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第五十六話『アシエーラの玄関口』


【───視点】


 人々を照らしていた太陽が、はるか遠くの地平に顔を隠さんとしている時間。


 そんな夕暮れ時の真っ赤に照らされた『アシエーラの玄関口』にて、関所に詰められていた数人の衛兵が平原の向こうにあるグリム大森林を見張っていた。


関所で働く衛兵がいつも身につけている軽鎧ではなく、完全な鉄で作られた全身防備の鎧を身につけていること、衛兵全員に厳戒態勢の令が敷かれていることから、どうやら緊急事態であることが伺える様子だった。


カチャカチャと音を鳴らしながら、衛兵達が目を凝らしてグリム大森林を見張る。


そんな中、警備兵の内の一人が突如として虚空に向かって口を開く。


『───隊長、未だリザードマンの軍勢は見えません』


 緑がかった黒髪を額の中心で左右に分け、後ろ髪は首上で綺麗に切りそろえている清潔な印象を受ける姿。

そして、ひと目で好青年だとわかるような、理知的で切れ長の目をしている彼は、トレント・シーブスという衛兵である。


『そうか……ならば、よくよく見張っておいてくれ』


『了解』


 トレントはそう言って、隊長と繋がっていた精神魔法【妖精の言伝(コトヅテ)】の発動を止め一息つく。


そして、自らの持ち場に戻りグリム大森林の監視を始めた。


「やっぱり夜は冷えるな……」


 暗い森の先を見ながら、そんなことを呟く。

まだ本格的な冬にはなっていない為、死ぬほど寒い、という訳では無いが……それでも寒いものは寒いのだ。


 それに先程まで顔を覗かせていた赤い太陽はもう既に落ちており、代わりに月が登り始め辺りも暗くなっている。


───暗いせいで、森も見えにくくなっているし……


     このままでは監視任務に支障をきたすし……


「……うん」


───そろそろ、使ってもいいだろう。


 トレントはなにかに言い訳するように、頭の中でそんなことを考えながら、手元にあったランタンに火を灯した。


すると、周囲がランタンの中から発せられるやわらかな明かりにぼうっと薄く照らされて、心做しか寒さも和らいだような気分になった。


「おいトレント、隊長はなんて言ってた?」


 そうやってトレントが持ち場に戻り監視任務に精?を出していると、見知った同僚の衛兵からそう声を掛けられる。

どうやら彼も、この寒い警備がいつまで続くのかと、体を震わせて訴えているようだ。


「ははっ、よくよく見張っとけ……だとさ」


 トレントはそんな入団した時からの仲である彼に軽い口調でそう答えると、顔を一転させて苦々しい顔で、はぁ……とため息をついた。


「そうかよ、了解だ……!」


 その様子を見て、手を空に振り上げながら持ち場へ帰っていく同僚。

口には出てないが、かわりにその顔には隠せないぐらいの苛立ちの感情が見て取れた。


「ちゃんと警備しろよ〜」


「わかってらぁ!」


 トレントがそんな同僚を煽るように声をかける。

すると声をかけられた同僚はひとつ大きな声で返事をして、ぶつぶつと文句を垂れながら遠ざかっていく。


 そんな様子を、にやにやとしながら見送るトレント。

彼はその好青年のような見た目の割に、性格が悪いのである。


「……行ったな。さて、俺も業務に戻るか……ぁ……?」


 そんなふうに、適当に軽口を垂れたりしながら警備業務を続けていたトレントだったが……

そんなトレントの目の片隅に、あるものが捉えられる。


暗い森の方から迫り来る、早い速度で動く白い何か……


「……」


 それを見て一瞬、リザードマンだと思って顔を強ばらせるトレントだったが、しかし何か違う。


リザードマンにしては形が平べったいし、上に何かが乗ってるし、何より速度が違いすぎる。


ものすごく奇妙な物体……


「なんだあれ……もうちょっと、よく見てみるか……」


 トレントは自らの2次スキル〘観察眼〙を使用して、その物体をしっかりと観察する。


「白い、ぬの?のようなものに……四人、いや五人か?」


 トレントはそう言って状況を把握すると、すぐさま【妖精の言伝】を発動させる。

そして、繋がった警備長にはっきりと簡潔に状況を伝えその指示を仰ぐ。


『接触して身分を確認しろ。その後、任務に戻れ』


『了解』


 指示を受け取ると、スっと魔法を停止して警戒態勢に入る。

その動きは非常にテキパキとしていて、しっかりと熟練されたものだということが素人目でもわかるものである。


 だが、それも当然で、彼は性根は腐っていも歴とした国直属の衛兵であり、その能力は他の衛兵に比べてもあまりある程優秀な衛兵なのだ。


2次スキル〘観察眼〙によって夜の闇すらものともせずに周囲の状況を把握し、精神魔法の中でも高等な技である【妖精の言伝】を用い的確にその状況を伝達する。


 こんなことができるのは、シーアシラの衛兵たちの中でトレント・シーブス以外には居ないとさえ言いきれるほど貴重な存在である。


「さて……あれはなんなんだろうな……」


 トレントはひとりそう呟いて白い息を吐くと、腰に携えられた国支給の鉄剣に手を掛けた。


目の前からは、白い何か。


シーアシラ港町に……長い、長い夜が始まろうとしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ながみ視点】


 シーアシラ港町へ続く、空に浮かぶ月明かりしか頼りのない暗い平原の道を布団で爆走する。

揺れは大変激しく、私の臀部にガンガンとダメージを与えてくるがそんなことを考えている暇はない!


「は、早くつかなければ……ルフが心配だ……!」


 私は月が登っていく空をチラチラと見ながら、ルフが安全に帰っていることを願いそう呟く。

布団の運転中ずっとルフのことが頭から離れず、最初から最後まで後悔しっぱなしなのだ。


私は、私は選択を間違えてなかっただろうか……!


「お、おいながみッ!お前運転が荒いぞっ……!」


「え?……あぁ!すまないっ!」


 アーレ君が布団にしがみつきながら声を荒らげる。

考え事をしていた私はその声でハッとなって、ついつい速くなっていた布団の速度を落としアーレ君に頭を下げた。


危ない……危うくダークサイドに落ちるところだった……


「ながみ〜ちょっと落ち着いたら〜?」


 リギドさんのスキンヘッドを未だにぺちぺちと叩いているヌルが、おっとりとした声で私に向かってそう言った。

揺れで体が震えていて、いつもより間延びした声になっているが、そんな状況でもその軽さは変わらないらしい。


彼女は相変わらずぺちぺちとスキンヘッドを叩いて、にこにことこちらに向けて笑っていた。


「そうですよながみ殿。少し急ぐくらいじゃ無駄に身体を痛めるだけです!

……だから、もっと倍くらいのスピードを出すかゆっくり行くかのどちらかにしましょう!」


「アホシンッ!そんなことしたら我が死ぬだろうが!」


「お前ら……緊張感の欠けらも無いな……」


 シンが馬鹿なことを言って、アーレ君に後頭部を叩かれる一連の流れを見て、こいつらの非常時でもいつもと変わらない様子に軽くため息をついた。


いつも通りわちゃわちゃとしているみんなの声は、まぁ当然のようにすごく煩かったが……


……しかし、そのおかげで少しだけ気が軽くなったような感じがしないでもない。


───だが、それを口に出すのは死んでも嫌である!

もし言葉にしたら1億円貰えるとしても絶対に拒否する!


……なので、そのわちゃわちゃを眺めながら心の中でこっそりと皆に感謝の言葉を伝えておいた。


「アーレ、後頭部を叩くのは辞めに……あ、ながみ殿!

『アシエーラの玄関口』が近づいてきましたよ!ほら!」


 アーレ君に後頭部を殴打され続けていたシンが、ばっと明るい笑顔でそう声を上げる。

私はその言葉を聞いて思わずシンの指さす方向に視線をやった。


───すると、今私達が布団に乗って走っている月明かりに照らされた平原のその先。

少しだけ進んだ先にあるシーアシラ港町を守護する大きな巨門が私たちを出迎えるように立ち竦んでいるのが見て取れた。


「ほんとだ……ようやく着いたんだ……」


布団に乗って走り出してから時間にして約2時間以上……


 焦りと後悔で凄まじく長く思えたその道のりをちらりと眺め、私はぐっと拳を握りこんだ。


「よし……このままギルドまで直行だ!」


 私は皆の方を向いて、満面の笑顔でそう息巻いて布団の操作に集中し始める。


「ぉ…………!」


「……ん?」


 しかし、少しの違和感が私の耳に訪れた。

凄まじく小さい、離れたところで蚊の鳴く声が聞こえるような……


なにか遠くから、音が聞こえるような……


「ぉ……ぃ……!」


私はその音によくよく耳を澄ませて正体を探る。


……お……い?


なにかに声をかけられている気がするが……


うーむ……聞こえないな……


「どうされたんですかながみ殿?」


「……いや、何か聞こえないか?」


「ん?どれどれ……」


 シンが私の言葉を聞いて、目を瞑り耳を澄ませる。

どうやらその小さな尻尾をふるふると揺らしながら、遠くから聞こえる音を逃さないように感覚を研ぎ澄ませているようだ。


 シンはアホではあるが、こと自らの身体の使い方に関しては一級の感覚を持っているからな……あと尻尾が可愛い。


「ふむ……どうやら門番のような方が、門前の方で『おーい、止まれ!』と私たちに叫んでいるようです!」


───とまぁ、このように耳を澄ませば、聞こえてくる音をはっきりと聞き分けるくらいのことが出来るのである。あと普通に目がいい。


 ルフほどの周囲を完璧に把握する知覚力は持っていないが……

体が関係することはある程度上手に出来るという平均的に高い能力をしているのだよ。


「そうか、ありがとうシン。じゃあ少し速度を下げよう」


「いえいえ!

主のお役に立つのはお仕えの身として当然のことです!」


「だから私は主人になった覚えはないって何度も言ってるだろう?!」


 シュタッと片膝を着いて私に頭を垂れるシンの後頭部を軽く叩いて、そのシンの間違いを訂正する。

シンと話すと会話中に一回は主と呼ばれるから訂正するのが大変なのである。


 主でも問題ないんだから訂正しなければいいって?


いや、この歳で主従関係なんて持ちたくはないからな……

ここだけはしっかりと否定していかなければという謎の使命感に駆られているのだよ。


「って、そうこうしているうちに巨門までたどり着いたか……」


 どうやらいつの間にか考え事をしているうちに、上を見上げても巨門の全体像が見えなくなってきたぐらいの距離まで近づいていたようだ。


私はその光景を見て最初に街に来た時を思い出し……


───すっと湧いてきたルフに会いたいという気を紛らわすように軽く唇を噛むと、操っている布団のスピードをゆっくりと落としていく。


そして、巨門前で剣を抜いて片手にランタンを持った状態で構えている、見覚えのある男性の近くで停止した。


「止まれ!お前たちは……」


 その、見覚えのある男性が問いかけたその言葉に、私が慌てて返答をしようとする。

しかし、そんな私の言葉を遮るように、見覚えのある衛兵は私たちにだっと駆け寄ってきて。


「───リギド……!?」


昔、街の紹介ついでにリギドさんに紹介してもらった、関所の警備兵……


トレントさんは慌てたようにボロボロのリギドさんの肩を揺らすのだった。


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