第七十三話『防衛作戦︰十三時半〜 / ②』
【サンドル・ヴァッハフォイア視点】
接敵防衛ラインの各所で、生き残ったリザードマンたちと冒険者たちの戦闘が行われている。
いつもはのどかな筈のシーアシラ巨門前に響く剣戟音、その広大な平原は既に幾多の血で染っており、錆のような血生臭い臭いが鼻について離れない。
───しかし、そんな戦場において我が軍の戦況は決して悪くない。
何故ならば、既にリザードマンの数は凡そ二十程度、そしてそれに対する近接兵は二十六名……加えて、魔法兵達が背後から援護をしてくれているという好条件。
最高指揮官殿の立てた作戦により、初動で負っていた数の不利を完璧に覆しているのである。
「……しかし、やはり即席の兵士ではこの程度か」
グレートリザードマンの一匹に吹き飛ばされ、偉大なるルーチェ・ゼーヴィント様率いる救護班に回収されていく冒険者たちの姿を目にし、軽く愚痴を零す。
全く……他の部隊がここまでお膳立てをしてくれたというのに、情けない。
冒険者達は己れにはどうする事も出来ないが、うちのシーアシラ衛兵団の者達についてはこの戦が終わり次第しっかりと鍛え直すとしよう。
「しかし、そんな中でザックの弟子の龍娘……軟弱者かと思っていたが、どうやら意外とできるようだな」
少し離れた場所にて、今し方グレートリザードマンの首を切り落とした龍娘の姿を確認し感嘆する。
成りたてではあるが、第二種になっているリザードマンをあんなにも軽々と倒すとは。
リギドの馬鹿仲間であるザックの弟子ということで、少々実力を見誤っていたようだ……
なぜ死体に頭を下げているかは解らないが、将来が楽しみな冒険者である。
「さて……その師匠の方はどうかな?」
呟きながら戦場を見渡す。
森の方には……いないな。
じゃあ、龍娘と反対側の接敵防衛ライン左エリアで戦っているのだろうな。
そんなことを考え其方に目をやると、とても分かりやすく叫んでいる男が一人、狂ったように戦場を走っていた。
「全員オレの獲物だァッ!どきやがれッ!」
そう言って冒険者が戦っていたリザードマンの首にナイフを突き刺すと、ザックはその卓越した技術を用い、一瞬で首をかき切り切断した。
『首切りザック』は今も健在か……
「あいつの性格はいつまで経っても変わらないらしいな……」
溜息を吐きながら、次の獲物を追い求めて戦場を駆け回るザックの姿を眺める。
敵を探すリザードマンの背後に一瞬で肉薄し首を刈り取り、その死体を乱雑に捨てると次の標的へ走り出す。
次の首……また、次の首へ……
「シャアッ!次だァッ!次……!」
その喜々とした表情のまま首を切り落としていく姿は、明らかにおかしいとしか言いようがないものであった。
あらゆる生物の首を切りやすくする2次スキル【斬首】、自らの敵と定めたものの存在を察知する【敵感知】……
そして、戦闘時に自らの身体能力を底上げする代わりに理性のタガが外れる【狂激】。
代表的なそれらのスキルに加えた、あらゆる分野のスキルを使いこなすエリート冒険者。
それが、『首切りザック』である。
「あれに教わると、どんな性根もねじ曲がりそうだな……」
首を切り落とした挙句、そのナイフに着いた血をしきりに舐めとっているザックを見て、そんな言葉を口にした。
───いや、実際は彼奴の持っている【鉄舐】という固有スキルを活かすための行動ではあるのだが……
しかし、そういえば龍娘も首を切り落としていたし、あながち間違いでは無いかもしれない。
ルーチェ様の御友人であるナガミが、首を切り落とす快楽主義者にならなければいいのだが……
「うわぁぁあッ!なんだよアイツ!強すぎる!」
そんな風に己れが考え事をしていると、目の前を冒険者の男が走り去っていく。
その表情は切羽詰まったもので、吐く息は荒く体はとても傷ついていた。
よく見てみれば、その体全体に打撲後や切り傷があるようだ。
ふむ……確か彼はCランクの筈。
それならば、たとえ相手が第二種だったとしても、あの様な姿にはならないと思うが……
「……だとすると、最高指揮官殿の言っていた"王の器"か?」
先程の冒険者が走ってきた方向に目を向ける。
その先に、他のリザードマンとは違い、戦場を見渡しながら静かに佇むひと回り体格の大きいリザードマンが居た。
第三種に成りかけている"王の器"を持ったリザードマン……
どうやら、聞いていた通りのようだ。
「ふむ……あれは、己れが対処しなければ酷だな」
───あれはBランクで漸く勝算が見える相手だ。
きっと、Cランク以下の冒険者では触れることすら叶わないだろう。
戦いはできる限り近接兵に任せて、己れは指揮に集中しようと思っていたのだが……ままならないものである。
そんなことを考えながら、そのリザードマンの元へ歩みを進める。
そして、動かない彼奴の目の前で足を止めて高圧的な声で話しかけた。
「おい、貴様。己れの言葉がわかるか?」
「お前は、誰ダ……?」
「己れは、サンドル・ヴァッハフォイアという。
その様子だと、どうやらしっかりと言葉が解るらしいな」
殆ど魔族と同じ程度の知能を有している。
これで"王の器"確定だ。
「お前、俺と戦うのカ……?」
「あぁ、しかしその前に聞きたいことがある……貴様、名前はあるのか?」
「名前……ナマエ……?俺は……俺は……なんだ?」
───ふむ……名前はないと。
それに加えてリザードマンのあの様子、何やら理性操作のようなものまで掛けられているらしい。
もしかすれば勝てぬやもと思っていたが……それならば、大丈夫そうだな。
「そうか、答えてくれて有難う。お陰で心配なく……」
「───貴様を殺す事ができる」
頭を抱えているリザードマンに向かってそう言葉を掛けると、予め構築しておいた己れの魔法を発動する。
───それは、己れが『灰の魔女』と忌避される所以となった、己れを苦しめる呪いのような魔法。
本来ならばあまり使いたくないのだが、流石に使わなければ返り討ちにあいそうなのでな。全力で行かせてもらうぞ。
「"寂滅の篝火魔法"『灰ノ鈎爪』」
その文言を唱えた瞬間、己れの両腕は灰の筋繊維に覆われていく。
そして、その腕の大きさを二倍ほどに膨れあがらせると、その先端に黒く鋭い爪のような灰の塊が生成された。
「お前のウデ、キモいなァ……」
「……そんなこと、己れ自身が最も理解しているさ」
これは、幼い頃から己れに打ち付けられている、楔のようなものだからな。
出来上がった腕を見て、鬱屈そうに呟くリザードマンの言葉を聞き、己の心の中でそう答える。
───ヴァッハフォイア家に代々伝わる固有スキル【篝火】の代わりに与えられた、【灰燼】という相反するような名前の固有スキル。
全てが燃え尽きた後のようなそのスキルは、己れが若くして会得した篝火魔法でさえ寂滅させたのだ。
残されたものは、異様に変化する"灰燼"のみ。
その姿を見て、誰が恐れぬと言えようか。
「……しかし、だからといって罵倒を許した訳では無いぞ?」
己れはそう呟くと、その人間の体格に見合わぬような大きさをした両腕をリザードマンに振り下ろす。
それを、気だるげな様子で横に躱し避けるリザードマン。
「いきなり危なィ……ッ!?」
しかし、完全に避けていた筈のリザードマンの体には、大きな爪の切り後が刻まれていた。
「お前、何をしたァ……?」
「何をした?己れはただ爪を振り下ろしただけだが?」
「そんなはず……」
続く言葉を言おうとしたリザードマンを薙ぎ払うように爪を振るい追撃を加える。
リザードマンはそれを見て顔を顰めると、今度は先程よりも大きく後ろに飛んで躱した。
「ふむ……流石にそこまで行くと届かないか」
───やはり、あまり使っていないせいか要領が掴みきれていないな。こういう時の為に練習はしておいた方が良いか。
己れはそんなことを考えながら、リザードマンに向かって歪に伸びていた爪の先端部分を元通りに収縮させていく。
「お前……やっぱキモいなァ……」
そして、若干引いたような顔でそう言うリザードマンに向けて、もう一度その両腕を構えるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




