第六十七話『防衛作戦︰十二時〜』
【アーレ視点】
我等魔法兵が控えているシーアシラの巨門前。
そのはるか上空から、遠くの方に居るリザードマン達に向かって沢山の矢が飛んでいく。
さながら鉄の雨とでも言うべきそれは一本一本の威力は弱いものの、着弾地点にて歩みを進めているリザードマン達へと襲いかかり確実にその数を減らしていった。
……しかしそんな鉄の雨の中に、時折明らかに異様と思えるものが混ざっているのだ。
『───ビュンッッッ!!!』
空を切り裂くような、離れていても聞こえる弦の音。
その音と共に、凄まじい速度でリザードマンの頭に突き刺さる大きな矢。
ほかの矢が弧を描くように飛んでいるのにもかかわらず、その矢だけは真っ直ぐ直線で飛んでいくことからもその威力が推し量れるだろう。
「いやぁ、あるくはん楽しんどるねぇ!」
そんなことを考えていた我の隣で、魔法兵指揮隊長であるアーネ……さんが嬉しそうに口を開いた。
アルク……確か、Bランク冒険者の『普通のアルク』だったな。
魔力量からしてあまり強そうには見えなかったが……成程、あの正確な矢の軌道、弓の技術が相当なものである。
あんな威力の矢を食らったらひとたまりもないだろう。
やはりBランク以上の冒険者は、それ以下の冒険者たちと比べて何処かしら一線を画しているな。
Cランク冒険者とBランク冒険者の間には、大きな壁があるという噂はよく聞くが……本当だったか。
「すごいな……あれだけ正確に頭を撃ち抜くとは」
「せやろ?
あるくはんは『灯火の剣』に居る冒険者たちの中やと、一番弓矢が上手いからなぁ!」
「あぁ……やはり、高ランクの冒険者は強さが段違いだな」
「そやねぇ、やっぱり力も技術も経験も積んどるからね」
───ふむ、そうだな。
ゴブリン討伐クエストに赴く前日の特訓で、ながみとアーネ……さんの組み手を観戦していたが……
アーネさんは完全な後衛魔導師型だというのに、ながみと比べて戦っている最中の動きというか立ち振る舞いのようなものが際立って上手だった。
おそらく、ながみの勝利条件が一撃を与えるだったことと、アーネさんが有頂天になって技の概要を教えなければ、あの試合はアーネさんが勝っていただろう。
しかも、アーネさんはおそらく……
「まぁでも、あんたはんらも割と強いからな?
それこそ、Bランク冒険者に届くぐらいには……」
少し俯きがちに考え込んでいた我に気を使ってか、アーネさんがそう言葉を掛けようとする。
しかしその後ろから、暗色で少し癖がある赤髪をした女性が近寄ってきたことに気が付き、アーネさんはそちらに顔を向けた。
「ユズリハ殿、師弟での会話中に割り込んでしまい申し訳ない」
そう言って深く頭を下げる女性を見て、我は少しだけ萎縮してしまう。
なんたって彼女は、あの伝説のシーアシラ衛兵団隊長、そして今回の防衛作戦では近接兵指揮隊長を任されているサンドル・ヴァッハフォイア様である。
アシエーラの首都『カーリュハイト』に存在している火魔法の名家、『ヴァッハフォイア家』の長女で、その卓越した魔法の才によって幼少期からカーリュハイト衛兵団隊長の座を確約されているとまで噂された凄腕の魔法騎士。
───しかし、洗礼を受け衛兵団に入隊できる年齢になった年に、何故かシーアシラ港町に移籍。
そして、そのままシーアシラ衛兵団の隊長の座に就いた後、数々の武勲を上げてシーアシラ港町に貢献しているという凄まじい人物だ。
アシエーラ共和国内で魔法を扱う者たちの中に、サンドル・ヴァッハフォイア様の名前を知らぬものは居ないだろう。
それほどまでに名の知れたお方、伝説の『灰の魔女』様。
そんな『灰の魔女』様にこんな所でお目にかかれるとは……至極光栄である……!
「嫌やわぁさっちゃん!
別に敬称つけんでも、わえのことはゆずりはでええよ?」
───ッ!?こ、こいつ……いや、アーネさん!?
ヴァッハフォイア様に対して、呼び捨てどころかあだ名で呼んだだと?!
もしかしてヴァッハフォイア様と仲がいいのか……!?
「さっちゃん……もしかして、己れの事だろうか?」
「そうそう!サンドルやから、さっちゃん。呼びやすくてええやろ?」
「そうか……呼びやすいならばさっちゃんで構わない。是非、好きに呼んでくれ」
……いやこれ絶対初対面だ!?
ヴァッハフォイア様に対して初対面であだ名をつけるなんて……この女、距離感の詰め方が狂ってる……!
「まぁそれはさておき……さっちゃんがこっち来はったっちゅうことは、そろそろってことやな?」
そうやって我が心の中でアーネさんの暴挙に戦慄していると、何かを考え込んでいるヴァッハフォイア様に向かって、アーネさんが真剣な表情でそう声を掛けた。
そろそろ、ということは……出番か。
「はい。巨門上で待機していた己れの部下から、間もなくリザードマンが第一の堀を超えるだろうという報せを受けました。
その為、魔法兵の皆様には準備の程を御願いしたく存じます」
「そっかそっか、伝えてくれて有難うなぁ!
こっからじゃ少しだけ見にくいから助かったわぁ〜」
「そう思って頂けたならば、同じ指揮隊長として嬉しい限りです。……それでは、己れも持ち場に戻りますのでまた何処かで」
「はぁ〜い、また話そうなぁ!」
去っていくヴァッハフォイア様に、いつも通りの笑みを浮かべながら声をかけたアーネさん。
この女はほんとうに軽いというか……人との壁がないというか……凄まじく図太い神経をしているな。
その後アーネさんはヴァッハフォイア様の姿が見えなくなるまで手を振って見送ると、呆れを通り越して感嘆している我の前でふぅと一つ息を吐いた。
そして、口を開く。
「あぁ〜、めっちゃ緊張したわぁ……」
……どうやら、別に神経が図太い訳では無かったらしいな。
額についた汗を拭い自らの胸を抑えながら、周囲に控えていた魔法兵達に準備命令を出していくアーネさん。
それを眺め、意外と小心者なのかもしれないなどと思いながら、我も周りと同じように魔法の準備を進めるのだった。
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「撃ち方よぉーい……参、弐、壱……はっしゃあ〜!」
アーネさんの少しだけ間の抜けるような号令と共に、前方から進軍してくるリザードマン達に向けて魔法を放つ。
すると我合わせて十六名の魔法兵が放った様々な魔法がリザードマンに衝突し、火球によって炎上したり、土塊に突き刺さったり、風で吹き飛んだり……
それに加えて、ヴァッハフォイア様が指揮している近接兵達の弓矢も追加されている。
それらは弓兵たちの矢によって痛手を負っていたリザードマン達に襲いかかり、更なる崩壊を与えていた。
「いい感じやなぁみんな!このまま全員潰す勢いで行こなぁ!」
そう言って、嬉しそうににやりと笑うアーネさん。
その姿は我にとってはいつもどうりの光景だったが、周りの冒険者たちにとってはそうじゃないらしい。
「うぉぉぉおッ!
『樂燕のアーネ』さんが笑ってるぞぉぉおッ!皆気合い入れろぉおッ!」
どうやら、アーネさんは一部の冒険者達に崇拝のような感情を抱かれているらしい。
まぁ、見た目だけは妖艶だからなあの女……
鬼畜という本性を知っている我としては複雑な気持ちだが、こと戦場においては指揮者が信頼されているというのは良い事である。
指揮者が信頼できぬ者で、兵たちに不満を持たれてしまったり、兵たちの気持ちが沈んでいたりすると悲惨だからな……
「さぁーて、皆どんどんいこうなぁ〜!撃ち方よぉーい……」
おっと、次が始まってしまう。
我は一旦思考を中断すると、得意魔法である複合魔法を急いで構築していく。
地面を液状化させ操る【アース・クウェイク】は距離的に届かない、地面を動かして固める【マッドロック】は少々威力が弱い……だとすると、広範囲の地面を陥没させる【アース・シンク】がいいか?
しかし、そんな広範囲を使うと他の魔法兵の魔法と干渉してしまうかもしれないし……あれで行くか。
「参、弐、壱……」
「───穿て、複合魔法【グングニル】。」
「はっしゃあ〜!ーー?!〜ッ!!?」
先程と同じく、我はアーネさんの間の抜けた号令と共に魔法を発動する。
その瞬間、アーネさんの声にならないような驚きを乗せて我の構築したその大きな紅き槍はうち放たれた。
そして……扇状に拡がっているリザードマン軍の中央部を地面ごと抉り、そのまま矢の雨が降り注いでいる弓兵防衛ライン辺りの地面まで進んでいき止まった。
ふむ……やはり、土属性と火属性を合わせた複合魔法【グングニル】は威力が段違いだな。
しかし、地形への影響が大きすぎてあまり使えないのが難点である。もう少し改良できると良いのだが……
「おいおい……なんだよ今の!?本当に魔法か!?」
「あんなのBランクでも使えないぞ……!」
「あれがDランク……嘘だろ?」
む……色んな魔法が飛び交っているからいけるかなと思ったが、駄目だったか。
我は周囲に居る冒険者たちがざわめいているのを見て、少しだけ反省する。
久しぶりに気持ちよく魔法が撃てると思っていたのだが、仕方ない……魔力も少なくなってきたし、次は普通の魔法を使うかぁ。
「えーと、皆!強い魔法が飛び出てびっくりする気持ちもわかるけども……そんなことより、次の魔法いくでぇ〜!」
アーネさんが気を使ってかは分からないが、困惑した冒険者たちの意識を逸らしてくれる。
その言葉に、とりあえず魔法を準備し始める冒険者たち。
……これは、終わったら感謝の言葉を伝えなければならないかもな。
「さぁ、いくでぇ〜!参、弐、壱……」
……ん? この気配は……!
我は次の発射用に準備していた魔法を急遽切りかえ、リザードマン達が居る前方に向けて無属性魔法【魔力壁】を展開する。
「はっしゃあ、あぁッ!?全員防御態勢ッ!?」
すると我の思った通り、生き残っているリザードマン軍の半数程度から水魔法と土魔法が飛んでくるのが見えた。
それを見て、慌てて号令を変更するアーネさんと急遽変わった号令に慌てて塹壕の中に駆け込む魔法兵。
リザードマンが魔法を使うという状況に、一瞬で場は騒然となった。
だが……水と土か。この魔法ならば心配は要らなそうだな。
我はその魔法を見て軽く鼻で笑うと、周りとは違い塹壕に駆け込まずに次の攻撃に備えて魔法を構築し始める。
理由は単純で、この魔法ならば逃げなくとも大丈夫だと確信したからだ。
だって、魔法兵には……
「わぁ〜!精霊さんたちが沢山いるよ!みんな遊ぼっか〜!」
こいつがいるからな!
ヌルは目の前から迫ってきている、土、そして水の槍たちに自らの手を掲げる。
そして……その手を振り下ろした。
「行ってらっしゃ〜い!」
───すると、手を振り下ろすのと同時に呟いた言葉と共に、迫ってきていた魔法の槍全てが反転してリザードマン達へと突き刺さる。
火魔法や、その他の派生属性であればとうぜん我も隠れたが……土魔法、ましてや水魔法なんて、あいつのいい餌である。
我は放った魔法を返されて騒然としているリザードマン軍に、準備していた【グングニル】を追撃としてうち放つ。
先程までは使わないようにしようと考えていたが……もう周囲には一度見られてしまったし、ヌルがここまで活躍しているのに我が本気を出さない訳にはいかない。
───それに、足りないといった魔力量に関しては、奮発して買ったあれがあるのだ!
その名も……【中級ポーション】!
ひとつ5000ゴルド、Eランククエスト一回分とお高いのだが……その分回復量も大きいし、何より甘くて美味しいのだ!
というわけで、我はわくわくしながら……いや、別に【中級ポーション】が飲みたいから魔法を放つわけでは決してないので、わくわくも何も無い!
我は平然とした顔で【中級ポーション】を飲み干しながら、次の【グングニル】を準備していく。
───ふっふっふ……美味し……
じゃなくて、ここからは出し惜しみなく、魔法兵防衛ラインにて全てのリザードマンを潰す勢いで行くぞ……!
そうやって我は自らの心を奮い立たせると、美味しさに……いや、魔法を撃てる嬉しさによって自らの顔に笑顔を浮かべた。
そして【グングニル】を発動する。
「ふ、ふふふ……あーれはんもぬるちゃんも、まだそんな技を隠してたなんてなぁ……!久しぶりに滾ってきたわぁ……!」
そんな我らの様子を見たアーネさんが、先程までとは違った人の悪そうな笑みを浮かべた。
それは、組み手の時に、我らをいたぶっている最中に見せる顔である。
ふっ……アーネさんも気合いが入ったみたいだな!
「お前らぁッ!
これからはわえの号令なしや!勝手に魔法撃ちまくれッ!」
そう叫んだアーネさんは愉しそうに笑いながら、その手元において凄まじい速度で印を結んでいく。
「いくでぇ……!わえの必殺奥義……!」
その呟いた言葉と共に、我ははるか上空から魔法の気配を感じ取った。
我はそれを受けて、畏怖すら超えた羨望の感情を心に抱いた。
ははっ……やはり、思った通りか。
「高等印術……【五行燕群】ッ!」
───瞬間、五色の燕が飛来する。
扇状に拡がったリザードマン達……
そして、味方が居る場所を除いた"戦場全域"に降り注ぐ光景を見て、我の思惑が正しく当たっていたことを理解した。
Bランク冒険者、『樂燕のアーネ』。
彼女は、近接も、魔法も、隠密も、指揮も、ある程度のことがこなせる万能な魔導師だ。
きっと、そんな器用な所もBランクたる所以なのだろうが。
しかし、そんな彼女が、おそらく一番得意とするもの……
「さぁ……おどれら、逃げ惑えぇぇえぇえッ!」
それは、"超広範囲殲滅魔法"……!
我はリザードマンが五色の燕の群れに貫かれていく光景を眺めて、心の底から震えながらも、次の魔法を準備する。
我も……あそこまで、登らなければ……!
そうすれば、きっと……!
そんな思いを心に秘めながら、我は前に進むように、少しでも先人に追いつく為に……その魔法を撃ち放ったのだった。
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