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第九十話『嵐』


【ながみ視点】


「うっぷ……あぁ、揺れが酷くなってきたな……」


 魔導船一階、一番奥にある角部屋。

私用の客室であるその場所に置かれたベット……の上にひかれている布団に横になりながら、私は静かに呟いた。


───え?何故だれもいないのに呟いてるのかって?


……いやだって、なんかめちゃくちゃ揺れるんだよさっきから!

上に下に上に下に上に下に上に下にうねうねうねうねうねうねうねうねうねうね……!


もう半分ジェットコースターみたいなもんだよこれ……?

三半規管拷問装置だよこれ……?


……だから独り言でも呟かないと吐きそうなんだよ!


「というわけで、私は無と喋っているのだ……うっ……!」


 喉の奥から来る異物を感知し、咄嗟に口を抑える。

すると、出口を失った異物たちは舌打ちでもするかのように喉奥へと戻って行った。


───あ、あぶない。あと少しで出るところだった……さっき出したからもう出るものも無いはずなのに……!


……きっと次吐く時は、内臓が飛び出る時だな。

死なないように気をつけなければ……!


 私はそんなことを考え、ぐわんぐわんと揺れる脳内を落ち着かせるようにうろ覚えの回復体位をとる。

えっと、右手が上に来るんだっけ?足交差させるんだっけ?


……うむ。とりあえず楽な姿勢を心がけておけば


『コンコン』


 そんな時、私の部屋にノックの音が響いた。


どうやら誰かがやってきたようだ。


「すみませんちょっと今動けないんで、勝手にどうぞ……」


「あ、いや!それならばこの場で伝えさせていただきます!

私共の船長からの通達で、乗客の皆様並びに乗務員は十七時に訓練室へお集まりください。

……だそうです!失礼します!!!」


 朦朧とする頭で情報を整理し、部屋に掛けられた時を刻む魔導具を眺める。


 十七時か。あと一時間後だな。

きっと、この揺れについて話をするんだろうなぁ。


そんなことを考え、おそらく乗務員であろう扉の外に居る人にお礼を言おうと口を開いた。


「そうですか、ありがとうございまうっ……!?」


……その瞬間、私の胃が悲鳴をあげた。

慌てて口元を抑える私。


「えっと……では、失礼しました!お大事に!」


 異常事態を察してか、扉の外から足早に駆けていく足音が聞こえる。

人の看病なんてしたくないだろうしなぁ……当然かぁ……


「うっ……」


 木の床がうち鳴らすそれと、外から聞こえてくる雨風の轟音を聞きながら……


「あ、あぶな……内臓出かけた……」


私はゆっくりと自らの回復に務めるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「は、はは……何とか辿り着いたぞ……!」


 一時間後、訓練室。


 あの後何とか布団から起き上がり十七時ギリギリで辿り着いたその場所は、沢山の人で溢れかえっていた。

 あきらかに冒険者であろう見た目の女性や、昔歴史とかの教科書で見たような貴族然とした男、商売道具なのだろう大きな鞄を背負った商人等……本当に様々な人が居るようだ。


たぶん、全員私と同じ乗客なのだろう。


私はそんな彼らを眺めながら……


「……私は出来る子……私は出来る子……」


 訓練室の隅っこの方に体育座りをして、必死に揺れを耐えようと自らに暗示をかけている最中だった。


……いや、こうでもしないと揺れに耐えられないんだ許してくれ!

誰に許しを乞うてるのかは分からないが許してくれ誰でもいいから!


「私は出来る子……私は出来る…うっ……!?」


───突然の嘔吐感に、私が口を抑えている。


そんな中、訓練室にある中央リングに一人の女性が躍り出た。


 薄い茶髪を後頭部で緩く編み込み下に流した髪型に、目は赤く大きなつり目。


 青色のスポーツブラの様な服の上に、若草色の法被(はっぴ)のような上着。


右腕に巻かれた赤いスカーフ。


 そして最も特徴的な、肩に担がれた大きな(アンカー)と、顔の横側から生えている魚のヒレのようなもの。


ここ数日、私に幾度となく試合を仕掛けてきている勝気な女性……魔導船船長のアンリさんその人である。


「あー、乗客の皆さん。突然の召集にも関わらずお集まりいただきありがとうございます。

魔導船船長のアンリ・ルーイエです」


 アンリさんがいつになく真面目な面持ちで口を開く。

その声は私と試合をしている時のように明瞭豪快なものではなく、話している言葉の口調から"堅苦しい大人の挨拶"とでもいうような様子を聞き取ることが出来た。


……ていうか、アンリさんのフルネーム初めて聞いたな。

家名はルーイエって言うのか。覚えておこう。


「今回お集まりいただいたのは、他でもない。

今現在、魔導船目掛けてやってきている……"嵐"についてです」


 そのアンリさんの言葉を聞いた瞬間、乗客が一斉にどよめくのがわかる。

皆一様に不安を隠すことも無く、周囲の者たちでざわざわと話し顔を青ざめさせている。


 うーむ。なんで驚いてるんだろうか……?

この揺れならば、ここに集まる前から嵐だと検討はついてそうなものだが?


 実際、私は嵐だろうなって予想してたし……


「皆さん、慌てるのもわかります。

ですが、どうか今は落ち着いてください。私どもが……」


「このシーアシラの緑海(えんかい)で"嵐"なんて、落ち着いていられるかよ!?」

「そうだ!アイツが来るに決まっている!

……あぁ、神よ!何故、何故……!?」

「ははっ……もう終わりなんだ、俺の人生……」


 アンリさんが騒ぐ乗客を止めようとするが、それに対し乗客はどんどんとヒートアップしていく。


───取り乱すもの、神に祈るもの、絶望に落ちるもの……

様々な負の感情が渦巻いて、訓練室には異様な空気感が出来上がっていた。


「皆さん、落ち着いて!」


「終わりだ……あいつが、あいつが来るんだ……!」


 しかし、その様子から察するに……

乗客たちは迫り来る嵐そのものを怖がっているのでは無さそうだ。


何か……"その先のもの"を怖がっているといった様子だな。


「皆さんが慌てるのも分かる!だが、時は一刻を争うんだ!

だから聞いて……」


 アンリさんが声を荒らげる。

皆の慌てように、もはや体裁を取り繕うことすらできないようだ。


それほどまでに、必死に訴え掛けようとする声だ。

乗客のために動こうとするアンリさんの声が、この部屋中に響いている。


「───あぁ!?

そもそも、お前がしっかりしてないからこうなったんだろ!?」


 しかし……それを聞いて、乗客の一人が騒ぎだした。


それは不安を募らせる乗客にとって、とてもよく響く福音であり……


「いや!"嵐"は突然のもので」


「そんなの言い訳だろ!?お前のせいだッ!」


───アンリさんにとっては、悪魔の囁きような言葉だった。


「いやだから……」


「だからもクソもねぇんだよ!」

「そうだ!責任取れよ!」「どうにかしろよ!船長なんだろ!?」


 ふむ。話を聞こうともしない乗客達のせいで、アンリさんはタジタジといった様子だな。

まぁこういう時の人間は弱いからな……こうなるのも仕方の無いことではあるが。



「───お前のせいで、俺たちは死ぬんだッ!」



だが、不味いなぁ……


非常に不味い。



「───そうだ!お前のせいでッ!」



これは……やばい。



「───おい、責任取れよッ!」



……あ。




───もう無理だ。



「……だいたい、何が慌てるのもわかる!だよ!

俺らの気持ちなんてお前にッ───『ふとん召喚︰絡め布』ぐッ?!」


 アンリさんに楯突こうとした男の口に、複数の白い布が巻き付く。

長く、長く伸びた布は硬質で……しかしそれでいて柔軟で、キリキリと男を縛りあげて離さない。


「な、なんだ!?」


「───ん゛!?ん゛ぅッ!?」


 周囲の人々がざわめく。

拘束された男は動かせない体を必死に動かし、困惑したような目で視線を動かす。


そして、彼らの視線はその白布を伝い、訓練室の隅に居る人物……


「……」


 敵を拘束するための布団技【絡め布】を発動させている、体育座り状態の"私"へと全て集まった。


「お、おいナガミ……アタイは大丈夫だか……」


「お前何してんだよ!まさかコイツの方につくのか!?」


「ん゛ー!ん゛ー!?」


 アンリさんが驚いたような、そして申し訳なさそうな顔で私に言葉を掛けようとする。


しかし、激情した乗客に遮られ、その声は消えていった。


「コイツの側につくってんならなぁ、お前もボコボコにしてやるからなァッ!?わかってんのか!?」


 数人の乗客が私に近寄り叫び散らす。


私の耳元で、体感警笛ぐらいの音量で叫び散らす。


「おい、何とか言えよ女ッ!」




あーーーーーーー……うん。




「おい、聞いてんの、か……?」


───私は、


───そんな彼らに向けて、人生で一番と言っても良い剣幕と凄まじい眼力でもって……



───ゆっくりと口を開く。













「……お前らの声が、頭に響くんだよ……


わかるか……?私の気持ちが……?


お前たちに、私の気持ちがわかるのか……?



───船酔いで、頭が死ぬほどに痛い私の気持ちが、お前らにわかるのか……???????????







 おい、次に口を開いた時が、お前らの命日だと思えよ……!?」




















「……あ……はい………スミマセン……(震え声)」





……後でアンリさんに聞いた話によると、それは言葉で言い表せないほどに酷く恐ろしい威圧感だったという。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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