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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第二章

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第八十六話『海と私』


【ながみ視点】


───どこまでも続く青い空に、ふわりと浮かぶ白い雲。


 その広大なる空のキャンバスを彩るかのように、優雅に飛んでいく鳥たちの群れ。

 彼らは下界のことなど興味が無いとばかりに、此方のことを見向きもせずに飛び去っていく。


 そして、そこから少し視線を下げれば、空の青を写したかのように広がる綺麗な海。


 太陽の光を反射してキラキラと光る水面は、波によって波紋を作ってはザパンと音を立てて通り過ぎて行った。


その様子をよくよく眺めてみれば、様々な魚類や不思議な形をした海中植物、今まで見たことも無いような生物などなど……


その透き通った体中で、沢山の生命を育んでいる事が分かる。


偉大なる母なる海。


大いなる母なる海。


私はそんな海に対して、心の底から感嘆の意を評しながら……


「おぇぇぇえっ……ゲホッ、おぇえ……!」


……偉大なる母に向けて、今朝食べた兎猪(ラビット・ボア)の照り焼きを丁重にお返しするのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アシエーラ共和国南部に位置する街・シーアシラ港町から、魔導船に乗って海を渡ること約三日。


 私は『魔道学園都市国家・マナレルム』という、とある島国へと向かう船の上で、酷い吐き気と頭痛に悩まされ続けながら日々を全うしている最中だった。


「くそぉ……なぜ船というやつは、いつも私を苦しめるんだ……!」


 魔王の配下を名乗る謎の少年……

ロイの魔術を受け、眠りから覚めなくなってしまったルフと、私の友人であるルミネさん。


その二人を取り戻すために出発した旅路だったか、早くも前途多難である。


───というのも、私、そういえば船が大の苦手なのだ。


 親に連れられて離島に行ったり、海外に行ったり、昔から船に乗る機会はあったのだが。


毎回毎回、こんな風に揺れに負けてしまう……!


その度に、今後絶対船には乗らないと誓っているというのに、私と来たら!何度乗っても適応も対策もしないのである!!!


「───うえっぷ……うぅッ…?…!!」


そして、その結果がこれだよ……


 異世界にきてステータスを手に入れ、肉体も強くなったし大丈夫かな〜?なんて思っていた自分が恥ずかしい。

レベルが上がっても内臓が鍛えられる訳では無いのだ。なのに、安易な考えで対策もせず乗船してしまった私が馬鹿だったッ……!


「くっ……魔導船め……!

異世界最高の船を語るならば、せめて乗員の船酔いぐらい何とかして欲しいものだっ……!」


 いくら客室が広くて、綺麗で、娯楽や食事等の施設が充実していたとしても、こうも永続的に呪われていては楽しめんのだよ!


……こんな、船体の横に水の流れを操る大きな魔導具をつけるぐらいなら、揺れを絶対的に抑えてくれる魔法的な何かを施してくれても良かったじゃないかッ!


「船体の横にバカでかい砲台をつけるぐらいならば、酔いを抑える魔導具をつけても良かったじゃないか……!」


 私はそんな風に海に対して俯きながら、虚空に向かい粛々と愚痴をこぼす。

その様子は全くもって哀れであり、傍から見れば弱った犬が泣き叫んでるようなものだった。俗に言う負け犬の遠吠えである。


「はっはっはっ!お嬢、そりゃあ求め過ぎってもんだぜ?」


 しかし、そんな負け犬な私に対して、声をかけてくる影が一つあった。

船舶の端から端どこからでも聞こえるだろう、とっても豪快な音量をした、活気溢れた女性の声であった。


「……ッ!?」


 私はその声にビクッとし、額に大粒の油汗をかきながら、恐る恐る彼女の姿を確認する。


───赤の腕章に、錨のマーク。


肩には、そのマークと同じようなデカい錨を、そのまんま背負っている大柄の女性。


 私と頭ひとつふたつ分ぐらい差がある、大男のようなデカい身長(胸もでかい……)に、薄い茶髪を後頭部で緩く編み込み下に流した髪型。

目は大きく赤いつり目に、口からは健康そうな白い歯が見え隠れしている。


向けてくる笑顔が狂犬のようで、ひとたび目を逸らせば肉を食いちぎられてしまいそうな威圧感がある。


「あっ……アンリさん!

いや、別に私は船を罵倒した訳では無いですよ……?ほんとですよ!?」


 私はそんな様相をしている、この船の船長であるアンリさんに向けて、必死に弁解の言葉を投げかけた。


「───そうかそうか!

てっきりアタイは、アタイの船が気に食わないって言ってるかと思ったよ!

……危うく半殺しにするところだった!」


───ひっ……!こ、殺される!?


 豪快に笑ってはいるけど、その瞳の奥からめちゃくちゃ鋭い殺気が感じられる!?


何としても取り繕わねば!?


「は、ははッ!

やだなぁそんなわけないじゃないですか!もう最高の船旅ですよ〜!」


 流れるように組まれた肩から、射殺すような圧力を感じるよ……?これ殺される???え、私ころされるの?、??


 ウェットスーツのような素材でできた青色のスポーツブラの様な服が、ギュッ……!と握り込まれたアンリさんの腕越しに、私の肌へしっとりとくっついてくる。


 その上に纏われた青色の法被(はっぴ)のようなものが私達を阻んではいるが、その薄い素材ではアンリさんの筋肉質な肉体を隠しきれていない。


───事実として、法被(はっぴ)を結んでいる錨の描かれた赤の腕章、スカーフのようなものが、二の腕の部分でギチギチと苦しそうに悲鳴をあげているのがみてとれた。


うん。この剛腕で殴られたら、間違いなく死ぬな……?

その様子を見て、私は先程の酔いとは違う意味で顔を青ざめさせて、必死に命乞いを始める。


「いやー、アンリさんの船かっこいいなぁー?!!!私みたいな小市民が乗っていい船じゃないわー!

まったく、こんな船の船長なんて、マジでかっこよすぎて憧れますよ〜〜〜っ!!!」


───鍛え上げられた太腿(ふともも)は、それを強調するかのように履かれた黒いスパッツ的なものにぴっちりと包まれていて、その凶悪さを顕にしている。


 その上から履いている横側の空いたルーズなパンツがなければ、体のラインがしっかりと出てしまっていただろう。


 私は、アンリさんの顔の横側から生えている、魚のヒレのような耳?を見つめながら、祈るようにアンリさんに縋りよった。


「そうかそうか!!!そうだよなぁ?!そんなに褒めて貰えて、アタイも嬉しいよッ!」


「そうですそうです……!

アンリさんの船が最高すぎて、もう外の景色が見たくって見たくって!


……ですので、私の肩を離してもらえると嬉し───」


「あ゛……?」


「いやなんでもないです……」


 はは……凄まれた瞬間、一瞬で心の牙が全て折られる音がしたよ……ボキボキだ。


 このままじゃ組んでる肩が壊されると思い、離してもらおうと命乞いしたが、この様子だと多分それを言った瞬間に壊される事を確信した。

肩が滅茶苦茶に粉砕されることを確信した……!


そうなれば、心も体もボキボキである。


 ここはもう、身を任せるしか無いみたいだ……


「よーし、そうと決まれば、アタイといっしょに訓練室に向かおうなっ!」


 私の首をギュッ……!っと絞め……もとい抱き寄せてくるアンリさんの剛腕と、デカい胸……胸筋?を肌で感じながら、甲板から船内へと引き摺られていく。


私はそんな中、はるか上空を流れる雲を見やり、自らと雲の自由さ加減を比較して軽く絶望する。


「さぁ、きょうも愉しく遊ぼうかお嬢ッ!」


「ふぁ……ふぁい……」


───しかし、今日これから起こる絶望は、きっとこんなものではない。絶望も絶望、絶絶望である。


 私はより一層に青くなっている顔を震わせながら、割と上手い鼻歌を奏でているアンリさんに連れられて(拉致されて)……地獄へと向かっていくのだった。


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