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クリスマスの過ごし方

作者: 真柴理桜

 窓の外はイルミネーションに彩られ、様々な色合いの光に溢れていた。

 流れる音楽はオルゴールの音色が(つづ)るジングルベル。

 TVやネット、雑誌などは『週末はどこに!?オススメクリスマススポット!!』『今年のクリスマス!どう過ごす!?』なんて特集ばかり。


(クリスマス?仕事してますが何か!?)


 手にしたペンをへし折りそうな勢いで握りしめ、蓮根 葵沙(はすね きさ)の口から漏れたのはため息だ。

 クリスマスが週末で土日と被るからとはいえ休みなのは公務員か一般企業なサラリーマンのお話で、葵沙のようなサービス業には適用されない。

 それどころか、葵沙の職場はコンサートホール内に併設されたフレンチレストランだ。

 開演前、終演後はコンサートに来た客で賑わうし、ホワイエも担当しているため幕間だって戦場だ。

 その間にレストランにはコンサートと関係のない客もやってくる。

 クリスマスで休日ともなればコンサートはあるし、ディナーの予約は増えるしで猫の手も借りたいほどに忙しい。

 バイトならともかく正社員である葵沙に休みなど取れるわけがない。休みになるのは土日が開けた26日だ。

 仕方ないとはわかっている。

 わかってはいるが……。


「何が悲しくてクリスマスに仕事してんのかね?」

「本当です……ってえっ!?」


 頷きかけてから驚いた様に辺りを見渡す。心の声がだだ漏れかと思ったが今のは自分の声ではない。 


「蓮根ちゃんはクリスマスに過ごしたい人とかいたんじゃないの?」


 いつの間に現れたものか、背後にいたのはバイトの氷川(ひかわ)だ。


「……氷川さんこそ」

「俺?俺は彼女もバイトだって言ってたしね。それに忙しくなるってわかってて俺が休んだら店長が泣いちゃう」


 おどけた調子で笑う氷川に葵沙は“確かに”と頷いた。


「むしろわたしも泣きます」


 なにしろ氷川はバイト歴5年のベテランだ。就職1年目の葵沙より知識は豊富で手際も良い。入りたての頃に葵沙の教育係を勤めたのも氷川である。今だってこんな談笑を交わしながらも着々と準備を進めている。頼りになる人材に休まれたらと思うとたまったものではない。


「うわ!俺って愛されてるー」


 クスクス笑いながらポケットの懐中時計で時間を確認する氷川。


「そろそろ終わる頃だね。ホワイエに上がってたみんなも降りてきたみたいだし」


 言われて葵沙も時間を確認する。時刻は午後4時45分。コンサートの終演は5時だ。 


「さて、本日最後の大仕事の始まりだよ」


 葵沙が書いていたメニューのホワイトボードを抱えると、氷川は店の入口へと歩いていく。 


「よし。やるか!」


 両手でぺちんと頬を挟み気合いを入れて、葵沙も客を迎えるべく入口へと向かった。


 今日のコンサートは昼過ぎからだった。

 そのため開演前はランチの客が列をなし、それを捌くのにてんてこ舞い。開演すれば次は店内の片付けと終演後の準備、幕間のホワイエ組に別れて大忙し。幕間は飲み物を買いにホワイエに客が押し寄せる。1500人を収容するホールの客が15~20分の間に殺到するのだ。あの数分間はなかなかに壮絶だ。

 そして終演後。終演後は幸いにして長蛇の列が出来るようなことはない。

何しろ客の目当てはコンサートだ。それが終わればさっさと帰る客も多い。しかし今夜はクリスマス。昨日のイブよりマシとはいえ、やっぱり座席はディナーの予約客でほとんどが埋まっていた。しかも後は帰るだけともなれば時間も気にしないのだろう。客たちはゆったりと優雅に居座ってフレンチのコースを堪能していく。

 しかし優雅に見えるのは表だけで。裏側にあたるキッチンはやっぱり戦場なのだ。

 「あそこの料理まだですか!?」「そこの料理あがったぞ!!」「あのテーブルで追加オーダー入ります!!」と慌ただしく言葉が飛び交い、人が動き回る。

 そんな中、「君の瞳に乾杯」とか「このワインは君のために選んだんだよ」とか「あのイルミネーションの輝きも君の前では霞んでしまうね」とかやってる客に対し内心で密かに殺意を抱くのはいけないことなのだろうか?

 最後の客を笑顔で見送ってから葵沙はぼけっとそんなことを考えた。


 レジを閉め、店内の片付けを粗方終えて。時間を確認してみれば、時計の針は10時半を指していた。


「つ、疲れた……」


 ぐでんとバーカウンターの上に突っ伏しながら盛大に息をはく。

 一日を振り返って見ればひたすらにキッチンとホールを往復していた気がする。夕方からは正直あまり記憶にない。


『さっさと帰ってくれないかな』


 なんて気持ちが顔に出てないことを祈るばかりだ。


「あ、ゾンビがいるー」


 不意に聞こえた声に顔をあげると楽しそうに笑う氷川と目があった。同じ時間働いていたはずなのに全く疲れを感じさせないのは経験の違いか。


「お疲れ様。蓮根ちゃん、店長が呼んでるよ」

「店長?何かミスしました?わたし……」


 ただでさえ疲れているのにこの上お小言とかなら勘弁してほしい。

 げんなりしながら体を起こす葵沙。 


「何そのネガティブ発想……違うよ?」


 “だから安心して?”と苦笑まじりに言ってから、氷川が“おいでおいで”と手招きする。

 だったら何の用だろう?と訝しみながら葵沙は大人しく氷川の後を追ったのだった。


 氷川に連れられキッチンに行くとそこは……。


「お!蓮根ちゃんお疲れ!メリークリスマス!!」

「お疲れ!乾杯!」


 店長とキッチンスタッフのパーティー会場でした。

 作業台には生ハムやチーズ、カナッペ、テリーヌ、鴨のローストなどが並び、砂糖菓子のサンタクロースが乗ったホールケーキまで用意されていた。店長たちが手にしたグラスにはピンク色の液体がシュワシュワと泡を立てている。


「あの……これは……」

「まぁまずは一杯」


 事態が飲み込めずに呆然としていると、店長にグラスを渡されシャンパンを注がれる。


「せっかくのクリスマスだ。仕事の後に少しくらい飲んでもいいだろ」


 笑顔でグラスを合わせ、シャンパンを飲み干す店長。


「打ち上げみたいなもんだ」

「なるほど……」

「それからこれ、クリスマスプレゼント」


 そう言って店長が取り出したのはシャンパンのミニボトル。


「今年一年頑張ってくれたからな。大したものではないが、なかなか美味いぞ」

「……ありがとうございます」


 もしかして……呼んでいた理由はこれだろうか?

 そんな疑問をこめて横にいた氷川を見ると。氷川はシャンパングラス片手に笑ってみせた。


 グラス一杯分パーティーに付き合って、葵沙は店を出た。

 帰るのも面倒くさくなるくらい疲れたけれど、帰らないわけにもいかない。幸い明日は休みだ。帰ってゆっくり眠れる。

 ふとスマホを見るとメッセージアプリの着信を知らせるランプが点滅していた。

 差出人は成増 天翔(なります たかと)


『お疲れ様。ケーキ用意して待ってるよ』


 言葉通り添付ファイルには卓上の小さなツリーとブッシュ・ド・ノエル。


『今すぐ行くね』


 そう返信して急いで駅に向かう。さっきまでの疲れが一気に吹き飛んだ気がした。店長に貰ったシャンパンも開けて2人で乾杯しよう。これからの予定を考えながらの帰り道は自然と足取りも軽くなった。


(クリスマスデートなんて夢のまた夢だけど。

一緒にいられるのならきっとそれだけで幸せだよね)


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