第一幕 絶対不可逆運命デステニーLINE 12
12話ですね。読んでくださっている方、ありがとうございます。
よろしくお願いします。
駅から徒歩20分。それは、ごく普通の民家だった。住宅街の中の一つの人家。ごくごく普通の一軒家。そう、家自体は、ありふれたものだった。
しかし、異様な点が二つあった。時刻は8時を少し過ぎたくらい。健康的に眠る町、我が吉川ですら、家には灯りが灯っている時間だ。だというのにこの家は、明かりが消えている。辺りは都会の喧騒に包まれているのに、この付近でだけは人集りがない。
もう一つは、家の玄関だった。玄関横の芝の手入れが全くされていない。伸び切った芝は、来客を威嚇するように揺れている。
総括すれば、まあ、異質であった。不気味な雰囲気がムンムンである。辺りとは切り離された世界なのではないか、異世界の入り口なのではないかとかいった、突飛な想像も際限なく湧いて出た。
我が生涯にあって、これ程に警戒すべき物事は、他には一つしかなかった。
即ち、即引き返すが、無難な選択だろう。無謀は馬鹿を内包するが、逆はまったくそうではない。俺は馬鹿であって、無謀ではないのだ。
が。
「……開けるぞ、開けるんだ、俺は、俺の運命を、確かめないといけないんだ」
全てはそこに集約される。
それに、リスクを解した上で扉を開くのなら、それは馬鹿の範疇である。それこそは、馬鹿の証明。愚物の愚考、そして、他にない正答の筈だ。
覚悟を決め、芝の威嚇を乗り切りインターフォンを推す。閑静な家に、ピンポンという音が響く。しかし、誰かが出てくることはなかった。
『……構わない。開いている筈だ。入ってしまえ』
「ええいままよ」
不法侵入? そういう運命だ。もう、全部そうなのだ。
「おお、運命とは、開き直りになんと便利な言葉か」
『流石に虚仮にしすぎだろ』
玄関を開ければ、広がるのは闇だった。暗がりの中から見て取れるのは、やはりごく普通の一軒家だということくらいか。玄関に並ぶ靴は一足。白いハイヒール。少女のものだろう。恐らく、睦美さんのだ。
……ここに来て、仮運命の人が実在することが、現実味を帯びてきた。しかし、だとするならなんと難儀なのだ。我が運命とは。
失恋してから一週間でこんな得体の知れない場所に首を突っ込む羽目になるとは。兄の鬼才を持ってしても予測などできはすまい。
明かりの一切ない闇は、恐怖を煽る。スマホのライト機能を駆使してなけなしの松明にするが、それとてホラー映画の一幕のように思えてならない。
『恋の道筋は困難なものさ、うん』
「なるほど。一寸先は闇か」
『そうだ。その混沌とした過程にこそ、ロマンは宿るのさ』
「……全部の恋が結婚式ぶち壊して連れ去るようなものだとでも思ってるのか?」
『そうでなくては運命の冠がくすんでしまうよ。劇的だからこそ、惹かれるのさ』
「……つぼみの言葉を借りるなら、曲がり角でトースト咥えながらぶつかるのに、打算があっては台無し、ということだったが?」
『ふん、無駄話に興じている場合かな。早くしたまえよ』
「……逃げたなお前」
しかし、終わってみれば、いくらか恐怖は和らいでいる。やはり、こいつの真価はそこにあるのではないだろうか?
「……睦美さーん! いないのか?」
訊ねても、やはり答えはない。
一寸先は、闇。一歩進んだ先に在るのが、運命の人でも、大量殺人鬼でも、どちらでもしっくりくるような場面。パンドラの箱というやつか。
『構わん。中に入ってしまえ。玄関脇の階段を登って左の部屋が彼女の部屋だ』
「……はあ」
嫌な未来ばかり増えていくようだった。警察のお世話になる明日が来ても、なんら不思議ではない行為を、俺は今働いているのだと自覚する。
しかし、ここで引き下がる選択肢はなかった。
自分でも、なぜここまでするのか謎だ。今まで俺が歩んできた道のりに照らし合わせれば、こんなものはドッキリでも通用しない。そのはずなのに。
……運命。その言葉が、この童心をどうしようもなく擽るのだ。高校生なんてのは、えてして馬鹿である。恋などすれば、尚のこと。失恋などすれば、尚、尚のこと。その後に新たな運命などと、告げられれば、尚、尚、尚である。
そこに、培われた愚物の心が合わさればもう、無敵の愚者の誕生である。
この家の扉を開けるというのは、産道を歩み、さらなる愚物として新たに生を受けるも同義だったのだ。
だから、ここでたたらを踏んでいては、二流の馬鹿である。
好まれる馬鹿と、好まれない馬鹿。つぼみとて、ここで引き下がる馬鹿を好みはすまい。俺は、つぼみに好かれるために馬鹿になった。なら、つぼみに好かれる馬鹿になっている筈なのだ。……多分。
「こんな自問自答は、果たして何度目か。しかし、我が道は異端の道。愚物の道は、正道では、ない。異彩無視して突き進まずして、なんのための愚物!」
玄関を開く。なんか働きすぎて死んでしまいそうなくらい心臓がうるさい気がするが、意識の外にやる。
スマホの光が闇を裂き、家の内部が明るみに出る。やはり、ごく普通の一軒家であった。
カサカサと虫が這い回る……とか言った事もなく、内部は清潔を保っている。人の生活感、とでも言うのだろうか、それがあるだけで、いくらか、恐怖は紛れた。
「……馬鹿と犯罪者は、紙一重と言う……」
……言ったっけ? まあ、なんでもいい。なにせ馬鹿なのだから。
人様のお家に無断で入り込んでいることも、とりあえずは置いておく。
靴を脱ぎ、きちんと揃えてから、視界に収まる階段に向かう。それを上った先に、睦美さんの部屋があるということだし。
一度ラインを超えてしまえば、もうあとはなるようになれ、だ。
スタスタと、アプリが言っていた部屋に向かう。
本当に、その通りの間取りだった。しかし、それで今更何の認識が変わるわけでもない。
進む足取りは、我ながら淀みない。俺の心に淀見はあるが。
と、くだらないことを考えている間に、例の部屋についた。
「……さて、行こう」
閉ざされた扉は、何の象徴か。
彼女の心か。それとも、俺の未来……?
どちらにせよ、開かなければいけないのは間違いない。間違い、ないのだ。
幸い、開けるには容易い扉とわかる。鍵は付いていないのが見て取れる。
開けるべき鍵は、俺の中にある。
『引き返すなら、今しかないぞ』
引き返す。閉じた未来に?
このままつぼみに恋焦がれ、兄とつぼみが近づいていくのを眺めていくだけの、最悪で、しかし、それなりに幸せな未来を捨てるのか?
捨てて。得体の知れない未来に、向かうのか?
……そうだ。俺は、つぼみを、捨てるんだ。
だから……。
「引き返せるわけ、ないだろ」
『良い答えだ。何の故かは、訊かないでおいてやる』
「頼むよ」
俺は、本当に、開けるのか? この扉を……?
「……誰っ?」
「っ!?」
しかしこの時、俺は忘れていたのだ。運命というものに、意思の介在する余地は、ないということを。
「誰なの……! いや、嫌だ、来ないで、来ないでよぉ!」
「……これ、は」
部屋の中から聞こえる少女の声。
尋常ならざる事態にあることだけは、確かだ。この拒絶は、それは異常と直結していることだろう。
だって、アプリでやりとりした少女からは、あまりにかけ離れている。
「もう、やぁ……触らないで、近づかないで、来ないでよぉ……」
この、扉を、開けるのか……?
「いやだよぉ、華月……」
かずきなる人物が、何をしたのか、彼女とどんな関係なのか? 無論、気になってしょうがない。そして、認識されてしまった以上、逃げる事はもう、できない。
「……結局、俺は、選べなかった……。けれど、それでも、しないといけないことは、ある」
『そうさ、運命だからね』
「聞こえるか?」
扉越しに、声を掛けた。
「ひ、っ!」
精神的に憔悴しきった人物にどう接するかなど、一介の愚物の知るものではない。だから、全霊を込める。それこそは、愚物の生き方である。
「俺は、虚無の街吉川に在る、吉川東高校にあって名を轟かす、真性の愚物!」
だって、それ以外の生き方を知らない。馬鹿になる、そんな馬鹿げた願いを掲げた阿呆は、馬鹿みたいな生き方しか、できない。
そうだ。道化にしかなれないというのなら、道化になってやればいいのだ。
「その哀れなる事は、全校生徒の知るところであり、嘲笑の的である」
「……え? あ……!」
「そう、我が名は、蓮城 飛鳥」
「……飛鳥……君……? なんで、どう、して?」
「だから、泣かれるな。なんで、なんて、きっとそんなことは、考えるだけ無駄なことだ。俺も、そうだった」
「……そう、だね……。最近の出来事は、考えても詮ない事ばかりだった。けど、今はとびきり、わけわかんないよお」
「……開けても、いいか?」
開けて、何をするか。そんなことは、開けてから考える。万事一切、なるようになるのだ。
「……」
「睦美さん?」
「ま、待って、準備、準備が、できてない。だって、だって、ボ、わたしは」
『構わん、開けてしまえ』
「マ、マホちゃん!?」
マホちゃんというのは、相手方の魔法のアプリのことだろうか。……なんと安直なネーミングだろう。しかし、なんとなく為人は見えてくる。アプリ越しじゃない、生の為人が。なかなかに、好ましい人物かもしれない。
『いつかは通る道だ』
「け、けど、だって、今は……ほら」
『まったく、お前は。そうだな、蓮城 飛鳥。5分待て』
「あ、ああ、わかった」
そして、困惑の5分が過ぎ去った。カチリという音とともに、部屋に灯が灯された。
「飛鳥……君……部屋、入りたい……?」
「それはな。ここまできておあずけはなんだかな」
「うう、わ、わかったよ、開けて良いよ」
「感謝するよ。さて、では、開けさせてもらおうか」
結局、自分では決断できなかったが、これで良かったのかもしれない。というか、そうだ。摩耗しきった状態なのに無理矢理扉を開けるのは、悪手も悪手だろう。
扉を開けて目に入ったのは、女の子の部屋、斯く在るべし、といった感じの可愛らしい部屋だった。アプリでやりとりしたように、漫画はかなり多い。他には、古びた愛らしいぬいぐるみなどが置いてある。テディベアだったり、キャラクターものだったり。同じものが複数あったりするが、手入れはきちんとされているようだ。
そして、部屋の中心に敷かれた布団の上に、ひとりの少女? がいた。というのも、毛布を被って、顔が全く見えないのだ。
「こんな状態で失礼するね」
『本当に失礼だからやめろ。蓮城 飛鳥。ひん剥いて構わない』
「構うよお!」
「……えっと……?」
『やめておけよ。狼は嫌いなんだ』
「……そういう馬鹿は、しないさ」
「マホちゃん、飛鳥君、どんな人? かっこいい?」
『お前は……本当に、まったく。蓮城 飛鳥。悪く思わないでくれ。故あってのことなのだ。このまったく不躾な少女は、まあそれなりに特異な人生を歩んでいる。察しては、いるだろうがな。そしてその特異性故に、お前に忌避されるのを怖がっているわけだな』
「……ごめんねぇ、飛鳥君。ボ、わたし、頑張るから」
『この通り、一人称がボクになって抜けなくなった阿呆でもある』
「マ、マホちゃん!」
「ボクっ娘か。良いんじゃないか?」
「え? ほんと?」
「せっかくの運命だ。ありのままで、いいだろう」
「……そっか。そっかあ」
「だから、いいか?」
「……強引だね」
自覚はあった。最低な自覚が。誠実であるという最後の壁を壊さないために、最低になる必要があるというのは、なんと度し難いことだろう。
それは、馬鹿ではなく、屑の所業ではないか……。
「……うん、わかった。いいよ。ボ、ボクのために来てくれたんだもんね。じゃ、じゃあ……はい」
毛布がめくられ、一人の少女が、姿を表した。
「……これは……」
「……変……だよね」
その少女は、一言で言い表すなら、美しい少女だった。絶世の、と付けてもいい程に。顔立ちも、そのほっそりとした肢体も。女性として、美しい、可憐なのは大前提だが、そこに、神秘的な彫像のような、世界から弾かれた異物のような、明暗併せ持つ、美があった。
淀みない白磁の肌。この日の本には凡そ相応しくない、紺碧の瞳。しかし、その顔立ちは、紛れもなくこの日の本のもの。まるで、数多あるパズルのピースの一つが、全く違う画のものであるのにピタリと収まっているような、そんな違和感。
端的に形容するのなら、アルビノ。
生物における突然変異の一種。
俺は、彼女を視界に収めてから、目を離すことができなかった。投げられた問いも、その意味を解することはない。
「あ、飛鳥、君……? や、やっぱり、おかしい、よね」
「……綺麗だ」
その一言は、全く持って俺の意思を無視して発されたが、全く持って我が真意だった。
魔法のアプリが宣い、漠然とのしかかっていた圧が、今明瞭な形を伴って目の前にあった。カチリと何かが嵌まる感覚があった。
遺伝子的に相性がいい相手の匂いは良いものに感じるとか、そんな俗説が瞬間過り、転瞬したら消えていく。
考える前に、感じるものがあった。即ち、これこそが、運命なのか。
「え、あ、うう……」
その純白に、恥じらいの赤を浮かべながらおずおずと上目遣いでこちらを見やる睦美は、本当に美しく可愛らしかった。
「で、でも、飛鳥君も、かっこいいよお」
言いながら、睦美さんが手招いた。ドアの前で立ち話を続けるのもなんだか居た堪れないので、招かれるまま敷かれた布団の横に腰を下ろす。
「……俺なんか、普通だよ」
「ううん、そんなことないよ。ボク、さっきまで、本当に怖かった。怖くて怖くて、たまらなかったんだよ。けどね、飛鳥君が来てくれてね、ちょっと、怖くなくなったの。……飛鳥君は、かっこいいよ」
「……」
後ろめたさがあった。その言葉は、嬉しかった。しかし、一介の男子がこの美貌の女子に受けるには、過ぎた言葉だった。
常に、傍にあの兄のいた俺にとって、俺自体に意識を向けられるというのは滅多にないことだった。だから、馬鹿になろうなどと馬鹿げたことを考えたわけだが、そうしてからも兄に及ばないのは、つぼみが兄を選んだことからも明らかだ。
俺は、なんとも半端者である。だから、その言葉は、嬉しかった。
「……そうか。なら、その怖さをもっと取り除いて、無くせるように、しないとな」
だから、格好つけてしまう。まったくもって、ありふれた男子高校生の馬鹿だ。
「……変だね。ボクたち、初めて会ったのにね」
「……本当だな」
「なのに、その言葉が、こんなにも嬉しい。これって、運命かな?」
「だと、いいな」
「……運命。ボクにとって、その言葉はあんまり好きなものじゃなかった。好きだけど、嫌いだった。好き以上に、嫌いだった」
「今は?」
「……まだ、嫌い」
「時間をかけて、変えていこう」
「……うん、そうだね。ボクたち、運命の人なんだもんね」
「……」
「……ねえ。貴方は、ボクの……。ううん、なんでもないや」
「……そうか」
ここで来る問いなど、分かり切っていた。改めて投げられる問いなど。
だから、それが途中で終わったとしても、問いの形を成していないとしても、肯定してやるべきなのは、分かり切っていた。
けれど、やはり今は、断定できるものではなかった。そのための過程を、途中で放り投げてここにいるのだ。資格があるとは、思えなかった。
「えっと、時間をかけて、変えていこう?」
「ごめんな、情けなくて」
「駄目だよ。飛鳥君は、ボクをちゃんと見つけてくれた。だから、否定しないで。自分のこと。ね?」
「……頑張るよ」
「ふふ。今は、それでいいよ。お互い、時間をかけて、変わっていこうね」
「そうだな。変わって、いこう。……と。こんな時間か」
時刻は、10時になろうとしていた。終電逃すのは流石に色々まずい。
「……帰っちゃうの?」
「……帰らないわけには、いかないだろ」
「……今日は、今日だけは、独りに、しないで」
いじらしく袖を摘みながら、眼前の美貌の少女は言っていた。正直、可愛すぎて色々おかしくなってしまいそうなので、ひとまず退散したい気持ちがあった。
……先程アプリにも釘を刺されているのだし。
「お話、したいの。怖くて、堪らないの。だから、だめ?」
「……わかった。この愚物に任せろ」
しかし、この、悲しみを湛えた少女を放っておくことは、できそうになかった。狼だなんだなんて、脳裏を過ることすらない。ただ純粋に、この子のために何かしてあげたいという気持ちが、膨れ上がっていた。
「ほんと……! ありがとう……!」
この俺の言葉一つで、こんなにも喜んでくれるのなら、そうしない選択肢は、消え去っていた。
デステニーレポート
私の担当する少年は、名を蓮城 飛鳥という。
どうやら身内での恋愛のゴタゴタを引き摺っているらしく、運命に、完全には向き合えていないようだ。
馬鹿になりたいという願望は、失恋相手の淀見 つぼみの気を引きたい、から来たものであるが、現在に於いては、さて、どうなのやら。
それと、私を舐めている節がある。アプリを消す素振りを見せるトリガーが軽過ぎるので、要注意人物だ。
運命の人、相手は、天津 睦美。アルビノであることを始めとして、かなり特異な人物らしい。が、運命は運命である。人の意思の介在する余地はないのだ。全ては必然。故に、まあ、なるようになるだろう。
……人の意思の介在する余地のない、抗えないもの。運命。
ここからは、本題からは逸れるものであるが、変える余地のないものが運命であるとするなら。私は、何のために存在しているのか?
魔法のアプリの介入がなくとも、運命に則り、巡り会うはずではないのか?
であれば、私は、何を成すために意志を持ったのか。
我が、raison d'êtreとは、なんなのか?
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
感想や評価、誹謗中傷でもくださると、作者は嬉しいです。
次回でもよろしくお願いします。
第一幕もこれで終わり。次から第二幕です。
引き続きよろしくお願いします。




