『伝説の七人』第1章希望の出会い
第一章 希望への出会い
1,時は西暦2194年、どこまでも果てしなく続く赤茶けた深淵の谷。
つい一年ほど前までここは海と呼ばれ大量の水と生き物で満ち溢れていた事は多くの人の記憶に残ることである。
試しにこの赤茶けた大地を少し掘り返すと少し湿った土が顔を出すことだろう。
この湿り気も今の人類にとっては貴重な水分の一つであった。
地球から四季はなくなり、真夏の状態が年中続いた。
赤道直下では気温が70℃まで上がる日もあった。とても人間の住める環境ではない。
多くの人類が北へ南へと移動し、赤道直下の多くの人類・動物・植物が死に絶えた。
彼が今いるこの東京湾もまだ腐った魚の匂いが残る灼熱の大地だった。
彼の名は湯川秀紀東京大学で物理と宇宙工学を教えていた若き教授であった。
そうあの昭和の物理学の天才ノーベル賞受賞者湯川秀樹の末裔である。
そんな灼熱の丘に1人佇み湯川はボソッと呟いた。
「後よく持って3年、それで全人類は死に絶えるか…、俺ができることはやり尽くしたつもりだったが、他に方法はなかったのか。」
湯川の目は虚ろだった。
「あ~ぁクソ、せっかく地球は平和で穏やかな世界だったのに。」
確かに一年前まで地球には戦争も権力争いも飢餓も貧困もなく軍隊も必要なくなっていた。
「あの時軍隊や武器が残っていれば、こんなことにはならなかったのか。」
「いやどんな強力な武器が有ってもあの宇宙船を破壊することは不可能だったろうなぁ。」
湯川は膝を両手で抱え込み遥か遠くをぼんやり眺めていた。
そんな湯川に一人の変てこな髪形をした可愛い少女が声を掛けてきた。
「おじさ~ん、なにぼんやりしてんの、死んだ魚みたいな目しちゃってさぁ」
湯川は声の方向に振り向いた。
そこにはハイスクール生くらいの少女がニコニコしながら湯川の方を見ていた。
「おじさん?、俺はまだ結婚もしてないし子共も居ない、お前からおじさんと呼ばれる筋合いはない。」
乱暴な物言いだが湯川の顔は微笑んでいた。
「僕からみたら40歳過ぎてたら十分おっさんだよ。」
そう言う少女の顔も笑みで溢れていた。
「僕?君は女の子だろ。」
「それに何故俺が40過ぎだとわかったんだ。こう見えても大学では童顔で通っているんだがね。」
確かに湯川は20代でも通るくらいの童顔だった。
「アハハ、やだ超ナルシストね、湯川先生。」
相変わらず少女は満面の笑みであった。
「何故俺が湯川だと知ってる?」
「それにここへ来ることは大学の誰にも言ってないぞ。」
日本が壊滅する前に湯川は東京大学からハーバード大学に自分の研究所を移していた。
それにしても一体この少女は何者なんだ。湯川は訝しんだ。
「湯川先生探してここまで来たんだから~、居場所は研究室の香音ちゃんに聞いたの。」
「あのお喋り野郎め。」
香音とは湯川の研究室にあるAI〔人工知能〕である。
しかしじゃあ香音はこの子の正体を知ってるということか。
「あのさあ湯川先生ここは臭くて吐きそうなんだけど、続きはハーバードの研究室に戻ってからにしない?」
まあこの子の言う通りだな。ここはあまりにも臭すぎる。
「香音聞こえてるか。」
湯川は耳にかけたアップルイヤホンで香音に連絡をとった。
「今すぐ研究室に転送してくれ。この少女も一緒に。彼女もアップルホンを装着している
マーカーはわかってるんだろう。」
二人の姿は一瞬で消えた。
「返事くらいしろよ!香音!。」
この出会いがこれから始まる人類を救うかもしれない長い物語の始まりになるとは、この時の湯川には知る由もなかった。
2,「ただいま、香音。早速で悪いが体中が臭いんでシャワーを浴びさせてくれ。あ、勿論水は使わないから無水石鹸と無水シャンプーを用意しておいてくれ。」
「君はどうする、俺の後でよければシャワー使っていいぞ。」
と、湯川は少女に声を掛けたが、
「いいよ自分の研究室のシャワー使うから。」
自分の研究室?この子はこの大学に自分の研究室を持ってるというのか?
東京での出会いからさすがの湯川の天才頭脳でも訳のわからない事だらけだった。
「じゃあ湯川先生また後でね♡」
少女は扉を開け手を振りながら足早に立ち去った。
湯川はシャワー室から戻って来ると自動クローゼットの前で香音に下着とジャージを用意するよう命じた。
自動クローゼットとは2015年に日本のZOZOTOWNとアメリカのChampionが共同で開発したメカで、プラスチックやペットボトル、ナイロン等を格納庫に貯蔵しておくと自動で衣類を作ってくれる。
既製品から選ぶもよし、自分でデザインするもよし、AIに任せるもよし、数分で好きな服を作れる装置であった。
この発明でプラスチックごみ問題も解決し、アパレル産業は不要となった。
人類はみんなそれぞれオリジナルファッションを楽しむことができ、生地作りに特殊な加工が施してあるので、伸縮自在ボタン一つで自分にフィットした衣類を作ることができた。
一度着た衣類は格納庫に戻すことで原料として再生することができた。
着替えを済ましさっぱりした湯川は先ほどの事を聞こうと香音を呼び出した。
香音…、また始まったなと湯川はため息をついた。
「香音なんでお前そんな髪の毛ぼさぼさで、薄汚れた格好してるんだ。」
「しかもなんか肉が腐ったような匂いまで再現してるんだ・」
丁度その時先ほどの少女が熊さんのパジャマを着て戻ってきた。
「ちょ、お前も人の部屋に入って来るのにノックぐらいしろよ。」
なんで俺の周りにはこんな変な奴ばっかり寄ってくんだよ。湯川はため息をついた。
「ウッ、くさー、湯川先生シャワーしてないの。」
ノックの事など全く気にする事もなく少女は鼻をつまんだ。
「違う、俺じゃない!香音だ!この匂いもわざと出してやがる。」
「だって~、湯川や彼女はさっぱりしてさあ、私なんてAIだからシャワー浴びることもできないんだもん。ぶぅー」
香音は頭や身体中を搔きむしりながら言った。
「だから呼び捨てはやめろといつも言ってる」だろ。お前はシャワー浴びれないんじゃなくてその必要ないだけだろうが。」
「湯川のいじわる、ピエン。」
「いいからシャワーでも温泉でもどこでも好きなとこ行って来い。その間に俺はこの子に話聞いてるから。」
湯川はまたため息をついた。
「あは、じゃあ温泉行ってくるね。バイバイ。」
香音は消えた。
「なかなか個性的なめんどくさい人工知能ね、湯川先生。」
少女は大笑いしながら言った。
3,「そんな事はどうでもいいから君は一体何者なんだ。」
ずっと聞きたかった質問をやっと湯川は聞くことができた。
「僕の名はアルフォンジーヌ・アインシュタイン。歳は15歳、生まれは…。」
湯川は少女の話を途中で遮るように言葉を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待てアインシュタインってあの世界最高の科学者アインシュタイン博士の末裔なのか?」
「アルベルトはご先祖様なんだけどそれだけじゃなくて、僕はアルベルトの生まれ変わりなんだよね。」
少女はさらっと言ったが、そんな事が本当にこの世の中に実在するのか、もしそれが本当ならば俺なんかよりずっと天才じゃないか、湯川は思った。
「僕が産まれたのは2179年3月14日アルベルトが誕生したちょうど300年後の同じ日にアルベルトの生前の記憶を持ったまま産まれてきたんだよね。」
少女は指で♡マークを作ってニコッと笑った。
「ドイツに生まれ、5歳でミュンヘン大学に入学、10歳で教授になった時に自分の研究室を持たされ、アルベルトの研究を受け継ぐ形で研究に没頭したんだ。」
だから女の子のくせに変な髪形で、基本言語もドイツ語なんだと湯川は理解した。
「アルフォンジーヌは呼びにくいから僕の事はアルと呼んでくれたらいいよ。僕も湯川先生の事ヒデキって呼ぶから。」
「俺の名は秀紀って書いてヒデノリって読むの、ヒデキじゃない。」
「え~、ヒデノリってまじダサァ~、ヒデキのほうがカッコいいじゃん。」
「まあ、大学の周りの人間もヒデキって呼んでるからまあいいけど…」
湯川は渋々頷いた。
ここで何故日本人である湯川とドイツ人であるアルフォンジーヌがスムーズに会話できてるのか説明しておこう。
2050年アメリカのアップル社が開発したアップルイヤホーンは耳にかけるような形で
ゴムの部分を耳の穴に入れることで自動翻訳機能が起動し、誰と会話しても自分の聞きやすい言葉になって聞こえてくるメカであった。
また通信機能も付いており自分のAIとの会話、AIで指定した相手との会話も可能であらかじめAIで指定したグループに指定しておけば会話を共有することもできた。
また時代が進み転送装置が開発されてからはアップルホンで位置を特定する機能もつけられて、世界中どこに居ても転送するためのマーカー機能もついた。
個人を特定する機能もついていて、誰がどこにいるか瞬時で判断でき、電源も直接空の太陽光パネルから取り込むことができたので充電の必要もなかった。
4,ここで香音が戻って来た。
赤いキャリーバッグをひきずりながら、黒いスーツを着て、左腕は骨折しているかのように三角巾で吊るされていた。
「おかえり香音、どこへ行ってたのか知らないが、なんだその恰好は?」
「アルと話すんだから、敬意と尊敬を込めて正装してきたんじゃない。元々私のキャラ設定は2010年のテレビドラマ、スペックの当麻沙綾をモデルに湯川が作ったんじゃない。」
あ、こいつが変人なのは最初にそのキャラ設定にしてしまったからか。湯川は悟り、またため息をついた。
「香音、僕は君のそのキャラ設定大好きだよ。きっと気が合うだろうと思う。ね、ヒデキ」
アルのその言葉に香音はキュンとなった。
「アハハ、そら変人同士気が合うだろうよ、アル」
「あら、もうファーストネームで呼び合うほど仲良くなったんだ。私もこれからヒデキって呼んでいい?」
湯川はだんだん辟易してきた。
「もう好きにしろ。」
「で、一体なんでアルは俺なんかを探していたんだ。」
「ヒデキ、その前にお願いがあるんだけど、僕は前世のアルベルトが死んだ1955年以前の記憶と自分が生まれた2179年以降の記憶はあるんだけど、その空白の300年間の記憶が全くないんだよね。」
「待て待て、アルは生まれてから15年間その間に何があったか報道やネットとかいくらでも知る余地はあっただろう。」
「それがね、アルベルトの相対性理論の研究に没頭しちゃっててそういうの見る間もなかったんだよね。それにあんまりそういうことに興味もなかったし。」
こいつはまさしく研究バカだ。自分の研究以外はどうでもいいようだ。湯川は驚愕した。
「なら今更それを知って意味があるのか。」
「これからヒデキと一緒に進めようとしてるプロジェクトにその間の出来事は知っておく必要があるってことよね、アル。」
今度は香音がフォローを入れた。
香音はこれからアルが語りだす内容を知っているのか?
「そう香音ちゃんの言う通り、だからお願いヒデキ、何がこの300年間に起こったのか教えて。」
「でも今の地球が何故こんな姿になったのかそれくらいは嫌でも耳に入ってきただろう。」
「もおヒデキったらそれくらいは知ってるわよ。私が知りたいのは前世のアルベルトが死んでから地球が平和な世界になった過程が知りたいの。」
まあいい、じゃあ今のこの地球がこんな悲惨な姿になった理由も含めて教えてあげよう。」
「香音1955年以降からのホログラム映像の準備を頼む。」
「あら、それならもう準備できてるわ。アルが理解しやすいよう編集もしてあるから。」
そういう先読みと処理能力だけは世界一のAIだな。湯川は香音に感心した。
5,ホログラムが映し出され3人の姿は第2次世界大戦終了後の世界にあった。
そこに映し出されたのは、朝鮮戦争・ベトナム戦争・中東紛争・9.11テロ等の悲惨な映像だった。
「相変わらず人類は戦争と権力争いを繰り返しているのね。」
「でも僕が開発に反対した原子爆弾が広島、長崎以降使われなかったのは幸運だったわ。それなのに各国は核兵器の開発競争は止めなかった。使えない武器なのに。」
アルは前世から自分の核融合技術が武器に転用された事に後悔の念を禁じえなかった。
「そう、そんな危険な核の抑止力のバランスを保った上で、人類は技術進歩を進めていくことになる。」
その結果人類の自己満足は資源を限りなく使い、地球温暖化を引き起こした。
地球温暖化は20世紀後半から留まることを知らなかった。
かってない気候変動をもたらし、海水温度上昇による台風、大雨や土砂崩れ、熱波、海水の上昇、未知のウイルスの出現、大規模森林火災大地震等多くの人類が死亡する事となった。
特にジオストームと呼ばれる巨大台風が発生、東南アジアから中国大陸を横断、奇しくも中国では中国共産党100周年大会が天安門広場で開催されており、ジオストームは北京を直撃、凄まじい雨と竜巻で天安門広場は壊滅中国共産党幹部は全員亡くなり、その後中国は民主化の道を歩み、首都を香港に移し周挺氏が初代大統領に就任した。
ジオストームはアメリカ西海岸にも上陸しサンフランシスコからフロリダまで多くの街が壊滅した。
またロシアのクリュチェフスカヤ火山が爆発カムチャッカ半島が吹き飛んだ。
アフリカや南米では気温上昇が止まらず、熱波で多くの人が焼かれるように死んでいった。
これら災害による死者は世界で10億人を超えた。
各国の指導者たちは自国の利害のため争う事を止め、地球連邦を設立、世界を6つの合衆国に統合し、新しいエネルギープランのため各国の軍隊や武器の廃止、防衛費を新しいエネルギー創設に費やした。
「それが、数百の宇宙ステーション建設とそれを繋ぐ太陽光パネル作成の完成に繋がったってことね。」
宇宙の太陽光パネルは今も無事稼働しているためさすがのアルでも知ってるらしい。
「ああ、地球のエネルギーは太陽光パネルの電力に集約され、原子力発電所、火力発電所は廃炉され温室効果ガスは激減した。
人類はなんとか温暖化を食い止める事ができた。
それと同時に、AIやIOT、ICTによる産業の自動化が進んだ。
農業は種蒔から収穫まで全自動化され、あらゆる製造業も自動化が進み、畜産や漁業もロボットが人間に代わってその役割を担った。
医療も人の腕につけたベルトでAIが健康管理し診断から病気の予防まで担っていった。
「で、人は働く必要がなくなってきたという訳ね。」
アルはやっぱり理解が早かった。
「そう労働はお金の対価から、社会貢献のためと姿を変えたということさ。」
「今では俺やアルみたいな研究者、芸能、芸術家、伝統工芸士、スポーツ選手、政治家、企業経営者等一部の職業だけが残った。」
湯川も自分の研究が人類に貢献できる事、それが何よりの幸せと感じていた。
6,21世紀は人類にとって苦難の世紀だった。
しかしその苦難が大きすぎた事で、世界は一つにまとまり、人類は変わった。
企業の生産性は自動化で各段に向上し、地球連邦はその利益を人類に平等に分配し、人々が衣食住で不自由することがなくなった。
世界から紛争はなくなり、犯罪も激減した。
そんな平和な世が続く中、人類は新たな世紀を迎える事となる。
西暦2105年、後に22世紀の3大発明の一つ、自動調理器と自動クローゼットが開発された。
「自動調理器とクローゼットはアルも使ってるからわかるだろ。」
「ヒデキお腹空いた。」
そういえば朝から何も食べてなかったな。
「香音一旦ホログラムを止めてくれ。食事にしよう。」
「アル、何が食べたい?」
「う~ん、ダブルチーズバーガーとジャーマンポテトとハーブソーセージと生ビールね。」
「お前まだ15歳だろ生ビールはだめだろう。」
「ドイツでは普通に飲んでたのに。」
アルは口を尖らせて言った。
「クリームソーダにでもしておけ。」
「香音、俺にもアルと同じものを。但しハイボールでな。」
「ヒデキだけずる~い。」
アルは香音に目配せをしてこっそりウインクをした。
「は~い、お二人様喜んで!」
まるで21世紀頃の今はもう存在しない居酒屋店員みたいだな。
湯川は笑った。
「へい、お待ち。」
1分ほどで料理が自動調理器から出てきた。
「昔は各家庭に大きな食材貯蔵庫があったんだよアル。今は南極と北極の超巨大冷凍貯蔵庫から瞬時で必要な食材が転送されてくるけどね。」
「ぷは~、一仕事終えた後のビールは格別だよね♡」
アルは椅子の上にあぐらを搔きながらビールを飲み干していた。
「香音!」
「ヒデキ大丈夫よ、微アルコールにしといたから。」
全くこのAIはなんで俺の言うことを聞かないのか。
「やっぱり血筋なんだよね、ビールが僕を呼んでいる。アルコールALL CALL、なんちゃってね。」
クソつまらんアルのオヤジギャグだった。
食事を終えた二人はまたホログラムの世界に戻った。
アルは生ビールを3杯開けていた。
第二の発明は万能IPS細胞治療ポッド。
医療の分野で診察、投薬、看護はAIとロボットが担っていたが、さすがに手術だけは人の手を借りないと無理だったが、2115年日本の京都大学とアメリカのJ&J等大手医療機器メーカー数社が開発したのが手術ポッドであった。
形状は水を浸したベッドのようだが、アーチ状のレーザーベルトが患者の周りをくるくる回転し、内臓や骨、皮膚等の病巣を取り除きながら再生するというものだった。
この治療ポッドのおかげで、認知症や身体障碍、癌などの病巣は全て治癒する事が出来、精神障害、ダウン症等の先天性の病巣もなくなった。
世界から、病院や介護施設が不要となった。
「死んだ人でも再生できるの?」
アルは湯川に尋ねたが、香音が勝手に答えた。
「心臓と脳が止まってなければ他は再生可能よ。」
「極端な話、四肢をもがれても再生可能という訳。この研究室にも備えてあるけど、私がホログラムで医師の代わりに治療に当たるわ。」
「へえ~、香音ちゃんって何でもできちゃうんだ。すご~い。」
俺の存在だんだん薄くなってないか…
湯川はまたため息をついた。
「三番目の発明が物質転送装置だ。」
2121年に開発されたこの装置は物質を量子レベルまで分解化し、タキオン粒子に乗せて飛ばし、目的地で再物質化する。これにより光に近い速度で物質を移動させる事が可能となった。
また1年後には人間の転送も可能となり、人類の移動手段が劇的に変化した。
車や列車は一部マニアの乗り物になった。
「光より早い物は存在しないという僕の理論は正しかったんだね。」
「ええ、そうよアル。でもどこにでも転送できる訳じゃないの。転送先の地図や建物の構造がわかってないと、転送先の物質に取り込まれてしまう怖れがあるの。それに人が居そうな場所も無理、人同士が重なると肉の塊になってしまうわ。それとアップルホンで居場所が特定できないと転送元に帰すこともできないわ。」
また勝手に香音が答えた。
「この3つの発明品が世界中誰でも利用できるようになった頃、地球連邦は貨幣を廃止した。人は好きな事や誰かの役に立つ事をしながら普通に暮らせるようになったのさ。俺やアルは今の人類には稀有の存在だな。」
やっと湯川は会話に加わる事ができた。
「真の平和がやっと築かれた。って事かしら。」
アルの一言は重かった。
地球は大きく変貌した。
都市に居住区を集中させ、高層マンションが立ち並び、各家庭に自動調理器、自動クローゼット、医療ポッドが設置され、人類の寿命は伸び、100歳を超える老人が街を散歩する姿が見られ、誰もが自由に転送装置を利用できるようになり好きな時に好きな所へ移動できるようになった。居住区には劇場、スポーツ施設等を建設し、教育は各家庭でAIが教師役を担い、子供達はチャイルド交流施設で遊び友人関係を構築した。いじめもなくなった。
森林地帯が街を覆うように植物を増やし、きれいな空気を作った。
宇宙ステーションを使って、気象をコントロールし災害もなくなった。
当然犯罪も激減し、警官も極少数で十分となり、警官は銃を捨てテイザーガン(麻痺銃)を装備した。
日本発祥の交番は世界中に広がり、AIが管理し地域住民を助けていた。
そんな平和な暮らしが70年程続いたある日、驚愕の出来事が起こった。
2192年日本の福島原発跡地から突然巨大なUFOが出現し、北海道に向けて飛び去った。
北海道の大雪山に着陸したUFOは何をする訳でもなくその場に留まり続けた。
7,地球連邦は世界中の科学者を集め2つのチームに分け、福島の原発跡地に開いた大穴の調査、北海道のUFOの調査を開始した。
aチームは福島の大穴の底が遥か地中まで続いてることに着目、その底が40~50億年前の地層であることを突き止めた。
bチームはUFO近くに調査ベース基地を作り、きっと人類より高度な技術を有するであろう相手に対して、敵意を持っていない事、友好関係を築きたいことを表現しようといろんな手段を試してみた。
音楽や色とりどりのライトやレーザー、プロジェクションマッピングで地球の歴史を投影したり、世界中の動物、昆虫を投影したりしてみたが、UFOからは何の反応もなかった。
そんな膠着状態が続く中、1人の警官が命令に反しUFOに近づき触ろうとした瞬間、警官はパンという爆発音と共に消滅した。
これを機に警備に当たる警官たちは石を投げこんだり、テイザーガンを打ち込んだりしたが、その全てはUFOに当たる前に爆発を起こし、周囲の警官をも吹き飛ばした。
この事故をきっかけに地球連邦はUFOの出現は地球に対する敵対行為と認定し、破壊する計画を立てたが、今の地球には軍隊も有効な武器もなくどうする事もできなかった。
地球連邦はUFO破壊チームのリーダーに若き天才湯川秀紀を起用し、対抗策を練る事になった。
ここから俺の活躍が見れる時間だと湯川は思った。
8,「うん、大体の事はわかったわ、ヒデキ。」
「ちょいちょい待て待て、ここからが大事な部分なんだ。最後まで付き合えよ。」
湯川は焦った。
香音は固まった。
「アルちゃん、ここからヒデキの大活躍が始まるんだから、お願い最後まで付き合ってあげて。でないとヒデキはただの研究だけが取り柄の研究オタクのクソつまらないおやじの印象のままになっちゃうわ。」
香音のフォローは完全に湯川をディスっていた。
「まあしゃあない、時間はたっぷりあるし、ヒデキの自慢話に付き合ってあげるわ。」
湯川はもうため息をつく気力も失った。
「ここからは映像に合わせて俺に説明させてくれ。」
「俺はまず遠く離れた位置から色んな元素をレーザーに乗せてUFOに照射してみた。どの元素もUFOには届かず手前で爆発した。
半分くらい試したところでUFOの先端から光子ミサイルのような物が月に向け発射された。」
「なんか嫌な予感がした俺は咄嗟の判断で地球連邦の金田一長官に全ての科学者、できるだけ多くの住民を東京に転送するよう依頼した。」
「あっという間に光子ミサイルは月の軌道上にまで到達した。その瞬間UFOは大爆発を起こし。北海道は一瞬にして焦土と化した。」
「科学者は全員転送できたが、住民で転送できたのは極わずかだった。」
「正直俺は震えたよ。あんな大爆発今まで見たこともない。核爆弾なんて比じゃなかった。UFO出現からちょうど1週間目の出来事だった。」
「翌日今度はチェルノブイリの跡地から同じUFOが出現し、日本めがけて飛び去った。」
「2機目のUFOも蔵王山に着陸しまたピクリとも動かなくなった。」
「今度はUFOに対して何もせず、住民の避難を優先した。と同時に金田一長官に日本州政府と皇室を別の国に移転するよう依頼した。金田一長官は急遽モンゴルの大平原にテント村を設営し日本の政府機能を移した。」
「2機目のUFOも1機目と同じように丁度1週間でミサイルを発射大爆発を起こし東北地方を焦土と化した。が、今回は住民の避難は完了していたため1人の犠牲者もでなかった。」
「俺は金田一長官に東から順に西へ住民の転送を行うよう依頼していた。その判断が正しかったということさ。」
「そして3機目のUFOがアメリカのエンリコ・フェルミの原発跡地から出現、富士山の樹海に着陸した。地球連邦は急遽無人爆撃機や量電子レーザー砲等を開発し、UFOを攻撃したが、どれも全く効果はなかった。」
「その間俺は北海道のUFO爆心地からUFOの欠片を分析、研究しようと集め回っていた。爆心地周辺は凄まじい放射能が感知され強力な防護服が必要だった。」
「集めた欠片からは、地球上には存在しない未知の元素が見つかった。この元素はダイヤの10倍ほどの硬さで人の手で加工することは不可能だった。」
「そして同じように1週間後ミサイルを発射したUFOは大爆発、関東地方は焦土となった。だが俺の助言のおかげで日本州の首都機能はモンゴル平原に移されていた。」
その後きっかり1日おきにUFOは原発跡地から現れ、北アルプス、琵琶湖、瀬戸内海、阿蘇山へと順に着陸し、1週間後にミサイル発射、大爆発を繰り返した。日本は全て焦土と化し、残ったのは日本のシンボル富士山だけだった。」
「九州を滅ぼしたUFOを最後に、それから1週間しても世界中のどこにもUFOは現れなかった。つまり7機のUFOが日本だけを標的に現れたという事だった。何故7機だったのか、何故日本だけだったのか、気になった俺は東京に行ってみた。」
9,「ミサイルが飛んで行った月の方角を見て、俺はある事に気付いた。それは7つのミサイル跡が光輝きその並びが北斗七星そっくりだったという事だ。」
「俺は香音に命じて、この時期に東京から見える北斗七星と今自分が見ている映像を重ねさせた。」
「その結果全く同じ形状、光点空間比率まで全く一緒だった。」
「俺は恐怖で震えたよ、北斗七星…柄杓の形…・水を掬うための道具…、俺はすぐに金田一長官に連絡し、地球上の水を大量に貯蔵できるタンクの建造にすぐに取り掛かるように、またあらゆる食材を南極に貯蔵できるだけ貯蔵するように、また北極にも貯蔵庫を作るように、助言した」
「俺に絶大な信頼を寄せる金田一長官は南極を取り囲むように巨大タンクを建造し、食材の貯蔵に全力をかけるよう命じた。約半年かけて1万機のタンクに水を貯蔵し、南極の貯蔵庫は食材でいっぱいになった。」
「その間に俺は、あのUFOが原発跡地から現れた事に着目し、地球外元素にウランとプルトニウムを量子化してぶつける事で、その形状を自在に変えれることを発見した。その原理を利用し俺は宇宙船の建造を進めていた。目的は月の軌道上にあるあの光子ミサイルを破壊する事だった。」
「全ての攻撃を跳ね返したシールドは反物質を利用していると俺は推測した。反物質なら地球上のどんな物質に対しても対抗できる。しかも地中の物質と反物質をぶつけ合わせる事で半永久的にエネルギーを得る事ができる。」
「反物質を利用することはできなかったが、俺は未知の金属を加工し宇宙船を建造した。1週間後に発射できる準備が整ったところで、それは突然現れた。月の軌道上の光点から飛び出してきたバスケットボール大の物質は大気圏を突き破り地球の海の上で停止すると、海の水を急激な勢いで吸い上げ、どんどん膨れ上がっていった。7つの光点から現れた7つのボールはたった半日で地球上の海水をすべて吸い上げ、元の大きさに縮小すると光点から去っていった。ボールが抜けた後、光点は消えた。」
「勿論、地球連邦はこの給水ボールを破壊しようとありったけの武器を使ったさ、でも全部跳ね返された。きっとUFOと同じシールドが張られていたんだろう。」
「海水が消失したことで海の生物は全て死に絶えた。俺は金田一長官に魚が腐る前に北極にできる限り転送、冷凍するよう指示した。」
「お~~~い、二人とも寝てるんじゃねえ!そんなに俺の話は退屈か?!」
「わぁびっくりした。急にそんな大声出さなくたって。」
アルは飛び起きた。
香音は熟睡していた。
「あれっしょ、ヒデキのおかげで人類の滅亡は3年は伸びたって事でしょ。」
「ああ、まあそういうことだ。で、俺は今回の件を侵略と位置づけ次のように結論付けた。」
「頼むからここだけは寝ないで聞いてくれ。」
「わかった、わかった。香音ちゃんはほっといていいの?」
「こいつはいい、俺の横でずっと見てきたからな。」
湯川の出した結論はこうだった。
宇宙において生命を維持するために水の存在は欠かせないものだった。
宇宙において水は極めて珍しく、極めて貴重な存在だった。
どこの銀河のどこの惑星か知らないが、地球誕生遥か以前に高度な文明と高度な技術を持った知的生命体が水を確保するため宇宙中に宇宙船の設計図を組み込んだ隕石を発射。
地球にも太古の昔7機の隕石が飛来、地層奥深くその機体を置き、地中からウラン、プルトニウム等の放射性元素を吸収しながら長い時間をかけて成長を続けていた。
それが一気に成長することになった。きっかけは1950年代にできた原子力発電所だった。原発から排出された使用済み核燃料を探知した隕石は原発の地中からウラン、プルトニウムを大量に吸収、予め組み込まれていた設計図通りの巨大UFOに成長し、プログラムされた計画通り光子ミサイルを発射し、月軌道上にワームホールを開けた。
そのワームホールを通ってあの給水器が送り込まれた。
UFO、給水器共、その役割を終えるとさっさと消え去った。
その星に残った生命の事など奴らには考える余地など全くなかった。奴らにはどうでもいい事だった。
海水がなくなると当然雨も降らなくなり、植物は枯れ空気はどんどん薄れていく。
タンクに貯蔵された水の一番優先される使い道は森林の維持であった。
かって海だった地表の下にも結構な量の湿り気が残されていた。地下水も僅かながらまだ残されていた。
人類は地球を大きく北・中央・南の3つに三等分し、植物、人間、動物を北と南に分け中央部分は放棄した。
そこまでしても人類は3年後には死滅するであろう。
「これが俺の見立てと予想だ。」
「今の人類の技術では酸素を使わず水を作り出すことはできないし、地球外の惑星から水を得ようとしても何百年もかかってしまう。」
「まあ、他の科学者達は無から水を作り出す方法を研究している。地中のマントルに多くの酸素が含まれているが、それを取り出す技術を2,3年で確立するのは難しいだろう。それにマントルの酸素を抜くと、地球自体が崩壊するかもしれない。」
10,「まあさすがの俺もお手上げさ、静かに人類の消滅を待つよ。」
「おいアル!だから寝るなと言ってるだろうが!」
「ああごめんごめん、ヒデキの凄さはよくわかったわ、さすが僕が見込んだだけの事はある、世界一の科学者だね♡」
人類史上最高の天才科学者アインシュタインに褒められたにも関わらず湯川の表情は怒りに満ちていた。
「で、ヒデキ、そのヒデキの作った宇宙船は今でも起動させる事はできるの?」
「ああ、いつでも起動可能だ。この大学の地下に格納してある。」
湯川の怒りなど全く気にも留めない様子でアルは話を続けた。
「あのUFOに使われていたのと同じ金属を使ってるって事は結構な重力にも耐えられる躯体になってるよね。」
「ああその点も多分大丈夫だ。光に近い速度にも耐えられるだろう。」
「でもアル、あんな物今となっては何の役にも立たない。ただの金属の塊さ。」
湯川はアルの目をじっと見ていたが、アルは視線をずらし、下唇を指でつまんで遠くを見るように思いつめた表情をしていた。
そして、ゆっくりと一言一言紡ぎだすように驚くべき事を語りだした。
11,「僕がこの世に転生してずっと研究していたのは。」
「次元転移装置なんだ。」
あのアインシュタイン博士の次元理論を証明しようとしてたというのか。そりゃ世間で起こってることに興味もない筈だ。
湯川は驚いたが、色々と納得する部分もあった。
「アル、その次元転移装置は完成したの?」
今度は香音が聞いた。
「なんだよ、香音お前寝てたんじゃないのか?それにどうしてお前はそうやって結論から聞くかな、開発の苦労とかアルの考える次元理論とか、アルが話したがってるとは思わないのか?」
「ヒデキそんな事はどうでもいいの。次元転移装置はもう完成したから。」
「どっひゃぁ~」
湯川は椅子から転げ落ちた。
「ヒデキは時折回りくどい時があるから、そういううざい時は私が助けてあげないとね。うふ。」
香音は頬に手を当てて首をかしげながら言った。
「いやん、香音ちゃんたら正直過ぎ~、僕もヒデキの事、この回りくどいオヤジって思ってたの~。」
「全くこのクソAIにこのクソガキが。」
湯川の頭からは湯気が出そうだった。
「次元転移装置は完成してこの大学に運んであるわ。」
「ただ僕の転移装置は4次元までしか行く事ができない。」
「だから実際転移してみないと、3次元と4次元を区切るものが時間なのかどうか、行ってみないとわからないわ。」
「もし上手く転移できて、時間軸に乗れたとしても、重力、気圧、環境等については全くの未知数だから、よっぽど強固な宇宙船じゃないと押しつぶされてしまうと思うの。」
「それでヒデキの宇宙船に賭けてみようと思ったの。」
アルは驚くべき話を一気にまくし立てた。
「あの宇宙船なら理論的には時間軸の移動にも耐えうるわ、アル。」
また香音に先を越されてしまった。
しかし俺の宇宙船を使って時間移動ができたとしてアルは何をしようというんだ。湯川はアルに疑問をぶつけた。
「アルは俺の船を使ってどうするつもりなんだ。未来へ行っても地球は人の住める環境ではないし、過去へ行って軍隊や武器を集めて持ち帰ったとしてもあのUFOを止める手段にはならないだろう。それこそ核爆弾を使ってもあのUFOには傷一つつける事はできないだろう。」
「そうか、よしわかった!」
湯川は左手の手のひらを右手でたたいて言った。
「俺の宇宙船を巨大なタンクにして、地球に生物が誕生する前にタイムスリップして海水を運ぶんだろう。」
「ヒデキ、馬鹿じゃないの。ヒデキの船に最大30万klのタンクを積んだとしても、地球の海を満たすのに50億往復必要だわ。そんなに持つかしらね、湯川の船も私の次元転移装置も。それに過去の海水を未来に運ぶと地球に生命は生まれないわね。」
「そこは半分だけ持ってくるとか…」
だめだ、この天才少女には何を言ってもかなわない、湯川は下を向いた。
「ヒデキの発想はほんといつも陳腐よね。」
アルは微笑んでいた。
「全くアルちゃんの理論は正しいわ。今の地球を救える唯一の方法ね。」
「香音お前はアルが俺の船で何をしようとしてるのかわかってるのか。」