第七十一話『防衛作戦︰十三時二十分~ / 後編』
【ながみ視点】
巨門に備えつけられている衛兵団詰所から外に出たところにある露店街。
普段ならば多くの異国民たちで賑わっているその場所なのだが、戦火にまみれている真っ只中の現在にいたっては、人っ子一人の姿をも見ることが出来なかった。
「これでよし……と」
そんな状況の露店街道のど真ん中に、人が五・六人は乗れそうな大きさの布団を召喚する。
勿論【走行】のふとんスキルが付与されているその布団の上には、使い終わった大量のポーション瓶や、冒険者の返り血を拭き取るために使った布など……様々なものが山積みになって載せられているのがわかった。
私はそれらの使い終わったもの達をひと通り確認すると、予め一人分のスペースだけ空けておいたその布団に座る。
「じゃあ、ルーチェさん行ってくるよ」
「はい、ながみ様!搬送よろしくお願いしますわ!」
そして、使い終わった物品を一緒に確認してくれていたルーチェさんに軽く挨拶をして、布団に付与されている【走行】を発動させた。
そうだな……速度は時速10kmぐらいにしとくかな?
載せているものは全て木箱に入れて、縄で布団に縛り付けてはいるが……でも、ポーション瓶なんかの割れ物も多いし、一応安全に配慮して遅い速度で行くことにしよう。
私はそんなことを考えながら、時速10kmの布団に乗ってシーアシラ港町の大通りを走っていく。
「うーむ、昼間だというのにこの静寂……嫌だなぁ……」
───暗い雲が空を覆い尽くしている。
そのどんよりとした空気に感染してしまったかのように、静かで不気味な街並みを眺めながら、私は気を紛らわすためにそう呟く。
露店街を抜けた先のここら周辺は、シーアシラ港町にある繁華街と住宅街の間のような場所であり、平時であれば様々な声が響いているのだ。
忙しなく進む馬車や家の前で話し込む主婦、依頼のために街の外へ向かう冒険者や楽しそうに走り回る子供……
とても穏やかで賑やかで、遠くから吹く潮風が心地よい……そんな場所なのである。
……しかし、今はどうだろう?
家財を持ち出され空っぽになった民家の群れ。
街全体を包むどんよりとした雰囲気に、毒されてしまったような冷たい潮風。
そして、遠くから聞こえる痛々しい戦いの音。
周りにあるもの全てが心に暗くのしかかるようなその状況を見渡して、私は深くため息をついた。
「当然のことではあるが……やはり、戦というのはやるべきでは無いなぁ」
私としてはこんな街は見たくないし、リザードマン達を操っているであろう敵の首魁が一刻も早く倒されてくれれば良いのだが。
……いや、そのためにも、私が救護班として外で戦っている皆のサポートを頑張らねばな!
「よし……少しだけ急いで届けようか!」
そんなことを考えて、私は布団のスピードを少しだけ上げると、荷物の届け先であるギルドへと向かっていくのだった。
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【───視点】
シーアシラ港町にて、もっとも賑わっているとされる繁華街。
しかし、今現在においては賑わっていると言い難いその繁華街の路地裏にて、突如としてピシリと空間に亀裂が入った。
目に見えるようで見えないような……だが、はっきりと"裂けている"とわかるような不思議な光景。
自然には起こり得ない、いや、人口ですら起こせないであろう……異常と言う他ないようなその裂け目。
そんな、不可思議な空間の裂け目をこじ開けて、音も無くふたつの人影が現れる。
「ふぅ……やっぱり『転移魔法』は疲れるねぇ」
周囲を見渡して安全を確認し、軽く息を吐いてそんなことを呟いたのは、痩せ型の白髪をした少年。
狂ったように吊り上がった笑みと、どこまでも沈み込むようなどす黒く赤い瞳が特徴的で、人の神経を逆撫でするようなおどけた口調をしている。
「この嘘吐きめ。
疲れているなど微塵も思っていないであろうに」
そして、その隣にいるのが、『カゲロウ』というリザードマン。
普通のリザードマンよりも一回りほど小さい体躯をしているが、傍から見てもわかるほどの無駄のない引き締まった筋肉をしていて、眼光は鋭く口調は高圧的。
腰には『刀剣』という特殊な形状の剣を携えており、柄には非常に凝って作られているであろう蜥蜴の装飾が施されている。
その身にまとっている服装も特徴的で、腰部分を隠すように巻かれている腰布に、首や手首、腰などにじゃらじゃらと着いた貴金属と大変煌びやかな衣装だ。
……しかし、それに反して上半身には首にある貴金属以外何も纏っておらず、その鍛え抜かれた肉体を見せつけるかのようにさらけ出している。
そんな、どこか不思議な印象を受けるリザードマンの言葉を受けて、少年は口を開いた。
「そんなことないよぉ?
僕だって、ほんの少しぐらい疲れはするさぁ」
「ふん……どうだかな。
あの狡猾な魔王の直属配下であるお前の言うことなど、一欠片も信用出来ぬわ」
「くふふ……それならそれでいいけどね、僕としては"仕事さえ"こなしてくれれば文句はないし」
少年は訝しげな表情で悪態をつくカゲロウに向かって、にやにやとおちょくるように嗤いそう言った。
カゲロウはそんな少年を見て顔を歪ませると、軽く舌打ちをして歩き出す。
「お前の言わんとすることは解っている!
聢りと仕事をすれば良いのだろうが……!」
少年の方を見ずにイライラした様子で路地を進んでいき、そのまま大通りへと抜ける。
カゲロウは後ろにいる少年を意識的に避けているのか、その足取りが自然と速くなっていく。
「そうそう!
与えられた仕事をこなせばいいだけ!凄く簡単でしょ?」
しかし、そんなカゲロウの後ろから音も無く着いてくる少年は、大袈裟に身振り手振りをしながら底抜けに明るい口調でそう声をかけた。
そして、その勢いのままにカゲロウの隣へと歩み寄ると、その口元の端をいっそう擡げて続く言葉を発する。
「だから、この前みたいに失敗しちゃだめだよぉ?
くふふ……!」
「ッ……わかっている!」
カゲロウはそんな少年を見て、驚いた様に顔を強ばらせて一瞬だけ固まる。
……だが、またすぐさまイライラしたように歩き出して、隣を着いてきている少年にそう言い放った。
「そっかそっかぁ……
じゃあ、僕はそろそろ君の尻拭いに行くから!」
「チッ……わかった、わかったからもう行け!」
自分の前に出てきて嘲るように嗤う少年を、うざったい羽虫でもいるかのように手を振り回し追い払う。
少年はそんなカゲロウの手を全てかわすと、一瞬でカゲロウの後ろへ移動し、その肩を叩いた。
「くふふ……君も頑張ってねぇ……!」
───そして、それだけを言い残して、その場からスっと消え失せたのだ。
後に残ったのは、弄ばれてイライラしているカゲロウ。
「くそっ……いつか絶対殺してやる……」
そんなことを呟きながら、誰も居なくなった静かな街を歩いていく。
その足取りはしっかりとしていて、明らかに目的を持って歩いているということがひと目でわかるものだった。
しゃらしゃらと、身につけている貴金属が揺れる。
その音は、誰もいない街で不気味なほど大きく響いた。
そして……
「おい、そこのお前……少しいいだろうか」
とある大きな排煙塔のついた建物の前に居る、鍛冶師然とした男に声をかけた。
「……あ?……そのなり、なんだテメェ……?」
───鍛冶師然とした男……
『鍛錬を司る神の加護』を受けた伝説の鍛冶師であるアイレン・アキザは、声をかけられたことで無愛想にそちらを振り向いたあと、その姿を見てゆっくりと手に持っていたハンマーを構えた。
……だが、そんなことはお構い無しにカゲロウは話を続ける。
「貴様は、アイレン・アキザで合っているか」
興味なさげな様子を隠すことも無く、酷く不躾な態度でそう問いかける。
そんなカゲロウを警戒しながらも、その鍛え抜かれた体を見て自分では勝てないと悟ったのだろう。
「あぁ、俺がアイレン・アキザだが……
お前のような異形が、こんなしがない鍛冶師に何の用だ?」
アキザは時間を稼ぐ意味も込めて、目の前のカゲロウの質問に素直に答えた。
すると、それを聞いて目を細め、しゃらしゃらと音を鳴らしながらカゲロウが歩き出す。
そして、アキザの元まで近寄って……
「……ならば、死ね」
その刀剣を振り上げ、つまらなさそうにそう呟き。
───振り下ろした。
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