第八十二話『特異点』
【ながみ視点】
「みんな、大丈夫か!?」
外からでもわかるぐらいボロボロになったギルドの扉を開けて、私はそう声を発する。
ギルドには職員の皆やルミネさん、ギルマスやジンさん。
……そしてルフが居るはずなのだが。
───しかし、私の言葉に返事をする者は無い。
その代わりに、破壊されたテーブルや床の木片と、ただただ不気味な静寂だけが私を出迎えた。
「ながみちゃん、いきなり走り出したら危ない……
って、なんやこれ……?」
きっと、私が走ったのを見て急いで来たのだろう。
少しだけ息が荒くなっているアーネさんが、ギルド扉の前で立ち止まっている私に声をかけ……そして、私を押しのけるようにして中に入っていく。
「アーネさん……これ、何が……?」
「ながみちゃん、落ち着くんや……こういう時こそ、冷静に……れい、せいに……?」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、ギルドの中を探索し始めたアーネさんだったが……
しかし、突如としてその綺麗な顔が、曇る。
その表情は、とても信じられないものを見たような……
信じたくないような、そんな表情で……
「アーネさん……何か、あったんですか?」
「……」
「アーネ、さん?」
「ながみちゃん、こっちきたらあかん」
アーネさんは私の視界を遮るように、自分の目の前にあるものを隠す様に体を動かして、声で私を静止する。
───その体は、酷く震えていて……
発する声は、悲しそうであり、怒っているようでもあり。
私はその様子を見て、嫌でも状況を察してしまう。
「……死体ですか?」
「……」
「アーネさん、私は……」
「……いいから、くるな。師匠命令や」
「でも……」「な、なんだこれ!?」
その暗い空気を切り裂くように、後からやってきたアキザさんさんたちの驚く声がギルドに響く。
中にいる私たちに続き慌ててギルド内部を探索し始めて、ボロボロになったイスやテーブルを唖然として眺めていた。
……その時に、アーネさんが自らの上着で何かを覆っていたのを視界の外に見たような気がする。
「これどうなってるの〜?
なんでこんなに穴が空いてるんだろうー?」
「……これは、誰かと争った跡だろう。
あの蜥蜴以外にも侵入者が居たのだろうな」
ヌルの間の抜けた言葉に対して、アーレ君が冷静に考察を進める。
私は困惑して動けなかったというのに、年下のアーレ君はこんなに冷静に……情けない限りである。
「しかし、そんなの許せませんよ!
拙者らのギルドを襲うなど、身の程知らずにも程が有ります!」
「そうですわね……わたくし共の街を……あら?
───そういえば、ギルドに居た皆様は何処へ……?」
「……ッ!?そうだ、ルフッ!?」
ルーチェさんのその呟きを聞いて、ハッとして上を見上げる。
そうだ……ルフが、ここにはルフが居るんだ!
だとすると、ルフの身に危険が……?
「ッ……!?」
───なぜ一番初めに、ルフの身の危険性を思いつかなかった!?
なぜギルドの扉を開けた時、立ち止まったんだ!
なぜ危険に気がつかなかったんだ!
カゲロウと戦って死にかけた時も、待ってるって……
ルフが待っててくれてるから、意識を保てたというのに!
どう考えても、私は一番初めに、動くべきだろう!?
保護者として……
いや、友として……!
「ルフッ!ルフッ!?」
───私は壊れかけた階段を駆け上がっていく。
二階にある、冒険者用の宿屋の奥の部屋。
そこへ……ルフが寝ているはずのその場所へ走っていく。
そして……
「ル、ふ……?」
扉を開けた先にあった、その光景を見て……
「あれ。君、もう来たの?
……はぁー、あのクソトカゲほんとうに使えないなぁ」
───ルフの胸に刃を突き立てている白髪の姿を見て、その愛しい名前を、呟くことしか……出来なかった。
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【ロイ視点】
「あーあ、面倒臭い……
下にいたおねぇさんに時間かけすぎちゃったかな?」
目の前にいる人間を見て、内心で舌打ちしながら笑顔を作る。
唖然とした表情で固まっている彼女は、明らかにこの器と一緒に居た"特異点"だ。
───魔王様の言っていた、神の加護を受けた"転生者"。
極力関わらないようにと言われていた、我らにとっての驚異となりうる存在。
それを確認しながら、軽く息をついて口を開いた。
「やぁやぁこんにちは?
ちょっとこれ殺すから、待っててくれないかな?」
はぁ……とてもめんどくさい事になったね。
"特異点"とは顔を合わせたくなかったのに、こんな所で見られちゃうなんて……
まだ"青狼"も殺しきれてないから、少しだけまず───
「お前ッ!!!ルフから手を離せッ!!!!」
しかし、そんな僕の思考を遮るように、"特異点"の手から布のような何かが僕に向けて打ち出される。
こんな魔法は見たことがないし、多分こいつの固有スキルだろう。
僕はそんなことを考えながら、それを避けることもせず手で受け止めた。
「ははっ、僕にそんな攻撃効かない……あ?」
しかし、僕の言葉とは裏腹に、僕の手からは血が零れて……?
「───お前、なんで僕に傷を……」
「その手を離せって言ってるの、聞こえないのかッ!?」
「……ッ!?」
───こいつの攻撃が、僕に傷を与えた。
その事実を理解した僕は、迫り来る布のようなものを全力で回避して"特異点"から距離をとる。
そして、"真理の術式"を発動して彼女の魂を覗き見た。
「ちっ……!」
───クソが……なんでこいつ、既に"目覚めて"るんだ!?
僕の見立てではもう少し先だと思ってたのに……!
僕と接触して目覚めないように、"転生者"であるカゲロウを当てたのが逆に不味かったのか!?
畜生!こうなるなら、最初っから僕が殺しに行けば良かった!
「あぁッもうッ?!上手くいかないなッ!??
フェンリルは殺しきれないし、"特異点"は目覚めるしッ!」
「お前、何を言って」
「───なら、せめてコイツだけでも使えなくしてやるッ!」
僕はそう叫び、ふたつの術式を構築して発動する。
「っ!?お前、何をッ!」
ひとつは驚異となりうる"特異点"を拘束するための"停止術式"。
これは空間にある物質そのものを停止させる古の魔術である。
まぁ、ある程度の魔力抵抗がある生物だと、すぐに逃げられちゃうんだけどね。
「───ッ……体が、動かない……!?」
……でも、これを完成させるぐらいの時間は稼げるのさ。
僕は体をピクリとも動かせなくなった"特異点"を横目に見ながら、"青狼"の器に近づいていく。
「おい、おいッ!私のルフに触れるなッ!近づくなッ!」
「あぁ、ごめんねー?
君にも構ってあげたいけど、今は時間ないからさ!」
「近づくなって言ってるだろう!?絶対に許さないからなッ!おいッ!?!!」
「はははっ、怖いなぁ!
これに触っちゃったら、いったいどんなことされちゃうんだろうねぇ?」
「このッ!殺してやるッ!」
「さぁてと、君とこうやって話しているうちに……完成したよ?」
必死に動こうとしている"特異点"を笑いながら、器の頭に僕の手をのせる。
そして、僕の呪文で寝ている器に向けて、掛けている"催眠魔術"よりもとても強い催眠魔法……
「やめろッ!やめろォッ!」
「ははっ!これで終わりだ!」
───魂すらも眠らせるようなそれを、
構築した"永眠魔術"を器に向けて発動した。
「よーし、これでとりあえず大丈夫でしょ!
魔力抵抗の強い種族ならともかく、青狼の子供達は魔力抵抗無いに等しいしね!」
「ルフ!ルフッ!起きろッ!起きて逃げるんだッ!」
「無駄だよ?
彼女はもう起きないんだなぁ!
そ、れ、も……!!
───今後一生、意識を保ったまま……ねぇ!?」
それを聞いた瞬間、"特異点"はプルプルと震えだした。
おそらく、怒ってるんだろうな!
おねぇさんも面白かったけど、"特異点"の表情も面白くて憂さ晴らしに最高だね!
……でも、もうすぐ停止術式も解けちゃうし、そろそろお暇しなきゃ!
もう少し遊びたかったけど、仕方ないね!
「お前、お前は、絶対に、許さないからな……!
覚えてろよ……!
地獄の果てまで追いかけて、絶対にぶち殺すからな……!?」
「ははははは!それはそれは嬉しいことだね!
僕の名前はロイだよぉ?次に会う時まで、覚えておいてねぇー?」
僕は怒っている彼女を煽るように言葉を掛ける。
そして、話している間に構築した"転移術式"を発動した。
「じゃあねぇ……?哀れな人間さん?
───この、動かないやつのお世話、頑張ってねぇ!」
「あぁぁああぁぁぅああッッッ!お前ぇぇぇええええッ!??」
怒ったような、絶望したような、そんな"特異点"の顔を見て……
すごく愉しく嗤いながら、僕はその空間からゆっくりと姿を消した。
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