第六十話『リザードマン防衛会議②』
【ヴァレント視点】
「というわけで、リザードマン襲撃防衛作戦についてだが……」
周囲に話をしながら、ちらりとながみくんの方を見る。
艶のある長い黒髪にぱっちりとした黒目……
そして柔らかに、しかし真っ直ぐとした姿勢で椅子に腰かけている彼女は、よく見れば格式高い貴族様のような独特な雰囲気を感じないでも無い。
ザックたちやその他の冒険者たちと居る時なぞは、全くもって気品など感じられないというのに……
それを裏切るような先程の挨拶……
私の心の中で、カチリカチリとピースが合わさっていく。
身元不明であること、たまに着ている上質な布を使った服、至極丁寧な口調に声色。
そして完成した、ひとつの推察。
───もしや、何処かの令嬢様なのでは……?
もしくは没落貴族やら、大商人の娘……いや、もしかしたら他国からお忍びで来た貴族令嬢という説もあるかもしれない!?
もし、もし彼女が貴族令嬢だったとしたら……
彼女が自国へ帰った時に、私が彼女を騙し冒険者ギルドランク昇格試験の推薦状を出し、ルミネと戦わせた事実を知られでもしたら……
打首……?
いや……最悪の場合、国際問題……か……?
「……」
何故か少しだけ元気なさげなながみくん……ながみ様を横目に見ながら、頭から次々に溢れてくる想像に思わず口元を抑える。
わ、私は選択を間違えたというのか……?
しかし、あの場面ではあれが最適だったはず……私のスキルも……
「……!」
───いやまて私……!
今はそんなことよりも、異常個体リザードマンの軍勢をどう打ち倒すかについて議論しなければ……!
私はそのことに思いいたり、眠気を覚ますように手の甲をつまんだ。
そうやって揺れ動く動揺を押し殺すように自分自身を諌めて、今回の目的である話を進めていく。
「まずはリギド、リザードマンの軍勢の詳細な情報を頼む」
「やっとか……
じゃあ俺がこの一週間で調べあげた情報を話していくぜ」
リギドはその私の言葉を待っていたかのように小さくため息を吐くと、真剣な声で話し始める。
どうやら待たせてしまっていたらしいな……早く思考を切り替えなければ……
「まずリザードマンたちは、グリム大森林のなかほどにある青狼族の村をかなり奥に行った場所、帝国と青狼族の村の中間あたりに大量に生息していたんだ」
帝国の辺りか……
我が国の近くにある青狼族の村辺りまでなら、うちの冒険者たちも入ることがあるのだが……
それより先は不可侵の場所だと言うのが暗黙の了解となっているからな。
そんなにも奥であるならば、200を超える大群になるまで発見できないのも無理はないか……
「それを見つけたのが昨日の朝。
依頼内容が討伐だったんでとりあえず倒しまくったんだが、あいつら森の奥からどんどん湧きやがって……手がつけられなくなって死にかけて逃げたんだ」
唇を噛む様な苦々しげな表情を浮かべながら、リギドは話を続ける。今回のことが相当堪えたのだろう……
戦力差を私が見誤ってしまったばっかりに、傷を負ってしまったのだし、なんとも申し訳ないな……
「そして、死にかけて逃げた先でながみに助けられ今ここにいるんだが……
伝令役を頼んだルフ……青狼族の娘さんに伝えていた通り、俺が逃げる時、奴らはこのシーアシラに向けて進行を始めているように見えた」
「ふむ……ルフから『明日の昼頃には到着しそうだ』と言っていたと聞いているが、それは本当なんだろうな?」
もしこの前提が間違っていたら、今頭の中で練っている作戦を大幅に変えないといけない。
一応間違っていた場合の作戦もいくつか考えてはいるが……
「あぁ、異常個体たちは装備を着ている分足は遅せぇからな。あの調子だと明日の昼ぐらいになるだろう」
「そうか……」
私はリギドの口から情報の確実性を確認すると、すぐさま作戦を練り直していく。
リギドはAランクの中でも戦闘特化だからな……
そこに居る『空凪のジン』や古き英雄『四銀のダグラス』などに比べて、情報収集系スキルがあまり無い。
もしリギドが、この情報に絶対の自信がある!というような口調だったならば多少の対策を考える程度にしたのだが……
これは、しっかりと対策を立てておいた方がいいだろう。
「まぁでも、それこそナガミが使っていた移動を補助するような魔法があったら変わってくるけどな」
そうだな。私もそれは織り込み済みである。
お前が帰ってくるまでにリザードマンの襲撃があることを想定し、玄関口にはシーアシラ衛兵団を配置しておいたからな……
「あ〜、そうですね。
装備が整ってるってことは裏に何か居そうだし……そういう魔法を使う奴がいるかもしれませんね」
───え……?
私は思わず目を丸くして、其方を見てしまう。
何故ならば、先程まで完璧な言葉使いで会議に望んでいたながみが、いつの間にか元の口調に戻ってしまっていたからだ。
ながみさん……ながみくんが久しぶりに口を開いたと思ったら、なんかいつものながみくんに戻ってるんだが?
さっきの丁寧な口調と声色では無い、めちゃくちゃ軽いいつもの口調になってるんだが……?
「僕も、対策するなら早い方がいいと思います。対策を怠って何かあってしまっては大変ですからね」
しかし、何事も無かったかのようにナチュラルに会話に参加してきたながみくんに私が驚いていると、そのながみくんの言葉に続くようにして商人のヴォレオくんが口を開いた。
ヴォレオ君は、ながみに対して全く気にしてないかのように会話を続けていく。
「それに、青狼族の村に行く道中で戦った感じからすると、やはりというか通常のリザードマンとは違う部分がありました」
───え?なに?驚いてるの私だけなの?
Aランク冒険者と一緒なんて緊張する的なこと話してたじゃん君……なのに、この状況においてなんでそんな平然とした感じで話せてるの君?
それにながみくんが自己紹介した時、めちゃくちゃ驚いた顔してたよね君!?
私の中で少しだけ仲間意識が芽生え始めていたヴォレオくんの突然の裏切りに、私は心の中で盛大にツッコミまくる。
───ッ……!
い、いやまて……律しろ……自分を律するんだ……!
私の心に棲みついているツッコミたい欲なんぞに飲み込まれてたまるか……!
「なんというか……普通の個体より意思が微弱というか……
……自分の意思で戦っているのではなく、なにかに操られているような様子でした」
そうやって私が心の中で悶えていると、ヴォレオくんが何やら重要そうな情報を提供してくれる。
それを聞いて、私は深く深呼吸を始める。
吸って……吐いてー……吸って……吐いてー……
ふぅ……落ち着いたぞ私は……!
しかし、なにかに操られているような感じか。
考えられるとするならば、精神支配系のスキルか、統率系のスキルか……
はたまたそれの両方か……
「それならば、青狼族の村を襲ったのも頷けるな……」
「然り」
私の呟きに続くように、できるだけ短く言葉を発したジン。
初見では読み取れないだろうが、顔を覆っているフードの隙間から出ている目がほっとしているのがわかった。
はぁ……
私はそんなジンの姿を見て、心の中で呆れたようにため息をついた。
こうなってしまうのは、昔からの仲であるジンの性格上仕方ないとは思っていた。
別にそこまで表立って話してもらおうとは思ってなかったし、もうひとつの依頼を受けた冒険者として呼んだだけなのだが……
───それにしても人見知りが過ぎるな……
昔から人前で口を開くのが苦手なやつだったが、最近は輪にかけて酷い。
きっと、おそらく今頃は心の中で喋った気になって喜んでいるのだろうなぁ。さっきの『然り』だけで。
私はやりきった様子のジンを見て、そう結論づける。
うむ。親友が嬉しそうなのは、こちらも嬉しいことこの上ないのだが……
「そうだなジン。青狼族の村はお前が調査していたもんな?」
しかし……情報が足りないのだよ。情報が。
「その情報……話してもらえるか?」
「……!?」
だから、少しだけ喋ってもらうぞ?
話を振られて明らかに驚いた様子の親友に、私は心の中で軽く謝りながらそう声をかけるのだった。
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