第八十話『陽炎なる記憶』
【カゲロウ視点】
「あぁ……あぁ、吾のスキルが……」
目の前の青板に書いてある……いや、書いてあったはずのスキルが見当たらない。
いくら見返しても、いくら眺めても、そこにあるはずのスキルは無くなっているのだ。
「なぜ……何故だ……?どうして……?」
レベルが20も失われている上に、最近大きくなっていた【怒】とそれ以外のスキルも失われ……
そして、魔王から貰った【傲慢】までもが消え去っている……
吾が魔王に認められた証……ほかの竜人族たちと位を分けるための、上位種族としての存在意義……
それが……失われている……?
吾はそれを見て、正しく絶望して地に足を着いた。
「これが、お前の殺そうとしたアキザさんの力だ」
「あの男の……力が……」
吾はもう怒りすらも感じなくなった頭で、その言葉の意味を理解して頭を抱える。
───吾は負けたんだ……同郷のこいつに、負けたんだ。
上位種族である吾が、劣等種族である人間に……
いや、そんなもの、最初から……
「吾は……トカゲだ……弱い、弱いトカゲだったんだ」
───吾は、最初から、上位種族などではなかった……
というか、上位種族なんてものが存在しているはずがない。
あるとすれば、力の弱いものと、力の強いものだけ。
吾はそれを心の奥底で理解しながらも、人間に、そして目の前の同郷に食ってかかった。
「あぁ……弱い……弱い……」
吾は、人間だった吾は20歳で日本で死に、そしてこちらの世界に生まれた。
───しかし、その姿は、醜い……醜いトカゲで……
吾は、目の前で吾を見つめている同郷が、人間であることを許せなかっただけだ……
だから、人間を見下して、自分を上位種族とすることで、弱い自分を隠した……
「こんな、こんなことでは、吾はもう魔王の為に……」
傲慢に生きてはいけない……
魔王の為に……
傲慢に……
……
……
……?
「"魔王の為に"……?」
───なんだ……?
なぜ吾は、魔王の為になどという理由で、この街に攻め込んでいるのだ?
いや、それは、魔王が傲慢に生きろと……
いや……?
「……おい、どうしたカゲロウ?」
───同郷の言葉が聞こえる。
頭を抱えている吾を、あろうことか心配してくれているようだ。
しかし、吾は、その問いに答えられなかった。
答える余裕がなかった。
『おい、どうしたんだカゲロウ?』
吾はその言葉で、あることを思い出していたからだ。
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魔族領にある吾の故郷、魔族領︰イーヴァ=レイファ。
その、国営騎士団の宿屋の一室で二人の竜人族が話をしている。
どこか湿っぽい雰囲気を醸し出しながら俯いている竜人族に、もう一人の竜人族が話しかけた。
『カゲロウ、そんな悲しい顔をして……大丈夫か?』
話しかけた竜人族はイーヴァ=レイファの国営騎士団、通称【竜騎士団】にて、"七竜"の名を与えられた竜人族の一人である"イーヴァン"という男だ。
彼は故郷にいた頃の吾の同期であり、剣術が上手く誰にでも優しい、まさしく騎士といったような男で……吾の唯一の親友だった逞しい男である。
そんな彼に話しかけられた竜人族は、ゆっくりと顔を上げて、引きつった顔で控えめに笑いながら口を開いた。
『あぁ、大丈夫……全然、なんとも……
───いや……でも、ほんとうはちょっと苦しくて……』
俯いている竜人族は悲しい事を悟られないようにしたかったのだろうが、親友のその姿を見てくしゃりと顔を歪ませると少しだけ本音を漏らした。
対面しているイーヴァンよりも、ひと回り体躯が小さい竜人族。
同期であるイーヴァンが"七竜"にまで上り詰めているというのに、自分は一等兵どまりの冴えない竜人族。
───おどおどとしたこの男は【竜騎士団】にいた頃のカゲロウ……つまり、昔の吾であった。
『やっぱり、あれか?
魔王のところに出兵するのが怖いのか?』
『うん……隊長は選ばれたって言ってたけど、きっと……』
───昔の吾はその言葉の続きを言わず、顔を曇らせて俯いた。
しかし、それも仕方の無いことである。
何故ならば魔族領において魔王の元への"出兵命令"というのは、本当に恐ろしいことなのだから。
『そうか。まぁ、流石に怖いよな……』
『……うん』
静かな沈黙が流れる。
きっとイーヴァンとしては、吾に何かしらの言葉を掛けてやりたかったんだろうけど……
魔王の元への"出兵命令"の意味を知っているからこそ、大丈夫なんて言うことは出来なかったんだと思う。
───魔王の元への"出兵命令"。
それは、竜人族において……特に【竜騎士団】に所属しているものにとっては絶望の命令だ。
意味としては……
『なんで……なんでお前が贄にならなきゃいけないんだよ……』
───生贄。
沈黙を切り裂くように、呟かれたイーヴァンの言葉。
その手は固く握られていて、小刻みに震えていて……
その顔は、暗く俯いていて見えない。
『ぼ、僕が弱いせいだから……そんな』
『───何言ってんだ!お前は弱くないッ!』
『ッ……!』
吾はイーヴァンの叫びに、顔を強ばらせる。
『お前は本当は俺と並ぶぐらい強いのに……
なのに上のやつらは、お前が"転生者"だからって理由で……!
クソッ!』
イーヴァンがドンと壁を叩く。
土の壁面がぱらぱらと崩れた。
吾はそれを見て……やるせない気持ちと、胸が締まるような感情を抱え込んで、その壁をただ見つめることしか出来なかった。
そんな中、顔を隠しながらイーヴァンが口を開く。
『……カゲロウ、いいか?
今から俺が言う約束を、絶対に守れよ?』
『……うん』
『お前は、生きてここに帰ってこい!絶対だ……!』
『…………うん』
『生きて帰ってきて、一緒にこの国の奴らを見返そう!
馬鹿なクソトカゲどもに、痛い目を見させてやるんだ!』
『………………うん』
『だから……それまで、約束の誓として、これを持っててくれ』
───イーヴァンは、腰に携えていた『セブンス・レザール』を吾に渡す。
それは、"七竜になった竜人族に贈られる七本の名剣"……
イーヴァンが、命よりも大切にしていた、一振の刀剣だった。
吾は、その後、出兵するまでの間にそれを何度も返そうとしたが……結局受け取ってはくれなかった。
そして、吾は出兵して……
あいつに……
『お前が、カゲロウか。
"転生者"だと聞いていたが、どうやら本当らしいな?
……ならば、これをくれてやろう』
───あいつに、魔王に【傲慢】を植え付けられたんだ。
『せいぜい、【傲慢】生きて、魔王である吾を楽しませろよ?
───クソトカゲ。』
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「あぁ……あぁ!それで、吾は、吾は!?」
───吾は、魔王幹部のロイに言われるがままに、祖国へ帰って!
吾を歓迎してくれた【竜騎士団】のみんなや、イーヴァン……イーヴァンを、1回も使ったことのなかった【同族支配】で操って!?
「吾は……吾は……あぁああああああああぁぁぁッ!?」
───ガタリと倒れる。
しかし、そんなことはどうでもいい。
吾は頭を抱えて、蹲った。
魔王が……魔王に操られて、イーヴァンを……?。
……吾が?
『カゲロウ、生きて帰って来たんだな!』
…………吾が?
『どうしたんだよ……カゲロウ。そんな顔して……?』
………………ッ!?吾が?!!
『何してるんだよ!
そのスキルは、使わないって言ってただろう!?【竜騎士団】に入った時に誓ってッ!?』
あぁ、吾がッ……!?!!
『俺を忘れたのか、カゲロウ!?』
『黙れ、劣等種族のクソトカゲが。』
「───ッあぁあああぁぁあああぁあぁぁぁあああああッ!?」
……───走る。脇目も振らずに走る。
何も考えたくなかった、何も見たくなかった、何も思いたくなかった。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐ走った。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
吾が、吾が、吾は!?
「うぁぁぁぁあッあぁ!!?」
なんで、なんでこんなことに?!
なぜ、なぜ吾は……!?
ごめん、ごめんなさい、みんなごめん、ごめん……
「約束……守れなくて、ごめん……」
───吾はその後、意識を失って路上で倒れ込むまで、ずっとずっと走り続けていた。
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