかってる」


 賽は、投げられている。アプリをインストールした、あの時に。


読んでくださった方、本当にありがとうございます。

感想や評価、誹謗中傷でもくださると、作者は嬉しいです。

次回でもよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今の所、睦美が来る気満々な所。 [気になる点] 二日前に弟をうっかり追い込んだから、阿保兄が自業自得になってるけど、それならもう一人の追い込んだ側のつぼみは黙って阿保をデートで慰めておけば…
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