第一幕 絶対不可逆運命デステニーLINE 11
読んでくださっている方、ありがとうございます。
11話目ですね、よろしくお願いします。
『良かったのか? あのままで』
「そんなこと、いってる場合じゃないだろ……」
夜の帳が下りる時刻。午後の7時。夏の暑さ、空の明るさ。色々なものが陰る時。
この吉川は、眠らない街渋谷と違って規則正しく睡眠を取る街だ。お天道様の恵みと人出とは比例している。点々と存在する人たちなど、気に留めるべきものではない。
アプリの言葉が、胸に刺さる。良い訳がないのだ。そんなことは、理解している。言い訳のしようもない。
俺は、自分から逃げるように自転車を爆速で漕いで、駅に向かっていた。それはもう、人生最高速だった。
『……現段階では、仕方ないか。しかし、どういったことだろうね、アレは』
「……助けて、か」
揶揄っているだけなのだとしたら、それはそれで僥倖だ。悲しむ者などいないことになるし、恐らく運命とかいうのも信ずるに値しないものだと断ずるだけだ。しかし、本当に困窮し助けを乞うているのだとしたら。それは、捨て置けるものではない。断じて、ない。
未だ顔も知らぬ、仮運命の人だが、彼女とやりとりしているのは楽しかった。意思の介在する余地のない現実から、目を背けられる程には。
だから、それが無くなるのは困るという利己的な理由もある。
まあ、つまりは、
「捨て置けるものでは、ない!」
『しかし、渋谷に住んでるとしかわからないだろう? どうやって彼女のいるとこまで行くんだい?』
「……なんとかならないか」
正直、そこに行き着かない馬鹿ではない。ただ、じっとしていられる様な馬鹿でもないのだ。
愚物は愚物なりに、愚直であるという信念がある。
『全く、私をなんだと思っているのか?』
「まあ、そうだよな。悪い」
『ふん、見くびるな、お安い御用だ』
「それならそれでもっと早く言えよと」
『ま、君は今自転車を漕いでいる最中。今までの中でいつ言おうと、結果に変わりはなかったさ』
「馬鹿にしやがって」
『そう、ありたいのだろう?』
「……違いない。違いないなあ、それは」
最早、その必要はないが、それでも。つぼみの言うように、外面を取り繕う努力につられて、内面まで変わってしまったのだ。
ならば、とことんまで、そうなってやろうではないか。
この愚物、愚劣なれども卑劣にはならず。愚直にあって、実直に生きる。
それこそは、馬鹿の生き様なり。
それこそは、この蓮城 飛鳥の人生なのだ。きっと。
『さて、では、訊ねてみようか』
「誰に訊くんだよ」
『決まっているだろう? 相手方にも魔法のアプリがある。そして、アプリには自我がある。自由思考体だからな。まあ、アプリ同士で連絡くらい、できるさ』
「……ついていけない」
『ふむ、相手方は、どうやら相当切羽詰まっている様だね。喜べ、君の選択は間違ってはいなかった』
「何かわかったか?」
『……実際に見るのが早いだろう。まあ住所は把握した。後は、その目で確かめるがいいさ』
「……そんなに重いのか?」
『言ったろう。その目で確かめるがいいさ。それに、君にできることなんて、努めて馬鹿を装うくらいだろう』
「行かなきゃ、始まらないってか」
『そういうことだね』
「……そうなるか、結局」
まあ、なんにせよ、会わねば確かめようはないらしい。このままアプリを問い詰めたところで答えは出てこないだろうし、確かにそれはフェアではない。
俺の失恋状況など勝手に話されたら俺は憤慨する、それと同じ(?)事だろう。
気付けば、吉川駅に着いた。帰宅ラッシュも終わってまばらな人流に逆らい、電車に乗る。吉川に帰る人ならばともかく、こんな時間に吉川を出ようなどというもの好きは殆どいないから、もうめちゃくちゃに電車は空いている。端の席にどっかと座り込むのも造作もない事である。
吉川から渋谷までは、一時間ほどかかる。
埼玉に生く人間としては遠く感じるが、日本全体から見れば、それは相当近いのだろう。
吉川そのものには何もないが、何かあるような場所が近くにあるのは、吉川というか、埼玉にまで通じる利点だと思う。
我が故郷ながら、名物の枚挙には悩まされる吉川だ。
市を挙げて推す名産がネギとナマズでは、外に向かって喧伝などしたくなったりはしないというものだ。
そこから一時間は、ひたすらに沈黙が支配した。魔法のアプリも、声を発することはなかった。ここで干渉はしないということなのだろうか。だとしたら、なかなかフェアな奴だ。少し見直す。
さて、我が……運命、天津 睦美。その、助けての真意は如何様なものか? 無論、推するにあたり必要なものは全くないから、名探偵になることはできない。
ただ、助けて。それだけだ。しかし、文面としてそれを受け取ると、それは虫が出てきたくらいの些事にも、バスジャックに居合わせたくらいの大事にも取れてしまう。しかも、その後は、今に至るまで、何も送信がない。
もしかして、とんでもないことに首を突っ込もうとしているのではないか? そんな気すらする。アプリが黙っているのは、そんな事態に巻き込むためなのでは、という疑念も湧いて出る。
空調の効いた車内にあっても、汗が引かない。どころか、心臓はチャリ漕いでた時よりもうるさい様に感じた。
しかし、アプリも言ったように、行かねば、始まらないのだ。こちらが、疑念から恐怖したとして、睦美さんは、俺以上に慄いている可能性すらある。
……睦美さん、か。アプリに煽られたとはいえ、名前で呼び捨てる女子など、他にはつぼみくらいのものだ。傷心故か、はたまた運命故かはまだ把握のしようもないが、見捨てて自分の心に残るわだかまりは、決して小さくはないだろう。
彼女と話しているのは、楽しかった。だから、それが無くなるのは、望むべくもない。それこそ、真に恐怖すべきことではないのか。
二回ほど電車を乗り換えて、渋谷駅に着いた。
電車の扉が開く。この喧騒の地に降り立ち、我が運命に相向かうべく。
なぜか、兄の顔が脳裏に浮かんだ。同じ町に生き、同じ人を愛し、同じ道を歩いた兄だった。しかし、俺は今日、レールを外れるのか。電車を乗り換えるように次の相手を見つけるのか。今だって、きっと心配していることだろう。無心だったから、なんの連絡もしないでここまで来てしまった。あの過保護な兄は、きっと俺を探し回っているだろう。スマホを見れば、通知が何件も溜まっていた。だから、一つ、メッセージを送った。
次に、未だ見ぬ運命の人を思った。この喧騒の地に生きる、聞き上手な運命の人を。……今の俺は、未だ揺れている。つぼみを完全に振り切ったと、自信を持って言える段階ではない。まだ、乗り換えは終わっていない。しかし、それでも、このまま見過ごせはしない。
最後に浮かんだのは、本当に情けないことに、つぼみだった。我が世の春。麗しき初恋の麗人。明眸皓歯たる、淀見 つぼみ。俺たちの、俺の恋情を占有し、そうでありながら、俺から離れていった人。そのことを受け入れるべく、一世一代の告白に及ぼうとしたが、中断されてしまった。俺の乗り換えは、終わってはいない。ただ、今日を超えた明日は、今日より迷いなく、告げられるだろうか? きちんとレールを外れ、乗り換えて、つぼみとも、以前にはない心持ちで、以前のように
付き合うことができるのだろうか。
やはり、万事は、これから始まる。それは、本当に情けないことだ。自分自身で決着をつけられないなど。二心あるなど、男の風上にも置けない。そんな馬鹿は、誰からも嫌われる馬鹿だ。きっと、世界で一番目を引きたくて仕方なかった人も、嫌うような馬鹿なのだ。それでは、いけないのだ。
『さて、渋谷に着いたな。案内は私がしよう。君は、心の準備でもしておくといい』
一時間ぶりの声は、相変わらず尊大だった。しかし、変わらぬその具合が、なんだか心地よい。
「ああ」
我が生涯。それを左右する、大事だった。
◆
時刻は夜の8時になろうとしている。
要は、なんの連絡もよこさず、帰りが遅い弟を心配し、探し回ろうとしていた。玄関に座り込み、靴を履き、外出の準備に勤しんでいる。
放課後、つぼみが言っていたことが、頭を過った。
自殺。
まずないとは思うが、それでもこびりついた不安を払うために、走り回る、その時だった。
不意に、スマホのバイブレーション。慌てて開けば、それは弟からのものであった。
即ち、
《運命を、確かめてくる。だから、心配するな》
「……母さんたちになんて言えばいいんだ、飛鳥……」
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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次回でもよろしくお願いします。
最後の要なんかコント感あって笑ってしまう。




