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馬鹿みたいに恋がしたい  作者: 川面月夜
第九幕 無要運命ダストLINE
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第九幕 無要運命ダストLINE 1

ここから九幕です、よろしくお願いします。

 弟らは、困難を抱えながらも着実に前に踏み出しつつある。

 ジャイアントステップの最中にある弟に対して、俺はどうか?


 二兎を追い三兎を得る怪物と称されるが、実際のところ、兎など得たことはあるのか。


 付き合っているはずのつぼみが、まるで舞い落ちる木の葉のように思えた。ひらひらとして、切り込むことを許されない。


 が、それでも俺はつぼみが好きだった。

 そんなつぼみをも好きだった。



 ダブルデート、翌日のことだ。

 つぼみが体調を崩したという連絡が入った。

 体温は七度後半と、そこまで重症ではなさそうだが、捨て置くわけにはいかない。


 淀見家の両親は共働きであり、つぼみはそんな彼らの愛する一人娘である。

 仕事には行かねばならないが、娘のことは心配。そんな中、看病役を買って出たのだ。


 長い付き合いということもあって、俺ならと娘を預け、淀見家の両親は仕事に出ていった。


 今は、つぼみのベッドで昼食のお粥を彼女の腹中に流し込み、熱冷まシートを貼り替えているところだ。女の子っぽい内装は昔から変わらず、これで結構少女趣味なのは、いつも挑発的な笑みを浮かべる彼女にしては意外に思う者が多いかもしれないが、俺、というか俺たちは知っている。あれで存外繊細な部分もある。


 昔日記に悪戯をされた時に、怒髪天を衝くが如き鬼の形相でその男子に平手を見舞ったのを皮切りに、一線を超えた時にはそれなりに激情を覗かせることもあるのだ。


 チラリと寝巻きから覗く胸元に目がいってしまうが、それくらいは許してほしい。

普段は一歩引いて掴みどころのないつぼみが弱っているのはどことなく新鮮な気持ちになる。

 あんまり体調を崩さないつぼみだから心配もひとしおだ。


「う、ん……ごめんね、なんのお構いもできませんで」

「気にするな。電車で風邪を貰ったのなら、誰がひいてもおかしくはなかったよ」

「そう……だね、飛鳥は?」

「至って元気だ。睦美さんも異常ないらしい」

「そっか、そっか。なら、まあ良かった」

「良くはないな」

「……それも、そうねえ」


 ケホケホと咳き込みながら、力無くつぼみは笑った。


「今タオル持ってくるから、身体は拭けるか?」

「……それくらいなら、なんとか」


 漫画だったらここで俺が拭くイベントに発展したりするのだろうが、リアルでそんなことはない。飛鳥たちならそうなるのかもしれないが、少なくとも俺のリアルにそんなイベントはなさそうだった。


「わかった。拭いてる間に何か買ってくる。プリンとかでいいか?」

「……クリームが乗ってるやつ」

「……わかった。他には?」

「……抹茶味がいい……」

「いやプリンの要望でなく」


 基本的には淀見家に取り揃えてあるので、とりあえずプリン。生クリーム付きの抹茶プリンだけ買うことになった。

 濡れタオルを用意してつぼみに手渡す。


 弱ったつぼみを改めてみてみると、どことなく扇情的でドキッとする。無論、だからどうとかいうことはないが。


「じゃ、行ってくる。すぐ戻るよ」

「うん……ごめんね」



 プリンを買って、つぼみの部屋に戻る。何度経験しても、部屋を開ける時になんだかソワソワするのは流石に慣れるべきか。


 とにかく、ドアを開ける。


「要望通りクリームが乗った抹茶プリン、買ってきたけど」


 開けながら放ったその言葉に、返答はなかった。

 代わりに、スースーと寝息が聞こえる。

 キチンと畳まれた濡れタオルが桶の縁にかけられていて、几帳面な一面を見せていた。


 まるで何も憂うことなどないというように無防備な寝顔は、普段はあまり見せない少女じみた無垢なもので、やっぱりどうしてもソワソワしてしまう。


 規則正しい呼吸に上下する胸元に目を引かれかけ、自制する。


「起こすのも悪いか」


 プリンを一階の冷蔵庫に入れてから、また部屋に入る。

 掛け布団を整えてやってから、手持ち無沙汰になって本棚の漫画本を手に取る。


 つぼみの本の趣味は割と手広く、自己啓発本みたいなのから少年漫画まで取り揃えてある。当然俺の手は漫画に伸びた。


 二時間ほど漫画を読み耽っていると、次第にそれにも疲れてくる。

 つぼみはまだ寝ているようだし、話し相手もいない。


 読み終えた漫画本を本棚に戻しながら、何をして時間を潰そうか考えていると、学習机の棚に並べられた日記帳に目を引かれた。


 つぼみは、昔から日記を欠かさずつけているらしい。その中身を見たことはないが、その入れ込みようは昔日記に悪戯された時の怒りっぷりからも明らかで、それは今に至っても変わらないようだ。


 ……いや、駄目だろ。


 日記帳から目が離せなくなっているのを自覚して、ハッとなる。

 ……たしかに、そこに記された内容は気になる。

 だからといって、いくら恋人だとて日記を勝手に覗くのはマナー違反だろう。


 などと考えていたところ、「んん」と声を漏らしながら、つぼみが寝返りを打った。


 なんだか律されているようで心臓が跳ねた。

 いや、見ようとはしてない、断じてしてない。


 日記から目を離そうとした時、


「飛鳥……」


 ムゴムゴとはっきりしないながらも、つぼみがそう口にした。


 ……なぜ、俺ではないのか。

 寝言一つでこんなことを考えるのは馬鹿らしいとわかってはいるのだが、恋人らしいことをあまりしていないのもあって気にかかってしまう。


 ……飛鳥。俺やつぼみにとってあまりにも近過ぎた存在。今は少しばかり離れているとはいえ、大きな存在であるのに変わりはない。


 だから、あいつが、夢に出てくることなど、おかしなことではない。なのに。


 ……なぜ、俺ではないのか。


 危うく日記帳に伸びそうになる手を抑え、その一念を振り払うように首を横に振り冷蔵庫からプリンを持ってきた。


「ほら、プリン買ってきたぞ。抹茶味でクリーム付き」

「あ、ううん……あ、プリンプリン……て、結構寝ちゃってたんだ、起こしてくれてよかったのに」

「そういうわけにもいかないだろ」

「いくよ、プリンがかかってる」


 起き抜けに、しどけなく乱れた髪を手櫛でちょっと整えてから、美味しそうにプリンを頬張るつぼみを見て、訊ねた。


「なんの夢見てたんだ?」

「え、寝言言ってた? うわ、忘れてよそんなの」

「はは、だいぶ愉快な夢をみていたらしいからな」

「もう」

 

 ……俺は、ちゃんと笑えているだろうか。

 自分すら疑わしく感じられてきて、そんな疑いを追いやるために、また、首を振った。

読んでくださった方、本当にありがとうございます。

感想や評価、誹謗中傷でもくださると、作者は嬉しいです。

次回でもよろしくお願いします。


日記の下りは前にちょっと触れてましたが、もっとちゃんと扱っておくべきでしたね……。

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