第八幕 無要運命デートor LINE 10
八幕十話ですね、よろしくお願いします。
運命。その言葉に囚われない恋情を抱いたと自負している。
それすらも運命の掌の上だと言うなら反論のしようもないけど、ボクは信じている。
けど、今のこの状況は、なにやら運命的なものを感じざるを得ない。少しばかりボタンを違えた、いわば運命の悪戯、としてだけど。
傍らに伴う男子蓮城は、ボクの恋情を掻っ攫ってやまない蓮城君その人ではない。
その兄に当たる、蓮城要お兄さん。
なんと、飛鳥君のお兄さんだ。
飛鳥君曰く、二兎を追い、三兎を得る怪物。石を投げれば鳥の方から当たりに来るような尋常ならざるチートの権化である。
が、少しばかりではあるけど接してきてわかるのは、インターハイ優勝とか全国模試一位とかの現実味のない実績に程遠いような気やすさだった。
お兄さんの弟の可愛がり方はなかなかすごいものがある。だから、弟の彼女であるボクにいい顔をしておくのはまあ道理かもしれないが、どうやらそれが理由でもないらしい。人当たりの良さは誰にでも振りまかれるもののようだ。それで勘違いを生む罪な男である。
インハイ優勝模試一位。加えて頭抜けた美貌のお兄さんは、動物園を歩くだけで多くの視線を集める。猫の前で猫じゃらしを振るように、彼氏を伴ってこの場に来た女子の視線すら釘付けにして離さないのだ。
まさしく、お兄さんにとってはそこらの女子は子猫ちゃんといったところなのだろう。おかげでボクは居た堪れないけど。日傘をいつもより三十度も傾けている。
そんなボクに、当然のように向けられるのは羨望とか嫉妬とかの眼差しだ。
……男の子は男の子でボクに違った視線をぶつけてはくるが、それがアルビノゆえか、ボクの容姿ゆえかはわからない。……いやアルビノも容姿の内かもしれないけどそうではなく。自慢ではないが、ボクも華月と対にして同一の存在なのだ。容姿に優れていないと言うと天罰が下るだろう。
居た堪れないなあ、と日傘を握るボクへの視線を千々に散らしたのは、無論他ならぬお兄さんであり、なんと彼は視線を送る人皆々にさりげなく構わないように訴えた。
即ち、一つ困ったようにはにかんだのだ。それだけで、視線は視線以上の意味を無くした。
結果には原因があり、そこには因果関係がある。が、ボクにはその説明はつかなかった。
結果としてあるのは、ただボクたちに不必要な視線を向ける人が少なくなったということだ。
「悪いね、でも睦美さんのせいでもあると思うよ」
そんな風に苦笑しながら軽口を叩く姿は、どこか天上の人のようなスペックを誇る癖に壁を感じさせない。
これも才能か。ボクもいろんな人を見てきたが、こんな傑物はその中にはいなかった。これでは、この兄に対抗するためには愚物に身を落とす以外になかったのだろうなあ、と飛鳥君に同情してしまう。
「さ、行こうか」
言って、お兄さんはマスクと眼鏡を取り出した。まあたしかに変装は必要だろう。行く先々であのようなことをしていてはキリがない。
ボクも日傘の傾きを維持しながら動物園エリアを回っていく。
甲斐あって騒ぎになることはもうなく、至って普通に動物たちを眺めることができた。
ボクは動物はそれなりに好きだ。先立たれてしまうのが嫌で飼うことはなかったけど、可愛い動物の動画に癒されることもあるし、街でワンちゃんに遭遇すれば手を振ったりもする。
だから、動物園も楽しい。
傍らにいるのが飛鳥君であればもっと楽しいと思うのだけど、そんなことを考えると罰が当たるだろうか。いや、彼氏は。というかボクが好きなのは飛鳥君なのだから仕方ないじゃないか、うん。
と、思索にふけるうちに、猿山に辿り着いた。
「あ、お猿さん」
「猿山を見ると生徒会を思い出す」
「……ええ?」
「厳正な規律の上に成り立つ集団、って意味でね」
「……うん?」
「ピンとこないか。うん、俺も言ってて違うなって思ってきた」
はは、と笑うお兄さんを見ていると、ちょっとずつではあるけど為人の理解が進む。
彼もまた、内面においては普通の男の子なのだろう。成し遂げたことごとが凄すぎるというだけで、内面を紐解いていけばなんてことはないただの男子高校生なのだろう。
そういう意味では、少しシンパシーを覚える。
きっと、特別なように見える人だって、接してみれば割と普通に普通なのだ。
「あ」
お兄さんが間抜けな声を漏らした。一体なんぞやと視線の方に目を向けると、「あ」、とボクも抜けた声が出た。
そして、頬が赤くなるのを感じる。
うん、猿が交尾している。
「これは見ていては野暮というものかな……? 睦美さん?」
あんまり眺めるものではないのはわかる。指を指して笑う男の子の声が遠く聞こえるが、猿たちにしてみれば見せ物ではないぞと怒りたくもなるだろう。
けど、ボクは視線を離せずにいた。頬が赤らんでいるのがわかる。けど、それでも。
……交尾。まぐわい。……セッ……んん。言語化はさておきだ、先週それに及ぼうとして盛大に失敗したボクだから、恥じらいとか。……憧れとかあって、目が離せなかったのだと思う。
「……あんまりいい趣味とは言えないな?」
「あ! わ! ち、ちが、違うんです違うんです! い、行きましょう」
お兄さんの言葉でようやく視線を外したボクは、猿山に背を向け行き先もわからずに歩き出した。
笑うお兄さんにムカつきながら当て所なく歩いた先にあったのは、スナック売り場だった。
「困らせちゃったし奢るよ、何がいい?」
「……じゃあジェラート貰えますか」
「わかった」
そうしてお兄さんがバニラとストロベリーのジェラートを一つずつ手に取って戻ってくる。少し悩んで、ストロベリーを貰う。女の子はスウィーツに弱いのだ。そういうことにして現実逃避したいだけかもしれないが。
「んー! 美味しいです」
「それはよかった」
ジェラートは実際美味で(まずいジェラートの想像ができないけど)、恥ずかしさを少しばかり和らげてくれた。
道の脇に避けてジェラートを舐めていると、お兄さんがふと訊いてくる。
「なあ、飛鳥は、どうだ? なんか睦美さんを怒らせるようなことはしてないか?」
「ええ、大丈夫ですよ。寧ろ世話になりっぱなしで、どうやって恩を返せばいいのか考えてるくらいです」
この言葉を聞いて、目をまんまるくしながらお兄さんは驚いた。
「いや、あれはやる時はやるやつだと思うが……」
やる時があったのか、と。言外にそう語っている。
「見事にやってくれましたよ」
「そっか。なら、いいんだ。やっぱり、それが関係が進展した理由なのか? あ、詳細は言わなくていいよ」
「……そうですね、それがなくてもいずれは、とは思いますけど、こんなに早くそうなったのは、やっぱりそういうことだと思います」
そう、なる。
失敗に終わりはしたが、関係値的にはもうそこまで進んでいる。ただ、ボクがしくじっただけなのだ。
しかし、だ。
お兄さんとつぼみさんはどうなのだろう。いまだにキスすらしていないのだという。
なんでだろう。
ボクは、飛鳥君と触れ合いたくてたまらない。キスだってしたいし、いっぱい抱きしめてもらいたいし、その先にだって行ってもいい、というか行きたい。
それは、普通のことではないのか。付き合って少し経てば、自然とそういう風に進んでいくものではないのか。
なのに、この二人はそうなっていないのだという。
お兄さんは良い人だ。背も高くてかっこいい。話を聞くに感情の機微に疎いようなきらいこそあるが、それでも魅力的な人だと思う。
そんなお兄さんは、つぼみさんとそんな風に関係を進めることを普通に望んでいる。なら、それを先送りにし続けるつぼみさんはどんなふうに考えているのだろう。
……華月のことがあるから、どのような顔をして口を挟めばいいかわからなくて何を言うこともなかったけど、それは大きな疑問だった。
たとえその恋の行方がどこに向かうものだとしても、お兄さんは本気でつぼみさんに好意を持っている。
なら、力になってあげたいとは思うのだけど……。お兄さんの参考になるような答えを、ボクは持っていなかった。
「そうだよなあ」
お兄さんがしょんぼり頷いた。
さっきまでとちがう意味で居た堪れない。
気晴らしとばかりに動物たちに目を向けさせてみるけど、どうにも気が乗っていないようだった。
ペンギンやレッサーパンダにボクがメロメロになっている間も、お兄さんは乗り切れていない。
「……今度はボクが何か奢りますよ。力になれなかったみたいだし」
歩き回っているうちにカフェの前に行き着いたので提案してみる。
すると予想通り、いや大丈夫だよと断られたが、三度四度と押していくとようやく折れてくれる。
そうして、カフェに入ったボクの視界に飛び込んできたのは、まったくもっての予想外だった。
大量のドリンクを前にお腹をさすりながらもあきらめの意思を見せない不屈の少女は、なんとボクと同じ背丈とスタイルをしていて、肌と髪は反対に黒く、神秘的な美しさを存分にはなっている。
即ち、だ。
「か、華月……!?」
「……おや。なんとも、奇遇ですね……」
うぷ、と口元を押さえながら、ボクの片割れはこちらを見ていた。
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