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第六十九話『防衛作戦︰十三時十分〜』

【ながみ視点】


 リザードマン達との戦いが始まって、約二時間程が経った頃。


先程まで前線で戦っていた魔法兵たちが、突如として走り出し門の近くへと下がって来ているのを救護班のひとりが衛兵団詰所の小窓から確認した。


そしてその数十秒後、キィンというような、金属がぶつかり合う甲高い音が戦場に響く。


 様々なところから乱発的に聞こえてくるその音は、救護の準備を終わらせて詰所でゆっくりしていた救護班全員の顔を一斉に顰めさせ、その場の空気を一瞬で凍りつかせる。


「どうやら始まったみたいですね……」


 ルーチェさんは少しだけ顔を強ばらせながら、静かにそう呟き立ち上がった。

いつも笑顔を絶やさないルーチェさんでも流石に緊張してしまうらしい。顔が強ばっているのもそうだが、声張りが明らかに小さくなっていた。


……まぁでも、私も同じようなものである。

キィンという音が聞こえてきた時、不覚にも自分の肩がビクッと震えたのがわかったからな!


 ふとん召喚で使ったMPを回復するために初級ポーションを飲んだので、その結果口の中に発生してしまった苦味を抑えるため心を殺していた……

そんな時に不意打ちのように音が聞こえてきて、正直めちゃくちゃビビったわ!


「さて、救護班の皆様……わたくし達も戦いを始めましょう」


 しかし、そんなふうに心臓がバクバクと鳴っている私とは対照的に、既にルーチェさんはいつもどうりの表情を取り戻しており……緊迫した様子を見せる救護班達の顔を見渡して、真剣な声でそう言葉を発した。


 いやぁ……やはりルーチェさんは凄い。

私のような小市民とは切り替えの速さが違うな!


そうやって心の中で感嘆した私は、思わず深く頷いた。


「おぉ、ながみ様もやる気のようですね!大変良い事です!」


「え?あ、あぁ……そうだとも!

私も怪我人の搬送役として、しっかりと頑張ろうと思うよ!」


「それならば今回の戦、勝ったも同然ですね!」


 私が深く頷いたのを見て何か勘違いしたのか、キラキラとした目で私を見つめてくるルーチェさん。

そして、そのルーチェさんを見てザワつく救護班の面々の視線を受けて、私は凄まじく目を逸らしたい欲に駆られた。


───クッ……!周囲の視線が痛い……!


 ルーチェさんに様ずけで呼ばれたらめんどくさい事になると思って、救護班のみんなの前ではあまり話さないように務めてきたというのに……確実に気を抜いた!


 多数の人間に注目されるというのは、陰には辛い状況なのだよ……!


……だがしかし!

今からは救護班の仕事が始まる時間である……そのため、ほかの救護班の皆もあまり気にする余裕が無くなることだろう!

それだけが救いである……!


私はそんなことを考えて、脈打つ心を必死に落ち着かせる。


「……ルーチェ・ゼーヴィント様、少しよろしいでしょうか?」


 そんな気まずい状況の中で、ルーチェさんに向けてある一人の冒険者が口を開いた。


えっと……確か彼は、私と同じDランク冒険者の……コノエ君だった筈だ。


 髪色はこの世界ではあまり見ない、私と同じ黒色で、その黄緑色の片目が隠れるぐらい長い前髪をしている。


身長は私より少し高いぐらいで男性にしては高くなく、体つきは冒険者にしては全体的に細い様子であり……


 その腰に二本のショートソードを携えてはいるが、それでも何処か頼りないといった印象を受ける冒険者である。


「貴方は確か……コノエ・ミズキさんでしたよね?」


「はい、僕……私はDランク冒険者のコノエ・ミズキです。

名前、覚えていてくれたんですね……光栄です」


───ふむ?

 彼とはあまり関わったことがなかったので、ファーストネームしか知らなかったが……えらく日本人のような名前をしているんだな?


 私はそんなことを考えながら、ルーチェさんとコノエ君の会話を見守る。


「いえいえ、名前があっていたようで良かったです!

わたくしがギルドに一度訪れたときに受付へ案内してくれた以来でしたから、正直あっているか不安でしたし……」


「そ、そうですか……」


……うわ、ルーチェさん意外と容赦ないな?


 ルーチェさんが名前覚えてた時、コノエ君明らかに嬉しそうにはにかんだのに……

先程のルーチェさんの返事を聞いて、今はすごく悲しそうな目をして俯いているじゃないか。


 私の見立てではあるが、おそらく冒険者ギルドに来たルーチェさんと話し、その美しさに恋してしまったであろうコノエ君。


そんな柔らかい青年の心を抉るように、意中の相手にあんまり名前覚えてなかった発言をされてしまうとは……なんともまぁ心中お察しである!


「それで、わたくしになにか御用でしょうか?」


「あ、はい……少しだけ聞きたいことがあって……」


「なんでしょう?」


 うむ……あまり関わってなかったから知らなかったが、コノエ君はわかりやすいな。


 立っているルーチェさんに目を向けられて、その視線に耐えられず目をそらすが……しかし、その心の内ではしっかりとルーチェさんのことを眺めたいのか、顔を赤らめながらチラチラと目を泳がせている。


青春だなぁ……


だがまぁ、状況が最悪なので全くもってときめかないが……


「えっと、こんな状況でこんなことを言うのは大変申し訳ないのですが……ルーチェ様は、本当に逃げなくて宜しかったのですか?」


 ルーチェさんに問いかけられたコノエ君が、少し俯きながらも……しかし、大事な部分でははっきりとその目を見てそう質問する。


ほあぁ……好きな相手の安全を気にかけて!


どうやらコノエ君、ルーチェさんのことが相当好きみたいだな……こんな時にお熱いことである!


さて……ルーチェさんはこれを聞き、なんて返すんだろうか?


私は若干わくわくしながら、この状況を見守る。


「……そうですね。

きっとこの街の代表であるわたくしは、逃げた方が良かったのでしょう」


「それなら今からでも……」


 ルーチェさんの言葉を聞いて思わずといった様子で声を出したコノエ君だったが、それを遮るようにルーチェが口を開いた。


「ですが……今、わたくしはこの街の代表という立場では無く、この街の一市民"ルーチェ・ゼーヴィント"として、この街を守りたいと思いこの場に立っているのです」


「それに、わたくしの力はきっとこの街を守ろうとする皆様の助けになれる……そう確信したからこそ、わたくしは逃げなかった」


「……」


「この街の代表である"ルーチェ様"の意見としましては、使える力は役立てる時に使わなければ意味がないそうですからね!」


 コノエ君に向けて真剣な目で話をしたあと、最後に茶目っ気を交え話を終わらせたルーチェさんを見て私は深く頷いた。


うーむ……これは百点の回答だなぁ。


こんなことを言われてしまっては、もうコノエ君は何も言えないな……


「……そのご様子、ながみ様も同意見のようですね!嬉しいです!」


「え?あ、あぁ……適材適所は大事だな!うん!」


───くっ……!また油断してしまった……!


 またもや向けられてしまった周囲の目線に、思いっきり目を逸らしながら私は慌ててそう言葉を返した。


それを見て何故か深く頷きながら、ルーチェさんがもう一度口を開く。


「というわけでわたくしと致しましては、ぜひとも皆様のお力をお借りしたいのです!」


「きっと、わたくし達が動かなければ今にも潰えてしまう命がここにはたくさん在ります。


───戦い、疲れ、傷つき、地に倒れる……この街を守ろうとする者たち。


そんな方々を救えるのは、選ばれた救護班である貴方達しかいないと考えておりますの!」


「ですので、そんな方々のため迫り来る悪に臆することなく、頑張って少しでも多くの命を助けましょう!」


 そう言って、ルーチェさんは胸あたりにてぐっと小さくガッツポーズをする。


うむ、熱い気持ちが湧き上がってくるいい演説である。


それに……ガッツポーズが大変可愛らしいことこの上ない!


私はその様子を見て、思わずそんなことを考え口元を綻ばせる。

そして、どうやらそれは私だけではなかったらしい。


「うおぉおおお!

そんなこと言われたら頑張るしかねぇよなァッ!」


「そうだぁ!俺たち救護班が全員救うぞッ!」


「よっしゃあ!やってやるぜぇえええ!」


 そして、誰かが故意としてやり始めるでもなく、救護班の皆一様に笑顔を作り興奮したようにそう叫び始めるのだった。


「ふふっ……!

皆様やる気は十分なようなので、そろそろお仕事に向かいましょう!」


「「「「「うおおおおぉ〜!」」」」」


 ルーチェさんのその言葉に、手を振り上げた救護班。


その中には、先程まで俯いていたコノエ君も混じっていた。


「さぁ、リザードマン防衛戦線臨時救護班……


『回収・治療・搬送』始動です……!」


 ルーチェさんが手を振りあげた救護班を見て、自らも手を振りあげ、開始の合図となる言葉を発した。



それを聞いて、忙しそうに皆様一様に動き出す中……



私は……



「『回収・治療・搬送』……

救護班の正式名称って、そんな名前だったんだ……」


 なんかリサイクルの標語みたいだなぁと、疑問に思ってしまったそれを思わず呟きながら、自らの仕事場に向かうのだった。


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