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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第二章

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98/156

第九十五話『大切な』



……



…………



………………





駄目だ……




駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だッ!





───目を覚ませ……!




───目を覚ませッ……!




「───目を、覚ませッッッッ!!!!!」



 頭に響いた自らの言葉に勢いよく目を開く。


 沈みかけていた思考は途端にクリアになり、凄まじい速度でぐるぐると回りだした。

おそらく意識が覚醒してゾーンに入ったんだろう。


そんな頭を最大限に活用して、周囲の状況を確認する。


「激しい風に、降り注ぐ豪雨……。


───だとするとここは……海面……?

マジかよ、海底から一撃でここまで吹っ飛ばされたのか……!?」


 とんでもねぇ、なんて野郎だ……!


水中での打撃は水の重さのせいで威力が落ちるってのに……


それすらものともしないほど凄まじい威力だってのかよ!?


「どんな力してんだよ、"海の怪物"……!」


 思わずそう呟いてしまうほど、改めて実感する隔絶された強さ。

山のような図体から伸びる触腕は、複数あるそのどれもが死を体現している。


───"海の怪物"は正しく怪物なのだと、改めて思い知らされる。


「ちくしょう……!

アタイじゃ近づくことさえ出来ないのか!?」


 意味もなく海面を叩き、叫ぶ。

聞こえてくるのは吹き荒ぶ嵐の音のみ。



 雨がアタイの身体を冷やしていく。


黒い海面が揺れ、着実に体力を奪っていく。


触腕で殴られた腹から血が溢れ、黒い海へと広がっていく。


「チッ……」


───体力的にもう時間が無いな……!


 だとすれば、こんな所で漂っている訳にはいかない。

そう考え、急いで海中へ戻ろうと体を動かした。


「……ッ!?傷が……」


……しかし。


 動こうとした瞬間に、全身へ伝わる激しい激痛。

体の内側から肉を喰い荒らされるような凄まじい感覚。


それだけで意識を失いかけるような、凄まじい痛みの連鎖……


殴られたのは腹だけだというのに、どうして……!


 痛みに腹を抑えながら思考を回していく。


「あぁ……そうか、クラーケンの墨毒……!」


 思い出すのは、前に一度戦ったクラーケンの情報。


 あの時は全く気にならなかったが、皮膚が少しだけピリピリと痛んだ気がする。

その痛みの強さが十倍以上だったら、このぐらいになるのかもしれない。


「チッ……マジかよ……」


 それに、冷静になって考えてみれば、さきほど海中に居た時のアタイは明らかに思考がおかしかった。

普通だったら考えもしないような"弱音(こと)"を、何も疑うことなく口にしていた。


……気づかぬうちに身体を蝕む遅効性の猛毒に、思考を鈍らせる麻痺のような副作用。


「普通の【墨毒】だったら、少し動きを鈍くする程度の筈なのに、こんなにも効き目があるなんて……」



───危険すぎる。



 こいつは……"海の怪物"は、駄目だ。



このまま生かしておいたら、本格的に手がつけられなくなる。



ここで仕留めなきゃこれからも人を喰らい続けるだろう。



「……」



……アタイは、



───アタイは、故郷を飛び出し地上に出てから、人々に沢山のものを貰った。



この世界の歩き方、生き抜く為の様々な知恵。



共に旅をする大切な仲間たちに、守るべき環境。



それは、今のアタイへと成る為の大切なもので、捨てては行けないアタイの大切な誇りである。



なればこそ……



───その命よりも大切な、"誇り(プライド)"に反する奴を、アタイは許せるのか?








「……そんなの、許せねぇよな?」










「そうだな。私も正直許せないよ」




……?


───なんだ……?


 思わず周囲を見渡す。

その既に聞き馴染んだ声が懐かしくて、視界に広がる黒い海面を見える限り探し回る。


 しかし、見つかるものは何も無い。


 ただただ深い黒が広がっているだけだ。



───でも……今、確かに聞こえた気がしたんだが……



「……そんな筈ねぇか。

きっと毒が回りすぎて幻聴でも聞こえてんだろ」


「いや、幻聴じゃないぞ?」


……帰ってきた声に驚いて、身体が固まる。


 有り得ねぇ。

そんなことある筈がねぇ。


……だって、何も言わずに出てきたんだ。



なのに、こんな死地までアタイを追いかけてくる奴なんて、居るはずが……


「おーい、聞こえてるかー?上だ上ー!

自分だけで前ばかり見てないで、ちゃんと周りも見ろ馬鹿船長ー?」


 黒い海面は今もアタイの身体を飲み込もうとして、大きく揺れ動く。


海底でうねうねと触腕を動かす、絶望の音が聞こえてくる。



吹き荒ぶ雨風が顔にあたり、頬を伝って落ちていく。



……でも、そんなことは気にならなかった。



声に導かれるように、アタイはゆっくりと顔を上げた。



「あれ?アンリさん泣いてる?

……えっと、私のせいじゃないぞ?一人で突っ走ったそっちが悪いんだからな!?」



───目に映るのは、空飛ぶ白い布に乗っているアイツの姿。



彼女は海面で揺られているアタイを見て困ったように言葉を発した後、何も言わず此方へと手を伸ばしてくる。



……心休まるものなど無い、深く黒い海上に。



突如として現れた暖かなもの。



「うるせぇよ、お嬢……泣いてるわけねぇだろ!」



アタイはそんな友人(ナガミ)の伸ばす手を、


───しっかりと掴んで、白い布に乗り込んだ。



「どうだかな!

……ていうかいつも言っているが、私はお嬢様ではないと何度も言って───」


「ハイハイ、わかったわかった!

そんなことよりも、今はやる事があるだろナガミ?」


「……そうだな。私としても、一刻も早くそれを成し遂げたいと思っていたところだ」



アタイの隣でナガミが頷く。


それはとても頼もしくて、とても嬉しかった。



しかし、それを口にするなんて、小っ恥ずかしくて出来ねぇ。




だから、その代わりに



「"海の怪物"を……二人で倒すぞナガミ!」



そう言って、アタイはにやりと笑い頷いた。


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