第八幕 無要運命デートor LINE 13
八幕十三話です、よろしくお願いします。
「うわぁ、可愛い、可愛いねえ飛鳥君!」
「これは、認めざるを得ないな」
よしよしよしよし、可愛いですねぇ、と、胸にウサギを抱き寄せるのは、白ウサギみたいに真っ白な美貌をこれ以上なく破顔させる睦美さんだった。
所謂おまかわ的なシチュではあるが、ウサギの可愛さは人のそれと競合するものではない。
胡座の上にちょこんと収まるウサギを見ていると、心が安らぐ。撫でる手が止まらない。
睦美さんの胸に収まるウサギは大変羨ましいものだが、ウサギに嫉妬するほど狭量ではないし、なにより単純にウサギ可愛い。
今、俺たちは室内の動物ふれあいコーナーにいる。ウサギやヒヨコ、モルモットと直に触れ合えるというので来てみたが、いや、想像以上に可愛い。昔来た時は遊園地にしか興味を示さず、動物園エリアはホワイトタイガー以外眼中になかった男の子だったが、なんと視野の狭いクソガキであったろう。こんなにフワフワと愛らしいのであれば、前々から赴くべきだった。
睦美さんの可愛さと競合どころか相乗効果を見せるその白い塊は、クリクリとした両目をこちらに向けて不思議そうに首を傾げている。
まるで自分の愛らしさを自覚しているかのような挙動だ。可愛さとは、正義でなく罪であった。
「むぅ」
あんまりウサギを愛でているものだから嫉妬したのか、睦美さんが頬をぷっくり膨らませて屈んでからこちらに寄ってくる。
「ボクのことも見てよ」
「ウサギに嫉妬するのか」
「だってデートだよ?」
「……たしかに」
返す言葉もない正論だった。
本来、すべてのものは睦美さんの引き立て役であるべきなのだ。デートなのだから。
「そこはボクの席なんだぞー」
まあ、かくいう睦美さんとてウサギに夢中なのは変わらないわけだが。
睦美さんも同じように座り込んで脚の上にウサギを乗せてから、優しく、俺の胡座に収まるウサギを撫でた。……ちょっと変な気分になるが、そこは鉄の理性で押さえ込む。
すると、ピョン、と睦美さんに乗っていたウサギが跳ねて他の客の元に向かってしまった。
よそ見をする者に興味はないらしい。
「ああ……」
あからさまに落ち込みながら、依然手はこちらのウサギを撫でていた。
「動物は気まぐれなものだからな」
「知ったふうなことを」
「まったくの無知ではないさ」
昔のことではあるが、淀見家では犬を飼っていだことがあった。茶色いチワワで、とても気分屋だったのを覚えている。チョコという名のそのチワワとはよく遊んだもので、老衰でこの世を去った時は、馬鹿であることを忘れて俺まで泣いたものだった。
まあ、それを話して空気を重くする必要はない。睦美さんも察しているのか、詮索することはなかった。
それでも思い返すと少し感傷に浸ってしまう。そんな俺の機微までも悟っているように、睦美さんが頭をこちらに傾けた。
「飛鳥君の手、空いてるね」
「そうだな」
今は、睦美さんがそばに居るのだ。
心に小さくとも穴が空けば、優しくそこを埋めてくれる睦美さんが。
いつも俺のことを気遣ってくれるその頭を撫でる。サラサラと流麗な黄金の長髪はふわりと良い匂いを漂わせる。
それでいい、と言うように双眸を閉ざし、されるがままに頭をこちらに預けている。髪は女の命であるという。今更ながら信頼されているのだなあと自覚する。背かないようにしなければ。
「ねえ、飛鳥君。飛鳥君は、ボクのこと、見てるよね?」
「今更つぼみと二人になったからとて目移りなんてしないよ」
「そう、だよね。ボクも、飛鳥君のこと見てるから」
そう言って、目が合った。吸い込まれそうになる紺碧の瞳がこちらを射抜いている。
ウサギを撫でる睦美さんの手。睦美さんを撫でる俺の手。いずれも時が止まったように硬直し、ウサギが首を傾げた。
そんなウサギに目もくれず(この場をなんだと思っているのか)、二人の唇は……と。
ここで我に帰った。脇目は振らずとも、触覚は生きている。さっき去ったウサギが、睦美さんに背後から飛び掛かったのだ。
そうして、俺たちは唇でなくそのおでこでキスをして、二人して頭を抱えた。
「や、やったなあ!」
照れ隠しも兼ねてか、キックをかまして嘲笑うように逃げるウサギにプンスコ怒っている。
そんな睦美さんを見て、俺の脚に乗ったウサギがまた首を傾げ、俺はそのウサギを撫でた。
◆
「あー、可愛かったねえ」
「そうだな……また来たい」
去り際の、こちらをジッと見るウサギは何を考えていたのだろう。少しばかりは、俺の胡座を名残惜しく思ってくれたのだろうか。
そうだと素敵だな、と思った。
室内から出ると、空がだいぶ暗くなっている。どうやらかなり長いことウサギと戯れていたようだ。ヒヨコやモルモットもいたはずなのだが、俺たちはウサギに夢中だった。というか、胡座の上に居座ったあのウサギをどかすことがどうしてもできなかった。一度脇に置いてもすぐに戻ってきたのだ。その時俺はここから離れられないことを確信した。
時計を見て泣く泣くふれあいコーナーを後にしたのだ。
「さて、そろそろ合流するか」
「そうだね、少し余裕はあるけど、アトラクションに乗るほどじゃないか」
空が暗くなり、それに伴って気温も下がってきた。
まわりの恋人たちと同じように、俺たちもさっきまでより距離が近い。暗くなって日傘を差さなくなったから、というのも大きいが。
近くにあったベンチに腰を下ろすと、むぎゅ、と効果音がつけられるほど、俺の腕を小さくない胸に寄せ、頬擦りするように睦美さんの顔が添えられた。
「ずっと、こうしてればよかった」
それは、こうしていれば顔が隠れるから目立つこともなかったのにね、みたいなことだろうか。自分の容姿について自覚して立ち回っているのも睦美さんらしいといえば、らしいのか。
「そうだな。やっぱり、兄さんになんて預けるんじゃなかったな」
「そうだよ、よそ見しちゃダメなんだから」
「お互いさまじゃないのか、それは?」
「もっと飛鳥君のこと好きになったから、それでいいの」
「何かあったのか?」
「えっとね、いや、特に何もないんだけど。当たり前だけど、お兄さんと飛鳥君は違うから。違うなあ、って思うと、好きだなあ、ってなる」
「そ、そうか」
睦美さんが、照れて顔を背ける俺を見て少し得意げになる。睦美さんとて恥ずかしがっているのに。肉を切らせて骨を断つ、的なやつだ。
「飛鳥君は、なんかあったの?」
「……あんなんだけど、大事な友達なんだってのを再確認した。振り回されてばかりだけど、それはあいつなりの気遣いでもあるんだって、改めて思ったよ」
「ずっと、一緒だったんだもんね」
「そうだな」
産まれた日からずっと一緒に育ってきたのだ。必然的に、いろいろなことを積み重ねてきた。
恋をしたし、喧嘩もしたし、語らって笑った。
産まれた日から、そうだった。
そのことを話すと誕生日の話に派生してサプライズが台無しになってしまうかもしれないから言葉にはしないが。聡い睦美さんだ。隠蔽には特別気を遣わないといけない。
「……そっか。ずっと、一緒、か」
「無論、これから、というか付き合ってからは以前ほどは一緒にはいないが」
「あ、うん……ごめんね」
「その辺はつぼみもわかってるから気にするな」
「うん、ありがと……なら、ずっと一緒にいるために、ボクも頑張らないとね」
「楽しみにしてるよ」
この時は、その言葉の意味をあんまり深いこと考えてはいなかった。だから、さして追求することもなかった。
「うん」
そうして、合流するまでの間、二人でずっと話し込んでいた。
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