第七十五話『防衛作戦︰十三時三十五分~』
【ルミネ・ヨハネス視点】
「はあぁあッ!」
少年の脳天に跳躍後の高い打点から踵落としを食らわせて、その体重の流れを利用して空中で回し蹴りを放ちます。
その回し蹴りの軌道は正しく顔面の横を捉えていて、凄まじい速度の蹴りです。
このままいけば、いとも容易くその頭を刈り取ることができるであろう威力を秘めたものでした。
「ーーーッ!」
しかし、先程まで私を見て嗤っていた少年はいつの間にか迫っていた私の脚を見て、驚きながらも咄嗟に反応し腕を上げて受け止めます。
バキバキバキ……!
木材でできたギルドの床が裂けていきます。
私の力を受け止めきれず、衝撃によりギルドの床を少年が引き摺られるように後退したためです。
「……ハハッ!おねえさん、いい速度になったねぇ!」
「それはどうもッ!」
私はそんな風に会話をしながら、少年が口をひらく瞬間の不意をつくようにして続けざまに攻撃を重ねていきます。
───上段への蹴りから体を捻って、後ろ足での内回し蹴り。
そして流れるように身を深く屈め少年の視界から外れると、そのまま倒れ込むようにして移動し背後をとって、無防備なこめかみへの裏拳。
「ッぶな〜!もう少しで頭吹き飛ばされてた〜!」
しかし、少年はまたも私の攻撃を受け止め、その少しだけ赤くなった手のひらをひらひらと振るっています。
その様子は、明らかにまだまだ余裕そうです。
そう……確実に相手の隙を捉えたと思っていた攻撃は、ことごとく防がれていました。
「……」
……ですが、これは分かりきっていたことです。
私の全力を込めて打った初撃が……大岩をも打ち砕く程の威力を持っていたそれを見切られ防がれたことが、少年と私の間に未だ大きな差があることを物語っていたからです。
「……その顔、もしかして、理解っちゃったかなぁ?」
「ッ……」
はぁ。考えてることまでお見通しですか。
私も相当バケモノな自覚が有りますが……この少年は私よりもずっとバケモノらしいです。
まさに、正真正銘のバケモノです。
───しかし、そんな少年が幹部だなんて……
魔王さんって噂でしか知りませんでしたが、この様子だとどうやら本当に強いらしいですね。
実は噂が独り歩きしただけで、実際は案外弱いのでは?とか思ってました。
そうやって、自分を落ち着かせるようにくだらないことを考えます。だって、こうしなければ……
「はははっ!そんな怯えないでよぉ!
ほんと、おねえさん面白いからさぁ……殺すの惜しいし、今なら逃がしてあげてもいいよぉ?」
……正直、この少年と戦っていることを、心の奥底で後悔し始めました。
このまま戦い続ければ、多分私はこの少年に殺されます。
今も、私の心の奥の怯えを見抜かれてしまいました。
死ぬのは本当に怖いです。
……今なら逃がしてくれると言いましたが、それは本当でしょうか?
……
全く……笑っちゃいますね。
何が、本当でしょうか?ですか。
こんなことになるなら、もっとちゃんと……
「ふぅぅゥ……!」
私はそんなことを考えながら、ゆっくりと肺にある全ての息を吐きます。
そして、丹田を意識しながら、吐いた息を取り戻すかのように空気を取り入れて……腹部全体にぐっと力を込めました。
「……おねえさん、まだやるんだ?」
「……」
「敵わないってわかってるのに、やるんだ?」
「……」
悪魔の如き目の前の存在を、ぼやける頭で視認しながら……
───思い出すのは、古き戦友達の言葉。
永く、本当に永く感じた、今でも偶に思い出すような、とっておきの一年を私にくれた、大切な人達の言葉。
そして……暴走した私を、命を懸けて止めてくれた親友との、最初で最後の大切な約束。
"私達の代わりに、この街を、皆を護ってくれ"
「ふぅ……」
私はまたひとつ息を吐き目を瞑ると、私の中にある"封印"のもうひとつに触れました。
それは、かつてのシーアシラを壊滅せんとした、凶悪な鬼族の魂の残滓。
……私、魂傀人形の魂ともいえるそれを、身体中へ巡らせて。
そして、目の前で何故か神妙な顔をしている少年に向かって口を開きます。
「……私は、約束を守らなければなりませんから」
───たとえ、たとえ私が死ぬことになったとしても……
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【ながみ視点】
───避けてッ!避けてッ!避けてッ!
私に向けて高波のように迫ってくる剣を、間一髪のところで飛び退いて回避していく。
アーネさんとの組み手で嫌という程教えこまれた回避術が、確実に私の命を長らえさせていた。
しかし、それもいつまで続けられるか分からない。
なぜなら、私を殺さんと立ち向かってくるおかしなリザードマンの剣技が、素人目から見ても素晴らしく洗練されたものだからだ。
「死ねッ!死ねッ!死ねッ!」
その不謹慎で高圧的な言葉選びとは裏腹に、その剣の太刀筋は流れる川のように不規則で美しい。
構えていた剣を振り上げ、そのままの勢いで愚直に振り下ろしてくるかと思えば、宙で円を描くように軌道を変えて脇を狙った振り上げ攻撃に変形する。
思いっきり踏み込んで私に肉薄し、そのまま剣を振り抜くように薙ぎ払うかと思えば、直前でタタンと軽やかに飛び上がり空中回転斬りを食らわせてくる。
とにかく攻撃が多彩で、とても次の手が読みずらい。
必死になって剣の軌道を予測しなければ、回避すらできないのである。
「くっ……!」
このままでは防戦一方だ……!
そうなれば、私の体力が尽きて負けることになるのは明白……
誰か助けが来るまで戦闘を長引かせるのも手ではあるが、しかし冒険者たちはリザードマンとの戦いに出払っている。
誰かを呼んできてもらおうにも、アキザさんはケガで動けないし、街の人はもう避難しているため街の中に誰もいない……!
助けが来る確率は無に等しい……
「ほらッ!どうした?!攻撃しないのかッ!?」
となれば……コイツに深手を負わせて動きを鈍らせ、そこから耐え切るしかない!
形勢を逆転するためにも、まずはどうにかして攻撃を加えなければッ!
「そうか、そんなに欲しいならくれてやるっ!」
リザードマンの攻撃が一瞬だけ途切れたのを見計らって、私はイメージしておいたふとんを召喚する。
薄く広い真っ白な布団をホーミングによって敵に被せ、材質変化による粘性で捕らえる【掛け布団】……
───その『材質変化』のふとんスキルが進化したことによって実現した、対一において素晴らしい効果を発揮してくれるであろう新たなふとん技!
最近は救護班の仕事で、戦闘系のふとん技は長いこと出番がなかったからな……よろしく頼むぞ【ふとん召喚】!
「ふとん召喚【絡め布】ッ!」
私がそう言った瞬間、リザードマン目掛けて包帯のように細く長いふとんが真っ直ぐ飛んでいく。
それは一直線にリザードマンに伸びていき、しっかりとその眼前まで迫っているのがわかった。
「来たかッ!この程度の攻撃……」
しかし、リザードマンは攻撃が来ることを予測していたのだろう。
途切れていた剣戟を再開して、迫っていた【絡め布】をすっと切り捨て───
「なっ!?」
……られなかった。
【絡め布】はリザードマンの剣が当たったとてその身を切られることは無く、むしろ逆に包み込むようにしてぐるぐると巻き付きその刃を覆い隠したのだ。
「ふぅ、作戦成功だな?」
───私の新たなふとん技、【絡め布】。
その粘性によって敵を手込めにする【掛け布団】の改良版のようなスキルであり、その細長い形状によって敵の武器を絡めとったり、体の自由を奪ったりすることに特化させたタイマン専用のふとん技である。
ぬふとん3次スキル【形状変化】により使用可能となったコレで、まずはリザードマンの武器を狙ったという訳なのだ!
「クソッ!どうなっている!?!!」
これには流石のリザードマン君も驚きの様子である。
多分、私がバカ正直に槍とかで突っ込んでたら普通に切られて死んでたんだろう……リザードマン君、なんか明らかに攻撃を誘ってたし。
まぁ、突っ込んでたらの話だけどなっ!
ふっふっふっ……!してやったりである!
私はそんなことを考えて、少しだけ口元をにやけさせた。
「貴様ァ……!」
だが、その微笑みが気に触ったらしい。
リザードマンはにやけている私を憎悪に満ちた目で睨みつけて、そのまま憤慨したように大きく叫ぶ。
───そして、私がしっかりと掴んでいる【絡め布】に巻き取られた、その不思議な剣を思い切り振り上げて……?
「は…?ーーーッ!?」
次の瞬間、内蔵が飛び出るような感覚とともに私の体が中空へ飛び。
「死ねッ!」
理解できないままに、強い遠心力を体感した後、グシャリと嫌な音が私の耳に響いた。
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