第二幕 途上運命前夜デステニーLINE 1
ここから第二幕です。よろしくお願いします。
真夏の夜、通常の学徒であるのなら、夏休みの終わりを嘆き、新たな始まりに、どこか高鳴る胸を弾ませ、口だけの反抗を示す日。
二学期の始まり。9月の1日。その終わりの時刻。
けれど、ボクにとっては何もない、平坦な1日のはずの日。ボク、天津 睦美にとって、それまでにない高鳴りの彩りを持って、豊かになるかと思われた日常は、過去の闇が塗り潰した。けれど、それまでにない彩りは翳りを見せず、どころか、闇を裂き、ボクを暴きに来た。
黒い闇に佇む、この、気味が悪いくらいに何もない白いボクを、暴きに来た。来て、くれた。
来て、しまった。
「ねえ、飛鳥君、まだ、起きてるかな?」
「……起きてるさ」
さて、この一年誰も入れたことのない難攻不落の部屋は、今日、二人もの人間に侵された。一人目に、ボクを犯しに来て、満足すると帰っていった、ボクの妹。ボクの長くない人生においてすら、永劫の呪縛を確信させた、おそるべき混沌。ボクの、妹。
二人目は、闇に呑まれ、慄くばかりだったボクが、どうやら無意識に縋ったらしい少年。ただの一度も顔を合わせたことのない、どころか、顔を見るのすらお初のこの少年は、どうやらボクの運命の人らしい。
ボクとは違って、この日本に生きるに相応しい黒い髪と瞳。顔立ちに特徴はないが、結構整っているように見える。一見するとどこにでもいる学徒だが、一般的観点からすれば、ボクとは別ベクトルでとんちきな人間であるのは間違いないだろう。
魔法のアプリがそんな彼と繋いだ糸が、真のものか。それは、わかりようもないものだ。けれど、この少年で良かったと思う自分がいた。ボクと同じ……程でもないかもしれないけど、なかなかに難儀な少年だが、好人物であるのは間違いなかった。短い人生だが、色々な人間を見たから、人物眼はそれなりに養ってきたという自負があるし。
それになにより、ボクを助けに来てくれたから。見たこともない、ボクを、だ。
まだ、恋とか、そういうのはわからないけど、この少年と共にいるのはなんだか気の安らぐのだ。運命の成せる業か、ただの錯覚か。いずれにせよ、この安らぎは嘘ではないのだ。妹から、逃避しているだけだとしても。
……些か誠実を欠いた思考だ。例え相手方、飛鳥君の方にものっぴきならぬ事情があるとしても、それで自分が不実になってはならないのだ。それが、助けてくれた彼への、礼節だと思うから。
この、同じ部屋の中で、布団にも入らずに毛布に包まるボクのことを見守ってくれる彼には、大きな恩がある。
「ごめんね。飛鳥君。ごめんねえ」
「……偶には、一人が怖い時もあるさ」
「……うん。起きたら、ちゃんと、普段のボクに戻るからね。だから、今だけ、今だけは、そこで、ボクのこと、見てて?」
闇は、妹を想起させる。あの、混沌を。
「普段の睦美さんというのを、俺は知らないわけだがな」
「たしかにねえ。不思議だよね。ボクも、飛鳥君のこと知らないのに、こんなこと、頼んでる」
「全くだな。なんと無防備なことか」
こんな、アルビノで、しかも見るからに怪しい境遇のボクに手を差し伸べるなど、全くもって、馬鹿の所業だろう。
「……なんで、とか、訊かないの?」
彼には、知る権利がある。ボクの、助けて、に応えてくれたこの少年は、ボクがどうして助けを請うたか、知る権利がある。
「……気にならないと言えば、まあ嘘になる」
「……なら」
「けど、今はその時じゃない。とりあえずは、疾く平静を取り戻してもらわないとな」
「……ごめんねえ」
「そう思うなら、そうだな。寝るのがいいさ。そして、その後に色々話そう。お互いのこと、俺たちは殆ど知らないんだから」
「……うん、うん」
お互いのことを、殆ど知らない。というのに、その知らない相手にここまでしてくれるのは、どういうことだろう。
運命で片付けてしまっては、申し訳ないことだった。しかし、理由を訊ねる気にもならなかった。答えが、わからないからだ。
飛鳥君にも、事情があるのは明白だった。ボクの問いの答えからも、それは見て取れる。
ボクを慮ってボクの事情を詮索しないという彼に、ボクがずかずか踏み込むのは、フェアじゃない。
「だから、早く寝るといい。なんなら、あやしたって、構わな」
「……それ、いいなあ」
「……は?」
「子守唄歌いながら、優しく叩いてくれたら、うん。眠れる気がする」
「い、いや、冗談でだな……」
思えば、親にあやされた経験など、殆どない。赤ちゃんだった時がどうだったかは、それは知らないが、少なくとも、泣きじゃくっている時母がくれたのは、優しい言葉でも、愛に満ちたお叱りでもなく、畏敬の言葉と、ぬいぐるみだった。子供が、女の子が、与えられれば取り敢えずは喜んでくれるだろうもの。多分、それ以上の意味はないのだろう。何度か同じものをもらったこともあるし。
……そうと知りながら、親からの贈り物と大事にそれを取っておくボクは、なんとも哀れだ。ボクの部屋に並べられたそれらは、全く同じ顔と眼差しで、ボクを眺めている。
……まるで、仲の良い、双子のように。きっと、あのぬいぐるみの様に、完全に瓜二つの双子であれば、アルビノだろうがメラニズムだろうがボクたちは、不幸であっても不仲にはならずにいられたのだろう。
本当に、なんと、哀れなのか?
だが、だからこそ、子守唄を歌って、一定のリズムで優しく叩いてくれるだけで、きっと安眠できると思えた。
ボクに欠けた、普通の温もりが有れば。
けど。
「ふふ、ボクも、冗談」
そんなことを実行してもらう勇気は、ボクにはなかった。
「……案外、意地の悪いのだな」
「そうだよ、白いのは、肌だけなんだよお?」
「それ笑っていいのか?」
「でなきゃ言わないよ?」
「それは、たしかに」
飛鳥君を見ているのは、なんだか気が安らぐ。ボクは今一人でなくて、側に人が居てくれるのだと、実感できるからか。
きっと、女の子としては、迂闊なのだろう。実際に会ったことのない男の子が部屋にいるのに、無防備に眠ろうなどというのは。飛鳥君が帰ったら、ボク自身身悶えしそうだし。
「あは、なんか、ボク、変になってる。普段なら、こんなこと言わないのになあ」
「無理はしなくていい。俺が変な気でも起こそうものなら、アプリが喚くことだろう。安心しろ、とはまあ、言いにくいというか、説得力に欠けるものではあると思うが……」
「ううん。それは、大丈夫だよ」
だって、わかる。これでも、一応女の子だ。だから、わかるのだ。
……彼には、好きな人か、それに近しい存在が居るなどということは。だから、このアルビノに襲いかかってくることなど、万に一つも有り得ないだろう。
「飛鳥君のこと、信頼してるからね」
「会ったばかりで信頼など言われてもな」
「ううん、ボク、わかるんだ。飛鳥君は、信頼できる人だよ」
好きな人との決着がついていないから、他に手を出せないなどというのは、なんとも律儀なことだ。……ボクの自惚れでなければだけど。
「……買い被り過ぎだ。俺は、馬鹿なだけだよ」
「だとしたら、ボクはその馬鹿な部分に救われたわけだね」
「……救われた、なんて言うな。俺は、何もできちゃいない」
「ここまでボクを助けに来てくれたのに? 飛鳥君が来てくれなかったら、ボクは今も震えてた」
「……それは」
「ありがとう。この気持ちを、他ならぬ飛鳥君に否定されたら、ボクは、また逆戻りしちゃうよ?」
「……存外、狡い物言いをする。……そう、だな。そう言ってくれるのなら。そう思うことにしよう」
多分、心の底から思ってはいないだろう。飛鳥君の表情には、影があった。
きっと、今すぐに晴らせる影ではないはずだ。それは、ボクのこの恐怖も同じ。感情というやつは、すぐに消えてしまうようなものではないのだ。だからこそ、時間をかけて、先に得る新たな感情を寄る辺に生きていくしかない。それが不確定なものだとしても、不確定だからこその希望を委ねて生きていく以外に、過去との向き合い方などないのだ。少なくとも、今のボクには。
「ちょっと、眠くなってきたよ……」
瞳から溢るる涙は、恐怖由来のそれから、微睡に誘う深淵の証明に転じている。……なんて言い回しは、目の前の男の子っぽいかな。
「そうか。まあ、ここで見ていてやるさ。だから、独りではない」
「うん……ありがとうねえ……」
今日起きたことは、とても怖いことだった。恐ろしくて恐ろしくて、堪らないことだった。
きっと、すぐに向かい合うことはできないだろう。だが、外に向き合う為には、避けて通れないものだと、今日、理解できた。
だから、今日は、寝てしまおう。恐怖と向き合うのは、後でいい。
今日は、独りではないのだから。
「ありがとう……ねえ」
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次回でもよろしくお願いします。
睦美視点が一人称になったのは睦美が主人公格、メインに登ってきたからなんですけど、ちょっとわかりにくいですかね。




