第五十話『燕返し』
───走る、避ける、走る、避けるッ!
魔法を発動しながら後ろへ下がっていくアーネさんを追いかけるようにして、私は前へと駆けていく。
私が今出せる最高速で、前へ、前へ……!
「ちっ!これにも着いてきはるんか!」
アーネさんに向かって槍を構えて、一直線に駆けていく。
最初の頃は、槍を持ちながら走ることすらままならなかったが、今ではしっかりと動くことが出来るようになった。
アーネさんはそんな私を見て顔を顰め悪態を吐き、走りながら手で印を結んだ。
「火、水、風……!」
私は印を見て属性のアタリをつけると、前方から飛んでくる火球に隠れるようにしてその後ろを飛んでいる風球を確認し大きく避けて回避した。
そして、残りの水球はおそらく背後から来ている。
なので確認しなくていい。
気をつければいいのは、前方からくる魔法球と、後方からくる球体に追いつかれないような速度を維持する事。
最後に、魔法球たちの中で飛び抜けて速度の速い風球を視認し、回避することだ。
それらの条件さえ満たしてしまえば、アーネさんの魔法球に当たることは無い!
「ふふっ……これは魔法球だけやと無理そやな!」
そう呟き、アーネさんは少し微笑む。
その微笑みはどこか嬉しそうであり、その裏に悔しさも入り交じっているような……そんな微笑みだった。
「アーネさん……!今日こそは、私が勝ちますよ……!」
「はっ……ながみちゃん、言うようになったなぁ?
じゃあ、そんなながみちゃんに師匠からぷれぜんとやぁッ!」
立ち止まったアーネさんに槍を構えて、警戒しながら宣戦布告をする。
……するとアーネさんは先程の微笑みとは違う、人の悪そうなニヤリとした笑みを口元に浮かべると両手で複雑な印を結び始めた。
そして……
「さぁ、ながみちゃん!
これがわえの必殺奥義や……高等印術【五行燕群】ッ!」
アーネさんはその魔法を発動した。
すると……遥か遠方の何処かから、無数の音が聞こえてくる。
「なんだ……この音は……?」
私はその音の出処を探すため、周囲を見渡した。
前方、後方、側方……何処にも居ない。
しかし、その羽音のような音は依然として近づいてきている……
羽音……?
……?!だとするならば!
「上……!?」
その考えに至り、慌てて空を見上げた。
───すると、そこには……
大量の燕のような何かが、はるか上空から凄まじい速度でこちらに向かってきている最中だった。
「はっはっはっ!割と早う気づいたなぁ?
……でも、それでも遅いで!あんさんはもう逃げられんのや!」
「やっべェッ……!おい、お前ら!逃げるぞ!」
そのアーネさんの高笑いを聞いて、ザック先輩が皆を連れてギルドへ退避していく。
いつになく慌てたザック先輩の様子を見るに、どうやら相当やばいらしい。
「なんて技使ってんだこの鬼畜ドS師匠!?」
「うっさいわぁ!勝てば官軍なんやぁ!」
一直線に私に向かってくる100以上の大群を見て、目の前のアーネさんに思わず叫んだ。
しかし、頭のネジが10本ぐらい外れてるやつに何を言っても無駄である。アーネさんは売り言葉に買い言葉、私に向かって畜生理論を叫び散らした。
「クソっ!負けず嫌いも大概にしろッ!ふとん召喚ッ!」
【浮遊】で浮かせて、近寄ってきた攻撃に【ホーミング】で自動迎撃する枕!それを、十個ほど周囲に浮かせる!
今回も即席でのふとん技だが、こうなったらやるしかない!
「迎え撃て!【迎撃枕】ッ!」
その言葉と同時に私の中からMPが失われ、代わりに私の周囲等間隔に、【迎撃枕】が現れた。
そのタイミングで、中庭の地面に着弾を始める燕の群れ。
……いや、燕を模した、火、水、土、風の魔力の郡勢!
私はそれを視認すると全力で回避に専念する。
「ふっ……はっ……!」
大きく避けていたら、体力が持たない……最小限の動きで、全てを避ける!
幸い一つ一つの速度はそこまで変わらないようだし、警戒に値する燕は落下によって威力が増している土燕と相変わらず速度の速い風燕だけだ……!
それぞれの燕が空から飛来して地面に突き刺さり、そこに穴を開けて消える。
ふむ……全体的に威力が上がってはいるが、当たらなければッ!?
「ッ!?」
しかし、そんなことを考えていた私の目の前で、突如として【迎撃枕】が弾け飛ぶ。
なにかに貫かれたように胴部分に風穴を空けて、そこから嫌な焦げの匂いが漂った。
───な、なんだ……?
私の周囲に浮かんでいた【迎撃枕】は確かに魔法燕を迎撃するために呼び出したものだが、今のはおかしい。
だって、私の視認していた限りで、その【迎撃枕】に燕は当たっていなかった……!
「な、何が……!?」
私が視認できない謎の攻撃で、【迎撃枕】が次々と撃ち落とされていく。
8個、7個、6個……
そのおかしな様子を見て、私の中に次第に焦りが生まれ始める。
今は避けられているが、このままではまずいかもしれない!
なんだ……何に攻撃されているんだ……!?
「……ながみちゃん、この印術の名前覚えとるか?」
混乱している私に向かって、アーネさんが不敵な笑みを浮かべながら問いかけてくる。
その顔は、私が混乱しているのを見て心底愉しんでいることが分かった。
少しイラッとしながらも、私はその問いかけの真意を探るため頭を回す。
名前……【五行燕群】……
五行……?
「そう……火の燕、水の燕、土の燕、風の燕。
そして最後の燕は……」
「───光かッ?!」
くそっ、なんて厄介なッ!
私は残っているMPを30になるまで使いはたして、【迎撃枕】を召喚する。
光だったら、目に見えないのも無理はない!
───それに、【迎撃枕】の残骸を見る限り多分速度も威力も桁違いのはずだ!
ならば光燕を避けるのは諦めて、そっちは【迎撃枕】に任せて他をどうにかする!
それが最適解ッ!
「ちなみに日中やと光の燕で、夜間やと闇の燕になるんやで?」
「そうですかッ!要らない情報ありがとうございますッ!」
「別にええよ~?」
───この鬼畜ドS……!絶対に処す……!
上空から飛来し続ける燕達を回避、回避、回避……
回避……回避、回避、回避回避回避回避回避回避回避回避回避回避回避回避回避……!
くっそ……いつまで続ければ……!
「あぁ……もう、やめだ!」
───こんなことでは、いままでの二の舞だ!
アーネさんのMPが尽きるのを待ってみようと思っていたが、辛そうな様子が見受けられない!
このままでは、私の体力が先に尽きる!
……そうなれば、攻めるのみ!
私はすぐに回避に専念するという思考を切り替え、攻めの作戦を立て行動を開始する。
まずは……余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な様子で私をからかうアーネさんへ向けて、私は全力で駆け出した。
「ながみちゃん、避けもせずに真っ直ぐ突っ込んでくるなんて……もしや、勝ちを捨てたかぇ?」
「回避なんてする必要はない!これで決めるからな!」
「何を……?」
私から一定の距離を保っているアーネさんの後方に向けて、私はふとんを召喚し、打ち出す。
「どこ狙ってんねん!当たっとらんでぇ?」
「ちっ……!」
私は悔しがりながらも、少しだけ差の縮まったアーネさんに向けて槍を振り回していく。
「危ないなぁ?当たったら痛そうやなぁ?
……まぁ当たったら、やけどなぁ!?」
「くそっ、ダメか……!……ッ!?」
槍をやたらめったら振り回していた私に、一羽の燕が降り注ぐ。
それは、私の胸部目掛けて一直線に飛んでくる。
しかし、燕は私にあたる目前でギャリギャリと音を立てて外側へ逸れていった。
「残りMP……15……か……」
つまり、一撃5MP。
あと受けられて、二回。
三回目は、MPがゼロになって動けなくなる……
「くそっ……!」
「あらあら、ながみちゃん打つ手なしって感じやなぁ!」
笑顔で煽ってくるアーネさんに、私は槍を振り回す。
アーネさんはやたら滅多らに振り回されている私の槍を、しっかりと目で見て回避した。
「だから、そんな攻撃当たらんって……!」
「はぁ……!やぁッ……!」
「もう、いい加減にッ……!?」
───瞬間、アーネさんの動きがピタリと止まる。
まるで、蜘蛛の巣にかかった虫のように、その場から、動けなくなる。
「ふ、ははッ……ようやく、かかったか……!」
「あ、足が動かへん……!な、ながみちゃん何したん!?」
困惑しているアーネさんを見ながら、私はゆっくりと息を整える。
足元に注意がいかないように、大ぶりで槍を振り回したからな……ちょっと疲れてしまった……!
「私が突っ込んでいった時に放った、初撃のふとん……覚えてますか?」
息を整え終わった私は、足を絡め取られているアーネさんにそう問いかける。
「初撃……あの、遠くに飛んでった……」
「そう……遠くに飛ばした、ヤツです」
私はアーネさんに向けて、ニヤリと笑った。
意趣返しの意味を込めて、アーネさんが私に【五行燕群】の秘密を打ち明けた時のように……
「あれは【陥罠】……
地面に擬態して敵を捕えるふとん。この日のための新技ですよ……!」
ふとん二次スキル【材質変化】をレベル10にあげて進化させた、【形状変化】によって作り出された、着弾すると広範囲に広がり地面に擬態する布団……
もはや名前からして布団なのかすら怪しいが、私では力の及ばない強敵を打つために考えた、搦手のふとん技である!
「さぁ、アーネさん……王手です!」
私はその場から動けないアーネさんに、槍の切っ先を向けて……
「はぁ、これは……わえの負けやなぁ……」
がくりとうなだれるアーネさんに、槍の柄をちょんと当てた。
すると、依然として降り注いでいた燕の郡勢が一斉にシュンと消え失せる。
どうやら、アーネさんが【五行燕群】を解除したらしい。
「勝ったんだな……」
地面には【五行燕群】による無数の穴……
空中には数少ない生き残った【迎撃枕】達。
そんな光景を見て、思わずその言葉を呟いた。
アーネさんとの組み手を始めてから、二週間が経過した今日。
私は、アーネさんに初めて攻撃を当てたのだった。
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