第八幕 無要運命デートor LINE 9
八幕九話ですね、よろしくお願いします。
「……なあ、これ意味あるのか」
「なに、私が信用できない?」
「できないな」
「あら、ひどいんだ」
俺は動物園エリアに向かう睦美さんたちを見送りながら、俺は横でクスクス笑うつぼみに訊ねた。
なぜ、つぼみが相手を代えて周ろうなどと言い出したのか。
そも、このダブルデートの発端はつぼみで、つぼみがなぜそのようなことに思い至ったかというのは、おそらく俺と睦美さんを先へ進めるための何かを探す為、のはずだ。
自分たち以外のカップルに触れ、そのカップルがどのように仲を深め、関係を進めていったかの話を聞くというのは、なるほど最も手っ取り早く、かつ効果的な話だろう。睦美さんの置かれた状況が特殊であることを踏まえても、決して無駄にはならないことだ。……この、つぼみカップル以外となら。
「あんまり言いたくないが、お前たちは、その」
「うん、キスもまだね」
カラッとした笑みを浮かべながら、なんの臆面もなく言い放つつぼみだった。
それで何を学べというのだろう……?
「ま、反面教師にでもすればいいよ。それに、これは私たちにとっても意味があることだから」
反面教師にするどころか、あの完璧超人クソイケメンの兄と彼女を一緒にするなどエロ漫画の導入みたいな展開でしかないのだから、本来なら気が気でない、というか了承するはずのないシチュなのだ。
睦美さんも兄も、二心持つことなどできるタイプではないから心配はないけど。
だから、今気になるのは、そこではなく。
「……なあ、ほんとうに」
「ほら。せっかくだから、何か遊びましょう」
「……ああ」
つぼみに手を引かれて行き着いた先は、所謂バイキングというやつだった。
絶叫系の括りに入りはするのだろうが、この程度なら気にするものでもないようだ。つぼみもレジーナの時の怯えはない。
ジェットコースターに比べれば列も短く、十分程で列の最前列まで行けそうだ。
……話すには、十分な時間ではある。
列に付くと、つぼみが掴んでいた俺の手首を離し、こちらに向き直る。
すると、列の後ろの方から、「あの子綺麗」「男の方は冴えないのに」などと宣うのが聞こえる。いろんな意味でうるせえよと怒鳴ってやりたいところだったが、まあ気にすることでもない。俺のオアシスは、今はこの場を離れているとはいえ、すぐそばにある。何を言われたとてもどこ吹く風……と、聞き流す。つもり、だったのだが。
いきなり、つぼみが俺の腕を胸に寄せた。そのまま後ろで陰口を叩いていた人に向かって、
「何も知らないのに勝手なことを言わないで欲しいな」
などと冷たく言う。何をしてるんだ、何言ってるんだ。そんな口を挟む前に、後ろに並んでいた件の女の人たちが舌打ちしながら列から出ていった。
なんで腕組むの? とか訊く前にパッと腕を元の位置に押し戻される。
いろいろ発するべきだった言葉とタイミングを逃した口が、ようやく意識した通りに動いてくれる。
「あんなの別に気にすることないだろ」
「そうね。でも、ムカつくじゃない」
「言わせておけばいいんだ、あんなのは」
つぼみは溜め息を吐くと、
「飛鳥はちゃんとすれば普通にかっこいいんだから。もっとしゃんとしないと、迷惑かかるのは睦美さんなんだよ」
……そう言われると弱い。たしかに、一理以上にある話だ。
睦美さんは、俺に悪口を言う人に対してどんな反応をするのだろう。怒るだろうか、悲しむだろうか。いずれにしても、そんな思いはさせたくない。
「……そうだな。その通りだ」
その点については、返す言葉を持ち合わせていない。
が、しかしだ。
眼前の美貌の女子は、我が兄をどう思っているのだろう。
……たしかに、俺と睦美さんはアクシデントに中断されたとはいえ、体を重ねる直前にまで至ったわけだ。そんな俺たちに倣って自分たちの標としたいというのは理屈としてはわかるのだ。それは、俺たちが彼女らに学ぶのと同じことだから。
しかし、そう言うつぼみに、果たして兄と仲を深める意思があるのか?
何を考えているのかなどわからないのが常なつぼみであるが、それすらもわからないというのはやはりおかしいのではないか。
「なあ。お前は兄さんのこと……」
「そうね、ちょっと意地悪しちゃいたくなるのよ、要可愛いから」
「……災難だな」
蠱惑的な笑みを浮かべるつぼみは、はたからみれば美しいものだが、隣に置くにはどうにも度し難い。
華月のことも含めて、二人の関係にあまり口を出すつもりはないのだが、流石にこれでは言いたくもなる。
とはいえ、魔性であっても悪性ではないのがこのつぼみの質の悪いところなのだ。
なるようになる。そんな諦念を持って接するのが正解だろう。
兄には、合掌だが。
「まあ、それもまた運命ね」
「……惚れた弱みとかいうのはほんとに度し難いものだな」
呆れを吐き出しながら呟いた。
俺とてかつてはこの女に惚れた身だ。気持ちがわからないとは言えないのが、なんとも滑稽に思える。
「実感こもってるね」
「……うるさいな」
と、そんなことを話している間に、列の最前列に到達する。
「さ、乗りましょうか」
「ああ」
そうして乗り込んだアトラクション自体は、うん、想定よりは怖かったが、それでもやはりダウンするほどのものではなかった。
アトラクションから降り、また地に足をつけると、
「次はどうしようかなあ」
形の良い顎に手を添えて、鼻歌混じりのつぼみが言った。
「うーん、あ、コーヒーカップ!」
「だめに決まってるだろあれは覚えてるぞ、お前が全力で回したせいで昔の俺は吐いたんだぞ!」
ジェットコースターなんかよりよほど身震いする体験だったからか、コーヒーカップの名を聞いた瞬間に記憶が恐怖を連れてやってきた。
三半規管においても常人を凌駕する兄すらしばらく目を回したあの所業は、忘れるわけがなかった。脳が記憶を拒否したとしても、この体に染み付く悍ましき経験は雪げはしない。
つぼみ自身もトイレで嘔吐し目を回たくせに、ダウンする俺たちを指差して笑っていたあの光景がフラッシュバックした。
うん、絶対にない。あり得ない。
「えー、何なら良いの」
「俺が拒否するって相当なことだと理解してくれ」
「ふふ、そうかもね」
「なんでそんなに楽しげなんだ」
「いや、だって飛鳥と遊ぶのって久しぶりなんだもの。前まではあんなに一緒だったのに。だからかな」
「……そうだな、それは、そうだ」
「なら」
「それでもコーヒーカップは無しだ、あれだけはダメだ」
「えー、ケチ」
「どうしてもやりたいなら後で兄さんを回せ」
「飛鳥が目を回してる方が面白いのに」
「人を玩具にするのに体張りすぎだろ、とにかく嫌だ」
「まったく、意固地なんだから」
仕方ないなあ、というようにつぼみが肩をすくめる。なんで俺がわがままを通したみたいにしてるんだろう。
頭の横でくるくる指を回しながら、つぼみが適当にアトラクションを挙げていく。
「アヒルボート」
「さすがに変則ペアで乗るもんじゃない」
「じゃあ、観覧車?」
「さっき以上に乗るもんじゃないしそれは締めだろ」
「ふむ。仕方ない。歩きながら探しましょうか」
「……それが妥協点か」
事前にアトラクションの情報は頭に入れてあるが、実物を見て初めてわかることもある。足を使って探すしかないようだ。
「じゃ、行きましょうか」
また、鼻歌を交えながらつぼみが歩き出した。
なんとも楽しげに。
……なんのかんの、思うことはあるけど。
このつぼみは無二の友である。それは、何があっても変わらないのだ。ある意味では睦美さん以上に気兼ねなく接することができる存在なのだ。
俺もまた、溜め息を吐きながら、つぼみについていく。
……悔しいが、楽しい。そう思っている俺がいる。
無論、浮気とかではないけど。
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