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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第二章

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第九十一話『責任』


【ながみ視点】


「……えーと。場も落ち着いたところでな?

そろそろ話の続きをしていこうと思う……」


 静まり返った訓練室にアンリさんの声が響く。

どこか緊張した面持ちで発したその声だったが、反論しようとする者はいないようだ。


 先程まで騒いでいた乗客たちは"何故か"私の方をちらちらと見ながらアンリさんの声に耳を傾けていた。


 なんだろうなぁ?


 私の顔になにかついているのかなぁ……?


 何か言いたいことがあるなら言ってもらっても構わないんだがなぁ!?


そんな気持ちを込めて、私はゆっくりと乗客達の方を見る。


「ひっ……!」


 しかしその瞬間、全員が息を合わせるように前を向いて固まってしまった。


はぁ……なんだかなぁ?


静かになったのならそれでいいんだが……


 なんか、非常に居ずらい雰囲気になってしまった……


 私の口から漏れたため息に、ビクリと肩を揺らす乗客の後ろ姿を眺めながらそんなことを考える。


「とりあえず、先ずは状況確認から……」


 重苦しい雰囲気の中、軽く咳払いをしてアンリさんが話し始める。

それと同時に隣に控えていた船員が、手に持っていた紙束……おそらくこの海域の地図であろう物を広げ此方に見せてくれた。


 私のように、この世界のことを詳しく知らないものにとっては、ありがたい準備だろう。

その地図を眺めながら、そんなことを思う。


「えー、最初に……今回突如として発生した"嵐"は、皆さんがご察しの通り自然発生したものでは無い。


昔からシーアシラの緑海(えんかい)に棲むとされている"海の怪物"……『クラーケン』によるものだ」


 アンリさんの言葉に、訓練室の重苦しい雰囲気がより強ばる。

私がいるせいか口を開く人はいないが、全員が鬱屈そうな表情を浮かべているのがわかった。


 ふむ、乗客達の反応からして、どうやら『クラーケン』と言うやつは相当やばいらしい。私は周囲の顔色を伺いながら、一人頷く。


「『クラーケン』について知らないものも居るかもしれないので、一旦補足を話そう。」


アンリさんがちらりと私の方を見て、話し始める。


「『クラーケン』は、獲物となる商船を待って深海に潜み、嵐と共に現れ全てを喰らい尽くすとされる、多数の触腕を持つ有名な海洋魔物だ。

自らの固有スキルによって発生させた嵐は厄介なもので、何の予兆も無しに現れるため回避ができない……ここまでは理解して欲しい」


 はぁー、予兆無しの嵐か……それは回避不可だ。

街中歩いてたらいきなり通り魔に刺されたみたいなことだもんなぁ……


 うむ、これは不運としか言いようがない。どんまい皆、どんまい私って感じである。

 ルフとルミネさんの為にもこんな所で死ぬ気は無いが、しかしどうしたものか。


「『クラーケン』はその性質上深海に潜んで獲物を待つため、探知魔法にも引っかからない。

故に、どれだけ警戒していても、なすすべもなく狩の領域に入ってしまうのが現状だ。」


 うーむ、ままならない話だ。

まぁ……とりあえず、水浮のふとんスキルでもレベルアップさせとこうかな。軽い護身ぐらいにはなるだろう。


そんなことを考えて、私はこっそりとステータスを開いた。


 話は続く。


「……しかし、いくら"嵐"が突発的で回避不能なものとはいえ、乗客の皆さんの命を脅かす状況に陥ってしまったのは事実だ。

なので、その点について魔導船船長として深く謝罪しようと思う。

……本当に申し訳なかった」


 そう言って、乗客達に向かい深く頭を下げるアンリさん。


 やはり上に立つ立場の人間は大変である。

たとえ自分に非が無かったとしても、何か問題が起きてしまえばそこに責任が生じる。


……自分は悪くないのにあんな風に謝るなんて、私だったらできないよ。全部嫌になって逃げ出してしまうのがオチだ。


 私はそんなことを考えて、頭を下げているアンリさんを見つめた。


───思えばその瞬間、全員の視線がアンリさんに集中していた気がする。


そんな中、アンリさんがスっと顔を上げて、告げる。


「──海上で『クラーケン』に勝てる生物など、存在しない。


……それがこの世界の常識だ。皆さんが取り乱してしまうのも仕方がないかもしれない」


 それは、この状況下において絶望的だとしか言い様のない、この世界の認識。

きっと、この世界に長く生きていればこそ、重く感じる言葉なのだろう。


 そんなアンリさんの不安を煽る言葉に、乗客全員が動揺して……


 そして、遂に我慢ならないといった様子で乗客のひとりが口を開こうとする。


しかし、アンリさんは有無を言わさずに言葉を発した。


「───だが、それはこれまでの世界の常識だ。

……この船は、世界最高峰の技術でもってして作られた、最高の船、『魔導船』だ」


 この場にいる誰にも反論させないぐらい、力強く、アンリさんは乗客達に向けて、そう言葉を紡いでいく。


 それは、乗客達にとって正しく『アリアドネの糸』のような……

この絶望的な状況を抜け出す為の、希望の道しるべと成りうる言葉だっただろう。


「……ほんとうに、どうにかなるのか?」


 客員の1人が、縋るようにアンリさんを見つめる。

さっきまでの剣呑なものでは無い、"期待する"様な眼差しだ。


アンリさんはそんな彼らを見つめ返し、 ゆっくりと口を開いた。


「私はその魔導船の船長として……この命にかえても、皆さんを目的地へと送り届けると誓おう。


どんな嵐にも負けず、魔物にも負けず、波にも負けず、乗客の皆様全てを送り届けると誓おう!




───だから、その命。少しの間だけ、私に預けて欲しい。頼む……!」



───それは、誠実に、実直に……


 裏表の無いアンリさんだからこそ出来る、純粋な本心からの言葉だと分かる重みのある言葉だった。


そんな言葉を受けて、乗客は何も言わずアンリさんの瞳を見つめ返した。


それは、無言の肯定であり……


「……ありがとう。


───では、今後の流れを話していこうと思う」


 アンリさんにとって、ここに居る者全てのものの命を背負うという、重責の載った眼差しであった。


……だというのにも関わらず、アンリさんは毅然とした態度を崩さない。

 うむ、素晴らしいまでの覚悟だ。

数刻前まではただの脳筋だとばかり思っていたのに……やはりこの船の船長やってるだけはある凄い人である。


「では、まずは『クラーケン』に対する具体的な対策と、乗客の皆さんの避難行動から……」


 乗客達の目線を一身に受け、話を進めるアンリさん。


 その堂々とした立ち振る舞いを眺めながら……


私はこの船にいる誰のものよりも耳心地の良い、その勝気な女性の声に耳を傾けるのだった。


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