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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第一章

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第七十話『防衛作戦︰十三時二十分〜 / 前編』

【ながみ視点】


 リザードマンと冒険者たちが戦っている門の外から、傷ついた冒険者を担いでいるコノエ君が走ってくる。

激しい剣戟による甲高い音や、後ろに下がった魔法兵たちの魔法が飛び交う戦場を走り回っているせいか、その表情は非常に過酷なものであった。


「コノエ君、こっちだ!」


 私はそんなコノエ君に声をかけてアピールすると、シーアシラを覆う巨門に等間隔で設置されている、幾つもある扉のひとつを開け放った。


「ながみさん、ありがとうございます!」


 コノエ君はそれに気が付き、私が開けた扉に急いで駆け込む。


そして、激しく息を切らしながら、肩に担いでいた冒険者を私が用意しておいた布団に降ろした。


「よし、回収完了だな……」


 布団の上に怪我人の冒険者とコノエ君が居るのを確認して、私は予め布団に付与しておいた【走行】のふとんスキルを発動し巨門の防壁内に作られた通路を走り出す。


 防壁内の道は、灯りがあまり無いため少しだけ暗いが、巨門の上に登るための階段や梯子……そして、割と広めの一本道が各詰所を繋ぐように続いている。


 なんでも、帝国軍などが攻め込んできた時などに、詰所間の移動を楽に済ませてすぐに対処できるよう、かなり昔に作られた隠し通路らしい。


防壁内は基本衛兵しか入れないという事もあり、作戦会議の時にこの空間を見せられた時は驚いた……


改めて、隠し通路っていいよなぁって深く思い知らされたね!


「はァ……はァ……すみませんながみさん、飲み水とかないですか……?」


 ふとんを走らせながら、隠し通路への浪漫をひしひしと感じている私に、疲れ果てた様子のコノエ君が問いかけてくる。


ふむ……隠し通路への浪漫とふとんの運転で忘れていたが、そういえばコノエ君は全力疾走して帰ってきたばっかりだったな。


「私としたことが、君が疲れていたことに気が回らずそのまま走ってしまったようだ……すまないなコノエ君。

水ならば、私の腰のポーチに入っているからそれを飲んでくれ」


 私は注意が散漫になっていたことに少しだけ反省しながらも、走行中はふとんから手を離すことが出来ないため、仕方なくコノエ君にそう答えた。


本来ならば私が手渡すべきなのだが……


もしここで私が手を離すと、制御を失ったふとんが今出せる最高速度でやたら滅多らに走り出すからな……!


そうなってしまえば、おそらく全員死ぬ未来しかないだろう……!


「え、えっと……腰のポーチ……」


「そうそう、それだそれ……あと、その隣にある初級ポーションも持っていっていいぞ」


「いや、要らないです」


 コノエ君はふらふらとした様子で、布団に座っている私の腰に着いたポーチを探っていく。

手の感触がして、なんか少し恥ずかしいが……まぁでもコノエ君は気にして無さそうだし別にいいか。


 それに、今までの反応からしてコノエ君はルーチェさん一筋だろうし、きっと大丈夫であろう!


……私がどう思うのかって?


ふーむ……私はまぁ、少し恥ずかしい程度かな?


別に故意でなければ怒る気もないし……

それに、乙女のおの字も無いような私に性的嗜好を見出す者なんている訳がないしな!


……というか、そんなことを気にするぐらいなら、ひとつでも多くふとんのことを考えた方が凄まじく建設的である!


まぁでも……もし故意に触られでもしたら、軽く顔面を殴りつけるぐらいはするがな……


あぁ、そういえば、日本いる旧上司の鼻は治っただろうか?


治ってないといいなぁ……


「ふぅ……ながみさん、助かりました。お水ありがとうございます」


 水を飲んで落ち着いたのか、私に向けてお礼を言いながら一息ついたコノエ君。

運転している時は割と前を向かないといけないので、横目で確認する程度しか出来ないのだが……コノエ君の性格上、きっと頭を下げていることだろう。


「いやいや、別にいいよ。

……それよりも、寝ている怪我人を軽く手当してやってくれ」


「あぁ、そうですね。了解です」


 指示を聞いてごそごそと動き始めるコノエ君を確認し、私はより運転の方へ意識を向ける。

本来ならば本気を出せばもっと速度を出せるのだが……


 しかし、防壁内の道がいくら一本道と言っても流石に屋内であるため、物が散乱していたりする。

そのため、それらを回避しなければならないので、現在のふとんは人が走るくらいの速度しか出せていない。


 まぁ、それでも冒険者を担いで運ぶよりは断然早いし、何より怪我人の安全な体勢が保てるのである。


 なので、私が搬送役をやっている訳だが……実は、今やっているのは搬送の仕事の序章に過ぎないのだよ。


そのため、割と急いで詰所に着きたいのだが……


「ふむ。どうやら、そんなことを考えてたら着いたみたいだな。

おーい、ルーチェさん!怪我人連れて帰ってきましたよー!」


 詰所の部屋の中から、こちらを見守るように私たちの帰りを待っているルーチェさんを見て、大きく声を出す。


「ながみ様、お帰りなさいませー!」


 すると、ルーチェさんはそれに返すように笑顔で手を振ってくれた。

なんともまぁ……かわい「ルーチェ様、お可愛い……!」


……うん。

今現在において私とコノエ君の考えていることが、ほとんど一緒だとわかってしまったね……。


同じ救護班に属する者として、心が通うのはいいことではあるのだが……


でも、何だろうかこの気持ち……ちっとも嬉しくないや……


 私は沈みこんだ心のままにふとんを停止させると、そそくさと怪我人を担ぎあげる。


「ながみ様、怪我人を此方へ!」


 そして私に声をかけるルーチェさんの言葉に従って、私とコノエ君は怪我人を衛兵団詰所へと運び込むのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 詰所の床に引かれている沢山の布団。

今も数人の冒険者たちが回収班たちに運ばれてきて、その上に寝かされていく中、私とコノエ君が運んできた冒険者も彼らと同様に寝かされていた。


「では、治療を始めますわ!」


 ルーチェさんはそう言って、私たちの運んできた冒険者に手を翳す。

 そして、ゆっくりと目を瞑り、その口元でなにやら難しそうな呪文をぶつぶつと呟き始めた。

少しだけ顔を歪めて、額に汗を流しながらやっているところを見るに、魔法発動にはおそらく相当な集中力がいるのだろう。


ふむ……一体どんな呪文を呟いているのだろうか?


 私は何故かは分からないがその呪文が気になり、何となく聞こえてきた言葉を聞いたままに日本語に直してみる。


『える りゅ あうら うるぁぐとる ぬうぇた りゅ える あうら……』


 しかし、直したところで到底内容を理解できるものではなく、脈略の無い意味不明な文言が永遠と飛び出ているのみである。


える、りゅ、あうら、うるぁぐ……ぐと……?


……うーむ、どうやってもわからんな!

というか意味不明すぎてもう覚えてない!


回復系の魔法使いって皆にこんな難しい呪文を唱えているんだろうか?


私はそんなことを考えて、周りにいる救護班の治療風景を眺めてみた。


「……領掌ニ光満チ 傷ヲ癒セ 光魔法『治癒(ヒーリング)』」


───おや?

隣で治療している救護班の言葉、割と理解できるぞ?


 一瞬で発動する戦闘系の魔法とは違い、呪文があるのは変わらないようだが……

しかし、ルーチェさんが唱えているものより、他の救護班が使う『光魔法』と言うやつの方が遥かにわかりやすい。


 となると……どうやら、ルーチェさんだけが特殊らしいな。


私は光魔法『治療(ヒーリング)』によって、隣の冒険者の外傷がゆっくりと治っていく様子を見ながら考えを巡らせる。


「うわぁッ……あ?ここは……?」


 しかし巡らせていた私の思考は、ルーチェさんが治療していた冒険者が突如として飛び起きたことにより遮られた。


「良かった、起きられたのですね!体で痛むところはありませんか?」


「え…あ、あぁ。別にないが……

いや、しかし俺は吹っ飛ばされて、骨が折れてたような……?」


 そんなことを呟き困惑する冒険者と同様に、心の中で私も困惑する。

命に別状はなかったが、確かに起き上がった冒険者が呟いている通り、彼は相当な重症ではあったはずだ。


おそらく、腕の骨が折れた痛みによる気絶。


……だと言うのに、起き上がった冒険者は痛みを訴えることも無く折れていたはずの腕を回している。


「あ!腕はまだ治ったばかりなので、まだあまり動かしちゃダメですわ!安静にして下さい!」


「あ、はい。すみません……」


「さて、次は……!」


 そう言って、ルーチェさんはポーションを飲みながら、次の怪我人の元へ走り出す。

そして、また顔を歪ませながら呪文を呟き、発動。


「はっ……ここは?」


 すると、重病だったはずの冒険者がパチリと目を開けて声を出す。そんなことが何度も繰り返されていた。


───発動すれば、どんな傷も一瞬で治す魔法……?


 それは、他の救護班が使っている光魔法『治療(ヒーリング)』とは比べ物にならない程の回復力である。


「……なぁコノエ君。

ルーチェさ……ルーチェ様は、もしかしてすごい魔法使いだったりするのかい?」


 私はそれを見て、思わずと言った感じで隣にいたコノエ君に質問する。


ルーチェさんのことが好きな彼なら、もしかしたら知っているかもしれないと思ったからだ。


「ルーチェ様のことが知りたいんですか!?いいでしょう、不肖ながらこの僕、コノエ・ミズキが教えましょう!」


 しかし、その選択は間違っていたと、私はすぐに後悔することになる。


「いいですか?説明しますね!

ルーチェ様はですね、まずご出身は、ここアシエーラ共和国の首都でありますカーリュハイトにある由緒正しい名家ゼーヴィント家の次女でして、お父様のルドルム・ゼーヴィント様、お母様のルーナリア・ゼーヴィント様、そしてお兄さんのレノルム・ゼーヴィント様と弟さんのヘルム・ゼーヴィント様の五人家族でありまして、その生い立ちと致しましては……」


「あ、いや、あの……」


「カーリュハイトにありますカーリュハイト魔法学校では、その光魔法の才能で学年トップの成績を収め数々の功績を残し、その時ご学友であったシータ・ルウェヌ様とは今も交友関係がございまして……」


「いや……」


「あ、そうそう交友関係といえばシーアシラ衛兵団隊長の……」


───ENDLESS……!


 これは絶対に長くなるやつだと思って会話の節々で止めようとするが、その話が終わる気配は一向にない。

それどころか、いつ呼吸してるんだと思うぐらいの早口で割と濃いめのルーチェさん情報を吐き出していく始末である。


 コノエ君……君は純粋にルーチェさんのことが好きな青少年と思っていたが……


そうか、どちらかといえば犯罪者予備軍の方だったのか……!


「それで、地元で一年に一度開かれる武闘会でネフェルティーナさんがですね……」


 挙句の果てに、ルーチェさんの実家の方に仕えている執事さんの生い立ちを話し始めたコノエ君を引き気味に眺める。


そして、私はコノエ君への警戒度をぐんと引き上げ、今後一切ルーチェさんに近づけないことを心に誓うのだった。


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