『伝説の七人』第7章安倍晴明の章
七章 安倍晴明の章
1,湯川はいつもより早起きすると、須佐之男命の部屋をノックした。
何の応答もなかったので、恐る恐るドアノブを回すと扉が開いた。
須佐之男命は床に大の字になっていびきをかいて寝ていた。
湯川は須佐之男命に顔を近づけると。「スサノオさん」と声をかけた。
須佐之男命は急に眼をカッと見開き、剣に手をかけ「何者だ!」と怒鳴った。
「俺俺、湯川ですよ。」
「なんだ、昨日のへたれ野郎か。」
随分な言い方だなと思いながら、湯川は部屋の機器の説明に来たと答えた。
湯川が説明を終えると、須佐之男命はベッドに横になった。
「お前達はこんなやらかいとこでいつも寝てるのか?」
日本武尊さんも同じ事言ってたな、と思いながら、湯川は言った。
「まあ、試しに今日はベッドで寝てみてくださいよ。」
「いや、わしは固い床の上がいい。」
と言いながら、須佐之男命はベッドの上でいびきを掻きだした。
湯川はそっと部屋を後にした。
まだ食堂には誰も来ていなかった。
「香音、トーストとサラダ、コーヒーを頼む。」
「後4人か、まだまだこれからだな。」
「ヒデキ、弥勒菩薩様は別にして、後の3人は出生もはっきりしてるから、見つけるのは簡単よ。」
「じゃ、次は清明さんかな…」
「そうね、次はさすがの卑弥呼さんも数百年後の世界だから計画の立てようも無いでしょうね。」
「次は俺達で考えないといけないって事か。」
「私も色々調べてみたんだけど、979年清明さんが時の皇太子から那智の天狗を封じるよう命じられ熊野本宮大社で儀式を行ったそうよ。
その頃へ行ってみない?」
「その頃の清明さんはいくつだ。」
「59歳くらいよ。」
その時、アルが食堂にやって来た。
「おっは~、何2人でコソコソ話してんの?」
「次は清明さんの所へ行こうかと、香音と話してたんだ。」
「清明さんか、いいんじゃない。」
アルは目を擦りながら言った。
「で、香音さっきの続きを聞かせてくれ。」
「私達のチームに加えようとしているもう一人、役小角さんは天狗伝説の祖となった人よ。本当はその儀式をやめさせたい所だけど、それは歴史を変えちゃうんでできない。せめてどんな儀式でその後天狗たちはどうなったのか、役小角さんのためにも見届ける必要があると思うの。」
「それは勿論小角さんが死んだ後の話なんだろうな?」
湯川は心配になって聞いてみた。
「小角さんが亡くなって278年後よ。」
「なら大丈夫だな、でどうする今度は正攻法で説得するか?」
「そうね、清明さんは呪術や科学、天文道に
も詳しかったみたいだから、私達の話もすぐ理解してくれると思うわ。」
「じゃ、今度は僕も行く。」
アルが元気に手を挙げた。
「うん、いいだろう。俺ばっかり活躍しちゃアルの存在感が無くなっちゃうもんな。」
「バカ!」
湯川はまたケツを蹴られた。
湯川はこの計画を卑弥呼に相談し了承をもらった。
「ヒデキ、もし何か危険が迫ったらすぐに連絡して、日本武尊に行ってもらうわ。」
ゲッ、また卑弥呼さんの未来予想だ。嫌な予感…
2,「ヒデキ、着いたわ979年の熊野よ。」
「香音、熊野本宮大社の構造はインプットしたか?」
「ええ、いつでも転送可能よ。それとこの時代の服を用意しといたから、2人共自分の部屋へ行って着替えて。」
「さっすが、香音ちゃん手まわしがいいわね」
「きっと、この時代だと和装ね、お姫さまみたいな恰好かしら、うふ。」
アルはワクワクしながら部屋へ戻った。
湯川が部屋に戻ると、そこに用意されていた服は想像とは随分違う物だった。
湯川は着替え、廊下でアルを待った。
「アル、早くしろよ。」
「だって、どうやって着たらいいのかわかんないんだもん。」
5分ほど待つとアルが出てきた。
「ぷぷっ、アルなんだその恰好は。まるで旅館の仲居さんじゃねえか。」
「あれ、ヒデキの方がカッコイイじゃん。僕もそっちがいい。」
「この儀式には多くの庶民が集まってるわ、
2人共その格好で庶民に紛れて、清明さんに近づいて。」
香音の声だった。
「神殿の裏の誰も居ない所に転送するわ。転送室に行って。」
2人の姿は熊野本宮大社の神殿裏にあった。
2人は表に回ると人の多さにびっくりした。
「この時代の清明さんは注目の的の陰陽師だから、見物客も多いな。」
「アル、人を掻きわけて前の方へ行くぞ。」
「りょ。」
2人はなんとか一番前まで来ることができた。
そこには神殿に向かって、1人経を唱える安倍晴明の姿があった。
白装束に黒い烏帽子をかぶった安倍晴明の姿は凛としていた。
「元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る」
清明が経を唱えている中、庶民の輪から2人の大男がずかずかと上がって行った。
「清明、今日は共の者も連れず一人で来たようだな。」
安倍晴明は振り向くと、
「蘆屋道満。」
蘆屋道満は同じ陰陽道を極める清明のライバルであった。
「今日こそはお主を亡き者にする。」
隣の大男が発した。
「加茂保憲。」
加茂保憲は清明に陰陽道を教えた師匠の息子だった。
「貴様裏切ったのか!」
「ああ、俺達はお主を殺し、朝廷に取って代わってこの国を治める。」
道満はそう言うと「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と九字を切り、式神を召喚した。
「帝に歯向かうとはなんと愚かな。」
安倍晴明は宙に五芒星を描くと、結界を張った。
保憲も式神を召喚した。
式神達は鬼へと姿を変え庶民たちに襲い掛かった。
「アル!逃げろ!」
湯川はテイザーガンを打ったが、鬼は生物ではない異形の者、全く効かなかった。
頭をかじられる者、腕をもがれる者、目をくり抜かれる者、まさに地獄絵図だった。
安倍晴明は自身も式神を召喚、鬼を捕らえるヤタガラスだった。
無数のヤタガラスが鬼を捕らえ空中へと連れ去って行った。
「無駄な事はやめろ!道満、保憲。」
「ならこれならどうだ。」
神殿に大蛇が現れ、清明を食おうとしていたが、大蛇は清明の結界に阻まれ近づけなかった。
大蛇は踵を返すと、次々と庶民を飲み込み始めた。
「清明!貴様が抵抗すればするほど、犠牲者は増えるばかりだぞ。その命さっさと俺達に差し出せ。」
朝廷に代わってこの国を治めようとする道満と保憲にとって、朝廷から絶大の信頼を寄せられている安倍晴明は最も邪魔な存在だった。
自分のせいで何の罪もない庶民が殺されて行くのを見ながら、清明はあきらめたように結界を解いた。
「香音助けてくれ!」
大蛇に追いかけられながら湯川は叫んだ。
「卑弥呼様の指示で、もう日本武尊さんにそっちに向かってもらったわ。もう少し辛抱して、ヒデキ」
香音はこの様子を見ながら先手を打っていた。
3,「あはは、とうとう覚悟したか清明。これは天皇家に伝わる草薙の剣だ。これならお主の首も刎ねられよう。」
道満はそういうと、剣を構え清明の前に立った。
そこに日本武尊が現れた。
日本武尊は道満の持つ剣を奪うと、真っ二つにへし折った。
「この剣はにせものじゃ。」
「これが本物の草薙の剣だ。」
と言うと、背の剣を抜き、一太刀で道満、保憲の首を同時に刎ねた。
と、同時に大蛇の姿も消えた。
「ヒデキ、そっちに医療ポッドも転送したわ。
まだ息がある人達を助けてあげて。」
湯川とアルは肩で息をしながらけが人を医療ポッドに乗せた。
操作はエスポワール号から香音がやってくれてるようだ。
日本武尊、安倍晴明も協力してけが人を運んだ。
次々とけが人が元に戻り、死にかけていた人も蘇生した。
大蛇に飲み込まれた人も空から落ちて来た。
多くは骨折はしていたが生きていた。
その人達もポッドですぐ回復した。
「どうやら誰も死んだ人はいないようだ。」
湯川はホッとしたように呟いた。
「みんなを助けてくれてありがとう。貴方がたは未来から来られたようですね。」
さすがは清明さん、これは話が早く進みそうだと湯川は思った。
「貴方はもしや…、その剣。」
「俺は日本武尊だ。」
「やはりあの古代の勇者、日本武尊殿に助けていただくとは、この清明光栄の限りです。」
「え、この時代では俺、勇者って伝わってんの?」
「ええ、たった一人で熊襲征伐から蝦夷征伐まで成し遂げられた英雄です。」
「よし!」
日本武尊は小さくガッツポーズをした。
「可愛いぃ~タケルちゃん。」
アルはまた日本武尊にキュンキュンした。
「清明さん、天狗封印は成功したんですか?」
湯川が尋ねた。
「ああ、山人を襲う愚天狗は封印できました。」
「修験者たちは?」
「修験道を極めようとしている者には一切手を出していない。」
「ふぅ~、よかった。」
湯川は胸をなでおろした。
湯川は未来から清明の助けを乞いに来たことや、またこの瞬間に戻すことなど、一連の話をした。
安倍晴明は簡単な説明で全てを理解してくれたようで、協力を約束してくれた。
「アル、やっとまともな人が加わってくれたな。」
湯川はアルに小声で耳打ちした。
日本武尊が湯川の目ををじっと睨んでいた。
「あ、聞こえちゃったかも…」
湯川はその視線をかわすように話題を変えた。
「しかし、アルお前今回も何の役にも立たなかったなぁ~あはは。」
「お前だっていつも何の役にも立ってねえだろうが、このクソヒデキ。バカ、死ね。」
いつもに増して強烈なキックが湯川のケツにヒットした。
「ううっ」湯川は悶絶した。
その様子を日本武尊と安倍晴明が見て大笑いした。
民衆は散り散りに去り、医療ポッドも船に戻され、4人も船に戻った。
4,「今回は卑弥呼さんの手を借りず俺達だけでやりとげたな。」
湯川の一言に、アルが言い返した。
「タケルちゃんが居なかったどうなってたと思ってんの。そのタケルちゃんに僕達助けるよう指示してくれたのは卑弥呼ちゃんじゃない。ほんとバカじゃないのあんた。」
湯川は頭を掻いていた。
「さ、あんた達喧嘩ばっかりしないで、食事にしましょ。」
卑弥呼が取りなした。
また酒盛りが始まる。湯川はぞっとした。
「あれ、スサノオさんは?」
「ずっと寝たままよ。」
卑弥呼が答えた。
「よっぽど、ベッドが気持ちいいのかな。」
湯川は少し心配したが、
「死んでんじゃないの?」
アルがそう言った後ろに須佐之男命が欠伸
をしながら立っていた。
「誰が死んだって?」
アルはまた卑弥呼の陰に隠れた。
「なんとこの船には須佐之男命様と卑弥呼様まで乗ってるのか?」
清明は驚いた。
「こ奴は何者じゃ?」
「安倍晴明と申す、陰陽師です。」
清明は自分で名乗った。
「なあんだ占い師か。」
須佐之男命は馬鹿にするように言った。
「スサノオ、この人は占いだけじゃなく、式神で古代の神々を召喚したり、結界と言うバリアを張ったり、手を触れずに物を動かしたりできるのよ。」
卑弥呼は一応安倍晴明を評価しているようだった。
「ふわっ~~。」
須佐之男命は背伸びをし、
「湯川、酒の用意だ。」
わ、また酒盛りが始まる。
みんな慣れたもので、好きなものを頼んで、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んでいる。
まだ食料は豊富に備蓄してあるが、酒がどんどんなくなってる事に湯川は心配していた。
また仕入れに行かないと…
どんちゃん騒ぎが始まり、みんなべろべろになる中、安倍晴明は日本酒に少し口をつけただけで、肉も食べてなかった。
「清明さん、肉食べないんですか?」
「私は野菜と穀物しか食べません。」
「お、ヴィーガンすね、」
「ビーガンなんじゃそら?」
「いや、なんでもないです。」